合同競技会・応援合戦編
当初予定していたよりも、話をずっと短くしております。
全体的ボリュームも短くなり、なんか違和感があるかもしれません。
この競技会編は消してしまおうかと思いましたが、それはかなり無責任なので、ざっと短く書いて終わらせる事としました。
恐らくこの競技会編は、あと1話か2話で終わり、次回からは1話できっかり終わる話を書いていくつもりです。
早めに上げる予定……予定ではありますので、気長にお待ちください。
「俺は蒼ね、蒼に一枚!」
「あぁ、私は紅かな、紅に二で!」
同士達に指示を出し、足早に向かった先、つまり黒鉄第三班のメンバーが集まっている辺りでは……何故か三班の連中が白熱した空気で、次の試合の勝者をネタにトトカルチョをしていた。
「あれ、もうすぐカーリアンの試合が始まりますけど、どうかされましたか?」
その中で中心に立っていた男……異様な熱気の中でも、いつも通りの穏やかな笑みを浮かべていた三班副官にそう声をかけられて、私は思わず表情が引きつりそうになる。
何に対してかというと、その手に握られた赤と青に分けられた大量の札に。
「……それ、何?」
「賭け札です。お恥ずかしながら、今回の試合の胴元をする事になりまして」
「……あっちは?」
ジャラジャラという音と共に、『ツモ!リーチのみで』『ショボっ!』『あぁ〜!俺の役満がぁ!!』なんて悲喜交々な声が響く辺りへと顎をしゃくってみせる。
もちろん何をやっているか分かっていないワケじゃない。だけどこの場は麻雀やトトカルチョをする場ではないハズだ。
何より副官自らが胴元をやらされており、それをにこやかに語ってみせるって辺りに目眩を覚えただけである。
「何って……麻雀ですね。スイレンさんがいれば、役満のオンパレードで一人勝ちになっちゃいますから、あそこまでは盛り上がらないんですけど、今日はなかなかの接戦みたいですね」
「……あっちは?」
「あそこでは、先ほどコガネさんに負けたヒナを囲んで、飲み会をしていたかと思いますが」
『ヒナに賭けてたのに大損しちゃったじゃんか!』という声や、『よく負けてくれた!ヒナじゃまだ碧兵には勝てないと思ってたんだよな、俺は!』とかいった声が聞こえてくるのは……幻聴なんだろうか?
あれは間違いなく、『負けて落ち込んでいるヒナギクを慰める為に、どんちゃん騒ぎをしている』といった類ではない。
ヒナギクが負けて喜んでいる声もあるし。
「で、カクリさんは何か御用でしょうか?今ちょっと手が離せないんですが」
その手が離せない理由が、トトカルチョの胴元って辺りは、副官としてはどうなんだろう……そんな事を考えてしまうが、それはなんとか思考の奥深くへと沈める。
なにしろこの黒鉄第三班は、作戦がない日や訓練時以外はいつでもこんな調子だから。
仕事はきっちりやる。訓練は決して手を抜かない。どんな時でも周りの仲間に声をかけるようにする。その代わり遊ぶ時は徹底的に遊ぶ。
といったように、班としての行動規範の中で、わざわざ『遊び』についての項目があるぐらいに、仕事時間以外は非常に和気あいあいとした集団なのだ。
他の六つある班の中でも、これほど仲がいい班は他にはない。
もちろん訓練や仕事時には、どの班にも負けないぐらい一生懸命やっているのだが、いざ遊ぶ時となるとアットホームというよりも、かなり緩い班となるのである。
なにしろ副官自身が賭けの胴元になっていたり、班長自身がそこでトランプを握って輪を組み、隣の班員が出した札に『ダウト』とにこやかに宣言していたりするぐらいなのだから。
「……ちょっと次の試合について話があって」
「話、ですか。一体なんの話なんでしょうか?」
「……分かってるくせに」
「さて、なんの事やら」
あくまでもしらを切りながら、手元に残ったままの札をより分けていく男は、いつも通りに飄々としていて。
白熱した周りの空気などどこ吹く風で。
そしてその視線を、私から私の少し後方へと移動させる。
そして──
「どうやら四班のサクヤさんも、カクリさんと同じ用件のようですね」
そう言って、いつにない爽やか過ぎる笑顔を向けてみせたのだ。
──さて、どうしようか。
いまだ始まっていない『紅』対『蒼』の前哨戦が、三班の連中が集まった場所で繰り広げられているなど、どこの誰が思うだろう。
『響音』、アオイ、私と並んで、ひたすら無言のまま、いっそ穏やかとも言える風情でおにぎりをパクついていたが、その周辺の空気は真冬の寒冷地並みに冷え切っていた。
『二』『三』『四』の副官が並んで昼食を取っている様は、かなり異常な光景だったかもしれない。とりあえず周りの和やかな雰囲気には溶け込めていないだろう。
問題は、だ。先手を切るか、後手に回って様子を見るかだ。
恐らく『響音』も同じような事を考えているのだろう。様子を窺う気配がある。
何にしても、手ぶらで頼み事をしにくるその神経が信じられない。オリヒメの応援団なら四の連中に任せればいいのに、私の邪魔をするかのようなタイミングが底意地が悪い。
少なくとも私は、この企画に関して労力という対価を払っているし、三班の連中にも貸しを山ほど作っているのだから、全くの手ぶらというワケじゃない。
まぁ、響音からすれば、『二班としての役割を果たしただけで、貸しを付けるなんて厚かましいにも程がある』となるのかもしれないが、私が貸しだと言ったら貸しなのだ。トイチだなんて暴利は貪っていないのだから、誰にも文句を言われる筋合いはない。
「アオイさん。実は折り入ってお願いがありまして」
そんな事を考えている間に、響音から口火を切ってきた。
──まだまだ彼女も甘い。そう彼女の評価表に罰点を付ける。
元から四班の方が応援団は大きいのだから、彼女には焦る必要などないのだ。私がじれるのをただ待てばいいモノを、勝負に出る辺りがツメの甘さだ。私が彼女なら、焦らずにひたすらねっとりとプレッシャーを掛けて根負けするのを待つ。
まぁ、親切にも彼女から切り出してくれたのだ。ここは乗るしかない。
「……待って。……ここに来たのは私の方が先。……後から来て先に要件を済ます、なんて……あなたは少し礼儀を知らないと思う」
「あなたが要件を全く切り出さなかったからじゃないですかっ」
「……いつ、どのように話を切り出すかは……私次第でしょう?……その間も待てない程度なら……四班副官の器も知れたモノね」
「……ムッ」
先制点は頂いた。まぁ、不服げにムッツリ黙り込みながらも、反論しない辺りは評価に値する。
私の言っている言葉は、一般的には正論に当たる以上、無闇に反論すればより泥沼にはまるだけだ。
ここで一気にやり込めなかった事に、軽く心中で舌打ちを漏らしながら、まずは先制しただけで満足する事にする。
「……アオイ、あなたとシャクナゲとその他にお願いがある」
「その他、ですか」
私の言葉に苦笑を浮かべ、スマートに肩をすくめてみせる彼に、私は小さく頷くだけで返す。
「……次の試合はカーリアンの応援をしてあげて欲しい。……この頼みを聞いてくれるのなら……今までの恨み──もとい、貸しはチャラにした上で……借りって事にしてもいい」
「本音が少し漏れてますが」
「……それにこの頼みは断らない方があなたの身の為でもある。……もし断られたなら……次にあなたが傷を負った際……私はついうっかり、エタノールを静脈注射してしまうかもしれない」
思わず固まる表情に、追い討ちをかけるかのごとく言葉を連ねる。
「……さらにうっかりしてしまえば……生理食塩水の代わりに……海水よりも濃い食塩水を点滴に使ってしまうかもしれないし……処方する傷薬に劇薬が混ざってしまうかも──」
「どんなうっかりですか!?」
「……最近物忘れが激しい時期がある。……恐らくはどこかから定期的に回されてくる……雑務によるストレスが原因」
入れてくるであろうツッコミを予想して、あらかじめ用意しておいた返答を返すと、心持ち口角を上げる程度に笑みを作ってみせる。
もちろん同じくツッコミを入れそうになっていた響音に、視線で牽制を入れる事も忘れない。
──まぁ、『どこかから定期的に回されてくる仕事』は、カーリアンがどこぞに迷惑をかけたり、カーリアンがオリヒメと喧嘩した後に、穏便に後始末をしてもらう代わりに回ってくるのであるが、そこは意図的に無視しておく。
「……えげつない二班副官さんの話は終わりですか?」
視線の牽制をかいくぐって、なんとかそう断りを入れてくる響音に、軽く呆れたように──小馬鹿にするように肩をすくめてみせた。
「……交渉術と言って。……恫喝外交は立派な戦略よ。……最もちょっと頭の緩いあなたに言っても……理解は出来ないんでしょうけど」
「誰の頭が緩いんですか!?性格真っ黒で裏技しか使えない陰険さんには言われたくないんですけどっ!」
「……陰険なんて心外ね」
陰険なんて言葉が似合うのは、単にやり方が腹黒いだけで、硬軟織り交ぜる知恵すらもない者の事だ。それは非常に不相応な評価だと反論させてもらう。
私は一応、軟も入れている。
硬の部分が多い事は否定しないけど。
「いや、陰険という一言で片付けるには、ちょっと悪質過ぎる気がしますけど」
「……ついうっかりの過ちを……人為的に見る事はあまり感心しない。……あくまでも断られたショックで……そういった事もあり得る、という可能性よ」
苦味しか感じられない笑みを浮かべながらのアオイの言葉に、私は詰め寄るように一歩足を進め──ようとして、ピンク色の派手な髪をしたチビッコに邪魔をされた。
「安心してください!私はこんな陰険で腹黒で常識知らずのチビッコとは違います!誠心誠意、礼を尽くしてお願いに上がったのです!」
「……チッ」
後少し、断った際に予定している報復について、ちょっとだけ『割り引いて』語って聞かせれば、決まっていたかもしれないのに。
……というより、たかが数センチの背丈の差で、こんな『誠心誠意』だなんて甘い言葉を吐くガキんちょに、チビッコ呼ばわりされるなど心外極まる。
だいたい、『誠心誠意』だの『礼を尽くして』だのと言葉にするだけなら、それも十分恫喝交渉だ。
それらの言葉の究極型である、土下座を思い浮かべればよく分かる。目に見える形で誠意の言葉を押し付ける事が、本心から誠心誠意に当てはまるとでも思っているのだろうか?
「えっとですね、私の判断ではいかんともし難く……。一応三班は独立した班であり、どこかの班を特別優遇するといった事は──」
「……おべんちゃらは結構よ。……そこのネジが緩みまくって……二、三本落っことした可哀想な子とは違って──」
「誰が頭のネジを落っことした可哀想な子ですか!?」
言葉の途中でツッコミを入れてくる響音に、ビシッと指を突きつけて返答しつつも、アオイからは視線を外さない。
「……『個人』でカーリアンを応援してくれるように……あなたから頼んでくれればいい。……特にシャクナゲは──」
──念を入れて話を通しておきなさい、そういつになく強気に話を進めようとして
「シャクなら嫌な予感がするから、離れた場所から応援するってどこかに行った」
掛けられたそんな言葉に、先ほどまで『ダウト』をしていた男がいた方向を勢いよく振り返る。
そこにいたのは、可愛らしいファーの付いた白いニット帽を被った少女が、カクンと首を傾げていて。
「あと伝言。『カーリアンもオリヒメも応援してるから』だって」
そう言って、ドンマイといった感じに薄く苦笑いを浮かべて、熟れたみかんを手渡される。
それを思わず受け取ってから、テクテクと元いた場所に歩き去っていく『銀鈴』を見やり──
「……アオイに関わっている間に逃げやがったな……あの雑草野郎っ!!」
「あぁっ!?いないじゃないですか!!ヒメになんて言えば……シャクナゲのアホーッ!!」
同じくみかんを受け取ったらしい響音と顔を見合わせてから、どこぞから様子を見ているであろう『黒鉄』に、いつになく大きな声で呪詛の言葉を上げた。
とりあえず、こちらの勢いに呑まれているフリをして、自らが仕える班長が逃げる時間を稼ぎやがったニヤケ副官には……それ相応の報いを与えよう。そんな事を考えながら。