合同競技会・一回戦
やっとこさ久しぶりに更新いたします。
次回は早めに……出来たらなぁ、いいなぁ、多分。
では、いきなり一回戦へどうぞ。
「……勝ちやがった」
思わずそんな本音が口をつく。
幸い仮説リングとされた広場に夢中のカーリアンには聞かれなかったようだが、チッと思わず舌打ちを漏らしたのは露骨過ぎたかもしれない。
シャクナゲとカブトの鶴の一声で開催される事になった、第一回黒鉄七班親睦競技会(仮名)であったが、思っていたよりも黒鉄の仲間達は乗り気で、予想よりもかなりの参加希望者が集まった。
それにより急遽予選で32名にまで絞る事になったワケであるが、残った32名はそこを勝ち抜いてきただけあって、本戦一回戦にはかなりのメンツが顔を揃えていた。
まず目の前のリングにいる二人からして、共に一班と三班のコード持ちだし、今まで消化した試合だけでも、すでに『碧兵』と『音速』、それに黒鉄唯一の純正型変種である『銀鈴』までもが出てきていた。
現在は、私的に一回戦最大の目玉であった第八試合『シャクナゲ対カリヤ』が終わったところであるが、その勝者である男が仮設リング上で愛想笑いを漏らしている。
一班の『鉄拳カリヤ』を初っ端からあの雑草野郎に当てたのは、半ば以上から『負けまではしなくても、大苦戦くらいはして大恥かいちまえ』って気持ちを込めたモノだったのに、勝負はあっさりとついた。
もう、企画段階から割を食わせてくれた上、雑用まで散々押し付けられた腹いせがしたかったのに。
盛大に悔しがっているカリヤに、内心で毒を吐きつつも大きな溜め息を漏らす。
「あれ?カクリってばなんか不機嫌そうだね?」
「……別に。……きっとカーリアンの気のせい」
この企画、元々はオリヒメとカーリアン──いや、もういっそカーリアンの為だけに立案されたモノだったのに、予想に反してかなり好評だったようで、今日のカリギュラ内は一種のお祭り騒ぎにまで発展していた。
防衛班たる四班と情報班……防諜班である六班だけは、その職務の関係上不参加を決め込んでいたが、他は軒並み参加していたりするから驚きだ。
五班班長のカブトなど、お祭り気分を盛り上げる為か、様々な屋台などを出しているし、あんまり乗り気ではなかった『碧兵』コガネに、班長命令で半ば無理やりトーナメントに出場までさせたくらいだ。
不参加に徹する事になった四班の中でも、班長である『蒼』だけは大張り切りで、予選では可哀想な五班一般班員を氷付けにしていたし。
一班は一班で、模擬とはいえ競技会うんぬんよりも、三班とケリを付けてやる、とかで盛り上がってるし。
驚きなのは、普段はフラフラしている七班のスズカまでもが顔を出していたりする事だ。
まぁ彼女は、雑草野郎に付き合って顔出しをしただけかもしれないけど、ひょっとしたら能力の一端でも見られるかも……と思えば、俄然そそられる展開だと言えよう。
残念ながら、予選から一回戦までは相手がヘタレで、事前に全員が揃って棄権しくさったけど、まだまだチャンスはあるだろう。
それにつけても、やっぱり雑草野郎があっさり勝ちやがったのは癪だけど。
「さて、じゃそろそろ行ってくるわね」
「……ファイトよ、カーリアン。……相手は『アレ』だから遠慮はいらないわ」
「油断はしないよ、アイツも強いからさ」
意気揚々と広場に向かう私のカーリアンに、発破をかけながらチラッと対戦相手を見やる。
そこでしょぼくれ、大きく肩を落とした『不死身』の通り名を持つ一班班長を。
『不死身のナナシ』と言えば、この黒鉄という組織の中でも1・2を争う身体能力を持つ変種として有名だ。
正確に言えば、一番はシャクナゲで二番はナナシといったところだろうか。
ただし、ナナシの一番の武器はその高い身体能力ではない。
『超速再生』とも言える桁外れの自己治癒能力がそうだ。
その治癒能力と高い身体能力を持ってすれば、あの『黒鉄』のシャクナゲを相手に回してもそうそうヒケは取らないだろう。
しかし、私は悠々とこの試合を眺める事が出来る。
いくら二班唯一のコード持ちである『紅』でも、普通ならばあの『不死身』のナナシを相手にするには、それなりに緊張感を持つべきだろう。
現にカーリアンはそこそこ緊張しているみたいだし、あたしも発破をかけてはみた。だけど、この組み合わせに限ればカーリアンに負けはないのだ。
こんなのデキレースもデキレース。結果の見えた試合に過ぎない。
周りの観客は、『体面上一回戦最大の山場』となる『一班班長対二班班長』の試合に歓声を上げているが、事情を悟っているらしい一班の連中が集まっている辺りだけは、お通夜のような暗いムードが漂っているし。
私からすれば、この試合は一回戦のうちでも消化試合の部類に入る。
……なにせ変にウブな『不死身』は、惚れた弱味から『紅』に手を出せっこないのだから。
その向かい合う姿からしても対照的と言えるだろう。
緊張感をわずかに浮かばせながらも、やる気マンマンのカーリアンと、構えを取るべきか否かすら悩むようにうろたえるナナシ。
苦笑を浮かべながら『始め!』の声をかけるカブト──予選で雑草野郎に負けて、それから審判役を名乗り出ている──の声に、カーリアンが独特の構えを取り、その額から紅い熱線が生まれても、ナナシは構えすらも取れていない。
その細い熱線が彼女の体を走り、指先に集まって業火を生んでようやく構えを取るも、それじゃすでに遅い。
その熱線がスコープ代わりに突き出した指先から紅を生み、あやふやに構えを取ったナナシのすぐ側に着弾する。
そして着弾すると同時に燃え上がるカーリアンの『紅』。
「あんぎゃぁぁぁ────!!」
ついでに上がる『不死身』の悲鳴。
その炎が消えるよりも早く、カーリアンは次々と熱線を生み、体から、指先から紅を溢れさせていく。
耐熱仕様の服であれ、あの紅がただの炎だったのならば、今頃カーリアンは自らの紅に服を焼かれ、素っ裸だっただろう。
紅は『対象に対して発熱する指向性の高い炎』なのだ。
それが大地を舐め、宙を走る。ナナシを舐め、ナナシを食らう。
「……少しはかわせばいいのに」
律儀に毎度燃え上がっているナナシに、私は思わず溜め息を漏らしてしまう。
もうなんというか……ハッキリ言ってナナシはバカだった。
大方『一目惚れした』カーリアンとあたる事になって混乱し、頭の整理がつかないまま向かい合ってしまって、その混乱に拍車がかかりまくっているのだろう。
カーリアンとぶつかるのが嫌なら棄権でもするか、適当に紅をかわしながら頃合いよく『参った』をすればいいのだ。
でもナナシは、一方的にライバル視しているシャクナゲとぶつかる前に、棄権なんてしたくなかったんだと思う。
ついさっきシャクナゲが、自分のトコの班員であるカリヤを負かしたばっかりだし。
ウブで、愚直で、多分かなりバカ。だから私は安心して見ていられるワケだけど。
……あるいは被虐性嗜好なのだろうか?
もしそうなんだとしたら、ちょっとナナシとの距離を考えるべきかもしれない。
良くシャクナゲに勝負をふっかけては煙に撒かれたり、再生の効かない関節技を決められて悶絶してたりするし。
目の前では盛大に紅が燃え上がっていた。
カブトは観客席──という名前のリングの脇──に退避し、シャクナゲと何か話しているし、他の面々は『紅』の派手さに歓声すら上げている。
不死身のコードのごとく、どうせアイツは死にっこないと思われているのだとしたら……さすがにちょっと憐れだった。
「ナナシのヤツ、調子悪かったのかな?なんか動きが精彩を欠いてたんだよね」
「……心の病よ。……ほっとけば治るわ」
ナナシがプスプスと焦げ、いい焼き具合になって突っ伏したところで勝利を告げられたカーリアンが、帰ってくるなりそんな事を言ってきた。
う〜ん、と唸る様子からしても、さっきのデキレースに納得がいっていないらしい。
そんなしきりに首を傾げながら唸っているカーリアンに、おざなりに返しつつも小さな溜め息を漏らす。
なんというか、相変わらず彼女は鈍感だった。彼女以外のメンバー──他の班長連の大半とか、一班の連中とか──は大体ナナシの心情を読めてるのに、当の本人は全くわかっていないらしいのだ。
そういうところも彼女らしさなんだとは思う。自分がいかに魅力的な少女なのか、いかに他人の目を惹きつけるルックスをしているのかがわかっていないのだろう。
まぁ分からなくもない。そうなった事情は分かるつもりだ。
彼女の過去、『死にたがり』とまで呼ばれた暗い時代を思えば。
『他人は自分を忌み嫌うモノ』、『自分は異端』という考えが根底にはあるのだろう。
確かに昔の彼女は怖かった。
今よりもずっと強大で、今とは比べたくもない禍々しい『紅』を使い、ヴァンプ達を燃やし尽くした東海地方随一のヴァンプ殺し。
その首にヴァンプ達がかけている賞金の額も、『黒鉄のシャクナゲ』、三班のナンバー2にして近衛殺し(インペリアルキラー)『水鏡のスイレン』、黒鉄創設の根幹に関わった『カブト』に続く。
京のヴァンプ殺しオリヒメや、ロバーズキラー(盗賊殺し)とも呼ばれる『血濡れのシロツメ草』ヨツバ、関西に一大勢力を築いた『ゼフィーロス』のヘルメスを越えているのだ。
そんな彼女が自分のルックスに対する頓着や、普通の色恋に縁が薄いのも無理はない。
まぁ、彼女の視線がある一点、たった一人の男に向いているからってのもあるかもしれないが。
……本当に癪な野郎だ、あの雑草野郎は。
「一回戦はもう終わりかな」
「……みたいね。……この勝負は順当に『金剛』の勝ちみたい」
仮説リングの上では、一班最後のコード持ち、『金剛のメメ』……コードのいかめしさと呼び名のギャップだけはなんとかならないのだろうか……が、一班の意地を見せるべく三班の一般班員を圧倒していた。
一般班員とはいっても、対戦相手の男も三班の中に作られている小隊、『黒雉』の隊長格の男だったと思う。
シャクナゲ率いる最前線部隊黒狗、スイレン率いる攪乱部隊黒猫、アオイの防衛部隊黒兎小隊に比べると地味な小隊ではあるが、三班の一隊を任されるだけあって、金剛のコード持ち相手に善戦はしている。サイコキネシス系だろうか、なかなかに強力な能力を持った変種のようだ。
だが、それでも金剛の勝ちは揺るがないだろう。
「まぁ、金剛も結構強いからねぇ。相手もシャクんとこの幹部だけど、ちょっと分が悪いかな」
「……そうね、コードは伊達じゃないって事ね」
現にコード持ちは全員順当に勝ち上がってきている。敗れたコード持ちは同じコード持ちに敗れた者だけだ。
まぁナナシは、コード持ちにやられたという感じじゃないけど。
「……それより二回戦は大丈夫?……次は──」
「心配しなくても大丈夫だって!陰険オリヒメとは今日こそケリをつけてやるからっ」
「……心配はしてないわ。……信じてるもの」
一回戦は当然クジを調整して組み合わせを決めた。
三班との打ち合わせに抜かりはない。二回戦でカーリアンとオリヒメがぶつかるのも想定通りだ。
問題はカーリアンがオリヒメに勝てるかどうかだ。
カーリアンの紅は確かに強力だ。パイロキネシスト(発火能力者)の変種としては、間違いなく黒鉄最強だろう。
だけど、その紅にも欠点はある。
紅の威力は、カーリアンの感情の在り方に大きく左右されるのだ。
特に『負の感情』──怒りや憎悪といった感情に。
こんな和やかな大会では、そんな感情が出てくるワケもないし、オリヒメに対してもヴァンプに対する憎悪じみたモノは持っていないだろう。
そこに不安がないと言えば嘘になる。
「陰険オリヒメの次は誰になるんだろ?シャクのトコの組に比べたら、こっちってメンツがまだ薄いよね」
しかし彼女自身は、負ける事なんか端から考えていないらしい。
それが彼女らしいっちゃらしいけど、思わず苦笑が滲みそうになるぐらいは仕方ないだろう。
それをなんとか抑えて平静のまま言葉を返す。
「……そうね。……あっちは『黒鉄』に『音速』、『銀鈴』や『碧兵』がいるものね」
まぁ、カーリアンの組も『蒼』や『金剛』がいるワケだけど。でも『不死身』はあっさり脱落したし、まだ楽な組み合わせなのは否定出来ない。
まぁそこはそれ、散々雑用にこき使われた料金だと思ってもらうしかない。
「ん〜、シャクと当たるのは最後かぁ。まぁ、それはそれで悪くないかな」
「……そうね、カーリアンが一番になる舞台としては悪くないわ。でも──」
決勝に残るのが自分とシャクナゲだと頭から決めつけているのも、やはり彼女らしさだろう。
確かにフィナーレを飾るには、『黒鉄』を冠するあの男は相応しい相手だとは思うけど、あの雑草野郎が次を勝ち抜けるかは甚だ疑問だ。
なにせ次の相手はあの『銀鈴』だ。
黒鉄唯一の純正型にして、不思議系少女のスズカが相手なのだ。いかに黒鉄のシャクナゲとはいえ、彼女に勝つ事は厳しいと言わざるを得まい。
その事をカーリアンに告げるが、彼女は気にした風もなければこともなさげに、あっさりと言葉を返してくる。
カーリアン対ナナシ戦に関して私が思っていたような言葉を。それが当然の結末と言わんばかりの口調で。
「だってスズカってば次で絶対棄権するよ?たかだかイベント事とはいえ、あのコがシャクとバトったりなんて出来るワケないもん」
──この組み合わせみたいなのをデキレースって言うのよね、きっと。
そう、そう言って肩をすくめてみせたのだ。