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合同競技会・その後……

前回も前々回も含めて、おまけのようなものです。

蛇足です。

でも、やたら時間がかかった……。

とりあえずシンフォニアでは一番長い話ですね。


どなたかがノクターンの感想で述べられていた、『スズカのいい子いい子作戦に、カクリが対抗意識を持つ』下りをいれた話です。


これで完結……なのかは微妙ですが、競技会編は完結ということでお願いします。


ほんとお願いします。








 結局、綺麗に平地に地ならしされた区画は広場として使われる事になった。

 平時には憩いの場として利用され、戦時には物資を前線に送る補給地点として活用される事になるのだろう。

 また、街の外から流れついてきた人々を受け入れた際に、しばらく生活の場として使われる事もあるかもしれない。

 いくら廃墟ばかりの街であれ、食うに困って流れついてきただけの人間に、いきなり住居を与えるわけにもいかない。

 そんな事をすれば、今まで廃墟の都を復興すべく頑張って、その働きでもって街に居場所を得た人々が不満を持つ事にもなりかねないからだ。

 自分達が苦労して整備し、食料を得る為に開発した街なのだ。後から来た人間にもそれに見合うだけの苦労をさせるべきだと考える者は絶対にいる。

 また、そういった難民達を装った他勢力の間者がいる可能性もある事から、しばらくは仮住まいとして一纏めに生活させる場所として広場のような場所は有効なものだ。

 とりあえず幾つか小屋を建てた他、大きめの屋根だけを作り、雨を避けられる場所を作っただけの住居とも言えないものしかない広場は、その集合住居にも満たないみすぼらしさゆえに

『街の復興の為に頑張ってくれた人達を無視してるわけじゃありませんよ』

『みんなが頑張って得た食料と住居を簡単に分けてやってるわけじゃないですよ』

『ちゃんと期間を置いて、これから街の為に頑張ってくれそうな人を見ていますよ』

 というような、元から街にいた住民達に対するアピールにも繋がる。



 ……とりあえずシャクナゲはそう納得する事にして――無理矢理自分を納得させて、それでも抑えきれなかった大きな溜め息を漏らした。


「お前らが競いあってばかりだから、予定より早く作業を切り上げるしかなかっただけだって事は、もちろん分かってるんだよな?」


 いくらその《広場になってしまった空間》の有効な使い道を考えてみたとしても、元々はちゃんと建物があった場所であるだけに、無理矢理付随させた《有用性》程度では見合うはずもなかった。


「それは陰険オリヒメのヤツが――」


「カーリアンのおバカが――」


 反省させる意味を込めて、目の前で正座させた二人は全く同時にそう口を開いて。

 そして次の瞬間には全く同時にお互いに目をやって。


『ふんっ』


 そしてこれまた同時に顔を背けてみせる。


 ――ここまで息がぴったりで仲が悪いってのは、それはそれでスゴいんじゃないか?


 顔を背けながらも、『こいつが悪い』とばかりにお互いを小さく指でちょいちょい指し合う二人を見て、げんなりとした風情で溜め息を漏らす。

 顔を背け合っているのだから相手が自分を指さしている事など見えないはずなのに、そんな仕草までぴったりシンクロしている。


「とりあえずな、もうキリがないから――はっきり言うなら、『整備した端からめちゃくちゃにするヤツらがいるから』、一旦これで作業は切り上げるけど……どうにも我慢出来そうにないから一言だけ言わせてくれ」


 そんな二人に、監督役でありながら一番よく働いた彼はこめかみの辺りをピクピクひきつらせる。

 一応シャクナゲの名誉の為に言っておくなら、彼は決して短気でも、我慢が出来ない質でもない。むしろ彼はかなり我慢に我慢を重ねて、他人なら投げ出してもおかしくないような仕事をこなしてきたぐらいだ。

 それでも、片した端から仕事を増やしていく二人に、ついに堪忍袋の尾も擦りきれ、一旦言葉を止めて勢いを溜めてから、ガァーっと吼えるように言葉を張り上げた。


「お前ら全っ然、全く、これっぽっちも反省してないだろっ。なんで俺が一番真面目に罰仕事してんだよっ!あれか、つまりはこの共同作業の主旨を分かってないのかっ?」


「えっと……いや、あたしは反省してるんだけどね、この腹黒が――」


「ウチは反省してるんよ?でもこの赤毛が――」


「あのな、それの『どこが』反省してんだよ、お互いのせいにしあってるだけで、どこをどう見たら自分の行動を省みてんだ?」


「……むぅ」


「……うぅ」


 正直な話、今回はちょっとまずかったかな、と二人共思ってはいたのだ。

 もし、各々が一人ずつ並べられて叱られていたのなら、あっさりと『ごめんなさい。調子に乗ってました』と謝っていただろう。

 カーリアンは本当の仲間が出来た嬉しさに舞い上がり、いいところを見せようとオリヒメにことさら張り合っていた事を自覚していたし、オリヒメはオリヒメで、カーリアン率いる二班の思わぬ士気の高さに焦りが出て、ちょっとばかり気合いが空回りしていたかなぁ〜なんて事を考えたりもしていた。


 ――罰作業として区画整理が任された辺り一帯が綺麗に地ならしされた辺りで、さすがの二人も一応我に返ってはいたのだ。

 作業六日目にして大喧嘩をかまし、結果として六日分の作業をきっちり無に返したのだから当たり前だ。


 だから自分一人だけが呼ばれたなら謝れた。

 ごめんなさいと迷惑をかけた事を謝って、しゅんとして説教を受ける事が出来ただろう。

 でも、二人揃って呼び出されて、並んで正座をさせられたらもうダメだ。

『こいつの前で自分の方が悪かったなんて、間違っても言えない。言いたくない』

 と互いに考え

『相手が謝ったなら、自分も反省しよう』

 なんて後だしを二人して考えてしまったのだ。

 そして、今になっても張り合っているそんな二人の考えが分かってしまったから、シャクナゲの我慢もついに切れてしまったのである。


「あのな、二人は班長として立てられた。それは力を見出だされただけのものだった事は間違いない。黒鉄に来たばっかりの頃に、それまでいた古株達が大勢倒れた関係でいきなり一つの部隊を任されたんだ。確かになかなか人を引っ張るって事には慣れないだろうさ」


 二人が黒鉄に籍を置いたのは、共に丁度一年ほど前の事だった。

 正確に言えば、オリヒメの方が数日ほど早かったのだが、それも一月と変わらない。

 そして彼女達二人がやってきた時期は、黒鉄にとって大きな変換を迎えた時だった。

 彼女達が来てしばらく後に、周囲一帯にある大小の勢力を巻き込んだ大規模な戦闘が廃都の郊外で起こり、大勢の仲間達が倒れたのだ。

 そして黒鉄の創始者であり、実質上リーダーでもあったアカツキの命が潰えたのもその時期である。


「でもな、いつまでもそれじゃ困るんだよ。分かるか?俺もカブトも……アオイやアゲハだって『二人なら大丈夫だ』ってこの街の仲間に見栄をきって班長に推したんだよ。『今は半人前でもずっとそうじゃないから』ってな。それは二人にも、ちゃんと仲間達の意思が息づいているって思ったからだ」


 それを思い出したのか、カーリアンもオリヒメもしゅんと俯いた。

 カーリアンはその時に亡くなった《錬血》を思い出し、オリヒメは《双刃》を思い出していたのだ。

 二人はその時に、自分達の力を見出だしてくれ、なにくれと世話を焼いてくれた先輩黒鉄を失った。

 自暴自棄ではあれど、基本的に当時は無気力だったオリヒメには、淑やかで落ち着きがあり、聞き上手なところがあったサザナミという女性が付いてくれた。

 同じく自暴自棄でありながら、こちらはやたらと自棄っぱちな行動を取りがちで、自殺行為にしか見えない危ない真似を繰り返してばかりいたカーリアンには、彼女を力ずくで抑え付けて、拳骨の痛みと彼女以上の力で持って手綱を握れるミヤビという女性が付いていた。

 共に、二人にとっては先輩である以上に師匠のような存在で、返しきれない借りと恩がある人間だ。

 僅か一月ちょっとでしかないにしても、その時間は二人に大きな影響を与えた時だった。

 シャクナゲもまた、当時の仲間達を思い出し落ち着きを取り戻したのか、その口調が幾分柔らかくなる。


「……今回は関西軍が不穏な動きを見せてるって噂もあるからここで作業は打ち切りだ。

 でも、二人にはよく考えてほしいな。本当に相手だけが悪かったのか。俺がなんでこんな共同作業って形で――役割や仕事の場所を分担させないで作業をさせたのか」


 ――とりあえずしばらくはそこで並んで正座しとけ。今回は俺が責任者ってことで、アオイやカブトに頭を下げとくから。


 そう言って、シャクナゲはまだまともに建てられたまま残っていた小屋に二人を残して出ていった。

 まだ機嫌が悪いのか、やや荒々しい足音を立てている辺りが彼らしくない。それがまた、二人に『怒らせた』という自覚をうませて肩をすくませる。


「……」


「……」


 しばらく無言のまま正座をしていて。

 それでもお互いが気になるのか、時折ちらちらと視線を向けあって。

 目が合いそうになると二人揃って視線を大きく外すものの、少しだけ間を置くとまた視線をさまよわせ始める。

 そんな事をお互いに繰り返していた。

 お互いがお互いを伺うなんて事自体、この二人には珍しい事だった。

 互いに

『こいつに負ける事があったなら、相手を巻き込んで自爆して、負けた事実そのものをなかった事にした方がまだましだ』

 とか

『こいつに道を譲らなければならない事態があったのなら、道そのものを壊して誰も通れないようにしてやる』

 とか考えているような二人なのだ。

 怒られたからといって、素直に『ごめんなさい。私が悪かった』なんて言えるはずもない。


 でも――


『俺が代わりに頭を下げておくから』


 シャクナゲのその言葉がどうにも頭から離れない。

 散々迷惑をかけた上に、それを上塗りするかのように罰仕事を手伝わせ、さらには頭まで下げさせるなんて情けないにも程がある。

 しかも相手はシャクナゲだ。自分達の命の恩人であり、今の居場所を与えてくれた人だ。

 その人物に信用されて任された班長という役職と、それにあまり応えられていない自分。

 黒鉄に来て一年経った今でも散々迷惑をかけ続けて、色々と骨を折ってもらって、その上で尻拭いまでさせているなど、それはそれで堪え難い事だった。

 だからさっさと反省をして、自分の過ちを認めてしまって、何も悪くない彼じゃなく、自分が代わりに迷惑をかけた人々に謝るべきなんだと考えてはいる。

 そうしたいと思ってはいるのだ。

 ただ、それでも隣の相手に頭を下げる事にはどうにも抵抗がある。


『さて、どうしたものか』


 カーリアンはそう考えた。もちろんオリヒメも同じくそう考えた。

 冷静な思考ではさっさと謝罪すべきなんだと分かる。そうして、他に頭を下げるべき相手に向かって歩き出すべきなんだろう。

 むしろ先に謝った者勝ちなんじゃないかとすら思う。

 でも、相手が相手だ。

 犬や猫に土下座する事はあったとしても、こいつに謝る事だけは生涯ないだろうと考えてきた相手なのだ。

 相手に謝らせるというシチュエーションなら思い浮かべた事があっても、自分から謝るという状況は考えた事はない。




 ――コンコン。


 そうしてお互いに考えが迷走し、遁走し、ワケがわからなくなり始めた時の事だった。

 律儀に正座をしたままの足が痺れてはきたけれど、隣の相手が足を崩す前に弱音を吐くなんて出来なくて

『あぁ、こいつ、いい加減意固地になってないで足を崩さないかな』

 といった考えに迷い混み

『相手が足を崩したら謝るのは自分からにしよう。一勝一敗、引き分け、イーブンなら問題なんてない。むしろ後々の事を考えればこっちの勝ち』

 なんて事をこれまたお互いに考えて、無言のまま我慢比べの火蓋が切って落とされた時だと言ってもいい。

 入り口のドアが軽くノックされて、よく見知った少女がピョコンと顔を覗かせたのだ。


「あっ、ここにいた」


『……スズカ?』


 驚くほど細く艶やかな銀髪と、太陽を一杯に浴びた紺碧の海を思わせる瞳。

 真っ白で染み一つない肌。

 ドアから覗き込み、ちょこんと小首を傾げた仕草をしてみせる彼女は、まるで世の中にある可憐さや可愛らしさを凝縮させた存在であるかのようで、我慢比べをしていた事や声が被った事実を二人に忘れさせた。

 正直な話をすれば、色々な意味で隣に並んで座らされている相手など比べ物にならないぐらいのライバルになりうる相手で、ルックスだけを見比べてみても白旗を上げるべき相手だ。

 それだけではなく、黒鉄としての戦績や能力の高さを見比べてみても、黒鉄最強の能力者と名高い目の前の少女は遥かに格上の相手である。

 情けない話ではあるが、確実に勝てるところなんて背の高さぐらいしかないんじゃないかと思えてしまうほどだ。

 頭に被ったニット帽だけは可愛らしいものの、洒落っけのないチャコールグレーのジーンズと、刺繍でイニシャルが刻まれただけのTシャツに地味なダウンベストなどといった服装は、その素材を全く生かしきれていない。

 しかしそんな服装であってもそう思えるのだから、着飾ったりなどされたら女性である二人でもクラッときてしまうだろう。

 そんな事を湯だった頭で考える二人を前に、スズカはてくてくと歩み寄る。


「……こうなるとは思っていたけど、やっぱりシャクは甘い。

 ――だから私が怒ってあげる」


 そして溜め息混じりにそう言って、軽く……本当に軽く、二人の頭に拳骨を落とした。

 痛くはない。本当に当ててみせただけの拳骨だ。

 もっとも、《黒鉄最強》はシャクナゲかスズカかとまで言われる彼女が本気で拳骨を頭に落としたりすれば、どんな石頭でもあっさりとかち割れていただろうが。


「……いい加減にしなさい」


 やんわりと、でもその形のいい瞳を出来うる限り怒らせてみせたスズカは、腰に両手を当ててそう言った。

 その表情には呆れも混じってはいたものの、どちらかと言えば本当に怒っているらしい色が見える。

 そんなスズカの様子に呆気に取られていた二人へと向かって、彼女は一言一言を区切るようにして言葉を続けた。


「二人がお互いに謝れないのは二人の問題。それに関しては私も何も言わない。好きなだけ意地を張りあっていればいい。それもコミュニケーションの一つだと割り切る事は出来る」


「……むっ」


 誰がこいつとコミュニケーションなんか――。

 そう言いたげに唇を尖らすカーリアンと、あまりスズカと関係が深いとは言えない為か、言葉には出さないものの似たような顔付きをしていたオリヒメ。

 そんな二人を前にしても、スズカはなんの躊躇いも見せなかった。

『私は怒っている。反省しなさい』

 とばかりにジロリと二人を見やる。


「でも、そんな風に二人でやり合う前に謝る相手がいるでしょう。それも今の二人には分からない?」


『……うっ』


 謝る相手。それが誰か分からないわけじゃない。

 いや、今回の件を鑑みれば、一番迷惑を被って、割りを一身に食らった人間は一人しかいない。

 それが二人とも分かっていたからこそ、次の呻き声は綺麗にシンクロした。


「二人がお互いに謝れない事と、彼に謝れない事は別。少しぐらいならお互いの意地に他の人を巻き込むのも構わない。仲間なんだからそういう時もある」


 そう言って、スズカはジッと二人を見やる。

 今度は悲しそうな色が浮かぶ瞳がクリティカルヒットだった。

 さっきまでと同じように、睨んだままでいてくれたのならまだ救いはあった。

 そうすれば二人とも、持ち前の負けん気が出てきたかもしれない。

 あの手この手で言い逃れをしようとする気力もあっただろう。


「でも甘えるだけ甘えてケジメを付けられないのはダメ。そんなのは仲間じゃない」


 でも、言葉を終えたスズカは本当に悲しそうに二人を見ていて。

 ジワッと涙を溜めていて。

 下手に睨まれるより、ずっと居心地の悪い空気が二人を包む。

 オリヒメはカーリアンほどスズカと仲がいいとはいえないが、喧嘩がしたい相手と思った事もない。

 なるべくならこの少女の敵に回りたくはないし、出来るなら良好な関係を築いていたい。

 それでも距離を縮められないのは、スズカの持つ《純正型》というステータスが壁となっている部分が大きいからだ。

 純正型……つまり自分達のような一般的な人の変異種とは、比べ物にならないほどの力を生まれもっているという認識が僅かにあったからである。

 それを自覚していたからこそ、まるで彼女を腫れ物か何かのように見ているような後ろめたい気持ちもあった。

 そんな理由もあり、仲がいいカーリアンはおろかオリヒメまでもが猛烈な悔恨の念に包まれる。


「……そんな二人の事は嫌いになる。お互いの事ばかり見て、周りを見れない二人は見たくない」


『ごめんなさい』


 ついにポロポロと涙を流し始めたスズカに……嫌いになると言った側であるスズカの涙に、二人はついに折れて頭を下げた。

 そんなスズカの涙の理由を、カーリアンは知っている。

 スズカは自分から誰かを嫌いになったりなんて出来ないような寂しがりである事を知っている。

 それでも『嫌いになる』と言ってみせた言葉の持つ意味の大きさに、隣にいるオリヒメの存在を忘れてスズカに頭を下げた。

 オリヒメはスズカが――黒鉄最強の銀鈴が泣いている事に罪悪感を感じた部分も大きかったが、単純に見た目は年下にしか見えない少女の涙に、持ち前の姉御肌な性格が震わされた。

 同じ年だと知っているはずなのに、その見た目にグラッときたのだ。


 この辺りも二人はよく似た性格をしている。

 共に姉御肌なところがあり、向かってくる相手には強くても、弱さを見せる相手には強く出られない。

 周りに頼られたりするとコロッとその気になり、力をいつも以上に発揮したりする反面、自分に非があってそこを攻められたりすると弱いのだ。


「私に謝ってもダメ。私に謝っても私は許さない。謝られる理由もないのに許せない。いいコだからちゃんとごめんなさいをしてきなさい」


『……はい』


 紅と蒼。

 黒鉄が誇るトラブルメーカー二人は、黒鉄の名前を持つ男ですらも矯正出来ないぐらいに強がりだった。

 最後には匙を投げて、お互いに反省を促してみせただけだ。

 そんな二人も銀鈴には形無しだった。ほとんど秒殺だった。

 もしこの成り行きを見ているものがいたなら、黒鉄最強が誰かはここに決したと思うかもしれない。


「ちゃんとごめんなさいをすれば許してくれる。シャクは私がひどい事をした時、ごめんなさいの意味を教えてくれて、私がした事を許してくれた。だからあなた達も強がりはここに置いて、素直に謝ってきなさい」


 ――二人の勝負はこの銀鈴のスズカが預かった。それならしばらくは素直になれるでしょう?


 そんな事を涙を拭いながら言うスズカに……僅かに微笑んでそういうスズカに、カーリアンは元よりスズカに耐性のないオリヒメはクラクラとくる。

『なんでこのコは、こんなに大人っぽく見える時があるんだろう? 反則よ、反則っ』

 なんて事を考えながら、二人は揃ってゆっくりと立ち上がった。

 足元から電撃にも似た痺れが駆け上がるが、それでもヨタヨタと足を踏み出す。

 いざ謝りに行こうという段になっても、無意識の内にお互いより一歩でも先に歩き出そうとする二人の仕草は、これまた綺麗にシンクロしていた。


「いてて、足がヤバい。本気でヤバいけど……今から行ってくるねっ。

 ほら、オリヒメ。あんたフラフラしてんじゃないの」


「へっぴり腰のあんたに言われたないわ。なんなら手ぇ貸そか?」


「二人揃って地面に転がるだけになりそうだから遠慮しとく」


「ふん。ほな、行こか。どこにいはるんやろな?」


 そんな二人は、二人揃って強がりの代償を背負ってフラフラになっていた。顔も心持ち青く染まり、若干ひきつってすらいる。

 それでもまだお互いに強がってはいたが、その距離はいつもよりも断然近かった。

 売り言葉に買い言葉ではなく、売り言葉に売り言葉の応酬で、普段ならこの時点で際限なく意地の張り合いになっているところであるのに、そうなっていない点だけ見ても全然違うと言えた。


「ちゃんとごめんなさいをしてきたら、いいコいいコしてあげる」


 そんなスズカの言葉に見送られて二人はフラフラと歩いていく。。

『あたし達はどこまで子供扱いされているんだ』

 という言葉は飲み込みながらもなんとか苦笑を浮かべて、手をひらひらと振っているスズカに視線を向けた。


「あぁ〜っと、あの……」


「えっと……なんというかな、その……」


 ごめんなさいはいらないと言われた。それを言う相手が違うと怒られた。

 でも何か言うべき言葉があるような気がして、二人して口ごもる。

 そんな二人が、一体何を言いたいのかが分かっているかのようにはにかみながら、スズカはコクコクと頷いてみせる。


「ありがとうは後で聞く。私は後でいい。ここにいるから」


「……わかったっ!じゃあすぐに行ってくるから、ここにいてよ?」


「じゃあ、ちゃんと謝ってくるわ。うん、大丈夫やから、心配せんでええよ。ここに帰ってくるまでは勝負は預けたまんまにしとく」


 隣には、いまだ競うべきライバルがいる。それは変わらない。

 でも、今はお互いに出し抜いてやろうという考えは持っていなかった。

 お互いを出し抜くにしても、それには見合う時というものがあって、今はその《時》ではない事が分かったからだ。

 お互いがお互いに気に食わない。鼻持ちならない。いつか一度きっちりとケリをつけるべき時がくるだろう。


 それは予感なんてものでもなければ、

『気に食わないからいつか泣かす』

 などという考えによるでもない。

 単にその時がくるという確信だけがあるだけだ。


 でも、そんな風にお互いを終生のライバルとして見ているだけに、相手の事を認めている部分もあった。


『こいつは気に食わないヤツだけど、面と向かって喧嘩を売ってくるだろう』

『不意打ちなんて姑息な真似はせず、堂々とハンカチを投げつけて宣戦布告をしてくるだろう』

『だったら、預けた勝負を返してもらいにいくまでは矛を収めてやってもいい。今すぐじゃなくても、いつかはケリを着ける時が絶対に来るんだから』


 そう考えて

『もし自分が道を間違えたのなら、いの一番に止めにくるのはきっとこいつなんだろうな』

 なんて事をお互いに考えてもいる。

 その時には、きっと喜び勇んで相手の非を打ち鳴らし、真っ向から

『ようやくこの時がきた。今日こそケリを着けてやる』

 ぐらいは言ってのけるだろう。そんな妙な確信がお互いにはあった。

 何故なら、相手が道を違えたのなら、間違いなく自分も一番に飛んでいってそうするだろうと思えたからだ。




「言っとくけどね、あたしは負けるつもりなんてさらさらないから」


 二人して覚束ない足取りでありながらも、なお競い合うように歩を進めていた時にカーリアンはそう宣言する。

 何にたいしてかは言わない。隣の相手には言うまでもなく伝わっているだろうと確信していたからだ。


「ふん、ウチかてそんなつもりはない。あんたに負けるつもりなんかこれっぽっちもないわ」


 オリヒメの方もその辺りには言及しない。

 歩調はフラフラしたままでも、相手に遅れないように足を踏み出しながら、お互いを見る事もなくそう言葉を交わす。


「これは喧嘩売ってんじゃないわよ」


「こっちも喧嘩売る気なんかない。今日は銀鈴の顔を立てるって決めたんやから」


「じゃあ今日のとこは引き分けで勘弁しといたげる」


「それもこっちのセリフやわ。引き分け再試合なんて展開は好きちゃうけど……仕方ないやろ」


 ふんっ、とそっぽを向いて。

 それでも、なんとなく肩を並べたままで。

 二人は目的の男がいるであろう場所に、フラフラとしながらも歩いていく。




 この二人は本当によく似ていた。

 性格や雰囲気などというものではなく、本質的なものがよく似ていたのだ。

 きっとこんな風にお互い張り合い、顔を付き合わせればぶつかり合ってばかりでいながらも、何事もなければずっとそんな関係を維持したまま離れていく事もなく、お互いを嫌い合いながらもなんとなく気にして、そんな形でやっていくだろう。

 炎と氷。蒼と紅。

 彼女らの道が違える時は、きっと本当に些末な切っ掛けが原因で、ちょっとした間の違いによるもので、もし逆の立場であれば立ち位置も反対になって。

 そして、間違えた方を止める為に――あるいは迷っている方をひっぱたく為に、もう片方が顔を突っ込んでいくのだろう。

 蒼はきっと静かな怒りと凍える蒼き力を持って。

 紅はきっと感情を露にし、燃え盛る紅の力を持って。

 そして、二人が二人ともその時に道を違えるのは自分じゃなくて相手の方だ、なんて風に変に確信している辺りまでがそっくりだった。


「いい? 一言目はごめんなさい、でいくわよ」


「なんであんたが仕切んねん。ウチがごめんなさいっていうから、あんたは横で頭だけ下げといたらええ」


「なんであたしが脇役なのよ。どっちかっていうと、あんたは来なくてもいいんだかんねっ」


「あんたに任せてたら、シャクの機嫌が修正不能にひん曲がるわ」


 相も変わらず張り合って。

 今度はどっちがメインで謝るかを競いあって。

 それでも、勝負を預けたままである事を覚えていたから、互いに角を突き合わせたまま睨み合うだけで。


『ふんっ』


 そしてこれまた同時にそっぽを向く。

 互いに邪険にしてはいても、いつものように力を発露させてケリを着けようとはしない。

 いつもであればこうやって睨み合った段階で、副官少女二人以外の人間は、即座にエマージェンシーを発令して退避行動を取るレベルであるのに、力は欠片も現されない。


「……嫌で嫌で仕方ないけど、今日だけは仕方ないわ。一斉のせでごめんなさいだかんね」


「……今日だけやからな。今日だけあんたの前で頭下げる事にするんやから」





 こうして。

 第一回、黒鉄親睦競技会(仮)は仮名のまま終わりを迎えた。

 特に得るものもなく、物的被害ばかりが出ただけの散々なものだった……そんな印象を大多数の人間に植え付けて。


 でもほんの僅かな人間だけは知っている。

 何も得るものがなかったわけじゃなく、少しだけ得たものがあった事を。

 死んだ魚の目のような虚ろな瞳になった頃になって、ようやく地獄の一週間耐久不眠勤務から解放された二人の副官少女の苦労が、ほんの少しだけ報われていた事を。


 その立役者は

『やっぱりシャクには私がついていないとダメ。この二人も手がかかる。目が離せない』

 なんて事を考えながら、ちょっとだけ素直になった少し高い位置にある二人の頭に手を伸ばし、いい子いい子をしてご満悦だったとか。


 小さくなりながらも、大人しくいい子いい子される上司の姿を見て、死んだ魚より生気のなかった副官少女二人の瞳に炎が宿ったり宿らなかったりしたとしても、それはまた別のエピソードだろう。


苦労しました。

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