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合同競技会・終幕1後片付け編

遅れました。ぶっちゃけちょい寝るつもりが爆睡で、日付変わるまで一度も目が覚めませんでした。

次回は一応ラストです。

オリヒメがちょっと表に出る話になる予定。

はやく更新……出来たらいいなぁ。







「よっしゃ、今日も頑張って行くわよ、みんなっ!」


 雄々しく拳を突き上げながら、カーリアンは周囲に集まっていた二班有志のメンバーにそう声をかけた。その声からはどこまでも上機嫌な事が伺える。

 とても『罰仕事』をさせられている人間の出す声ではないし、そんな雰囲気もない。

 いかな彼女でも、最初の頃――あの黒鉄の黒歴史に燦然とその名前を残した『第一回黒鉄競技会(仮)』が終わったばかりの頃は、さすがにしおらしい態度だった。彼女とてやり過ぎた自覚は十分あったし、これでまた仲間達に怖がられて距離を置かれるかも……という考えに憂鬱にもなった。

 しかしそれも罰仕事も四日目ともなれば、その名残はすでに欠片もない。

 当初こそ自分のせいで……カーリアンからすれば自分が3、オリヒメが7の割合で悪い事になっていたが……仲間達に迷惑をかける事に対する申し訳のなさから小さくなってはいたが、彼女の性格からしてそんな態度が三日と持つはずがないのだ。

 朝早くから全くもっていつも通りの様子で、オリヒメとぶつかり合って綺麗に平らにした一角の中心部に立つと、集まってくれた数十名の仲間達の中心に立って勝鬨のごとき声と共に気炎を吐いていた。


 彼女は今日も絶好調だった。

 昨日の仕事がカーリアンなりにかなり満足のいくものであった事も大きいが、何より今日も自分を手助けするべく集まってくれた仲間達の存在が嬉しかったのである。


 彼女は今までずっと自分は二班の中でも一人ぼっちなのだと思ってきた。カクリ以外の仲間達は、嫌々ながら自分と同じ班にいてくれているだけだとばかり思ってきたのだ。

 死にたがりの紅。

 カーリアンが持つその二つ名は、同族殺しとしては随一の知名度を誇っている。

 主義も主張もなく、自らが生きる為ですらもない。ただ同族を――力を誇る新たなる人間を、憎しみという焔で殺し続けてきた悪魔として、その名前を知らぬものは黒鉄には一人もいない。

 京の同族殺したるオリヒメとは共通点の多い彼女だが、この二人の間で大きな違いを挙げるとすれば、オリヒメは徹底的に復讐相手を打倒する為だけに力を振るい、その結果として同族殺しとして名を馳せた事に対し、カーリアンは力を持つ人間とそれに従った全てに憎しみを向けた点がある。

 オリヒメは彼女が家を離れている隙に兄弟を殺され、その報復を果たす為だけに動いた。なんとしても仇の情報が必要だったから無闇に敵は殺さず、必要な情報をくれた相手は生かして情報を得る方法をとった。

 カーリアンは自らの目の前で両親を殺され、その結果力に目覚めた。しかし、次の瞬間には制御の効かない力が仇を討っており、そんな過程では彼女の憎しみが晴れるはずもない。

 結果、彼女は仇とよく似た人間……力でもって好き勝手する人間とそれに従う人間に憎悪を向けて、その全てを敵としたのだ。

 そんな違いから、同じ同族殺しではあってもカーリアンとオリヒメに対する仲間達の評価は全く違う。オリヒメは当然の怒りを仇に向けた人間で、カーリアンは八つ当たりで死を振り撒いた殺人鬼と認識している者も少なくはないのだ。


 残虐なる殺人鬼。灼熱纏う死神。黒鉄最強の炎使いにして最悪の焔使い。

 そう仲間達に思われている事をカーリアン自身が知っている。そんな自分は怖がられていて、恐れられている事が当たり前で、いくら『あの時』から変わったつもりではいても、避けられるのは仕方のない事だとそう思ってきたのだ。


 だからオリヒメと共に、二班と四班の連帯責任として人数を集めて綺麗さっぱり平らになった区画を整備する事になった当初は、正直に言えば憂鬱で憂鬱で仕方がなかった。

 オリヒメはきっと仲間を集めて作業をするだろう。なんだかんだで面倒見がよく、班長のくせに妙に手のかかるところがある彼女は、同じ班の仲間達から人気も高い。

 でも自分は一人でやらなきゃならない。

 監督役になった男とその交代要員の少女に、誰も助けてくれる仲間を集められず、たった一人で作業をする寂しい姿を見せる羽目になるだろう。

 そんな情けない姿を見せるのが嫌で嫌でたまらなかった。

 そんな考えに、重い足を引きずって初日作業すべくやってくれば、そこには見覚えのある仲間が十数人もいてくれたのだ。これには喜ぶよりも先に驚いてしまい、思わず自らの頬をつねってしまったぐらいだった。

 最初はカクリが頼んでくれたのかと思った。

 自分の副官である少女ならば、そのぐらいの気は回してくれるだろう。

『カーリアンに恥をかかせるぐらいなら、自分が七代先まで語り継がれるほどの赤っ恥を全世界に晒した方が全然マシ』

 などと大真面目にいうぐらいなのだ。

 前日にアオイに引っ張って行かれて以来会っていなかったが、彼女ならば事前に手を回すぐらいやってのけても不思議ではない。

 そう思ったのだ。


 しかし例えカクリの手回しであっても助かった。それは事実だ。

 だからみんなを怖がらせないように、出来るだけ隅っこで仕事をしよう。一人っきりの寂しい姿を『あの二人』に見せなくて済んだだけでも十分に有難いのだから、これ以上何かを望むなんて贅沢ってものだ。

 そう考えて、カーリアンがキョロキョロと自分の立ち位置を探していた時の事だった。

 その集団がいともあっさりと彼女に――怖がっているはずの班長に近づいてきたのは。

 そして困惑を通り越して立ち竦んでいたカーリアンを囲むと、仲間達は口々に彼女へと声をかけてきたのである。


『惜しかったなぁ、競技会。あのまま続いてたら絶対ウチの班長が勝つって思ってたんやけど。無効試合やったらそらしゃあないわな』

『そうそう。あんまり気落ちしなくても、ウチらはみんなカーリアンが勝ってたって信じてますからっ』


 などと、カーリアンと同じぐらいの黒鉄歴を持つ若い仲間達は口々に言ってくれて。


『よしっ。じゃあチャッチャと片付けて、競技会で付けられなかった決着はこの片付けの出来で付けちゃいましょう』

『四班の連中に、俺ら二班が内勤ばっかしてる頭でっかちじゃないってとこを見せてやるか』


 なんてカクリの側近達が腕捲りをしながら笑ってみせて。


『いつも班長には助けてもらってますからっ。俺らに任せて班長は休んでてくれていいっスよ!』

『わ、わたしも手伝わせてくださいっ!足は引っ張りませんからっ』


 カーリアンが班長になってからの新入りメンバーは、そう言ってキラキラとした瞳を向けてきて。


 あれ?と思った。

 なんで?とも思った。

 ひょっとしてカクリに頼まれたから来てくれたんじゃないの?なんて都合のいい考えが浮かびかけ、それをあり得ないと振り払った。

 ついでに雲の多い空を見上げて、今日もいい天気だなぁなどと現実逃避までした。

 そうしてしばらくフリーズしてからちょっとした希望を――あり得ないはずで、望めないはずで、でもひょっとしたらという想いを持って、カーリアンからすれば望んでやまない希望へと考えを馳せる


 ――あたしは仲間で、ひょっとしたら仲間だからあなた達はあたしを助けてくれるの?


 だって一人だと思ってきて、一人だったはずで、みんなは自分を怖がって、恐れていたはずだったのだ。それだけの事をしてきたという自覚もある。

 自らの手は血塗れで、人を焼き殺した時の異臭が消えない人間なんだと知っている。

 だから呆気に取られて、間抜け面をさらして。

 そんなカーリアンをそっちのけで、集まったメンバーの中では古株の数人が仲間達に指示を出していく。


『数はまだ負けてっけど、数で勝負してんじゃねぇからな。少数精鋭だ、少数精鋭。ウチは元々数が少ねぇんだから、参加比率じゃ全然負けてなんかねぇぞ』

『でも明日以降はもうちょい声かけて頭数増やそうよ。目指すは完全勝利っしょ?』

『シフト入ってないヤツ全員引っ張ってくるか。最近は表で戦闘もないし、手が空いてるヤツもいるだろ』

『てかね、ウチのメンバーで班長に借りがないヤツなんていないんスから、適当に首根っこひっ捕まえて連れてくりゃいいんスよ』


 しかもなにか彼女の預かり知らぬ間に、明日以降はさらに人数を集めようと話を進めていたりまでする。


『ま、ともあれ今日はこれでやるか。手ぇ抜くんじゃねぇぞ、ウチが纏まりがない班だって思われると、そのままカーリアンやカクリのメンツに関わってくるんだからな』

『あいあいさー』


 むしろ陽気な雰囲気で話を纏めると、円陣まで組んで気合いをいれていた。

 どうすべきか、どう考えるべきか頭が回らず、いつもなら隣にいるはずの白い少女に意見を求めようにもここにはおらず、とりあえずボーッと成り行きを見守るカーリアンに、円陣を組んでいた一角がバラけるとちょいちょいと手招きをされる。


『いや、カーリアンが入らなきゃ俺らだけが空回りしてるみたいだろ』


 えっと……、やるの?なんか恥ずかしくない、それ?

 なんて思いながらも、いつの間にやら円陣の中に自分もいて。

 揃って声を上げるメンバーに気圧されながらも同じく声を上げていたりする。

 その後、メンバーの中ではカーリアンよりもやや年かさの女性が、その場にいる全員に赤い布切れを手渡していく。

 それはただ紅く染められただけの腕章だった。安物の安全ピンすら付いておらず、針金を折り曲げて作ったクリップもどきで服に留めるだけのものだ。

 それを皆に渡していき、一際大きく作られた腕章をカーリアンに手渡した。


『紅薔薇会からの差し入れ。ほら、やっぱお揃いの何かが同じ目的に向かって進むチームには必須でしょ?』


 ――紅薔薇会って何?

 そんなカーリアンの疑問には誰も答えてはくれなかった。二班内部で着々と勢力を広げつつある紅薔薇会なる謎の集まりについて、カーリアンだけがその存在を知らない事は周知の事実だったからだ。

 みんながみんなその『本人非公認のカーリアン親衛隊』に入っていたわけではないが、小さく苦笑を漏らしただけで揃ってその腕章を付ける事には誰も異議を挙げなかった。


 結局三日経っても紅薔薇会なる謎の会についてカーリアンは分からないままだったが、それでも構わなかった。

 『同好の志による集まり』という説明で納得する事にして、彼女の直感が訴えかけてきている不可思議な違和感については無視する事にしたのだ。

 みんなはその怪しげな会の事を分かっているらしく、聞いても露骨に話を反らされたりするが、それでも『危険を感じない』から構わないと思えたのである。

 こんなにも仲間達が協力するべく集まってくれている。自分を助けてくれる。話をしてくれて、話を聞いてくれる。

 それだけでもカーリアンの気合いは鰻登りで、今にも成層圏を突破しそうな勢いだったから、その会についてよりも日々の仕事へと意識が向いていたのだ。


 対する青の腕章――二日目から真似てきた――を着けた連中にも、今の自分達ならば負けるはずがない。そんな確信を抱くほどにカーリアンは今日も気合い満タンだったのである。




「……あぁ、そこの二人とプラスα。初日からもう何回言ってきたかは忘れたけど、これはあくまでも罰であって勝負の種目なんかじゃないんだからな?そこのところはちゃんと分かってくれてるんだよな?つか絶対分かってないだろ、お前ら」


「私が見ていた中では、その台詞は記念すべき二十回目になる。みんな楽しそうで羨ましい」


「そりゃあいつらは楽しいだろうよ、整備計画抜きで片っ端から片していくだけなんだからな」


 もちろん監督役たる男だけは、初日からぶつかり合って張り合ってばかりの二組にいい加減げんなりしていたが。


 ちなみにその隣にいる交代要員兼監督補佐たる『銀鈴』の少女は、殆どの時間を刺繍をして過ごしながら、気分次第で整備作業を手伝ったり、日向でゆっくりお昼寝したり、のんびりとお茶をしたりとオリエンテーション気分満載だった。

 監督役である男も彼女にだけは甘く、文句をつけたりはしない。少女の立場はあくまでも『善意による協力者』なのだから文句を言えるわけもないが。

 今も作業初日からやっていた刺繍を続けるべく、地面に御座を敷いた上にちょこんと座り、刺繍道具を周りに配置している途中だったりする。

 その膝の上に置かれた無地の小物袋に縫われている柄は翼。灰色の糸と金糸が複雑にいりくんで縫い込まれ、広げられた翼をモチーフとした柄へとなりつつあるものだ。

 彼女が趣味としている刺繍が施された品は、どれもこれもかなり凝ったものばかりではあるが、その中でも今回縫われている小物袋は渾身の力作らしく、道具の準備段階からしてその視線はいつになく真剣なものだった。

 それが出来上がれば、いつも苦労ばかりしている兄にプレゼントしようとスズカなりに心を砕いているのであるが、当の兄からすれば監督役としてこの場にいる自覚を失っている事の方をなんとかして欲しかったりする。


「あぁ、くそっ、もういいからとにかく作業始めてくれ」


 作業前に紅と蒼が睨み合うのはいつもの事だった。

 お互いがお互いに自分の班の方がいい仕事をしたと思っていて、なおかつ二人共が相手もそう思っている事を知っている。

 さらには監督役である青年からすれば、あらゆる意味でどっちもどっち。いい意味でも悪い意味でも五十歩百歩と感じていて、そんな印象を彼に持たれている事まで二人の少女は見抜いているのだ。

 三日前より二日前の方が熱くなり、二日前より昨日の方がより熱くなり、今日は今までで最高に熱くなる理由としては十分だろう。

 お互いがお互いに、誰に負けたとしても目の前のライバルに負ける事だけは絶対にイヤで、力比べや仲間比べで負ける事はおろか、死ぬ順番ですら目の前の相手にだけは譲りたくはないと思っていたりするのだから、このような絶好の張り合う機会には熱くなっても無理はない。


「オリヒメのヤツもカーリアンが絡まなきゃ落ち着いたヤツなのにな」


「同属嫌悪、もしくは近親憎悪。カーリアンもオリヒメが絡まなければそんなにむちゃくちゃはしないからお互い様」


 恐らくこの場にいる誰よりも真面目に『罰仕事』をこなしてきた青年と、罰仕事が始まって以来ずっと機嫌のいいらしい白銀の少女は、そんな事を口にしあってお互いの作業を進めていく。

 いきなり爆発する紅と蒼の危険物の間にたって宥めたりすかしたり、時には声を荒げてしかりつけたりと八面六臂の活躍を見せる青年は、この三日でかなり疲れを貯めているのか幾分げんなりとした様子を見せ、白銀の少女は我関せずとばかりに……ただし周りに取り残されないように時折辺りを窺いながら趣味に没頭する。


 ――色々と競技会の裏から工作した罰。シャクもカーリアン達と一緒に反省すべき。私はこの三人の監督役。


 まさか妹分の少女がそんな事を自認しているなどとは、シャクナゲ自身思ってもいない。彼女も口には出さないまま、無茶苦茶をした張本人二人と色々画策していた兄を見張るだけだ。

 彼女の機嫌がいい事はシャクナゲも気付いてはいたが、その理由は分かっていなかった。精々が自分やカーリアンと一緒に何かしている為に機嫌がいいのだろう、ぐらいにしか考えていなかった。

 寂しがりでありながら人見知り。大勢の仲間といる時の方が機嫌がいいのに、大勢の人に囲まれると気疲れもするという難儀な性格をした少女だから、これぐらいの人数でなおかつ『監督役』なる立場ゆえの距離感があるぐらいがいいのだろう。そう考えるのが精々だった。

 まさか『この二人は私が見ていないと何をしでかすか分からない。やっぱり私がついていないとダメ』なんて考えて、それゆえに機嫌がいいなどとは思ってもみなかった。


「あ、こら、そこっ!揉めるなら精々殴りあいぐらいにしとけ!片付けが終わりかけてるからって資材を運ばせたのに、それをまた吹っ飛ばすつもりかよ!」


 また何かしらつまらないきっかけからだろう。今日も始まって早々から向き合い、バチバチと小さな火花と氷の煌めきをぶつけ合う二人に、慌てて飛んでいく青年を見やって白銀の少女は溜め息を漏らした。


 ――あぁ、きっと気付いてはいないんだろうな。あの二人がやり合う一番大きな理由が自分にあるだなんて事は。


 もちろん彼も、自分が二人に好意を持たれている事ぐらいは気付いているはずだ。そこまで鈍くはないと思う。


 ――でもきっと憧れとか錯覚とかそれぐらいにしか思ってないんだろうな。


 その上でそう確信もしていたのだ。

 彼は鈍くない。空気を読めないわけでもない。

 ただ彼は自分に対する評価が低すぎる。周りの仲間達が彼に対して持つ評価と反比例するかのように、圧倒的に彼自身の自己への評価は低すぎる。

 それに比例して周りの仲間達に対する評価が高すぎる面もある。

 だから自分などに好意を持っている人は、きっとどこかで何かしら思い違いをしているか、『シャクナゲという名前を持った本当の自分じゃない理想の誰か』に憧れているだけ……そう考えているのだ。

 だからあの二人がやり合う一番の理由に、彼自身への想いがあるだなんて事は結びつけない。

 彼の中では、『シャクナゲ』に対する憧れや錯覚などは自分自身とは全く別の地点にあって、それが『仲間同士』がぶつかり合う理由とは結びつかない。彼にはそんな実感がもてない。

 自分への憧れを理解していながら、それを実感として持てないという矛盾こそが彼の歪みなのだろう。


 ――まぁ今までの事を考えたら仕方のない事。のんびりいくしかない。

 私も、あの二人も。


 小さく首を振りながらそうスズカは考えを纏めて。

 彼女は四苦八苦しつつも二人の間に割り込む青年に小さな笑みを向ける。

 オリヒメを指さしながらブーブー文句を言っているカーリアンと、軽く唇を尖らせて同じく何やら文句を言っているらしいオリヒメ。


 ――あぁ、今日もこんなに平和。


 やんややんやとリーダー二人に喝采を送る取り巻き供に一睨みくれて沈黙を促し、喧嘩両成敗とばかりに二人の少女に拳骨を仲良く一つずつ落とす青年をほのぼのと見つめ、チクチクと針を動かしていく。

 また仲良く抗議の声を上げようとする二人を、拳に息を吹き掛ける仕草で黙らせ、彼は罰として全員昼食抜きを宣言してから作業の再開を言い渡して、その場にいる全員に悲鳴を上げさせていた。


 その『全員』の部分に、彼自身や監督補佐たる自分まで入っている事に内心で嘆息を漏らしてから、彼女はそっと空を見上げる。

 彼は監督役であり、自分は監督補佐でしかないのに、なんでそんな罰まで一緒に受けなきゃならないのだろう……などとはスズカは思わない。

 彼が昼食抜きだと言えば自分の昼食はない。それが当たり前だったからだ。

 ただまぁ、その変に生真面目なところは直した方がいいだろう、とは思うけれど。


 ――本当に平和。


 少なくとも彼女からすれば平和だった。

 その辺り一帯が他の班の者達から『紛争多発地帯』などと呼ばれているとしても。

 その調停役と兄が見なされているとしても。

 彼女自身は、いつ暴走するか分からない『紅』と『蒼』に対する示威戦力として見られているとしても。

 少なくとも『賑やかで大いに結構』と思える程度には平和だったのだ。


 ちなみに荒れ果てた一角の復興作業は遅々として進んでいない。

 三歩進んでは二歩下がるかのように、作業が多少進むと誰かさん達が綺麗に地ならしをしてくれるから、広場として使うならば有用な土地になったであろうが。

 こうして『第一回・黒鉄親睦競技会(仮)』は、親睦の言葉を全く実感させない形で幕を閉じる。

 少なくとも目に見える範囲では、より悪化した感すら持てる結果を残して。


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