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1・『不貫』のシロツメ草

試験的作品第一弾。書いたのは『葵草の憂鬱』の方が先ですが、編集が終わったのはこちらが先だったりします。

こちらと『副官』のどちらが良かったかを聞かせて頂いて、この短編集の傾向を決めていこうかな、と。

それで良かった方の続きを書き、その傾向で今後も書いていこうと思っています。

悪かった方は、多分削除するかお蔵入りです。

時間的余裕からメチャクチャ掛け持ちはしたくないですし、『本編が上がらない!』なんて、間抜けで本末転倒な真似にはしたくないからです。




「ホンマ死ねばええのに……」


 彼はボソッとそう言うと、自分を囲む者達を茫洋と見据えた。

 辺りは荒廃したビル群が立ち並び、倒れた電柱がその身をかたどっていた欠片を撒き散らしていた。

 砕けたコンクリートが風化して宙を舞い、放置されたまま野ざらしにされたゴミが、その存在感を悪臭をもって表現する。

 そんな中で、彼は1人周囲を取り囲まれ、退路を断たれながらも悄然と佇んでいた。

 その身に纏ったレザーのハーフジャケットは、十代後半の男の割に小柄な体格にはやや大きく、ローライズジーンズは文字通りに穴あきだらけだ。目にかかるほどには長い褐色の髪だけが僅かに風に靡いている。


 そう、彼は黒光りする銃口と明確な殺意を向けられていても、ただボーっとつっ立っているだけだった。

 その瞳には何も映ってはいない。

 なにしろ目蓋が閉じられたままなのだから、何かが映るワケもない。

 それゆえに周囲を囲まれている事に気付いていないのか、と言えばそういうワケでもないようだ。


 なにしろ彼を取り囲んでいる連中は、瞳を閉じ、視界を潰しても分かる程に殺気だっている。そしてどよめいている。


「……ホンマお前ら死んでまえばええねん。面倒やし、うっといし、とりあえずいらんねん」


 訥々(とつとつ)と語る口調は気怠く、本当に面倒くさそうな色のままで……

 その表情にはなんの感情も浮かんでいないままで、彼は最後にポツリと呟いた。

 低く、小さく、でも良く通る声で──純然たる『死刑宣告』を。


「……もう死ねや」


 そう言った声は、荒れたモノでも、狂った声でもない。

 無感情で、狂気も正気もないただの通告だ。機械が発する駆動音と同じような響きで、人が発する言葉を言い放っただけだ。


 しかしそんな言葉だからこそ、周囲を囲む者達には大きな恐怖を与えた。

 まだ狂気にまみれていた方が……あるいは憎悪に染まっていた方が恐怖は薄いだろう。

 向かい合っているのだ、何も言葉はなくともいずれは殺し合う定めなのは、ここにいる誰もが理解していた事だ。

 そこに憎悪がなく、狂気もなく、悲観も諦観もない言葉が混じる事にこそ逆に恐怖する。

 そう、その男が発する言葉は色彩も響きも全てが異常だった。


 そして、その男の正体を……怖さを良く知るからこそ、周囲を囲む者達の恐怖は上限をあっさりと超えた。


「こ、殺せっ!!」


 そう唾を飛ばしながら言ったのは、囲む側の人々のリーダー格だろうか?あるいは勇気を振り絞った──もしくは最初に恐怖に耐えきれなかった者だろうか?

 その言葉で固まっていた者達の銃口の照準が合わさり……

 合わせると同時に、銃を持った者達は悟る。


 銃を持つ自分達の方が、狩られる側の存在だという事を。


 なにしろ銃口を向けられ、トリガーに指がかけられても、当の男はなんの感情も見せないままなのだから。

 それどころか流麗な『口笛』を吹いてさえいたのだから。

 その様子は、すでに罠にかかった獲物をわざわざ的にして撃ち殺す猟師のようであり、逃げ場のない兎をわざと逃がして、興を得る猟犬のようでもあった。

 その口笛が物悲しいメロディーでさえなければ、楽しんでいると勘違いしかねない。


「い、いかなヤツでも銃で打たれたら死ぬっ!撃て、撃てっ!」


 そうゲキを飛ばす声に幾つかの銃声があがる。その言葉を信じた者がいたかは分からないが、恐怖を銃弾に変えたいという気持ちは皆にあったのだろう。

 それでも銃声の中、その口笛がやむ事はなく──

 幾つか銃弾が直撃した男の表情も変わらない。




「GREEN,GREEN GRASS OF HOME……?」


 そう言ったのは、囲む側の1人の男だった。

 口笛の男が所属する組織を潰す為に送られた、しがない下級兵。その男だけがこの場では知っていたのだ。

 この口笛がなんの曲を歌っているのかを……。


 変わらず男が口笛で囀るのは咎人が故郷を思う曲だった。

 深い深い哀愁と、懐かしさを乗せた調べ。

 それは死を待つ者の思い出を尊ぶ響きだ。

 そんな曲の意味を思い出した時に──彼はいち早く諦めた。

 この男を殺す事も、自分が生き残る事も。


 この曲は自分達に向けられた鎮魂歌なのだろう……そう理解したからだ。



 僅かに時が経ち、囲む者達の全てが銃弾を浴びせ続ける事に飽きた頃……つまりは『銃ではこの男は殺せない』と悟った頃、その調べは余韻を響かせて終わる。

 逃げようとする者はなく、まだ戦おうとする気概のある者はさらにいない。


「……俺には分からへん。シャクナゲが言う『誰かを殺す痛み』ってのが分からへんねん。だからこれぐらいしか出来ん」


 そう言って歩を進める男の歩みは緩く、フラフラと頼りないモノだった。

 その歩みの度に、揺られる穴あきだらけにされたハーフジャケットからはポロポロと銃弾が落ちる。

 男に向けて放たれた100を超える金属の塊が。


「……あぁ、もう一個だけ出来る事があったわ」


 そう言ってゆっくりと掲げた手は、そのまま無造作に正面の男の頭を掴み上げ──


「……俺の名前を名乗る事や。いわば最後に手向ける礼儀やな」


 無造作に持ち上げた。

 まるで人の重量など感じさせない気安さで。


「……俺はヨツバ。『不貫(ふかん)』のコードをもらって黒鉄(ウチ)のトップの楯をしとる」


 そしてそのまま地面へと叩きつける。

 なんの躊躇いもなく、力を込めた素振りすらないままで……。

 地面に咲く真っ赤な徒花にも無表情のまま、その顔に散った飛沫をも気にしない。


「……まぁ、お前らヴァンプには『ブラッディ・クラブ(血染めのクローバー)』なんて呼ばれとるけどな」


 その血に正気を取り戻し、逃げようとする者達もいたが、それはすでに遅すぎた。

 男──ヨツバと名乗った男に先ほどまでの緩慢な動きはすでになく、逃げ惑う人々の中を荒れ狂う。

 その様相は荒れ狂うと表現出来るのに、その表情や態度だけは先程までと変わらないままで……


「……ホンマ面倒やわ。もうみんなウザイ。死ねばええねん」


 ただ祈る間も与えず、感慨も面倒だというモノしか感じさせないまま、ただ淡々と命の火を掻き消し続けていった。









 世界は狂っている。

 それがちょっとした口癖である男は、さすがに困っていた。


「ヨツバ、もうちょっと穏やかに……と言うか、いつでも全員殺す、っていうのはなんとかならないかな?」


「……ならへん」


 茫洋と佇む目の前の男に、だ。

 ここはレジスタンス・《黒鉄》にある『黒鉄第三班』の本部だ。

 かつての地下駐車場を改造した空間にあるそこの一室、三班班長の執務室で、この問答を繰り返したのは果たして何度目だろう?

 そんな事を考えると、さすがに彼──黒鉄第三班・班長の彼も憂鬱になってくる。

 彼の目の前にいる男……顔にかかったままの血が固まり気持ち悪いのか、ペリペリと爪で剥がしている男は全くそんな事を気にはしていないみたいだが。




 『不貫』のヨツバと言えば、有名人が多い三班の中でもかなり有名な部類にはいる。

 班長である彼が『いい意味』で有名なのとは全く逆の意味で、だが。


 なにしろ彼はやり過ぎるのだ。敵に対しては全く容赦がない。

 同じ班の者達であれ、彼と組みたがる……いや、『組んでも構わない』という者は少ないくらいだ。少ないというよりもいっそ『2人しかいない』とはっきり言ってもいい。

 班長である彼と『スイレン』と呼ばれる女性以外は、彼を怖がって組みたがらないし、下にもつきたがらないのだ。

 彼は間違いなく三班でも最強の部類の戦士なのに、だ。


 一度頼み込んで彼の部下に組みこんだ者の中には、作戦後に『仏門に入って犠牲者を弔う』と言って班を辞めた者すらいるくらいなのである。

 黒鉄最精鋭、この国にある全レジスタンスの中でも最強と言われる『第三班』の者ですらそうなったのだ。班長である彼の頭が痛くなるのも仕方ないだろう。


「はぁ……、ヒナと組ませるとアオイが『いくらなんでも教育上良くなさすぎる』って言うし、スイレンは他の仲間の指揮もしなくちゃならない。このままだとずっと1人で行動する事になるよ?」


「……かまへん」


「俺がかまうよ。1人で行動させ続けるワケにもいかないんだからさ」






 現在、黒鉄というレジスタンス組織は関西地方を力をもって支配した男……将軍を自称する男と、彼が支配する関西軍を相手取り行動を起こしている。

 かの将軍は、関西西部と中国地方を掌握しており、1都市を拠点とするだけの黒鉄は常に劣勢を強いられていた。



 現在、この国は数人の『変種』──人の変異種と、それに従う者達に好き勝手に切り取られている。

 人の変異種達は、それまで人が持たなかった異能の力を持ち、人を超えた身体能力を持つ者達ばかりだ。そんな者達が決起しこの国を混迷させた。

 力を持つ人の変異種の存在が悪い、というワケではない。全ての変異種が力を持って他者を虐げているワケではないのだ。

 全ての既存種……力を持たない人々が支配される側なワケではなく、容量よく権力を握る側に回る者がいるのと同じだ。


 そんな力に驕らない変種とそんな彼らを理解する既存種が、不当な支配、力におごって好き勝手をする者達ヴァンプに対抗する為に作ったのが『黒鉄』である。

 関西の1都市を奪還し、そこを広域の要塞化して公然とヴァンプに反抗している彼らは、幾度となく関西軍とぶつかり合い、お互いを天敵として睨みあっているのだ。


「……俺はアンタを守る為の楯や。他の理解者なんかいらん。楯は楯らしゅうしとくねん」


「お前、それを面倒くささを隠す為の言い訳にしてるだろ?」


 素直にもサッと視線を逸らすヨツバに、またも彼は溜め息を1つ。正直ヨツバの偏屈ぶりにはほとほと参っていた。

 元々彼が指揮する三班は、頑固で偏屈で、気性の荒い者が多いが、彼はその中でも『頑固さ』と『偏屈さ』だけは群を抜いていた。

 班長である彼が動かない時は絶対に作戦に参加しないし、他の者が指揮を取る事も嫌う。嫌うと言うより、絶対にそんな真似は認めない。

 その頑固さは折り紙付きで、かつて班長である彼がいない時に、武装した盗賊達が近くで決起した時なども三班だけは動かなかったほどだ。

 彼とスイレンが民政部……黒鉄が所属する都市の市政機関……の出動要請をも蹴ったらしい。

 嘆願され、懇願され、宥めすかされても動かず、『三班が協力しないならこっちにも考えがある』と民政部に脅されても、『……一回死ねや』と返しただけで相手にすらしなかったらしい。


 それをあとから聞いて、同じく遠出していた三班副官がひっくり返りそうになり、班長が溜め息を漏らしたのは言うまでもない。


「はぁ、ま、ヨツバにはヨツバのやり方があるんだろうけどさ。でも仲間には絶対手を出しちゃダメだよ?」


 毎回呼び出す度──つまりヨツバが作戦に出る度に、最後はこう締め括るのが習慣化していた。それが班長にも自覚出来ている辺りが悩みの種だ。


「……分かっとる。スイレンやアンタを怒らせるつもりはあらへん。アンタの側におれんようになったら、俺の役目が果たせんくなる。だから仲間に手は出さへんよ」


「ならまぁ、今日『も』帰ってよし。次からは出来るだけムチャクチャはしないように」


「……ん、多分頑張るわ」


 最後までのらりくらりしたままヨツバは返し──

 執務室の扉を開ける手前で一度振り返る。

 そして相変わらず瞳は閉じたまま、コクンと首を傾げてみせた。


「……仲間って三班のヤツだけやんな?他は別に──」


「他もダメだ!それも毎回言ってるだろっ!?」


 不思議そうに首を傾げたままのヨツバを見送り、残った班長は今日何度目になるか分からない溜め息を漏らし、盛大に頭をかきむしる。


「はぁ、まぁ今回は他班には迷惑かけていないのが救い、かな……またアオイが頭を下げ回らなくて済むし」


 そんな虚しい慰めを自分に対してしながら。


この作品のモットー……というか作った元は、そのまんま他キャラクターを主人公にした番外編です。

今回はヨツバ。まだ名前しかでていないクレイジーかつ、関西弁のお人です。

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