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亀屋の子供たち 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ことだま。この響きは、ときに私たちをどきりとさせるわね。

 それが本心からのことか、演技でのことか……どちらにせよそのとき、その場所で発した言葉は、消すことができない確かなもの。

 溶け込んだ空間へ、どのように作用するかしら。葉っぱたちのざわめきから、人の心のどよめきまで。その瞬間の記憶は、永遠といっていいほど長く刻み込まれるかもしれない。

 だから私たち、気をつけていないといけないかもしれない。いつどのような言葉によって、運命が変わってしまうか、分からないから。

 私の昔の話なんだけど、聞いてみない?



 亀屋さんがなくなってしまう、という話を聞いたのは小学校3年生くらいのときだったかしら。

 亀屋さんは、私の地元にある個人経営のお店屋さんの名前。正式な名称は「万屋 亀」。

 万屋を「よろずや」と、当時は一発で読むことができなかったのもあって、私たちはもっぱら亀屋さんと呼んでいたわ。

 よろずやの名は伊達じゃなく、お菓子や文房具に、ちょっとした日曜大工に使う工具たちまで。おおよそ小学生が図工を含めた各授業で必要なものは、このお店にさえいけば足りてしまうほど。

 生徒にも利用している子が多く、私もそのひとり。

 ことの真偽を確かめたくて、放課後に亀屋さんへ向かったわ。


 お店を経営しているのは、おばあさんがひとりだけ。

 それでも店内の広さは、コンビニエンスストアと同じくらいあって、私の知る他の駄菓子屋さんを上回るほどのスペース。もし、おばあさんしかいないのであれば、少し整理に骨が折れそうだと感じていたわ。

 私を含めた、有志数人がおばあさんへじかに尋ねてみると、残念そうに首を横に振られたわ。それが、噂の信ぴょう性を高めるようで、私たちは不安を隠せなかった。

 でも、おばあさんは言葉を継ぐ。


「大丈夫。あたしはみんなのことを、実の子供のように思っているからね。その気持ちがあれば、ずっとやっていけるわよ」


 お別れのあいさつ、とこの場にいた私たち全員は受け取ったと思う。

 近々、最後にどーんと買い物をしていこうと心に決めた私は、その晩の布団へ入る時、自分のお小遣いと、その貯金のことばかりを考えていたわ。



「おはよう。もう朝よ」


 いつもの母親の声じゃなかった。

 眼を開けると、見慣れない電灯の笠が目に入ったわ。敷布団とその下へあったはずのフローリングも消えていて、代わりに横たわっていたのは畳。

 私は毛布一枚をともなって、そこへ寝かされていたけれど、もっと驚くことがあったわ。

 この8畳間に寝かされていたのは、昨日、私と一緒に亀屋を訪れた面子だったのよ。ほどなくみんなも目を覚まし、あたりの様子に戸惑う姿を見せたわ。

 と、そこへ四方を囲うふすまの一角を開けて、現れたのはあの声の主。


「さっそくで悪いけれど、お店の手伝いをしてくれないかい?」


 亀屋のおばあさんが、そこに立っていた。

 私たちは亀屋の奥にあるであろう、居住スペースに寝かされていたのよ。


 ――それ、もう完全に誘拐じゃないか?


 確かに、そう思うわよね。

 でも、あそこにいた誰一人逃げ出すそぶりを見せなかった。私自身もそう。ここを出ていこうなんてみじんも思えなかったの。

 あのときは、ここが自分の家。どこかへ行くべきじゃない。

 そんな考えで、頭も体もいっぱいだったの。



 いつも利用者側でしか見ない店内を、レジの裏手から見るのははじめてのことで、とても新鮮に思えたわ。

 まだ太陽が昇り出したばかりで、開店時間には余裕があった。私たちはおばあさんの言う通り、お店の整理や掃除を行わせられる。

 身体は勝手に動き、頭も全然疑問を抱かない。あたかも何年も続けてきたことのように、考えるより先に目的のものを探り当て、よどみなく仕事をこなしていく。

 

 やがて開店。

 その日は、ひっきりなしにお客さんがやってくる繁盛の日だったわ。

 私たちは引き続き、お店の汚れを中心に正していくけれど、どうも妙なの。

 お客さんは、複数人であちらこちらを動き回る私たちを、認識していないようだった。

 一度、店内を走り回る幼い子とぶつかりそうになったけれど、私はかわす間がなかったにもかかわらず、ことなきを得たの。

 あの子も、みじんもかわすそぶりを見せたわけじゃなく、つい私はぶつかられたと思しき部分をなでてしまう。そこにはかすかな痛みもない。


 私たちは疲れを知らず、昼になっても動き続け、店内にはいまだひっきりなしにお客さんがやってくる。

 しばしば、私たちが目を見張るほどの高額な買い物をしていく大人たちもいて、お店の在庫はどんどん目減りしていく。この日の稼ぎだけで、何カ月暮らせるんだろうと思ってしまうくらいの勢い。

 でも、夕暮れの迫る閉店の少し前に。大きな買い物をしていくお客さんのひとりが、ぽつりとつぶやく。


「今日は、心なしかお店がきれいですね」と。


 おばあさんはその言葉に、うっすら笑いながら答えたわ。


「今日は、座敷童がうちにおりますでね」


 そうして閉店の時間を迎えるや。

 私の視界は暗転し、次に目を開けたときには、自分の部屋にあぐらをかいていたの。

 急いで父や母や弟に尋ねるも、今日の私はずっと自分の部屋にとどまり続けていたと、口をそろえて話してくれたわ。



 亀屋はいまでも経営を続けているわ。あのおばあさんも健在で。

 ひょっとしたらあのおばあさんはお店が危なくなるたび、子供のように思うの言葉で、幾人もの子供を座敷童としてはべらせているんじゃないかしら。


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