ダンス大好き女子高生、部活を作りたい 〜気づけばいつの間にか恋をしていた〜
「一、二、三、一、二、三……。うーん、うまく踊れないなぁ。もう一回、一、二、三」
あたしは溜息を吐きながら、鏡の前でダンスを踊っていた。
ステップを踏んで、格好をつけてみる。テレビのあの人のようになりたいと思うのに、思い通りに体が動いてくれない。
バランスを崩しずっこける。それでも諦めずにステップを踏み――。
「亜紀ちゃん」
「うわっ」
突然背後から声がしてあたしは驚いた。
振り向くとそこには母親の姿があった。あたしはキッとそちらを睨みつける。
「勝手に入ってこないでよ! あたしがいくつだと思ってるの? 十七。十七だよ?」
「何度も呼んだわよ。返事しなかったのは亜紀ちゃんの方じゃないのー」
「えっ、呼んでたの? 気づかなかった!」
言われて時計を見てみれば、もう八時前。かなりやばい時間になっている。
慌てて部屋を飛び出し、あたしは階下へ向かった。
* * * * * * * * * * * * * * *
あたしは最近、ダンスにハマっている。
きっかけはテレビでとあるダンサーの踊りを見たこと。それから自分もあんな踊りがしてみたいと思い、その道へ足を踏み込んだ。
ひっそりと練習する毎日。しかし一人ではつまらない。そこで――。
「ダンス部を作ろう!」
突飛な発想かも知れないが、そう思い至った。
学校にはまだそういった部活はない。きっと校内にダンス部を望む者がいるはずだと思い、あたしは授業が終わるや否や。早速行動を開始した。
「ねえねえ、ダンス部作りたいんだけど、一緒にやらない?」
隣の席の女の子に声をかけてみた。
が、彼女はゆるゆると首を振ると申し訳なさそうに言う。
「ごめんね。私ちょっと他の部活にていっぱいで……」
残念。
あたしは他の生徒たちにも聞いて回った。
「ダンス部入らない?」
「ねえ一緒に」
「面白いよ!」
でも誰も頷いてはくれない。
ある人は忙しいと、ある人は興味がないと、ある人は恥ずかしいからと。
他のクラスへ足を運んだが、白い目で見られるだけで誰もまともに相手にしてくれなかった。
「ダンス、楽しいのになぁ……」
部活というものは、最低でも五人いなければならない。のに、全然人が集まらないではないか。
「部活、無理かなあ」
あたしはクラスの中ではあまり目立たない方である。
容姿は悪くないが、もっと綺麗な子なんてたくさんいる。頭脳も普通の女子高生レベルだ。
部活をやっていない帰宅部であることもその原因の一つだろう。つまり、「なーんとなくそこにいるな」程度で認識されることが多い。
そのことを別に気にしたことはなかったが、こういう時にはかなり不利だ。
それから数日の間、放課後に根回しをしてみた。しかし良い結果は生まれない。
毎朝鏡の前でダンスを踊っては、溜息を漏らす。もうダメかなと諦めかけていたある日のこと。
「君が篠山亜紀さんだね。ダンス部を作りたいんだって?」
とある男子生徒から、そう声をかけられた。
彼の名前は今出川拓久斗。スポーツ万能頭脳明晰、誰もが憧れる学園の王子様だ。
そんな彼がどうしてあたしに?
「君の部活、入らせてくれないかな」
話を聞くと、毎日毎日宣伝をするあたしの姿が目に止まり、手伝ってあげようと思ってくれたらしい。なんて優しいんだろう。
でも彼は数個の部活を掛け持ちしていると聞く。こんなことに煩わせてしまっていいのだろうか。
「でも拓久斗くんは忙しいし」
「気にしなくて大丈夫だよ、亜紀さん。僕がいれば、多少の人数は集まるかも知れないし」
確かに、イケメンの拓久斗くんが仲間入りしてくれれば、集まってくれるのではないか。
そう思い、あたしは彼の提案を受け入れることに決めたのである。
* * * * * * * * * * * * * * *
しかし、物事とはそう簡単に進むものではない。
拓久斗くんと一緒に宣伝に回ったので皆が注目してくれはした。
だが進んで参加しようとする者は現れない。一日中やって、結局誰も集まってはくれなかった。
「ごめん」
「ううん、拓久斗くんが謝ることじゃないよ」
そして彼は、同好会にしようと提案した。公式には部活として認められないが、同好会なら二人だけでもできる。
拓久斗くんが私と一緒に踊ってくれるなんて、考えただけでもワクワクした。
「お願い!」
その時から、あたしと拓久斗くんの二人ダンス同好会が結成されたのだった。
活動内容は単純で、ただ一緒に練習し、踊るだけ。
ダンスする拓久斗くんの姿は眩しいくらいにカッコ良くて、あたしはすっかり虜にされてしまった。
活動するうち、自然と関係も深くなる。
学校で話す機会も多くなったし、休日なんかはダンスの公演を二人で見に行ったりした。すぐ傍に彼の存在を感じるだけであたしの胸はなんだか熱くなる。
彼のかけてくる言葉は優しくて虜になった。そしてあたしは、いつしか気づく。
「――ああ、あたし恋しちゃったんだ」
最初はただ同好会のメンバーという感じのつもりであった。が、もう後戻りできないくらいにあたしは彼の魅力に惹かれてしまったわけだ。
でもどうしよう。好きだなんて言えない。もし言って断られ、今の関係が崩れてしまったら……と思うと、怖くて怖くて。
あたしはしばらく熱い恋心を胸の内にしまっていた。美しく舞い踊る拓久斗くんは、そんなことには気づいてくれない。
「最近、ダンスに身が入っていないように見えるんだけど大丈夫?」
ある日、彼にそう言われた。本当に心配そうな顔で。
胸がドキドキして、ろくに言葉が出てこない。あたしは必死でこれだけの言葉を紡いだ。
「う、うん大丈夫。全然平気平気」
でも自分でもわかっていた。彼に見惚れるあまり、ダンスという本命に集中できていないことも。
いいや、もはやあたしはダンスなんてどうでも良かったのかも知れない。今はもう彼のことしか頭になかった。
でも告白もしないで、ずっと見ているだけ。あたしは一体何をしたいの? と自分に問いかける日々が続く。
そして三ヶ月後、終わりは訪れた。
* * * * * * * * * * * * * * *
「篠山さん、ちょっといいかしら」
ダンスの練習を終えて帰宅しようとしていた時、突然背後から声がした。
振り返ると、そこに立っていたのは一人の少女。名札を見てみればあたしと同じ二年生だ。
「初めまして。何?」
「篠山さん。初めましてじゃないわよ、覚えていないのも当然だろうけど」
言われて、「あっ」と思い出した。
そうだそうだそうだった、拓久斗くんと部員探しをした時に、彼の所属するバスケ部のマネージャーと紹介された子だった。
「ええと名前は……なんだっけ」
「荻原。荻原睦よ。別に私のことなんかどうでもいい。それより」
少女――睦は厳しい顔つきで言った。
「話があるわ。立ち話じゃ悪いから、喫茶店にでも」
「……? うん。いいけど」
そうしてやってきた喫茶店。
あたしはミルクを、睦はブラックを注文。
運ばれてきたブラックコーヒーを一口啜ると、睦は本題を切り出した。
「それでなんだけど。……あなたと拓久斗がやってる『ダンス同好会』? あれが迷惑なのよ。やめてくれないかしら」
驚いた。
ほとんど初めて会ったような子だ。なのにどうして、そんなことを言われなければならないのだろう。
「最近、拓久斗がバスケに集中できていないの。近くで見ている私が一番わかるわ」
睦は語気を荒くして続ける。
「拓久斗はね、あなたを憐れんでやってるだけで、ダンスなんかちっとも好きじゃないのよ。幼馴染の私が一番知ってるんだから! あなたがお邪魔虫なのよ! ダンス同好会なんてやめてくれない? 別の部員でも見つけるなら勝手にしていいけど、拓久斗の手を借りるのは私が許さないっ!」
早口でまくし立てられ、あたしは気圧された。しばらく押し黙るしかない。
彼女の意図はなんとなくだが理解した。
睦は激しい嫉妬心を抱えているに違いない。だからあたしに食いつくのだ。
でも……、でも、拓久斗くんがバスケに集中できていないというのが本当だったとしたら? ダンスが好きじゃないというのが本当で、ただ単に付き合ってくれているだけだとしたら?
「…………うん、わかったよ睦ちゃん。考えてみる」
「できるだけ早い決断を頼むわ。以上」
そう言うなり勢いよく席を立ち、睦は喫茶店を出て行った。
あたしはミルクコーヒーの残りを飲み干しながら、小さく嗚咽を漏らす。
「拓久斗くん……。あたし、あたし……」
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「同好会を辞めるって? どうして?」
問いかけに、あたしは下を向く。
翌朝早々、出会った彼にダンス同好会辞退を申し出たあたし。そして今、理由を問われているというわけだ。
マネージャー兼幼馴染の睦に言われたからなんて言えない。それは彼女が可哀想な気がした。
だったら言うべきことは、一つだけ。
「ごめん。ちょっとあたし、忙しくなっちゃって。もっと拓久斗くんと続けたかったんだけど、ごめん……。今まで付き合ってくれてありがとう」
そう、はっきりと宣言した。
彼はしばらく考え込むような表情をする。突拍子もないことでわけがわからないだろうことはわかっている。でもそれが彼の幸せのためなのであれば。
「そうなんだ。僕は全然大丈夫だから、気にしなくていいよ。僕も君と踊れて楽しかった」
ちょっと残念そうに、でも笑って頷いてくれる拓久斗くん。
あたしは胸が締め付けられるような思いのままに、「じゃあ!」と手を振り校門へ。
本当にこれで良かったのか。
無理に作った笑顔が崩れないように崩れないように、あたしは「これがいいのだ」と自分に言い聞かせ、感情の波をやり過ごすしかないのだった。
* * * * * * * * * * * * * * *
噂はすぐに広まるもの。
あたしが拓久斗くんと別れたと知って、周りの女子たちはあたしを指差し笑うようになった。
「見てよあいつ。凹んじゃってかわいそー。いい気味〜」
「気にしないで。最初からあんたなんか相手にされてなかったんだから」
「遊ばれてただけなのがわかんないのー? バカなのー?」
傷ついた心に塩が塗られていく。
陰口はいじめへと変わり、あたしは無視されハブられるようになった。
毎夜、心が不安定になって涙を流した。
どんなに拓久斗くんのことを忘れようとしても彼の笑顔が、声が、頭から離れてくれない。会いたくて会いたくて、また話したくて、また傍にいたくて。
拓久斗くんが部活に励み始めたと話に聞いた。忙しそうにしていると、前よりずっと良くなったと。
やはりあたしは邪魔だったんだ。そう思うと悲しくなり、また泣いた。
あたしはもう心も体もボロボロで、ダンスもすっかり辞めてしまったし、どうしていいかわからない。
あたしはある日、もうたまらないと彼の部活を見に行ってしまった。いけないことだとわかっている。でも心が擦り切れそうだったから。
すると他の女子から睨まれ、糾弾の嵐を受けた。
「あんた、なんで来たの?」
「お呼びじゃないんだけど」
「うっさい虫ケラ」
「拓久斗さんに近づくなボケ」
「汚い女」「ふしだらな女」「ストーカー」
睦を筆頭としたファンの女たちに囲まれて、あたしは身動きもできない。
「今すぐ帰らなかったら先生に言う」とまで言われてしまった。
どうしたらいい? あたしは、彼が一目見たいだけなのに……。
――その時だった。
「君たち、何をしてるんだい?」
聞き慣れた、懐かしい声。
あたしはそちらを見つめる。そこに、求め続けた顔があった。
「ち、違うの拓久斗さん。こいつがね」
「ストーカー、ストーカーなの!」
「すっごい顔して睨んでたから、ちょっと……」
さっきの強気はどこへやら、しどろもどろになる女子たち。
彼女らの弁明を拓久斗くんは手で制し、あたしの前まで進み出た。
「どうしたんだい? 話してくれないかな」
柔らかい笑顔を向けてくる拓久斗くん。
瞬間、あたしの中で何かが音を立てて切れ――あたしは、声を上げて泣き出してしまった。
今まで流した悲しみの涙と違う、温かい涙が頬を伝う。
泣いて泣いて、制服を鼻水でぐちゃぐちゃにして泣き喚いた。
すっかり泣き腫らしてからあたしは拓久斗くんと一緒に帰ることになった。
* * * * * * * * * * * * * * *
「さっきはごめんね。恥ずかしいとこ見せちゃって……」
「ううんいいんだよ。それより話をしよう」
帰り道。
隣を歩くあたしに拓久斗くんはそう言った。
「ちょっと事情を教えてくれないかな?」
彼にしてみれば、あたしは突然現れて泣き喚いただけだ。全く意味不明であろう。
話していいのかという迷いはあったが、あたしは明かすことに決めた。
「あたしね、睦ちゃんに邪魔だって言われたの。あたしのせいで拓久斗くんがバスケに集中できてないって。そうだよね。だって拓久斗くん、色々なことやってて大変だよね。ダンスなんかにかまけてる時間、ないよね。……だからあたし、ダンス同好会やめようって思ったの」
拓久斗くんは黙って頷いてくれている。あたしは遠慮がちに話し続けた。
「それから……いじめられちゃって。あたしは拓久斗くんに遊ばれてるだけなんだって言われた。つらかった。本当にそうかも知れないって思ったから。それで……」
「一つ、いいかな?」
拓久斗くんが、静かにそう言った。
あたしは喋るのをやめ、彼を見つめる。彼の真剣な瞳に引き込まれた。
「僕は君が可哀想だから入ったんじゃない。入りたかったから……、君が好きだったから、入ったんだよ」
絶句した。
今、拓久斗くんはなんと言ったの?
「あたしを、好き?」
「そう。僕はね、君のことがずっと前から好きだったんだよ」
彼は全てを話してくれた。
実は同好会が発足したあの日の前から、彼はあたしのことを気にかけていたらしい。
以前、休日に近くの公園でダンスを踊ることが多かったあたし。彼はその姿を見かけ、見惚れたのだとか。
信じられなかった。でも、彼の目に嘘はない。
「睦はいい子だし、ファンの子たちも嫌いじゃない。でも僕は君に『恋』したんだ。だから君の同好会に入りたいと思った」
胸が、熱くなる。
猛烈に、熱烈に。心が震えるとはこのことなんだろうか。
あたしは大きく息を吸った。言うなら、伝えるなら今しかない。彼が言ってくれたのだ、あたしの気持ちを届けよう。
「実はあたしも、拓久斗くんのこと……、大好きぃぃぃぃぃっ!」
金切り声で、あたしは空に叫んだ。
* * * * * * * * * * * * * * *
あれから三ヶ月。
あたしと拓久斗くんは付き合うことになった。
周り、特に睦からの反感はすごかったが、そこは拓久斗くんがなんとか収めてくれた。
あたしはダンスを再開、同好会も再び発足し、今でも二人で踊っている。
色々あったけど、あたしはとてもとても幸せ。
いつか彼と結婚できればいいなぁと、将来に思いを馳せながら過ごす日々である。