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第9話「緑井朱里(みどりいあかり)」

「ウワオッ!!」


 思いもよらぬタイミングで知り合いに話しかけられ、僕はついうっかり外国人のようなリアクションをしてしまった。


「ど……どうしたんだい? 赤井くん」


「な、なんでもないよ、ドラ○もん」


「ボク、ドラ○もんじゃないんだけど……」


 話しかけてきたのは緑井朱里(みどりいあかり)


 中学校3年間ずっと同じクラスだった、僕の友達である。


 一人称は「ボク」だけど、名前を見ればわかる通り、性別は女。


 中学1年生で出会った時は、男子と間違えるほど髪が短かったが、今は髪がすごく伸びて、腰の辺りまであるスーパーロングで、見た目も完全に女子となった。


 でも一人称だけは変わることなく、1年生の時から、ずっと「ボク」のままである。


 背は170センチの僕と比べると、だいぶ小さい、長いのは髪だけでなく、前髪も長い、長すぎて右目はいつも隠れていて、左目しか出ていない。


 背だけでなく胸も小さい、はっきり言ってしまえば、ぺったんこ。


 なればこそ、僕にとっては完全に友達、女だと思っていないので、気兼ねなく接することができている。


 他の女の子みたくキャピキャピしていない、よく言えばダウナー、悪く言えば陰キャなところが僕には心地よくて、仲良くしている。


 何より僕と緑井には『今時珍しく、読書好き、紙の本好き』という共通点があった。


 だから本屋にやって来て、入ろうとしたところに僕がいたから話しかけてきたんだろう。


 今日の緑井は春らしい花柄ワンピースを着ていたが、僕は特になんとも思わなかった。


「赤井くん、その本買ったの? どんな本? 見せてよ」


「ウワーオッ!!」


 緑井の言葉に、僕は激しく動揺し、あわてて本を後ろ手に隠す。


「どうして隠すんだい? いつも本を買ったらボクに見せびらかしてくるくせに」


 そう、いつもだったら、買うのはだいたい文学の文庫本だから、人に見せてもなんにも恥ずかしくない。


 むしろ、僕の心に潜むコレクター気質から、自分の収穫を他人に見せびらかしたくて、緑井には買った本の大半を見せているのだ。


 でも、今日だけはダメだ!


 だって今、僕が持っている本は『レズビアン風俗コミックアンソロジー』なんだから!!


 こんなもん、見られた瞬間、友情が消えるっ!!


「ねえ、いつもみたいに見せとくれよ。よさげな本だったらボクも買いたいからさ」


 買われてたまるか! 『レズビアン風俗コミックアンソロジー』


「い……いやぁ、どうかなぁ? 僕が買ったのが最後の一冊だったし、緑井が買うのは難しいんじゃあないかなぁ」


「ここの本屋になくても、タイトルがわかれば他の本屋かネットで買えるじゃん。最悪、電子でもいいし」


「いやいや、もう絶版の希少本らしくて、ネットで探しても見つからないし、仮に見つかったとてめちゃくちゃ高価で、緑井にはとても手が出ない……」


「そんな本、この本屋には売ってないと思うけど。万が一、売ってたとして、そんな高い本、学生が買えるわけないと思うけど」


 ダメだ。


 やっぱり嘘はつき通せるものじゃない。


 ことここに至ればやむを得ない。


 逃げよう!!


 今日も逃げよう!!


 いち、


 にぃ、


 さん、


 しぃ……


「あっ!! 急用を思い出した!!」


「え?」


「ごめん! 緑井!! この本はまた今度見せたげるから、今日のところはサヨナラ!!」


「ちょっ……赤井くん!」


 緑井の声を無視して、僕は自転車に飛び乗り、ものすごい勢いで漕ぎ始めた。


 しばらくしてから振り向いたが、さすがに緑井は追いかけて来ていなかったので、僕は安堵してスピードを緩めた。


 もちろん、『レズビアン風俗コミックアンソロジー』を落としてしまったなんて、凡ミスはしていない、ちゃんと自転車のかごの中に入っている。


 こんなもん持った状態で、どこかに行けるわけもないし、食事をするお金もなくなってしまったので、僕は帰宅した。


『レズビアン風俗コミックアンソロジー』を手に持った状態でアズミと蜂合わせたら人生終了なので、慎重に階段を登ったが、幸い、今日は通路にアズミはいなかった。


 胸を撫で下ろしながら鍵を開け、自宅に入った僕は改めて眺める、『レズビアン風俗コミックアンソロジー』を。


「ゴクリ」


 僕が唾を飲み込んだのは、自分の知らないことを知ることができる、知的好奇心を満たせるという喜びがゆえにであろう。


 断じて、スケベ心から唾を飲み込んだわけではないのだ!!


 絶対違う!!


 僕は『レズビアン風俗コミックアンソロジー』の袋を開けて、中身を取り出そうとした。


 すると……


「ゆ・う・くん!」


「ウワーオッ!!」


 思いもよらぬタイミングで、聞き慣れた声が聞こえてきて、僕はまたしても外国人みたいなリアクションをする羽目になってしまったのだった。

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