表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/33

第2話「窮地」

「なんだって?」


 理解できなかったから即座に聞き返した。


「だからー、カノジョができたんだよ、カ・ノ・ジョ!! やだ! もう!! 恥ずかしい!!」


 アズミはなぜか満面の笑顔で、ボタンが一個も取れていない学ランを着た僕の肩をバシバシ叩いてくる。


 叩かれた僕は多分、無表情。


 アズミの発言から何秒経ったのかわからないが、未だに理解が追いつかない。


「優くん? どうしたの? おーい!?」


 動きが止まった僕の目の前で、アズミが手を振り始めた、まるで意識があるかどうか確認するみたいに。


 アズミがそうしてくれなければ、僕は本当に意識を失っていたかもね。


「カノジョが……できたの?」


 アズミのおかげで、正気を取り戻した僕は、絞り出すような声でそう言った。


 自分でも『かすれ声だな』と思った。


「うん、そうだよ!!」


 アズミの笑顔は崩れない、声も大きい。


 僕と違って、明瞭だ。


「アズミに……カノジョが? カレシじゃなくて?」


「うん、優くんにだけは知っておいてほしいんだけどね、アズミね、女の子のことが好きなんだー」


 すごく大切なことをあっけらかんと伝えてくるアズミ。


 なぜこのタイミングで伝えてくるのか?


 まったくもって理解できない……


 理解できないけれども、このまま黙りこくるわけにもいかないので、平静を装って、会話を続けることにする。


「うん、そりゃ知ってるよ、アズミはアイドルとか、アニメキャラとか、かわいい女の子のことが好きだったよね、子供の頃から」


「違うよ。そういうオタク的な意味の『好き』じゃなくて、恋愛的な意味で『女の子が好き』なんだよ」


 この時、僕の時間がはっきり止まった。


 時間と一緒に心臓も止まりそうだったが、さすがにそんなことはなかった。


 それに、おかしいな、時間が止まったはずなのに、僕の口は勝手に動いていた。


「それはつまり……アズミは同性愛者ってこと?」


「まあ、そういうことになるよねー……あっ、ナイショだよ、絶対他の人には言わないでね、お母さんにもまだ言ってないからナイショだよ、ねっ」


 そう言ってアズミは、唇の前に人差し指を立てた。


『シー』のポーズを取るアズミはすごくかわいかったけれども、僕の頭は依然として混乱していた。


 だけど、それを気取られたくなくて、会話を続けることにした。


「なんで、そんな大事なことを僕にだけ教えてくれたの?」


「だって優くんとは子供の頃からずっと一緒だからわかるんだよ。優くんは絶対秘密を守ってくれる、誰かに言いふらしたりしないって」


「そりゃあ言うなと言われれば、決して誰にも言わないけれども……」


「それにね」


「それに?」


「生まれて初めてカノジョができたんだよ! こんなに嬉しいこと、誰かに伝えたくてしょうがなかったんだよ!! だから優くんにだけは教えちゃったー!! アハハハハー!!」


 アズミは相変わらず笑っていた。


 その笑顔は、空に輝く春の太陽よりも眩しくて、僕は直視することができず、つい目をそらしてしまった。


 直視すると、泣いてしまいそうだったからだ。


「そのカノジョってのは同級生のコなの?」


「ううん、年上の(ひと)だよ」


「トシウエ……」


「すごくね、綺麗な人なんだよ」


「キレイナヒト……」


「うん、すごく美人なんだ」


「スゴクビジン……ユキノビジン……」


 沈黙が怖くてつい、アズミに『カノジョ』のことを聞いてしまったが、いざアズミの『カノジョ』の情報を得た僕にできるのは、棒読みオウム返しだけだった。


「ごめんね、急にこんな話して。ビックリした?」


「え?」


 アズミに質問されて、やっと我に帰った。


 でも、帰ったところで、何を話したらいいのか、全然わからない。


「優くん、大丈夫? やっぱアズミが同性愛者なのイヤだった?」


「そんなことないよ!!」


 ショックで脳味噌が回らなくても、それだけは即答した。


「ありがとう、優くんは絶対受け入れてくれるって思ってたよ。やっぱり優くんって、名前通りに優しいね」


「いや、優しいとか優しくないとかじゃないよ、今時、同性愛者だから差別するとか時代錯誤も甚だしいし、そもそも同性愛者を嫌悪するというのは西洋の価値観であって、我が国において同性愛は、少なくとも江戸時代までは特に忌避もされておらず、むしろ身分の高い人や通な人たちにとっては嗜みであって……」


「ホエー、やっぱ優くんはアズミと違って、いろんなこと知ってて頭がいいんだなぁ……ところでさー」


「え?」


 僕がなぜか始めてしまった早口スピーチを、アズミが途中でさえぎってくれて助かった。


 自分でもなぜ急にこんな話をし出したのか、さっぱり意味がわからなかったから。


「優くんがアズミに伝えたいことってなーに?」


 アズミのキラキラ輝く大きな瞳が、僕のことをまっすぐに見つめていて、僕は突然、窮地に立たされた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ