『第九十章 新たな進化』
上の階の広い空洞では美神エルエナと陰浪者のネクトがぶつかっていた。
「貴方、意外と可愛い顔つきね。」
「気持ち悪いんだよ!」
頬をつ~っと撫でるエルエナに寒気を感じ長刀を振り回すネクト。
「フフフッ!」
「くそっ!なんか気が狂うコイツ!」
別の意味で苦戦中のネクト。
クロスも召喚しているが相手は神。
やはりと言うかこちらの攻撃があまり効いていなかった。
しかも無駄に自身の肉体美を見せつけながら来るのでネクトの調子も乱され続けている。
「ネクト、しっかりして。あんなのただの痴女よ。」
「結構きつい事言うな、お前・・・。」
無表情で繰り出される発言はなかなか威力があった。
「もう~、そんな事言われると傷ついちゃうな~?」
ヌルッとリルアナの背後に現れ彼女の大きな胸を揉む。
「・・・・・。」
一切表情を変えないままエルエナの足元に虎ばさみを展開。
閉じる寸前にエルエナは避け前方に現れる。
どうやら彼女は瞬間移動のスキルを有しているようだ。
「可愛い顔して結構エグイ攻撃するわね。貴女。」
「お褒めに預かり光栄です。」
「いや誉めてないんだけど・・・?」
素でツッコむエルエナに不意を突こうと背後に回るネクトが長刀を構える。
しかし、
「見え見え。」
硬化させた翼で薙ぎ払われた。
「チッ、気配を消したつもりだったが・・・神には通じないか。なら!」
長刀を緑のオーラを纏う細長い槍へと解放させる。
「魔槍解放・デルタ!」
猛スピードで駆け回りエルエナの周りを旋回する。
「リルアナ!」
合図と共にリルアナは魔法陣を展開、旋回するネクトから無数の槍が四方からエルエナに放たれる。
「『硬翼』!」
翼を硬化させ全てを防ぎきる。
硬化が解除された隙をつきネクトが間合いを詰め槍を打ち込む。
しかしその一撃もエルエナの前では通じなかった。
槍先を摘ままれ受け止められた。
「なかなか面白い戦い方をするわね。でもこんな小細工、私には通用しないわ。」
まるで紙を投げ捨てるかのように軽々ネクトを放り投げた。
「・・・今の見たか?」
「見た。あの一撃を摘まんで止めた。聞いていた通りとんでもない存在だわ。」
圧倒的な力の差に思い知らされるネクトとリルアナ。
「あら?もう終わり?じゃぁ今度はこっちから行かせてもらうわよ。」
目つきが鋭くなり瞬間移動で近づいてくるエルエナ。
ネクトが槍で迎え撃つもかわされ周りを消えたり現れたりと二人を奔走してくる。
「まずは貴女。」
リルアナの目の前に現れ顔を掴んで目を合わせさせる。
「『魅惑の天眼』!」
エルエナの瞳がピンク色に輝きリルアナに魅了をかける。
(『魅惑の天眼』はかけた相手を私の下部にする魔法。さぁ、私の命令に従ってあのテイマーの子を倒しなさい。)
エルエナが命令を出す。
だが、
「・・・今、何かしました?」
「え?」
むぎゅっと頬を押さえられるリルアナは平然としていた。
そして彼女の背後からクロスが襲い掛かりエルエナは後退する。
「何で⁉何で私の魔法が効かないの⁉」
「魔法?さっき私の目を見てたアレ?もしかして魅了の類?だったら私には効かないわ。私には感情がないから。」
感情のないリルアナには魅了の魔法は一切効かないらしい。
今のリルアナの状態が功を制した。
「レストの配下・・・、余計な事してくれたわね。」
そう言うとエルエナは魔法陣に手を入れ輪の付いた玉を取り出す。
玉は宙に浮き彼女の周りを浮遊する。
「ここからは真面目に行かせてもらうわよ?可愛い陰浪者さん♪」
ネクトたちも気合を入れた。
一方、地脈の最深部ではリーシャと老人が激しい戦闘を繰り広げていた。
老体とはいえ魔法で強化された状態で動き回れるのは意外だ。
しかも魔力で編んだロープで壁や天井を駆け回り、徐々にリーシャ達を追い詰める。
(あのお爺ちゃんめっちゃ動く!)
「熟練者という事ですね・・・。」
「左様。老体とはいえ舐められては私の面目丸つぶれですので。」
ロープで身体を固定して天井から宙吊り状態で言う老人。
天井から飛び出し回転しながら一直線にリーシャに切り掛かる。
寸前でリーシャを庇うラルが腕のキャノン砲で受け止め、老人を押し返しその隙に距離を詰めるリーシャ。
腹に杖を突き立てる。
「エア・ショット‼」
至近距離から風を放ち老人を吹き飛ばす。
しかしうまく受け身を取りダメージを最小限に抑えた。
「年長者を労わってほしいですね。」
(どっかで聞いた言葉・・・。)
そんなデジャヴを感じつつも果敢に攻めていく。
しかしどこか違和感があった。
老人はかなりの実力者でありながらどこか決定打がない。
相手は加減をしてたのだ。
(一体何を考えて・・・、まさか⁉)
リーシャはハッと気が付いた。
老人はニヤリと笑う。
「気付きましたか?」
「貴方、時間稼ぎをしてますね⁉」
そう、老人は空間の中心にある巨大な宝玉、神龍の宝玉の魔力が溜まるまで時間稼ぎをしていたのだ。
「おかげで神龍復活まであとわずか。まんまと策略にハマっていただきありがとうございます。」
「~っ!」
迂闊だった。
相手を倒すことに集中しすぎてしまった。
このままでは神龍が復活してしまう。
どうにか魔力の供給を発たなければ。
(でも魔力を流す管や装置も見当たらない。あるとすれば地中・・・。)
リーシャは宝玉の下に目を通す。
するとよく見を凝らすと薄っすら見えづらい魔法陣が描かれていることに気が付いた。
それももの凄い精巧に。
「見つけた!ラル!」
(オッケー!)
ラルがダッシュで宝玉の下にある魔法陣に手を出そうとする。
老人もそれに気づき阻止しようと迫ってきた。
「邪魔はさせません!」
杖を投げ飛ばし魔力で操り、老人を足止めする。
「くっ!なかなか視野が広いですね。ですがこの程度で止められる私ではありません!」
老人は双剣を投げラルを躓かせ転倒させた。
(うわっ!)
「きゃぁぁ⁉」
背に乗っていたメルティナが放り出されてしまった。
「ラル!メルティナさん!」
リーシャが駆け寄ろうとすると、
「動かない方が身のためですよ?」
なんと、転倒したメルティナに老人が剣先を突き付けていたのだ。
リーシャは咄嗟に足を止める。
「な、なんて卑劣な・・・!」
ギリッと歯を食いしばる。
ラルも下手に動けないでいた。
「目的を遂行するには時に卑劣な行動も大事という事です。正当に戦って負けたら何の意味もありませんからね。」
悔しいが彼の言う事も一理ある。
だが、
「それでも、私は貴方を倒します!メルティナさんを離してください!」
杖を構えるがメルティナを人質に取られている以上迂闊に動けない。
「やれやれ、血の気の多いお嬢さんです。」
「心外⁉」
「そもそも何故このような戦場に彼女のような非戦闘員を連れてきたんです?どう考えても邪魔でしかならないじゃないですか?」
その言葉にリーシャとラルはピクッと反応する。
「邪魔・・・?」
「だってそうでしょう。使えない者を連れてきた結果、このように足手纏いになっているじゃありませんか。貴女達の敗因は彼女を連れてきたことですね。」
クククと笑う老人。
メルティナは気にしていた事実を突きつけられ罪悪感に飲まれていた。
「・・・ごめんなさいリーシャさん。私がいるせいで迷惑を・・・、やっぱり私は、皆の足手纏いにしかならなー・・・。」
「馬鹿言わないで‼」
突然の言葉に全員が驚く。
「いつ誰が貴女を足手纏いと言ったの‼私もラルもバハムートさんもウィンロスさんもリヴさんも、タクマさんも!誰一人貴女を邪魔だの足手纏いだの思ってない‼メルティナさんは私達の仲間であり、家族です‼」
もの凄い気迫で叫ぶリーシャに老人はすっかり呆気にとられていた。
「私達の家族を侮辱する人は、絶対に許しません‼」
その時、リーシャの従魔結石が輝きだした。
すると宝玉の下にある魔法陣から魔力が従魔結石に吸い込まれていく。
「な、何だ⁉復活用の魔力が吸い取られている⁉」
魔力を吸ったリーシャの従魔結石は翡翠色から青色へと変色した。
同時にラルが小竜の姿に戻り青いオーラを放ち始める。
(分かる!この力が何なのかを!)
「ラル‼」
「クァーーー‼」
従魔結石の光が更に輝きを増す。
『覇王進化‼』
咆哮と共に球体に包まれるラル。
そして球体を割って飛び出してきたのは半透明の美しい青色の翼を有し、氷のように透き通った二本の角が輝く純白の翼竜がその姿を現す。
『グレイス・ド・ラル‼』
美しいドラゴンにリーシャとメルティナは思わず目を奪われた。
「グレイス・ド・ラル・・・。」
「綺麗・・・。」
新たな姿に進化したラルに驚きを隠せないでいる老人。
「な、何ですかそれは⁉進化⁉一匹の魔獣が別の姿に変化するなんて聞いたことが無い!」
進化の力は現状ラルしか持っていない力。
ましてや二つの進化先がある事すら有り得ない話だ。
だが目の前にはそれを実現するドラゴンとその主人がいる。
「これが、私達の力です!ラル!」
(うおぉぉぉぉ‼)
素早い速度で低空飛行し老人を跳ね除けメルティナを救出する。
「は、速い⁉」
急旋回しあっという間にリーシャの背後に降り立つ。
「メルティナさん!大丈夫ですか?」
「あ、ありがとうございます!」
急展開にキョトン顔のメルティナ。
「メルティナさんは私の後ろに・・・!」
その瞬間、老人が双剣を持って迫ってきた。
リーシャに当たる寸前、グレイス・ド・ラルが強く羽ばたき強風を発生させ老人を吹き飛ばした。
「くっ!」
(ボクがいる限り、二人には傷一つ付けさせない!)
猛スピードで老人に迫り両足で素早いラッシュを繰り出す。
老人も魔法で身体強化しラルの攻撃をあしらうがラルの方が攻撃速度が上だった。
どんどん後ろに押され魔法陣の近くまで来た。
「ラル!魔法陣を!」
(任せて!)
強く蹴り上げ老人の態勢を崩させる。
立て直す間も与えずラルの口部に冷たい冷気が収束されていく。
「『ヘル・ブリザード‼』」
絶対零度のブレスが至近距離で放たれ老人ごと魔法陣を凍り付かせていく。
「そんな、私が!ジエト様、お許しをぉぉぉぉぉ‼」
その言葉を最後に老人は魔法陣共々氷塊の中で力尽きたのだった。
「か、勝った・・・?」
ヘタッと腰が抜けるリーシャをメルティナが支える。
すると魔法陣が凍らされたことで機能を失ったのか赤く輝く地脈が徐々に青く変色していく。
どうやら魔法陣の魔力の影響で地脈が活発化していたらしく、今の青く輝く静寂な空間こそが本来の姿のようだった。
二人はグレイス・ド・ラルの方を振り向いた。
「ラルの・・・新しい進化・・・。」
「凄く、綺麗です・・・。」
(ありがと♪)
ラルはそのまま小竜の姿へと戻った。
「クゥ~!」
「・・・アハハ!」
カッコいいから可愛いへの突然のギャップに思わず笑ってしまう二人だった。
だがそんな安らぎもすぐに塗り替えられてしまう。
突然重苦しい心音が辺りに鳴り響いたのだ。
「な、何⁉」
「リーシャさん!アレ!」
メルティナが指す先にはまるで見えない壁があるように氷塊が避ける形になっている神龍の宝玉。
この心音は宝玉から鳴り響いていた。
鼓動が高まるにつれ空洞内が徐々に崩れ始めていた。
するとメルティナが何かを感じたのか顔が青ざめる。
「この気配・・・、リーシャさん逃げよう!」
「え?な、何で?」
「何でか分からないけど、神龍が復活しちゃう!」
慌てふためくメルティナにリーシャは理解が追い付かないでいた。
「待って待って!そもそも何で復活が?魔法陣は確かに機能停止したのに⁉」
「間に合わなかったんです!魔法陣を止めた時には既に復活に必要な魔力を取り込んでいたんです!このままじゃタクマ達も危ない!早く逃げないと!」
何故そんなことが分かったのか疑問が残るが確かにここにいては危ない。
リーシャは彼女の言う通りにしてその場から脱出していった。
誰もいなくなった地脈の最深部で宝玉の鼓動がピークに達しヒビが入る。
ヒビから光が漏れ始め激しく砕け散った。
そしてその場に現れたのは黄金の鱗粉を纏い、金色のラインが入った鱗、蛇のように細長く美しい身体の白い龍。
「~~~~~~っ‼」
大量のシャンデリアを揺らしたような咆哮を放つ巨大な龍。
とうとう神龍が復活してしまったのだった。




