『第八十章 並行世界の流れ者』
「この世界のモノ?あなた方は何者なんですか?」
鎖に巻かれながら断罪聖女が質問する。
「・・・俺はただの陰浪者だがそいつは違う。ロキはパラレルワールド、並行世界という別の世界から来たドラゴンなんだよ。」
遠くで聖職者と交戦していたタクマ達にもネクトの言葉が聞こえていた。
「並行世界のドラゴン⁉何それ⁉」
「要するに、私の転生と同じようにロキさんも別の世界から転移してきた存在ってことです!」
バハムートはロキのような機械のドラゴンは昔多く生息していたが現在は絶滅していると言っていた。
だが並行世界では絶滅はしておらず、そこからロキはこっちの世界に転がり落ちてきたという事になる。
(神が変わったことで世界の境界線が緩んだとかか?)
何はともあれ、神が関係していることは間違いなさそうだ。
ロキの正体を知った聖女は、
「確かに私の魔法はこの世界の法則を元に成り立っています。世界の法則に属さない理の外から来た彼には私の魔法は効かないでしょう。ですが・・・。」
左右から棘の壁が迫りロキを挟み込む。
その不意に鎖が緩んでしまい聖女は拘束から逃れる。
「妨害することは可能です。」
あっさりロキの対処法を見つけられてしまった。
ロキは壁を押し返そうとしているが何故かビクともせず徐々に壁が狭まっていた。
そんな聖女にネクトは槍を振り回し魔法を妨害しようとする。
しかし聖女は器具を瞬時に出しネクトの槍裁きを全ていなした。
(ロキが抜け出せない?あの女、質量より物量で掛かってきたな?物理法則ならロキにも普通に通用する。でもロキならあの程度問題ないはずだが?)
そんなことを考えている間にロキは壁に押しつぶされそうになってる。
「魔槍解放・デルタ!」
槍が緑色のオーラを纏うと目にも止まらぬ速度で投げられ縦横無尽に飛び回る。
その速度で壁を破壊しロキを助けた。
「魔術で槍を操れるのですか。陰浪者でもこれは見事です。」
「そいつはどうも!」
ネクトと聖女が戦ってる中、タクマ達三人も聖職者と交戦していた。
「エア・ショット!」
リーシャの空弾が直撃、怯んだその隙にリヴが拳を決める。
「年配は労わるものですよ?」
「じゃぁ五百歳の私も労わりの対象なの?」
聖職者は返す言葉もなかった。
するとそこへ五人の最高神官の老人がやってきた。
「見つけたぞ!」
「あれは、ローヴェルト司祭?」
聖職者はローヴェルトという司祭だったようだ。
「ゲッ!あのおじいちゃんたち来ちゃったわよ⁉どうするの主様!」
「どうするもこうするも、生きて返すなと言われてるんだからここで倒さなきゃいけないだろ。」
合流する五人の最高神官にローヴェルトは何かを思いついたような表情を見せる。
「皆さん、彼らは我が教会に仇成す悪人です。ここは力を合わせて共に彼らに裁きを与えてはどうでしょうか?」
「司祭様と、よろしいのですか?」
ローヴェルトは頷く。
「皆の者!司祭様の名誉のため悪人を始末するぞ!」
五人は一斉に詠唱を始め魔法を放ってきた。
「悪人悪人うるさいわね。ホントの悪人はどっちなのかしら?」
リヴの氷魔法で打ち出される魔法を相殺し続けている。
危な気もない様子。
向こうの魔法レベルではこちらには一切効果がないみたいだ。
(・・・あの聖職者、何を企んでる?)
タクマの予感は的中する。
最高神官の後ろで何やら別の詠唱をしているローヴェルト。
すると手元に禍々しい魔石が現れる。
(何だあれは?)
魔石を持つローヴェルトは不吉な笑みを浮かべる。
「ふふふ、いい実験材料となってくださいよ?」
そういい魔石を発動させるとどす黒い影が無数現れ五人の最高神官に巻き付いた。
「な、何だこれは⁉」
「司祭様⁉」
「これは一体どういう・・・!」
慌てふためく老人たちにローヴェルトは言った。
「この魔石は知神レスト様から頂いた特別な天界具でね。闇の魔力を封じてあるんです。ですがなかなか試す機会がなくどうしたものかと悩んでいたのですが、丁度彼等が来てくれました。それに材料としてあなた方も適任でしたよ。」
「し、司祭様、それはどういう意味で・・・!」
「言葉通りですよ。さぁ彼らを贄に呼び起こしましょう!悪魔の魔獣を!」
ローヴェルトが叫ぶと影は勢いを増し五人の最高神官を飲み込んでしまった。
そしてモゴモゴとうごめく影は次第に形を作っていき、最終的に巨大なドラゴンへと変貌したのだった。
「ヴォォォォォォォ‼」
咆哮が木霊するその魔獣は五つの首を持ち、体表は青みがかっており、六本の脚、二つの尻尾を持った異形のドラゴンだった。
そのドラゴンを見たリーシャは青ざめた顔で震えていた。
「ドラゴン・・・!」
五人の最高神官だった五つ頭のドラゴンがタクマ達に襲い掛かる。
タクマはリーシャを抱えリヴと共に高く跳躍して避けた。
「あのジジィ達をドラゴンに変えるとは・・・、なんて奴だ。」
「・・・主様、あんな怪物をドラゴンと一緒にしないで。」
静かな声で前に出るリヴ。
いつもの彼女とは少し違う雰囲気が漂っていた。
「ドラゴンはね、本能に赴くまま暴れる者もいるけど、少なくとも私達はドラゴンであることに誇りを持ってるの!人間を素材に作られただけのあんな偽物に、ドラゴンを名乗る資格なんてないわ!」
彼女は本気だった。
普段と比べ気迫が凄まじかった。
リヴは竜の姿となり五つ首の前に立ちはだかる。
「何と!人間に変身していたドラゴンだったとは!素晴らしい!知神レスト様への献上品に相応しい物だ!」
高揚したローヴェルトが後方で騒いでいる。
そこにタクマが猛スピードで切りかかってきた。
「俺の従魔を物扱いさせてたまるか!」
「ヴォォォォォォォ‼」
「アンタみたいな贋作には、絶対に負けない!」
突然現れた五つ首の存在にはネクトたちも気づいていた。
「何じゃありゃ⁉」
「何ですか・・・あれは?」
表情を変えない断罪聖女も目を見開いていた。
どうやら彼女も五つ首を知らないようだった。
「お前らが仕向けたものじゃないのか?」
「いいえ、少なくとも私は一切存じ上げておりません。ましてや、あのような負の存在などに・・・。」
ネクトも彼女が嘘をついているようには思えなかった。
「・・・本当に何も知らないみたいだな。」
聖女は頷く。
「どうする?あそこには俺の連れもいる。流石にアレは放っておけるレベルじゃねぇぞ?」
「私との戦闘は止めにしましょう。本心を言えば、私は戦いを好む者ではありません。戦わずして済むのならそちらを選びます。」
聖女はただローヴェルトに指示されていただけだ。
戦う意志のない彼女にこれ以上刃を向ける必要もない。
「分かった。お前も人の心があるならアレを止めるのを手伝え!いくら感情を捨てていても、そのくらいの心はあるだろ?」
「正直分かりませんが、そうしなくてはならない。そんな気はしてます。」
「・・・行くぞ。」
二人と一頭は五つ首の元へ急いだ。
「居合・風裂傷!」
無数の風の斬撃を放つがローヴェルトは魔法壁で全て防ぐ。
一方で五つ首とリヴが大暴れ。
教会の中庭が戦場と化していた。
流石のリーシャはラルと共に物陰に隠れていた。
「ヴォォォォォォォ‼」
「くっ!頭が五つ、まるで五頭を相手してるみたいね!」
思いのほか苦戦をしているリヴ。
ブレスで頭を一つ弾き飛ばすがすぐさま別の首が襲い掛かり、その間に首は再生。
隙がなかった。
その様子を物陰で見ているリーシャ。
「リヴさんが苦戦している。助けに入りたいけど、あんな相手じゃ足手纏いにしかならない・・・。」
並みの冒険者よりも強いリーシャだがまだ十二歳の幼い少女。
禍々しいドラゴンにされた最高神官の事を思い返すと恐怖で身体が動かせないでいた。
リーシャは悔しそうに杖を握ると、
「クゥー!」
「ラル?」
ラルが強い眼差しでリーシャを見た。
ラルからは戦う意志を強く感じた。
「ラル、もしかして、リヴさんを助けたいの?」
「クゥ!」
ラルですら戦おうとしているのに主人の自分が少し情けなくなった。
恐怖は悪い事じゃない。
時と場合によっては逃げてもいい。
だが今は違う。
いくら恐かろうと、そこに守りたいものがある。
その理由だけで戦える。
「分かった。行こう、ラル!」
「クゥ!」
二人は飛び出す。
守りたいものを守るために。
『覇王進化‼ガンズ・ド・ラル‼』
光に包まれ、両腕両肩にキャノン砲を装備し巨大化したラルは五つ首目掛けて撃ち込んだ。
「グオォォ⁉」
直撃した五つ首は地響きと共に倒れた。
「え⁉アンタ誰⁉」
(この姿では初めましてだね。僕はラルから進化したガンズ・ド・ラルって言うんだ。よろしくねお姉ちゃん!)
「・・・ラルーーー⁉」
リヴは驚愕した。
あのちっこいラルが大きくなって喋ってるのだから。
「リヴさん!後でお話ししますから、今はあのドラゴンを何とかしましょう!」
起き上がる五つ首に三人は共に挑む。
「ストリーム・ブラスト‼」
水のブレスで五つ首を押し込みすかさずラルが追撃をする。
「『マグナ』!」
リーシャの指示で四つのキャノン砲から魔力の球を同時に放ち、それぞれの首に命中させる。
残った首は直接殴って地面に叩きつけた。
(あの子、もしかして脳筋なのかしら・・・。)
進化したラルの戦いぶりを見てそう思ったリヴだった。
一方でタクマとローヴェルトの攻防戦は熾烈を極めていた。
しかし、ローヴェルトは攻撃をしては来ず、ずっと防戦一方だった。
(何故攻撃してこない?何かを狙ってるのか?)
不審に思いながらも剣を振るうタクマ。
すると、
「そろそろですね。」
ローヴェルトはボソッとつぶやくと細長い緑の槍が飛んできて地面に突き刺さった。
二人はその投擲を避け距離を取る。
そして槍を引き抜くネクトが現れた。
「ネクト!」
「こんばんは。」
「おわっ⁉びっくりした⁉」
タクマの隣に突然現れる断罪聖女。
「ネクト、お前この聖女と戦ってたんじゃ?」
「訳あって辞めた。今は手伝ってくれてる。」
三人を前に何故か余裕の表情をしているローヴェルトに聖女が問う。
「ローヴェルト司祭、あの怪物は貴方が?」
「えぇそうです。知神レスト様から賜った魔石の効力を試すいい機会と思いましたので。」
神。
タクマはその単語に眉を歪ませる。
(教会だから何かの神を信仰していたとは思ってたが、案の定か。)
「しかし、聖女様が悪人と共にいるという事がどうにもきな臭いですね?貴女は悪人に無情の裁きを与える役目のはずですが?」
「あの怪物をみて優先すべきものが変わっただけです。あれは、彼等より害を及ぼす存在です。」
表情は相変わらず変わらないが決意だけはしっかりと伝わった。
彼女の言葉を聞いたローヴェルトは、
「・・・そうですか。それが貴女の答えなのですね。」
そう言うとローヴェルトは指をパチンと鳴らし、聖女の足元に突然赤い魔法陣が展開された。
「うわっ!」
「くっ!」
タクマとネクトは魔法陣に弾かれる。
「ローヴェルト様⁉」
「実に残念だよ、聖女様。なんの躊躇もなく悪人を処せるよう感情を取り除いたと言うのに、どうやら全て除去できていなかったみたいだ。今度こそ感情を消し去り、無情の断罪聖女となっていただきましょう。」
赤い魔法陣の光が更に強くなり聖女は苦しみ始めた。
「あが・・・、あぁ・・・!」
「チッ!おいタクマ!手を貸せ!」
「言われずとも!」
彼女を助けようと走る二人。
しかし、あと一歩及ばず魔法陣が弾け飛び二人は立ち止まる。
そして魔法陣から解き放たれた聖女からは冷酷なオーラを纏っており彼女の意識を微塵も感じ取れなかった。
「さぁ、真の断罪聖女の完成です!」
高らかに笑うローヴェルトにネクトの怒りが頂点に達したのだった。




