『第七十八章 断罪聖女』
翌日、聖天新教会の教会前はお祈りをしにやってきた人々や見習い信者が大勢集まっていた。
朝の鐘が鳴り一日の始まりを表す。そして教会の前に一人と一頭がやってきた。
「キッチリした服なんて普段着ないからちょっと慣れないな。」
「なかなか似合っとるでタクマ?」
横からついてきたウィンロス。
彼からはシャンプーのいい匂いが漂っていた。
女性陣に徹底的に洗われたことで羽毛にも磨きがかかっており、ふわっふわだ。
「あんだけ風呂嫌ってたくせに、いざ洗われてスッキリしたらお前もまんざらでもなさそうじゃん!」
「うぐっ!ま、まぁ・・・、自分でもここまで仕上がるとは思ってもいなかったわ。」
顔を赤くしてそっぽを向く。
彼の意外な一面を知れてニヤけが止まらないタクマだった。
「お待ちしていました、タクマ様。従魔の方も随分ふわふわになられましたね。」
フフフと笑うシスター。
「身内に徹底的に手入れされましたからね。」
「アレは徹底すぎるがな・・・。」
そんな笑い話をした後、タクマとウィンロスはシスターに案内され教会内を見学した。
「こちらが大聖堂になります。早朝から多くの民や信者たちが集まり神に祈りを捧げます。最近では結婚式活動も取り入れました。」
もの凄く高い天井に大きなガラスの十字架。
神聖な場所と言うのが一目で分かる。
「ほえ~、あのガラス細工の窓スゲェ鮮やかやな。」
「見た事ないのか?」
「当たり前やろ。オレは元々野生暮らしやぞ?建物の中なんて入らんわ。」
それもそうだ、と納得した。
次に案内されたのは教会の裏にある広い庭園だった。
「ここは見習いの信者が魔法の練習も兼ねて行えるよう作られています。試しにこの芝生に炎をかけてみますね。」
シスターはそう言うと魔法で近くの芝生に炎を付けた。
「何しとんの⁉」
「いや待て。これは・・・?」
炎が付けれてた場所の芝生は燃えるどころかすぐに消え、焼け跡一つも残っていなかった。
「この庭園の草木には反射の付与が施されています。謝って魔法を誤射してしまっても庭園は無傷ですので魔法練習にうってつけなんです。」
そこまで考えられているとは。
聖天新教会は随分まともに見えてきた。
しかし、エルフの密売の書類という証拠があるため何とも複雑な気持ちになった。
「ん?シスターさん、あそこの建物は何ですか?」
タクマは教会の反対側にあるとある建物が気になった。
「あそこは断罪の間になります。」
(断罪?)
タクマの眉が引きつる。
「先日のパレードは見ましたでしょうか?そこに窃盗を働いた男性を確保したのですが。」
「あぁ、俺もその現場は目撃した。」
「あのように罪を犯した者はあの建物に連れていかれ、裁きを受ける場所になっているんです。」
犯した罪によって判決が下され、断罪される場所。
いわゆる裁判所のような所だ。
「大抵は盗みによる犯行で投獄や強制労働などがほとんどですが、中には死刑になる悪人もおります。」
「死刑・・・。」
「折角ですから、裁判の見学もどうですか?」
そう言われたタクマ達。
何か情報を得られるかもしれないため見学をすることにした。
シスター案内され建物に入ると一筋の階段が絵の前に現れた。
「断罪の間は地下にございます。暗いので足元にお気を付けください。」
ウィンロスはギリギリ通ることができ、共に階段を降りていくと広けた空間の片隅に出た。
中央は円形に深く掘られており、底の方に断罪の間があった。
タクマ達は壁際の通路のような場所で断罪の間を見下ろす。
「あれが断罪の間です。丁度判決が行われているようですね。」
底の中心に男が手を後ろに拘束されて立っている。
その周りを囲むように顔を隠した五人の老人と聖職者が立っている。
「あの男・・・。」
「昨日ひったくりしていた奴や。」
周りの老人たちがそれぞれ意見を言い合い、判決が下される。
「其方の過去の経歴を調べさせてもらった。先日の窃盗が初犯ではなく過去に何度も罪を起こしておる。その中で、人の命をいくつも奪っている事が判明した。よって、被告人を死刑とする!」
「し、死刑だと⁉」
男は青ざめる。
必死に抗弁を垂れるが言い訳でしたなかった。
「これより、刑を執行する!」
タクマ達は驚いた。
「え!判決が出てその場で⁉」
「はい。死刑宣告された悪人はその場で処刑されるんです。」
「猶予とかないんやな。」
「死刑宣告された者に猶予はありません。それほどの罪を犯したのですから。」
確かに人の命を何人も奪ってるとなると死刑にもなる。
だが、あまりにも早すぎる刑執行だ。
「断罪聖女を前へ!」
聖職者が叫ぶと奥の暗闇から十四歳程の美しい少女が現れた。
長い白髪に手足に刺々しい拘束具モチーフの飾り、上着はアイアンメイデンを思わせるような服装だ。
「聖女による裁きの鉄槌を!」
「「「裁きの鉄槌を‼」」」
周りの老人たちが一斉に叫ぶと聖女は両手を掲げた。
すると頭上に魔法陣が展開され、男が宙に浮いた。
「ひぃっ⁉」
そして男の目の前に鉄の棺が現れ、蓋が開く。
中は無数の針が混在していた。
「い、嫌だ!死にたくない!嫌だ!嫌だ!嫌だーーー‼」
命乞いも空しく、男は棺の中に引き込まれ、蓋がバタンと閉じた。
そして棺の下から赤い液体が滴るのだった。
「『死の棺』。罪人の魂に報いを・・・。」
棺はそのまま消滅する。
そして断罪聖女は聖職者に連れられ退室していった。
「では我らも。」
「うむ。」
五人の老人も断罪の間を後にした。
「・・・・・。」
「・・・・・。」
「あれが死刑宣告された者の末路です。刑執行の際は先ほどの少女、断罪聖女様があのように裁きを下すのです。」
「裁き、か・・・。」
壮絶なものを見たタクマとウィンロスは言葉を失っていた。
「もうしばらく見学なさいますか?」
「いや、もう十分だ。」
タクマ達も断罪の間を後にし、しばらくの自由見学をしていた。
「この自由見学使って教会を調べまくるのか?」
「そういうこと。お前は先にバハムート達の所に戻っててくれ。後は俺一人で探ってみる。」
「一人で大丈夫か?」
「いざとなったらバハムートの『空間異動』で飛んで戻るさ。」
「・・・分かった。無茶すんなよ?」
そう言い残しウィンロスは飛んで先に帰って行った。
「さて、いろいろ見て回るか。」
なるべく秘匿しながらエルフについて見習い信者に聞き込みを続けるタクマ。
しかし有力な情報は得られなかった。
「やっぱ難しいか。こうなったらより内部に潜入してみるか。」
タクマは建物内にこっそりと潜入し始める。
信者が近くにいないのを見計り教会内の奥へと進む。
(見た感じただの大きな教会なんだよな。エルフに交わる噂も聞かないし、隠すのがうまいのか?)
そんなことを考えながら歩いていると運悪く従者の二人に遭遇してしまった。
「うわ!誰だ君は⁉ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ!」
「やべっ!」
咄嗟に走り出してしまったタクマ。
「あ、待て!」
追いかけてくる二人の信者。
今捕まったらまずい。
突き当りを曲がり後を追う信者。
だが曲がった先にタクマの姿はなかった。
「あれ?どこ行った?」
「まだ近くにいるかもしれない。探せ!」
二手に分かれる信者。
タクマは近くにあった部屋に隠れてやり過ごしていた。
「ふぅ~、これ以上長居は出来ないな。そろそろ引き上げるか?」
すると背後から誰かに話しかけられた。
「・・・貴方は?」
「⁉」
バッと振り返るタクマの先には先ほど悪人を処刑した少女、断罪聖女が窓際で座っていたのだ。
(しまった!思いっきり見つかった!)
身を低くして警戒していると聖女は、
「先ほど断罪の間を見学されてた方ですね。見学者がこちらにおいでなさるのは初めてですが、何やら事情がおありの様子。一先ずお掛けになって。」
そう言い近くのテーブルへ招待する。
罠かと警戒するタクマだが聖女からは敵意を全く感じられない。
このままという訳にもいかないので念のため気配を強く感じられるスキルを発動させておいてテーブルに座った。
聖女は紅茶を注ぎタクマの前に出す。
「それで、貴方はどうしてこのような教会の奥地へ?」
終始無表情の彼女。
声のトーンも一定で何を考えているのか全く読めない。
敵意がないという事だけが救いだ。
「ちょっと探し物をな。この教会にある物なんだが・・・。」
タクマは言葉を詰まらせる。
いくら敵意がないとはいえ彼女は教会側の人間。
おいそれとこちらの情報を喋るわけにはいかない。
タクマはエルフの事についてを遠回しに言いながら話した。
「人が連れてこられた形跡、ですか。それでしたら最高神官のご老人の方々と聖職者様が誰も入るなと言われていた部屋に入って行くのを見ました。部屋の奥から「嫌だ!売られたくない!助けて!」と、女性と少女の方の声を聴きました。」
(百パーそこじゃん!)
あからさまな情報に内心ツッコむタクマ。
だが教会がエルフの密売をしている事実を確定できたのはデカい収穫だ。
しかし気がかりなのがもう一つ。
目の前の聖女が何者なのか全く分からないでいた。
(言動から考えて聖女や他の信者はエルフの事について何も知らなそうだな。一番怪しいのは教会のトップか。)
「にしても、聖女様はその部屋から聞こえた声を聴いて何も思わなかったのですか?」
「生憎と私は何とも思いませんでした。当然とも言えましょう。聖女として選ばれた時に、私は自身の感情を捨てたのですから。」
「⁉」
表情を一切変えない聖女の目は光を灯さない曇り窓のようだった。
帰りの際、話し合っていた所に信者の二人が聖女の部屋に入ってきて見つかってしまったタクマ。
だが聖女が彼は自分の友人だと言って庇ってくれたおかげで特に怪しまれることもなく教会を出ることが出来た。
「今度会ったらお礼を言わなくちゃ。しかし、断罪聖女か。感情を捨て去り、無情に悪人の命を葬る。断罪聖女としてはそれが正しいのかもしれないが、アイツの目・・・、どこか悲しそうだったな。」
そう考えながら歩いていると、
「何一人でぶつくさ言ってるんだ?」
横からネクトに声を掛けられた。
「うぉ⁉びっくりした!ネクトか・・・。」
「急いで宿に戻るぞ。ようやく情報を掴めた。」




