『第五十一章 内に宿す深淵』
「・・・・・ん?ここは?」
目を覚ましたタクマがいたのは暗く薄っすらと赤い妙な空間に立っていた。
「どこだここは?俺は確かあのふざけた双子の神と戦っていたはずじゃ・・・?」
すると突然足元の黒い靄から無数の触手のような影がタクマを取り込もうとするかのように襲い掛かってきたのだ。
「な、何だ⁉」
咄嗟に反撃するも幾ら切っても切っても触手は無限に現れる。
「何がどうなってる⁉バハムート達は⁉リーシャは⁉」
一方、外では上空から巨大な隕石が徐々に地上に向かって落下してきている。
かなり絶望的な状況ではあるが更にもっとまずいことが起こっていた。
瓦礫から立ち上がったタクマの周りを黒い影が無造作に溢れ出していたからだ。
「タクマ・・・さん・・・?」
「ね、ねぇおじ様!何なのあれ⁉主様どうしちゃったの⁉」
リヴが慌てた様子でバハムートに問い詰めるがバハムート自身も焦った表情をしている。
「・・・分からぬ!あんなものは我も初めてだ・・・!」
黒い影を纏うタクマに双子神が口を割る。
「アルル、あの人間何か変だよ?」
「ホントだホントだ、闇が溢れてるよ!」
すると双子神に気づいたタクマは姿勢を低くし、天高く跳躍する。
竜化もしていない状態でとんでもないジャンプ力だ。
一瞬にして双子神の目の前に立つと同時に影を纏った剣を振り下ろす。
「っ⁉」
「早い⁉」
アルルが光の盾で受け止めるが想像以上にタクマの一撃が重く押し返されてしまう。
「うわっ‼」
「アルル⁉」
そして今度はネーネの方へ切り掛かる。
ネーネも光の剣で迎え撃つが先ほどと太刀筋が違うタクマに付いていけず、鋭い一撃を受け弾き飛ばされてしまう。
「ネーネ!よくもっ‼」
持ち直したアルルが盾を突き立て突進してくる。
だが、タクマは左の拳で殴りつけ光の盾を粉砕したのだった。
盾が砕かれアルルの顔を鷲掴むタクマ。
ギリギリと力を入れアルルは悶え苦しむ。
そこに戻ってきたネーネがタクマの腕を切り落とした。
「アルル、大丈夫⁉」
「う、うん・・・。何とか何とか・・・。」
腕を切り落とされたタクマから離れる双子神。
(盾は壊されちゃったけど修復は出来る、向こうは片腕を失った!このままアイツの四肢を切断していけば・・・!)
そう思ったのも束の間、タクマの切断された左腕から黒い影が集まっていく。
すると次の瞬間タクマの腕が再生したのだった。
「・・・はっ?」
そしてタクマから徐々に漏れ出る黒い影が増えていく。
「っ⁉」
妙な空間で影を蹴散らしていたタクマに侵食するかのように影がまとわりついてくる。
「くそっ!何なんだよ一体⁉」
振り払おうとするもじわじわと影はまとわりつき最終的にタクマは影に飲み込まれた。
「うわぁぁぁぁぁ‼」
それは外でも同じこと。
溢れ出る黒い影にタクマの身体が包まれる。
「主様⁉」
地上で合成獣と対峙していたバハムート達もタクマの異変に気が付く。
(タクマの意識を感じない・・・よくわからんが、アレは非常にまずい‼)
バハムートが駆けつけようとすると先に飛び出したのはリーシャだった。
「タクマさーーーーん‼」
駆けつけるリーシャに合成獣が一斉に襲い掛かる。
「あのバカ・・・!」
リヴが竜の姿に戻り合成獣からリーシャを守った。
「リヴさん!」
「上ばっか見てんじゃないわよ!死にたいの⁉」
「ご、ごめんんさい!でも、タクマさんが!」
上空で黒い球体に包まれたタクマ。
球体にヒビが入り、激しく砕け散ると中から炎の竜化となったタクマが現れる。
だがその炎は漆黒に色づいており、赤い眼光を放っていた。
空中で鳥の合成獣と戦っているウィンロスがタクマの姿を捉える。
「何やあれ・・・?」
地上にいるバハムートにもその姿が見えていた。
(あれはまさか・・・⁉)
バハムートの脳内に一人の黒髪の女性が浮かび上がる。
「アルル、こいつダメ・・・!」
「ネーネ、生かしちゃダメな奴ダメな奴!」
余りのどす黒さに双子神から完全に余裕の表情が消えた。
アルルはもう一度光の盾を構成する。
「「今すぐ殺す‼」」
今も尚黒い炎が勢いよく燃え上がるタクマに双子神は切りかかる。
だが、
「・・・『居合・暗麗滅尺』‼」
不気味な笑顔を晒すと二つの黒い斬撃が左右に繰り出され、双子神の攻撃を押し返す。
「居合・黒炎斬‼」
竜炎斬の黒炎バージョンが双子神をはじき飛ばした。
「調子にー‼」
「乗るな―‼」
双子神は左右から無数の光の光線を放つ。
タクマはその攻撃を素早い動きでかわし、猛スピードでネーネの方へ迫り剣を交える。
「ネーネ‼」
アルルが助太刀に入ろうとすると、
「居合・陽炎‼」
背中の黒炎の翼が燃え広がり、中からタクマと同じ形の影が現れアルルを足止めする。
「なっ⁉」
陽炎はそのままアルルを押し返しネーネと距離を取らせた。
「くそっ、アルル!」
助けに行こうとするもタクマの黒い斬撃がそれを許さなかった。
最後の合成獣を仕留め終えたバハムート達。
「よし、合成獣はこれで最後だ!急いでタクマの元へ向かうぞ!」
「はい!」
リーシャはリヴの頭に乗り二頭はタクマを追って飛翔する。
「うわぁぁどけどけーーー‼」
「っ⁉」
途中鳥の合成獣を相手にしていたウィンロスが合成獣諸共落ちてきた。
間一髪かわし、ウィンロスと合成獣は地面に落ちる。
「ギャァァァ‼」
「うるせぇ!もう一遍南無南無や!」
トドメをさし、鳥の合成獣は沈黙した。
「あ~、疲れたわ・・・。」
「ウィンロスさーん!大丈夫ですか⁉」
上空からリーシャが叫ぶ。
「おーっ!大丈夫や!けどダメージでしばらく飛べそうにあらへん!オレはいいから早ようタクマの所に行けぇ‼」
言われた通りバハムート達はタクマの元へ急いだ。
「タクマさーーーん‼」
空中でネーネと死闘を繰り返すタクマにリーシャが必死に呼び掛ける。
よく見ると別の場所でタクマの陽炎と戦っているアルルにも気づく。
「あれ⁉主様が二人に⁉」
「いや、あっちはタクマの影だ。しかしどうやってあのような妙技を?」
双子神もバハムート達に気づくが目の前のタクマと陽炎に手一杯の様子だ。
「―って、ちょっと上‼」
リヴが頭上を指すと双子神が発動させた『メテオ』がすぐそこまで迫ってきていた。
「いかん!あれをどうにかしなければこの火山島諸共消し飛ぶぞ!」
島にはまだ採掘団体がいる。
どうにかしてあの隕石を止めなくては。
すると遠くから汽笛のような音が聞こえた。
その音をドラゴンの地獄耳は聞き逃さなかった。
「むっ、汽車が到着したのか?」
「だったら早く脱出させないと!」
そこにウィンロスが念話で言ってきた。
「あっちはオレが行ってくる!旦那達はタクマを何とかしてくれ!」
自身に回復魔法をかけ、火山を滑空していった。
「向こうはウィンロスに任せて我らは『メテオ』の進行を少しでもずらすぞ!」
「え!でもタクマさんが⁉」
様子のおかしいタクマをすぐにでも元に戻したいリーシャにバハムートが苦し紛れに言う。
「気持ちは分かるが、今あ奴に近づくのは危険だ!恐らく今のあ奴には敵味方の区別がつかん!」
恐ろしい邪気を放ち続けておりタクマの意識も感じ取れなかったからだ。
リーシャは苦渋の決断を余儀なくされ、隕石の方へ飛んで行った。
(必ず助けます、だから・・・消えないでください!タクマさん!)
タクマと陽炎、ネーネとアルルの双子神が激しくぶつかり合う。
「そこっ‼」
アルルが陽炎の隙を着き光の光線で粉砕した。
「ハァ・・・ハァ・・・。」
陽炎との戦闘で膨大にあった魔力も切れる寸前のアルル。
急いでタクマと戦っているネーネの方へ向かった。
「アルルがお前の影を倒したみたいだよ?」
「・・・・。」
先ほどから一言も発さないタクマ。
それもそのはず。
今の彼には意識が無いのだから。
「ハァーーーッ‼」
サイドから盾を構え猛スピードで突進したアルルにタクマは弾き飛ばされる。
「ごめんネーネ。遅れた遅れた・・・。」
息が上がっているアルルにネーネが寄る。
「アルル、僕もそろそろ魔力が切れそう。アレでトドメをさそう!」
「アレね。オッケーオッケー!」
双子神は武器を合わせ掲げる。
すると頭上に幾つもの刃物が付いたような形の魔法陣が三つ展開される。
「これで最後!」
「細切れ細切れ!」
「『天技・陣魔刃‼』
刃の付いた三つの魔法陣が回転し始め、一斉にタクマに向かって放たれた。
触れれば瞬く間に切り裂かれそうな勢いの魔法陣をタクマはかわしたり剣で受け流したりして凌ぐがどんなにはじき返しても追尾してくる魔法陣の刃。
「逃げても意味ないよ?」
「無駄無駄!お前を殺すまでその刃は止まらない!」
残った魔力をフルに使って陣魔刃を維持する双子神。
残り魔力も少なく早々にケリを付けたがっていた。
だが、どれほど陣魔刃を繰り出すも一向にタクマを葬れそうな状況にはならなかった。
かわしては受け止め、かわしては受け止めの繰り返しでタクマも双子神に攻め入ろうともせずに。
「くそっ!何で倒せないんだ⁉」
「ネーネ、ネーネ、もしかしてアイツ・・・僕たちの魔力切れを狙っているんじゃ⁉」
「っ‼」
双子神はタクマの狙いに気づく。
一瞬攻撃が緩んだ隙にタクマは双子神に攻め入った。
「こ、この‼」
反撃しようと魔法を撃とうとした瞬間、突然身体の力が抜けた。
陣魔刃を維持した状態で更に魔法を放とうとしたため魔力切れを起こしたのだ。
アルルは辛うじて持ちこたえるがネーネはそうはいかず、体勢を崩した。
「居合・黒牙鳥‼」
黒い炎を全身に纏い炎の鳥となって双子神に突っ込み、鋭い一閃を食らわせた。
「ぐあぁぁぁぁ‼」
「ネーネ‼」
寸前で回避したアルルだがネーネはタクマの攻撃をモロに受けた。
倒れるネーネを抱えるアルルは憎しみの目でタクマを睨む。
「おのれ・・・よくもネーネを‼」
それでもタクマは容赦なく切りかかってくる。
「覚えていろ‼お前は必ず殺してやる‼」
そう捨て台詞を吐き、光の魔法『フラッシュ』でタクマの目をくらます。
光が晴れるともうそこに双子神の姿はなかった。
どうやら逃げたらしい。
空中でしばらく佇んだタクマは更に上へと飛翔していった。
双子神が消えても尚、『メテオ』は落下し続ける。
軌道を少しでもずらそうとバハムート達が技を撃ち続けていた。
「うぷっ!」
「リーシャ、大丈夫⁉」
魔力切れを起こしリーシャが膝をつく。
「ごめんなさい・・・もうこれ以上は・・・。」
「リヴ、娘を休ませろ!後は我がやる!」
「・・・分かった。おじ様も無理しないで?」
リーシャを休ませるため一時離脱するリヴ。
残ったバハムートは再びブレスを『メテオ』に向けて撃ち続けた。
(くっ!流石にこれ以上打ち続けるのは応えるな・・・!)
すると突然下から黒い斬撃がバハムート目掛けて飛んできた。
「ぬおっ⁉」
咄嗟にかわし下を見るとタクマがバハムートに向かって飛翔してきたのだ。
彼からは明らかに戦意が感じ取れる。
「双子神め、最悪な置き土産を残していきおって・・・‼」
やむ負えずバハムートは『メテオ』を後伸ばしにし、タクマと激突した。
「・・・ん?あれは⁉」
一時戦線離脱したリーシャとリヴは後ろからの戦闘音に気が付いた。
「な、何でおじ様と主様が戦ってるの⁉」
二人の目にはパートナー同士で戦っているタクマとバハムートが映っていた。
「やっぱりタクマさんの様子がおかしいんです!リヴさん、すぐに戻ってください!」
「え⁉でもアンタ魔力切れを起こしているんでしょ⁉そんな状態であそこに戻ったら・・・!」
「お願いします!あの人達が互いに傷つけあっている姿なんて見たくないんです‼」
リーシャの目には決意の眼差しが光っていた。
必死の表情を見たリヴはしばらく黙り、ため息をついた。
「まったく・・・これじゃアンタを優先にしている私がバカみたいじゃない・・・。私にとって優先するべきは主人である主様!アンタの状態は考えないからね!」
「問題ありません!お願いします!」
「振り落とされないようにしっかり捕まってなさい‼」
大きくUターンして二人はタクマ達の元へ急いでいった。




