『第四十八章 鋼鉄街トレンスト』
馬車に追いつきリーシャ達と合流したタクマ達はそのまま道なりを進んでいき、ついに目的地である街、トレンストにたどり着いた。
「見えたぞ!あれが俺達の街、鋼鉄街トレンストだ!」
海のようなとてつもなく広い湖に面する位置にある工場のような街並み。
よく見ると街を囲う外壁から幾つものレールのようなものが伸びていた。
「あれは・・・鉄道⁉」
リーシャが目を凝らして驚いた。
「鉄道?何だそれ?」
田舎者のタクマには鉄道の事は全く知らないでいた。
「鉄道と言うのは各地に張り巡らされたレールとその上を走る列車で交易や人を運ぶなど、とにかく遠い地域まですぐ移動できるものですよ。」
「へぇ~、お嬢ちゃん詳しいね。鉄道を見たことがあるのかい?」
「いえ、そういうわけではないんですが・・・知識として知っていただけですよ。」
流石に前世の知識とは言いづらいリーシャだった。
「デケェ鉄の塊が動いてるで。どうなってんのや?」
「・・・ねぇ街から大量に出てる煙が凄い鉄臭いんだけど?」
リヴは鼻をつまんで顔をしかめていた。
タクマ達は鉄の臭いを感じなかったがリヴの鋭い嗅覚だとここまで臭うらしい。
「そうなんだよな。鉄を使うとどうしても二酸化炭素の煙が出ちまうんだ。環境にもあまりよろしくないからどうにか削減しながら作れないかと試行錯誤を重ねているところなんだ。トレンストに住む住人の課題でもあるんだこれが。」
ガンジが悩んだ顔で言った。
「けど結果は出てきている。完全になくすことは出来ないけど二酸化炭素の量は確実に減っている。諦めずに続けていこうガンジ!」
「おう、そうだな。」
そして一行はトレンストに到着した。
壁の中は自然とかけ離れた全てが鉄のカラクリで埋まった町並みが広がっていた。
所々に蒸気が漏れ出し、金属音が響き渡っていた。
「うわ~何やここ・・・。金属だらけで気分が悪くなるで・・・。」
「私もちょっと・・・うぷっ。気持ち悪いかも・・・。」
「むぅ~・・・。」
ドラゴン三頭はあまりにメカメカしい街の空気に気分を悪くしていた。
今まで自然の中で暮らしていた彼らにとってはあまり居心地のいい街ではないようだ。
「すまないね。俺達の工房付近に着けば多少はマシになると思うからもう少し辛抱してくれ。」
ヴェンも三頭に気を使って少しペースを上げた。
「仕方ない。リーシャ、ラルは大丈夫そうか?」
「はい、服の中に潜ってもらって今は大丈夫そうです。」
一早く街の空気に反応したラルはリーシャの服の中に身を潜めていたのだ。
腹元が少しもごもごしている。
「バハムートとウィンロスの周りを魔力循環させてくれ。そうすれば多少はマシになる。リヴは俺が背負うから。」
「分かりました。」
言われた通り二頭の周りを空気の入れ替えのように魔力を循環させる。
唯一人型のリヴはタクマが背負って歩いた。
「はぁ、主様におんぶしてもらえたぁ・・・。幸せぇ・・・。」
「はいはい。」
嬉しそうな顔で背負わされるリヴだった。
そしてついに目的地であるヴェンとガンジの工房に到着したのだった。
「親方達が帰ってきたぞ!」
工業服に身を包んだ多くの男性が出迎えた。
女性も多少いるみたいだ。
「待たせたな!お前ら!」
「あれ?親方、そっちの子供は誰ですか?・・・って、おわぁぁぁぁ⁉ドラゴン⁉」
案の定バハムート達に驚く男達。
「彼らは俺達が雇った冒険者だ。いろいろと世話になってな。」
「それよりお前等!これを見て見ろい!」
ガンジが馬車の積み荷をお披露目すると大量の柔黒曜石が現れる。
工房の職員たちは驚きと歓声の雄たけびを上げた後、せっせと荷下ろしを始めた。
「ここはガンジに任せて、君たちはこっちに来てくれ。」
ヴェンに案内され工房の裏手に回ると広い機関庫に出た。
「うわ~っ!私の知ってる機関庫そのまんまです!」
「お前の前世の世界にも同じものがあったのか?」
「はい、魔術の発達したこの世界にもこういった鉄道が存在したんですね!」
前世と同じ風景に懐かしさを感じたのか、リーシャのテンションが少し高かった。
先の方でヴェンが手を振っている。
「こっちだ!彼らが休める場所があるんだ!」
ヴェンが大きな扉を開けると、中には草木が生い茂り、川が流れ、花が咲いた広い自然が室内に広がった場所に案内された。
「何だここは⁉」
「さっき言ってた二酸化炭素の削減に試行錯誤を重ねた結果、植物の光合成目的として街のいたるところにこうした箱庭を設けているんだ。二酸化炭素削減にもなるし工業員の気分転換にもなるおススメの施設なんだ。」
天井はドーム状のガラス張りで街の空気は入らず、日の光も申し分ない。
ここならバハムート達も体調を悪くする心配はないだろう。
早速三頭を解き放った。
「はぁ~生き返るわ~・・・。」
「人工とはいえ中々に心地が良い場所だ。」
ウィンロスはダラ~っと寝そべり、バハムートは木陰で腰を降ろしていた。
リヴも川の水で顔を洗う。
「ふ~っ・・・良し!」
小走りでタクマの元に戻った。
「私は主様についていくわ。従魔として一人くらいは側にいないとね。」
「それは良いが大丈夫なのか?ここを出たらまた具合が悪くなるんじゃ?」
「あ、だったらリヴさん。これ使ってください!」
リーシャが異空庫から一枚の布を取り出す。
「マスクと言うものです。これを付ければ大丈夫ですよ。」
リヴの口元にマスクを着けてあげるリーシャ。
「おぉ!何かいい感じ!」
外に出ても大丈夫な様子だった。
「それじゃヴェンさん。どこか落ち着ける場所で話し合おう。」
「そうだね。」
そのまま一同は応接室にやってきた。
「お茶をお持ちしました。」
給仕の若い女性がお茶とお菓子を持ってくる。
「ありがとう、そこに置いててくれ。」
さて、ようやく一息ついて話を進めた。
「まずはここまでの同行、感謝する。」
ヴェンは頭を下げてお礼を言った。
「いや、この街に誘ってくれたのはアンタだ。ありがとな。」
タクマは出されたお茶を一口すする。
「ダンジョンの件も後日報酬を出すよ。準備が出来たらギルドを通して受け取ってくれ。」
一通りの話を済ませ終えるとヴェンに街の地図を貰った。
「折角だからこの街を回って見てくれ。面白い物もたくさんあるから。」
観光がてら街を回ってみる事に決めたのだった。
そしてタクマ達は一度、トレンストのギルドに顔を出しに行った。
ちなみに宿はヴェンが工房の倉庫を使ってくれてもいいと言ってくれた。
「宿代が浮いて助かる。」
ギルドにいるのはほとんどが男性だった。
中にはガンジと同じドワーフも数人いる。
工業の街なだけあって屈強の男が多かった。
「いらっしゃい。トレンストにようこそ。」
受付も気前の良さそうな男性だった。
(むさ苦しいわ、この街・・・。)
マスクをしたリヴがそう思ったのは言うまでもない。
そしてトレンストの街を見て回った。
「どこもかしこも歯車でいっぱいですね。」
「自然とかけ離れた所だけど、こういう文化もあっていいもんだな。」
「私はあまり好きじゃないけどね・・・。」
そんな会話をしながらこの街にしかない店を巡ったり、鉄道のターミナルを見学したり、魔法を使わずに汽車を動かす仕組み等、初めて見る物にタクマは目を輝かせたのだった。
リーシャは前世で知っていたのでそこまで興味は湧かなかったが。
「いや~、何と言うか・・・。あの汽車っていう乗り物にすげぇ魅かれたは。」
「男の人ってそういうの好きですよね。」
喫茶店の店内で甘味を食べてるリーシャとリヴ。
「けどな、気になったこともあったんだよ。」
「気になったこと?」
「今まで見てきた汽車は全部蒸気で動いていた。運転手に質問したら別の大陸じゃ魔石を動力に動かす乗り物があるみたいなんだ。その仕組みを利用して魔石を動力に動かせる汽車を作ろうとトレンストの領主と一緒に企画してるみたいなんだ。」
その話を聞いたリーシャはハッとあることに気づく。
「あ、もしかしてヴェンさん達が必死になって素材を入手したがってた理由って・・・!」
「おそらくこの事ね。」
魔石で動く汽車を作るため、魔石と相性のいい鉱石や素材を求めて危険なダンジョンに行こうとしていたようだ。
「凄い挑戦的なプロジェクトですね。」
「バハムートから念話で聞いた話によると既に機体は基礎が完成してて今仕上げに入り始めているとの事だって。」
どうやらある程度作業を進めており、最後の仕上げに採掘した柔黒曜石が必要だったようだ。
「もう完成間近なの?流石に早すぎない?」
「そこは職人の凄いところってことで・・・。」
それから数日、トレンストに滞在していたタクマ達はヴェンの工房にある箱庭に集まっていた。
「はぁ~、やっぱりこの場所が一番落ち着くわ。」
バハムートに寄せ掛かるリヴ。
「ごめんな、皆。俺が汽車の完成を見届けたいなんて言ったから。」
「何言うてんねん。従魔が主の意に従うのは当然やろ。」
「うむ、正直我も魔石で動く鉄の塊には興味がある。お主が謝る必要はない。」
「・・・へへっ、ありがとな皆。」
その後、様子見でヴェン達の工房に顔を出しに行くタクマ。
中を覗くと純黒に黒光る汽車体が一段と強い存在感を放っていた。
「うわっ、すっげ‼」
「ん?おう!タクマじゃねぇか!」
首に巻いたタオルで汗を拭くガンジがタクマに気づいた。
「どうだ?俺達の最高傑作は!まだ形だけだが惚れ惚れする見応えだろう!」
「あぁ、すげーカッケェよ!」
バハムート達も呼ぶと皆機関車に驚いていた。
「はえー、あん時の鉱石からこれが出来たんか・・・。」
「人間も凄い物作るわね・・・。」
バハムートとウィンロスからしたら同格の大きさだが二頭も興味津々に汽車の周りをウロウロする。
「ドラゴンにも魅かれるくらいか。これはかなり自信があるな!」
ガンジも満足げに鼻を伸ばした。
「さて、お前ら!いよいよ最後の仕上げだ!魔石を入れて試運転と行くぞ!」
「「おーーーっ‼」」
工房の外に車体を運び、ヴェンとガンジの二人が機関室に入る。
「よし、入れるぞ!」
「おう!」
魔石をセットし、スイッチを入れる。
すると魔石から魔力が抽出され動力が動き出し、ヘッドライトに明かりが灯った。
「よっしゃー!成功だぁ‼」
工業員全員が飛び跳ねて喜んだ。
汽車はゆっくりとだが魔石を動力として前進した。
トレンスト住民の悲願、魔石を使用した列車『魔導列車』の完成だ。
歴史的瞬間に立ち会えたタクマ達も少々興奮気味だった。
それから最終チェックを工業員に任せてヴェンがタクマに頼みごとをお願いしてきた。
「護衛依頼?またか?」
「というのも、実は領主様からの指示でね。半年前、湖の中心にある休火山島に採掘団体がいま出向いているんだ。そこで俺達の魔導列車で試運転がてら彼らを迎えに行くことになったんだけど、まだ列車は完全じゃないからもしもの時のために君達に同行してもらいたいんだ。」
早速魔導列車の出番のようだ。
まだ完成して間もないため、安全とは言い切れない。
もしものためにタクマ達に同行してほしいと言うのだ。
「湖の中心に島なんてあった?確かにレールは続いてたけど・・・?」
リヴが悩むのも無理はない。
肉眼では見えない程遠い位置に休火山島があるらしく、それを踏まえて考えると湖は想像していたよりも遥かに巨大らしい。
「逆にどうやってそこまでレール敷けたんや・・・。」
「考えるな。考えるだけ時間の無駄になりかねん・・・。」
だが依頼自体断る理由もないため、タクマ達はその依頼を請負うことにした。




