『第四十五章 兆し』
「クァー‼」
「ラル⁉」
ラルがウィンロスの前に立ち、鎌の斬撃を止めようとしている。
「おいチビ!危ねぇぞ!」
ウィンロスの言葉に反応せずラルはありったけのブレスを吐き出した。
しかし威力の低いブレスでは当然ながらまったく歯が立たなかった。
「チビ‼」
斬撃がラルに直撃する寸前にウィンロスがラルを庇い、背中に斬撃を受けてしまった。
「ぐあぁぁ‼」
ウィンロスは血を流し倒れてしまう。
「ウィンロス‼」
「ぐふっ、チビ・・・無事か・・・?」
「ク、クゥ・・・!」
自分のせいでウィンロスが傷ついてしまったことにラルはウィンロスの顔に触れる。
「ク、クゥク、ウ~?」
「へっ、こんくらいかすり傷や。でも、もう勝手に危ない事するんやないで・・・?」
弱々しい声で答えるウィンロス。
そこに死神の青年が追い付き上からタクマ達を見下ろす。
「おいおい、まさかこれで終わりじゃねぇよな?俺はまだ満足してないぜ?ほらもっとこいよ、俺に魂揺さぶる戦いを味合わせてくれよ‼」
舌なめずりをしながら狂気に満ちた笑顔で言う死神。
しかし戦えるタクマとウィンロスは満身創痍だった。
とてもじゃないが戦える状態じゃない。
バハムートも転移の修復で手が離せない。
(もう、私が行くしか・・・!)
リヴは少女を置いて戦おうと考える。
だがその時、
「・・・ヴゥゥゥ!」
ラルの様子がおかしかった。
全身の体毛は逆立ち、四つん這いになって姿勢を低くし威嚇をする。
「ラル?」
身体を起こしラルを伺うタクマ。
そこにリーシャが意識を取り戻した。
「う・・・、ラル⁉」
するとラルの魔力がぐんぐん上がっていることに気づいた。
「ヴゥゥゥゥゥゥ‼」
「何だぁ?あのチビは?俺とやろうってのか?テメェ見てぇな雑魚に用はねぇんだよ!」
鎌を振り回し先ほどの複数の斬撃を放ってきた。
一直線にラルに向かう斬撃。
「ラル!危ない!」
リーシャが駆け寄ろうとすると、
「ヴゥアァァァァァ‼」
ラルの魔力のオーラが巨大な白い影となり現れる。
それはまるでドラゴンのような形だった。
「な、何だ⁉」
「ラル・・・?」
ラルの背後に現れた白い影は口元から凄まじい威力のブレスを放つ。
ブレスは斬撃を全てかき消し、そのまま死神の青年諸共飲み込んだ。
「ぐ、おぉぉぉぉぉ⁉」
死神の青年はブレスに押し出され、空洞奥の壁に叩きつけられた。
そして白い影はその姿を消す。
その瞬間にバハムートの転移魔法陣の修復が完了し全員に呼び掛ける。
「全員、我の下に集まれ‼脱出するぞ‼」
ウィンロスは残った力を振り絞り、ラルを抱え魔法陣へ入った。
「行くぞ‼」
魔法陣の光に包まれ、タクマ達はダンジョンから脱出していった。
空洞内が静寂に包まれてしばらく経ち、壁の瓦礫から死神の青年が出てきた。
「ってぇな。なんだよ、チビのくせにやるじゃねぇか・・・。あの小さい創造神を追ってけば奴らとはまた出くわすかもな・・・。」
死神はしばらく黙りこみ、歓喜と狂気に満ちた声で笑った。
その笑い声は広い空洞内に響き渡ったのだった。
突如現れた死神の襲撃を乗り切り、『空間異動』にて街の近くまで戻ってこられたタクマ達。
相当なダメージを追ったタクマとウィンロスはリーシャに応急処置をしてもらい、何とか歩けるまで回復した。
街に戻った彼らを出迎えてくれたのは先に戻っていたヴェンとガンジだった。
二人は負傷した彼らを見て急いで駆けつけ、ギルドまで手を貸してくれた。
「あたたたた!もうちょい優しくしてくれや!」
「じっとしてなさい!あんたモフモフしすぎて包帯巻きづらいんだから!」
リヴが手こずりながらもウィンロスに包帯を巻いていた。
タクマもリーシャに治癒魔法をかけてもらいながらギルド職員に手当をされてる。
「ごめんなさい、私が気絶してしまったばかりに・・・お二人に負担をかけさせてしまって・・・。」
「気にするな。奴に関して未知数過ぎたんだ。この結果はしょうがない事さ。」
ギルドへの報告はバハムートが済ませてくれており、ヴェンとガンジの二人にもあの後何が起きたのか説明した。
「・・・俺達が送られた直後にそんな事が起こったのか。」
「うむ。死神の狙いはこの少女だという事はハッキリした。わかっていることはそれだけだ。」
連れてきた白髪の少女はバハムートに寄り掛かるように眠っていた。
ギルドに事情を説明し、タクマ達の元で保護した方がより安全だと判断した。
少女を追っていつあの死神がこの街に被害をもたらすか分からない故のことだ。
「その死神はなんとか振り切ったのか?」
ガンジが聞くと、
「奴は少女から発する特殊な魔力を追ってきたと言っていた。我のスキルで少女の魔力を極限まで抑え込んでいる。奴が何か特殊なスキルを持っておらん限り追っては来ないはないはずだ。」
とりあえずすぐに奇襲されることはないとの事だった。
「だがこの街に長居はできん。すぐに離れ他所に行くことを我は提案するぞ?」
タクマの方を見ながら言うバハムート。
「・・・そうだな。」
「だったら俺達の街、トレンストに来ないか?君たちのおかげで材料もそろったしこれから帰ろうと思ってたところだったんだ。」
特に行く当てもなかったのでその申し出はありがたい。
タクマは喜んでその提案を受け入れた。
「・・・。」
「クゥ~・・・。」
治癒を終えたリーシャの膝の上に横たわるラル。
魔力を使いすぎて疲弊しきっていた。
(あの時、ラルの背後に現れた巨大な白い影・・・。あれは一体・・・?)
ラルに関して謎が残るばかりだった。
その様子を見ていたバハムート。
(あの時感じた魔力の流れ・・・。これまでの魔力とは何か異なる・・・もうしばらく様子を見るか。)
数日後、なるべく急いで支度を済ませタクマ達は旅の準備を整える。
内陸側の城門へ向かうとヴェンとガンジが馬車を借りて待っていた。
「こっちだ!」
「すみません、待たせてしまいましたか?」
「いや、儂等も今着いたとこだ。それよりそいつらの怪我の具合は大丈夫なのか?割と長旅になるが・・・。」
タクマは額に包帯を巻いており、ウィンロスは胴体に巻かれていてまだ怪我は完治していなかった。
「二人なら心配いらないわ。ウィンロスはともかく主様もバケモノ級の生命力だから。」
リヴがタクマの背中をバシバシ叩く。
一応言っておくが二人は主従関係である。
「それは誉めてんのか?」
「まぁ何はともあれ、その子のためにも設備が整ったトレンストに急ごう。」
保護した少女は寝袋に入れバハムートの背中に固定させていた。
バハムートも翼で覆うように少女を囲っているのである程度は安心だ。
「よし、死神に見つかる前に行こう!バハムート、街に着いたら結界の展開頼むぞ!」
「心得た。」
そうして一行は港町から旅立った。
天界。
先代創造神が抜け出したことにより、天界では騒ぎが起こっていた。
「すぐに居場所を特定しろ!『旧創造神派』の連中に知られたら一大事だ!奴らがこの事実を掴む前に何としても探し出せ!」
「「ハッ‼」」
新生創造神の兵士がバタバタと王宮内を動き回る。
城には軽い幻術の結界をかけており、外から中の慌ただしい様子が知られることはなかった。
部屋の中から女神レーネが水晶を見ながらつぶやく。
「何だか王宮が騒がしいわね。まぁいいか。それにしても・・・あれから何度も座標を検索しているのに彼らが一向に見つからない。もしかしてあの竜王が何か細工をしたのかしら?」
レーネはタクマの様子を伺おうと何度も居場所を探しているがどうしても見つけられないでいた。
「いつもならすぐに見つかるのに。やっぱり何か対策をされているわね。」
フーッと腕を伸ばし一休みをしていると、
「ちょいと邪魔するぜ?レーネの姉さん。」
黒い靄が渦巻き、中からあの死神の青年が出てきた。
「女性の部屋に突然入ってくるのはどうかと思うわよ?ガミウ。」
「へへっ、いつも神出鬼没の姉さんの部下に比べたらマシな方だろうよ。」
猫背の態勢で水晶の前まで来るガミウ。
「そういえば貴方、何しに下界へ行っていたの?」
「あぁ?何も聞いてねぇのか?先代の創造神が下界に逃げたんだよ。上の連中に追って捕らえろと命令されたからたった今行って帰ってきたところだ。」
「そう、帰ってきたってことは先代創造神を捕らえたの?」
「いや、見つけるところまでは行ったんだがその後ある連中に邪魔されてよ。程よく逃げられたから一旦戻ってきた。」
「・・・貴方、逃げられた割には嬉しそうね。」
ガミウの顔はニィっと頬を上げ笑っていた。
「それはそうと、何か探してるのか?」
ぬるっと水晶に覗き込む。
「ちょっと私情でね。私の信託を邪魔し続けた人間をもっと知ろうと探りを入れてたんだけど、彼が連れてるドラゴンのせいかうまく位置を特定できないのよ。」
「・・・ん?ドラゴンを連れた人間?」
ガミウはレーネに向き直る。
「なぁ、それって白銀のドラゴンを連れた人間のガキの事か?」
「っ⁉何で貴方が知ってるの⁉」
「さっき言った邪魔された連中ってのはそいつらなんだが?」
レーネはそのことを聞くとガミウの顔を覗く。
「ねぇガミウ、貴方は彼らをどうしたい?」
「?質問の意図は分かんねぇけど、そうだな・・・強いて言えば俺は創造神うんぬんより奴等ともう一度戦いってとこだな。」
二人は不気味に笑う。
「・・・なるほど、そういう事か。」
「えぇ、どうやら私達は同じ相手を探してるみたい。しばらくの間、手を組まない?」
女神と死神。
組んではいけない組み合わせが出来上がってしまった。
港町を発ち、はや三日。
タクマ達はとある森の中で野宿をしていた。
「よし、包帯の交換おしまい!」
リヴがバシッとウィンロスを叩く。
「あいた!毎回交換の度に叩くのやめぇや!」
「クククク♪」
「こらチビ!笑うなや!」
ラルもこの三日間ですっかり元気になった。
タクマももうほとんど傷が治っていた。
「じゃぁ俺達は先に失礼するよ。」
「明日も早いからな。兄ちゃんたちも早く寝て怪我治せよ?」
「あぁ、ありがとう。」
ヴェンとガンジは馬車の荷台に戻り就寝した。
タクマ達だけになった焚火の周りで彼等だけの話を始める。
「・・・バハムート、ラルの事についてなんだが。」
「うむ。皆も同じ疑問を持っておるだろう。」
全員が頷く。
「ラル自身、あの白い影の事は覚えてないと言ってました。」
「とんでもない威力だったわよ。とてもその子が放ったブレスとは思えなかったわ。」
全員がラルに目を向けた。
ラルはよくわかっておらず首を傾げる。
「旦那でも分らんのか?あの力。」
「うむ、長い年月を生きた我でもあれは初めて見るものだった。」
バハムートでさえ知らない力のようだ。
「ラル・・・、あなたは一体何者なの?」
「クゥ~?」
一番物知りのバハムートも知らないとなるとこれ以上の詮索はお手上げだった。
とりあえず分かったことはラルにはまだ未知の力が眠っているという事だ。
「これ以上考えても無理そうだな。ラルには気にかけつつ、いつも通りに過ごそう。」
話し合いは解散しそれぞれで就寝につく。
怪我人のタクマはふわもこのウィンロスに包まれながらぬくぬく眠った。
「・・・いいなぁ。」
女性陣は羨ましそうに見ながら自分のテントに入り、就寝したのだった。




