『第四十二章 新たな依頼人』
数十年討伐されなかったダンジョンがあっさりと討伐された。
その事実は瞬く間に大陸全土に知れ渡った。
聞くところによると、本来は討伐などは全く視野に入れておらず探索目的であの依頼が出されていたとのこと。
だが運悪くパーティがボスまでたどり着いてしまい、敗れた冒険者が後を絶たなかった。
それほど危険性があった依頼だったが今回は違った。
誰も期待していない中、ボスが討伐されたとのことだった。
「だったら依頼書に討伐有無を書いとけ!」
ギルドマスターの部屋でタクマは椅子にドカッと座っており、正面には見事な土下座を披露しているゴルドンがいた。
「面目ない・・・。ランク制度ばかり気に留めすぎて失念していた!」
気を取り直して、タクマはダンジョンの戦利品などを出しながら報告を済ませる。
「これがダンジョンボスの魔核か・・・。」
一番の収穫と言ったらやはり大蛇の魔核だった。
「数十年攻略されなかったダンジョン一の戦利品、どれだけ値が張るか分からないぞ!」
ゴルドンは素材鑑定員と共に戦利品を眺める。
「何ならギルドに譲るか?」
「い、いいのか⁉現時点では値段のつけようがない代物なんだぞ⁉」
「俺が持ってても宝の持ち腐れだろう。こっちは報酬さえもらえればそれでいい。」
本来の目的は報酬の従魔結石だ。
それさえ手に入れば後はいらない。
ゴルドンはフッと笑った。
「欲のないやつだ。」
「必要以上に欲さないタイプなんだよ。」
報告も済、タクマはギルド内で待っていたリーシャ達と合流した。
「お疲れ様です。タクマさん。」
「おう。」
ちなみにウィンロスには先に宿に戻ってもらっていた。
「で、どんな感じなの主様?」
「戦利品の査定にはもうしばらく掛かるみたいだ。何分希少な物ばかりだったからな。」
「フムフム、それは期待大ね。」
査定は任せておき、当初の目的である報酬品を貰いに受付に立ち寄った。
「まず、こちらが報酬金です!」
受付嬢が大量の金貨が入った袋を出す。
「思った以上に多いな。」
「以前ガインさんに頂いた量よりも多いです。」
あまり手にしたことのない大金におどおどしながらも袋の中を確認していると、
「ん?何だこれ?」
一枚の白い貨幣を見つけた。
「ふぇっ⁉それ白金貨ですよ⁉」
リーシャが飛び上がって驚いた。
白金貨は一枚で金貨千枚程の値があり、あまりお目にかかれないとんでもなく貴重な金貨だった。
「初めて見たわ・・・。」
タクマも若干引いていた。
「そんな珍しいの?」
「それはそうですよ!日本円で例えると一億円ほどの価値があるんですから!」
「ごめん、何言ってるのか全然解らない・・・。」
日本円を知らないリヴには理解が出来ない例えだった。
すると受付嬢がこっそりと注意をする。
「皆さん気を付けてください。白金貨はとても希少な通貨です。それを持つという事は質の悪い人達に狙われる可能性がありますので。」
なるほど。
それで今ギルドの室内には冒険者がかなり少ないわけだ。
残っている冒険者は皆善人でギルドに高い信頼を持っている者ばかりのようだ。
だがそれでも警戒をするに越したことはない。
十分に気をつけよう。
「分かりました。気をつけます。」
「コホン、それでは報酬品の方ですがこちらはギルドマスターが直接お渡しする事になっていますのでしばらくお待ちください。」
ゴルドンの査定作業が終わるまでタクマ達は室内で時間を潰した。
同時刻、タクマ達のいる街から山を跨いだ森の中、どこか見覚えのある黒いローブ姿の集団が岩陰に集まっていた。
「・・・では、『新生創造神の右翼』は信託を全うできず、壊滅したという理解でよろしいか?」
((はい、女神様の信託を果たせず、申し訳ありません。))
聞き覚えのある声。
以前タクマが国門街で教団から情報を騙し取ったあのダークエルフの女の声だった。
「では運よく生き残った貴女方は我ら『新生創造神の左翼』に移るという事でよろしいですね?」
((・・・あぁ。))
少し含みのある返事をした。
「それでは失礼します。」
そう言い通信魔石を切った。
「くくく、無様ですね『右翼』は。きっとロクな作戦も立てずに行動したからこのような結果となったんでしょうな。ですが我らは違います。徹底的に練りこんでから行動します。」
男は振り返り集まった集団に向かって腕をバッと広げた。
「では行きましょう‼我ら『新生創造神の左翼』!神の恩恵に報いるために、より多くの命を捧げるために‼」
「おおぉぉぉ‼」
通信を済ましたダークエルフの女はしばらく黙りこみ、持っていた魔石を地面に投げつけ壊した。
「クソッ!よりにもよってあの『左翼』の下に就く羽目になるなんて!」
「我々は左翼を目の敵にしてましたからね。」
部下らしきフードの男がダークエルフの女に言う。
「屈辱だが仕方がない。右翼が壊滅した今、我等はどこにも属さない逸れ者だ。神の恩恵を得るには必ず教団に属さなくてはならない。」
ダークエルフの女は他のフード男に聞いた。
「それで、以前から進行していたあれはどうなっている?」
「はい、現在は全体の四割は既に完了しています。」
「そうか。」
報告を受けたダークエルフの女は身軽な身のこなしで木の上に上り、辺りを見渡す。
その目線の先には広い牧場が広がっていた。
「フュリア王国、人口が少なく自然の多い領土。ここなら神の顕現が実現出来るだろう。」
ダークエルフの女は悪の笑みを浮かべた。
「待たせたな!お前ら!」
査定の終わったゴルドンに呼ばれ個室に案内される。
「こいつが例の報酬品だ!」
ドンとテーブルの上に厳重に保管された木箱を置いた。
箱を開けると中には楕円状に丸く加工された翡翠色に輝く魔石が入っていた。
「俺のより少しデカいな・・・。」
タクマの腕輪についている魔石より三周りほど大きい従魔結石だった。
「クゥ~!」
「あら、ラルも反応してるわ。」
「ハハハッ、チビ助も興味津々か!」
リーシャはずっと空白だった杖の先端に結石を近づけるとフワッと浮かび、杖の先端に浮く形で収まった。
(ドワーフのおっちゃんはこの事を見越して設計したのか?)
そう思うタクマ。
リーシャは席を立ち少し広い位置で杖を軽く振り回してみた。
浮いてる状態にも関わらず結石は杖と一体になったかのように微動だにしなかった。
「これならどんなに振り回しても大丈夫そうです!」
「いや本来杖はそんなに振り回して使う物じゃないんだがな・・・。」
何故、槍使いではなく魔術師なのか改めて疑問に思ったタクマだった。
それから数日間、リーシャが従魔結石をうまく使えるようになるまでしばらく街に滞在していた。
途中依頼などもこなし旅費を稼ぎつつ、リーシャの特訓に付き合う日常が続いた。
バハムートはダンジョンで出番がなかったことが原因かずっと厩舎で拗ねていた。
ウィンロスがからかい混じりにバハムートに言い寄っていたがその度に返り討ちにされていた。
懲りない奴だ。
そして現在、一同は街から離れ広い岩場に来ていた。
「じゃぁリーシャ!試してみてくれ!」
「はい!」
リーシャは杖を構え、ラルに指示を出す。
「ブレス‼」
「クァー‼」
ぽひゅん、と小っちゃい光の球がひょろひょろ出てきて目の前に落ちた。
「また失敗・・・!」
ガクーっと二人は地面に崩れる。
「ラルは幼体故まだ技の出し方がイマイチ判っておらんのだろう。」
バハムートが指摘する。
確かにラルが生まれてから一月の立っていない。
タクマが速攻で従魔の力を引き出せるのはバハムート達が既に成体であったためだろう。
「まぁ子供のお守みたいなもんや。気長に行きまひょ。」
ウィンロスが胡坐をかいて特訓を見ていた。
(・・・お前胡坐かけるんだ。)
昼休憩で皆が昼食を食べていると街の壁門で誰かが言い争っている騒ぎが聞こえてきた。
「何や、騒がしいな。せっかくの昼休憩が台無しやで。」
バハムートがスキル『望遠』で壁門の様子を伺うとどうやら中年男性とドワーフの男性が慌てた様子で門兵に抗議をしているようだった。
「見たところ抗議している二人は備品がどうこう言っているようだな。しかしあの様子ではしばらくあの場から退くことはなさそうだぞ?」
「はぁ、とりあえず話を聞いてくるわ。ゆっくり食事もできないからな。」
「あ、私も行く!」
タクマは席を立ち、リヴと一緒に壁門へ向かった。
「だから!素材を採取するために冒険者の力が必要なんだ!」
中年男性が門兵に言い寄る。
「だからその素材があるダンジョンは現在封鎖中だって言ってるだろ!とんでもなく恐ろしい魔獣共が住み着いて既に死人も出てる!そんな危険なところに冒険者を出向かせられるか!あんた達含めてな!」
門兵の言葉は至極正論だった。
だが男二人は諦めきれない様子で言い続ける。
これでは言葉のイタチごっこだ。
止めるためにタクマが間に割って出た。
「落ち着いてください。お互いに頭に血が上ってます。冷静になってください!」
タクマの言葉に三人はやっと冷静になった。
「・・・すまない、少し焦っていたもので・・・。」
中年の男性が謝った。
とりあえずタクマは門兵に彼らの事情を説明してもらい、二人はこちらで対処することに決めた。
「立ち話もなんだ。とりあえずギルドに行こう。」
バハムート達を呼び戻し、一同はギルドまで戻ってきた。
「自己紹介がまだだったな。俺はヴェン。ここから内陸にある鋼鉄街、トレンストから来た工業長だ!」
「で、儂がヴェンの右腕で工業副長、ガンジだ!よろしく頼む!」
二人は丁寧に頭を下げる。
「俺はタクマです。で、こっちが従魔のリヴ、あとの二頭も俺の従魔です。」
「リーシャと申します!」
互いに挨拶を済ませ、冒険者として二人の話を聞いた。
聞くところによると二人はある物を製作するための企画しており、ある材料を調達するため冒険者を雇おうとこの港町までやってきたとの事だった。
工業長と副長という偉い立場の二人が直々に依頼をしに来るという事は相当大きなプロジェクトのようだ。
「だがあの門番が話を中々承諾してくれなくてな。危険地帯だと重々承知しているがどうしてもそのダンジョンでしか入手出来ない素材が必要なんだ。」
苦し紛れに言う工業長のヴェン。
「もちろん依頼を受けてくれたらそれ相応の対価を払う覚悟だ!無理を承知で頼みたい!」
副長のドワーフ、ガンジが再び頭を下げた。
「とりあえずそのダンジョンを教えてくれ。」
そのダンジョンは危険度最上位の『死滅の鍾乳洞』と言うらしい。
「このダンジョンには恐ろしく強い魔獣共が巣くってて、下手をしたらSランクを超えるらしい。だがそこにあるアイテムや鉱石はそれ以上に価値があるんだ。」
「うわ、何この死人の数・・・エグ!」
リヴが書類の項目を見て引いていた。
「どうだろうか?」
ヴェンとガンジは返事を待つ。そしてタクマが出した答えは、
「・・・お受けしましょう!」