「第三十五章 新たな動き」
「もう行ってしまうのか⁉」
アルセラは思わず声をかけてしまう。
「あぁ、元々カリブル街から別の大陸に行く予定だったからな。その前に教団の企みを知って一旦戻ってきたんだ。」
「そ、そうなのか・・・。」
大陸を渡ってしまったらしばらくは会えない。
アルセラはそう思ったのだろう。
明らかにしょんぼりしている。
「ふむふむ、なるほど・・・。」
ギルドマスターのヴィーラは軽く頷くと、アルセラの肩を掴みこう言った。
「ねぇタクマ?よかったらこの子も君の旅に連れて行かないか?」
「ヴィーラ⁉」
「アルセラを、か?」
突然の提案に一瞬動揺した。
特に反応が強かったのはリーシャとリヴの女子組だった。
「この子の実力は折り紙付きだ。君たちの旅に同行させても問題はないと思うんだけど?」
確かに彼女は天使相手に長時間戦えていた。
実力としては強い方に入るだろうが。
「どうする?決めるのは君だ。」
ヴィーラは何かを試すような目でタクマを見る。
すると、
「待ってくれ、ヴィーラ!」
先に口を開いたのはアルセラだった。
「お前が私を思っての事とはわかっている。だが、それを決めるのは彼ではない。私だ。」
アルセラはタクマの前に立つ。
「・・・本心を言えば、君の旅についていきたい気持ちもある。だがそれは今ではないと私は思っている。私は近衛騎士団四番隊隊長だ。そう簡単に抜けられる役職じゃない。だから・・・。」
そう言うとアルセラは髪留めを外しタクマに差し出した。
「私が君と再び会うまで、これを預かっていてほしい。」
「髪留め?」
「ほほう、アルセラが死んだ母親の形見を預けるなんて、これは相当だな。」
ヴィーラの言葉を聞いてタクマは驚いた。
「形見⁉そんな大事な物を何で⁉」
「これは私の覚悟だ。私の果たすべき事が全て終わったら、その時は君の仲間として迎え入れてほしい。」
彼女の眼差しは本気だった。
これは今までの自分を一度仕舞い、タクマ達の元で一からやり直す意味も込めてこの髪飾りを託そうという。
(覚悟・・・か。)
タクマの脳内に焼け落ちる建物と一人の少女のビジョンが浮かんだ。
「・・・分かった。」
タクマは髪飾りを受け取る。
「お前の覚悟、しっかり預かるぜ!」
「あぁ!」
その様子を見守っていたリーシャ達。
「アルセラさん、カッコいいです!」
「私も主様に何か預けようかしら?」
「あんさんのどデケェ鱗でも渡すんか?」
「・・・・。」
ただ、バハムートだけはアルセラの髪飾りを見て何らや考え込んでいた。
(あの髪飾りから感じる魔力・・・。まさかな・・・。)
その日の深夜、タクマ達はそうっとギルドから出てきた。
「この時間帯なら街の人たちは寝ているはずだ。」
「すまないな。アンタにはいろいろ世話になっちまって。」
「気にするな。こっちは生真面目なアルセラに明確で自由な目的が出来て私も一安心さ。」
ふうっとため息をつくヴィーラ。
「ヴィーラさんも結構真面目そうですけど?」
「こう見えても結構気さくにやっているんだけどね。そうだ。リーシャにはこれ!」
ヴィーラは胸の谷間から何かを取り出しリーシャに投げ渡した。
「スカーフ?」
「伸縮自在の従魔証明のスカーフだ。アンタの従魔につけてやりな。」
「ありがとうございます!」
「それじゃ、そろそろ行くか。」
タクマ達は歩き出しギルドを後にする。
「あ、そうだ。ヴィーラさん!」
「ん?」
「アルセラに伝えといてください!待ってるって!」
ヴィーラはふっと笑いグッドサインを出した。
そして一同が見えなくなった後、ギルドに戻る。
ヴィーラはそのままアルセラの部屋を覗いた。
「ホント、いい友人を持ったな。アルセラ。」
アルセラは一段と幸せそうな表情で眠っていた。
時を同じくして、タクマ達が向かった門とは反対側の門が何やら騒がしかった。
急いでロイルが駆けつけ壁門の上から見下ろすと、鳥の形をした紋章の旗がいくつも掲げられており大地を埋め尽くさんと言わんばかりの兵士がずらりと並んでいた。
「ついに戻られた!」
軍団の先頭では唯一の白馬に乗る銀色の長髪の男が門に近づいてきた。
すると同時に門が開かれ、ロイルと複数の兵士が敬礼をして出迎える。
「この日を待ちわびました!ウィークス大団長‼」
「久しいな。ロイル。」
軍団は真っ直ぐ王宮へと赴き、ロイルとウィークスという男が国王の前で謁見をしていた。
「ワールド騎士団大団長、ウィークス・シフェリーヌス。故郷、アンクセラム王国に帰還いたしました。」
「うむ。よくぞ戻った。ウィークスよ。」
国王に挨拶を済ませウィークスはロイルと王宮の廊下を歩いていた。
「先ほど君の部下から報告を聞いたんだが、王国が悪魔と天使に襲撃されたそうだな。すまない。もう少し早く駆けつけていれば・・・。」
「ウィークス殿がお気になさることはありません。こうして国も健在、我々も生きています。」
「しかし、共に戦ってくれた冒険者やアルセラの部下は・・・。」
「・・・そうですね。でもアルセラも無事です。彼女のおかげで助かった命もあります。流石、大団長の妹君ですよ!」
「フッ、そう言われると私も誇らしい。」
何と、ウィークスはアルセラの兄であった。
「ワールド騎士団の仕事はいかがされました?」
ワールド騎士団。
それは世界を股にかける人類の最高戦力である。
一国には留まらず全世界の均衡を守る大きな組織。
それがワールド騎士団である。
そしてウィークスはその組織をまとめ上げるトップ、大団長なのだ。
「あぁ、この領土辺りが異様に悪事を働く者が多くなっているんだ。だが最近になってそのような報告も減り、様子見がてらアンクセラムに立ち寄ったんだ。」
「悪事を働く者・・・、それは黒いローブを着た怪しげな教団の事ですか?」
「そうだが、知っているのか?」
ロイルは教団の知っている限りを話した。
「・・・なるほど。私たちが目を光らせていた者はその『新生創造神の右翼』という教団で間違いなさそうだ。それに勇者の悪行にリード大臣の裏切り、問題は山積みのようだね。」
「えぇ・・・。」
「だが少し興味が湧いてきたな。そのタクマと言う少年に。」
天界。
タクマとの戦いに敗れ重傷を負った天使は大きなクリスタルの中に入れられていた。
「まさか天騎士の方がここまでの傷を負うとは・・・。」
少年のような少女のような容姿の小さな天使が大きな杖を持って言う。
「ん~、実力は良かったんだけど人間に対してちょっと軽視し過ぎてたみたいね。」
レーネが少し反省気味に言った。
「しかし、天使を退けるほどの強さを持った人間ですか・・・。こんな事例は初めてです。」
「そうなのよ~。これまで何度も私の信託を邪魔されちゃったし。ねぇ~、どうしたらいいと思う?」
わざとらしい表情で首をかしげる。
「始末するしかないでしょう。貴女の信託は創造神様の意志でもあります。神が導き、運命に抗う者は何であれ僕たちの脅威に成りかねない。始末が打倒の判断だと、僕は思います。」
レーネはその答えを待っていたかのように笑顔になる。
「そうよね~。始末がいいわよね~。で・も、しばらくは私に任せてくれないかしら?これまでも私の信託を邪魔されて私も少しは怒っているから。」
「構いません。貴女が満足するまで僕も上層部の方々には報告はしません。」
「ありがと~。じゃぁそっちはよろしくね。セレス。」
そう言い残しレーネは自室へ戻って行った。
「・・・天使を退ける人間、ですか。」
セレスと呼ばれた天使はクリスタルを見上げそう呟いた。
その頃、暗い部屋の中心にて稲妻状の折に閉じ込められている一人の女性がいた。
「はぁ・・・はぁ・・・、このままじゃ魔力が消える。もうこうするしかない・・・。」
女性は残った魔力を振り絞り自身を翼で包み込む。
すると小さな少女の姿へと変貌した。
「この大きさなら・・・!」
小さくなった身体を活かし檻の隙間を通り抜けた。
だが檻から抜けられたのも束の間、身体に力が入らなくなりその場に倒れてしまった。
「くっ、流石に魔力が切れてしまったか・・・。」
それでも何とか身体を動かし、這いずりながら階段を上る。
そしてついに扉の前まで辿り着いた。
「はぁ・・・はぁ・・・、もう少し!」
扉に手を伸ばした瞬間、突然扉が開いてしまった。
誰かが来たのだ。
(まずい!今見つかったら!)
すると扉の前に現れたのは見覚えのある兜をかぶった天騎士だった。
「お迎えに上がりました。創造神様!」
小声で話しかけてきた。
「その声は、アドモスか⁉」
「はい!かつて貴方様にお仕えしていたアドモスです!」
アドモスと名乗る天騎士は少女の姿となった創造神を抱えその場を後にする。
「すまない。魔力を使い切ってしまって動けないんだ。」
「構いません。自力で檻から抜け出せただけでもすごい事ですよ。おかげで探す手間も省けました。」
アドモスは捕らえられていた創造神を助けるため、宮殿に潜入していたとのこと。
「とにかく貴女様が居られれば創造神の座を奪え返せるかもしれません。急いで王宮から離れましょう!」
「っ‼待てアドモス‼」
アドモスを呼び止めると前方から複数の天騎士が武器を持って迫ってきた。
「気づかれたか!」
「アドモス!あっちだ!」
少女が指さす道へ逃げたが道中何人もの天騎士に行く手を阻まれていった。
そして中心に大きな水溜めのある広い部屋に追い込まれてしまった。
「くっ!新生創造神の兵士!」
じりじりと距離を詰められていく。
後ろには大きな水溜めがありこれ以上下がれない。
「・・・アドモス。私を置いて逃げろ!」
「何を仰るのです!貴女様が居なければ座を奪還できません!」
「お前たちの目的は創造神の座を取り戻すことだろう。座に座る者は私でなくても大丈夫だ。世界を想う者が座に就くに相応しい。」
完全に希望を諦めている創造神の少女。
だがアドモスはしばらく黙りこみ、そして・・・。
「申し訳ありません・・・!」
アドモスは足元のスイッチを踏みつけた。
すると水が光出し、水中に魔法陣が現れる。
「アドモス⁉何を!」
「・・・我らにとって創造神は貴女だけです。お許しを!」
そう言い少女を水溜めに投げ入れた。
「アドモス‼」
少女は魔法陣に消え、そしてアドモスは大勢の天騎士に囲まれ姿を消した。
「・・・ん?」
朝方の夜道を歩くタクマ達一同。
途中リーシャが歩みを止め、後方の夜空を見上げた。
「どうした、リーシャ?」
「・・・いえ、何でもありません。」
小走りでタクマ達に追いつく。
(・・・今、変な魔力を感じた気がしたけど・・・気のせいかな?)




