『第三十一章 脅威』
早朝のアンクセラム王国。
国に仕える近衛騎士団は朝早くから訓練に励む。
「全体!整列!」
近衛騎士団二番隊隊長、ロイル・デガントが号令をかけ兵士が広場に綺麗に勢ぞろいした。
「今日は周辺の森の定期調査を行う!異常があれば団長である俺とアルセラに伝令するように!異常がなければそれでよし!では各自配置に付け!」
「「はっ‼」」
日課となっている定期調査を行う近衛騎士たち。
ロイルは外壁の高台から様子を見守っているとアルセラがやってきた。
「ロイル隊長!よろしいでしょうか?」
「む?何だ。」
アルセラはロイルにある事を伝達をすると、ロイルは明るい表情になった。
「何!大団長とネオンが戻るのか⁉」
「はい、つい先ほど伝書鳩で。」
「そうか。一年ぶりだな・・・。」
アンクセラム近衛騎士団の団長とネオンという人物の帰りを楽しみに待つロイルに兵士の一人が報告に来た。
「ロイル隊長!ご報告があります!」
「どうした!」
「近辺の森にて見慣れない魔石を多数発見しました!」
「見慣れない魔石だと⁉」
「はい、他の隊からの伝達によるとまるで王都を囲うように魔石が配置されており明らかに人為的に置かれた可能性が高いです!」
王都を囲うように配置された怪しい魔石。
「・・・まさか⁉」
ロイルはすぐさま隊に引き上げ命令を出そうとした時、突然魔石が光出し側にいた兵士が何人か飲み込まれてしまった。
そして光の柱が王都を閉じ込めるかのように現れた。
「ロ、ロイル隊長!これは⁉」
「くっ!やられた!タクマ殿の言っていた王都壊滅を目論む教団の仕業に違いない!」
ロイルは報告に来た兵士に命令する。
「直ちに全ての兵士に伝えろ!我が国に害を及ぼす敵襲だ!死ぬ気で民を守るんだ!」
「りょ、了解!」
「ロイル隊長!あれを!」
アルセラが指さす先には光の柱から小型の悪魔が次々と出現している光景が広がっていた。
「あ、悪魔族⁉数千年前に絶滅した種族が何故⁉」
空を覆うほどの悪魔が真っ直ぐ王都へと飛んでいく。
「ロイル隊長!考えている時間はありません!悪魔が王都に!
「あぁ、そうだな。アルセラは自隊と先行して民の避難を!私の部下も数人連れていけ!我らは魔石を何とかする!」
「了解!」
アルセラは外壁から飛び降り兵士を連れて王都へ走って行った。
(一体何が起きているんだ⁉)
その様子を水晶玉で見る女神レーネ。
「へぇ、兵士を生贄に使うなんて考えたわね。」
側に立っている騎士が口を挟む。
「レーネ様、王都の方を見てください。」
「ん?」
水晶の視線を王都の方へ向けると大勢の冒険者が悪魔と戦っていた。
そこにアルセラも加わり悪魔を一層している。
「やっぱり下級悪魔だけじゃ無理そうね。」
「そのようですね。」
と、ふとレーネは騎士の方を見た。
「・・・レーネ様?」
「フフフ、いい事思いついちゃったわ。」
今も光の柱が発生している魔石にロイル率いる魔法騎士が破壊を試みていた。
「撃てぇ‼」
ロイルの合図で一斉に魔法弾を放ち魔石に直撃した。
「どうだ⁉」
しかし魔法弾が直撃したはずの魔石は傷一つなく光を放ち続けていた。
「ダメか!この人数では火力不足か。他の兵士は何をしている。」
すると先ほどの兵士が戻ってきた。
「ほ、報告します!周囲を調べた結果他の兵士は光に飲まれ、消息不明との事です!」
「何だと⁉それは本当なのか⁉」
「残った兵士が目撃し証言しています!」
その飲まれた兵士は魔石による悪魔召喚の贄とされてしまったのだ。
「何てことだ・・・!」
絶望のあまり頭を抱えるロイル。
魔石の対処は今ここに残っている数名の兵士だけで行わなくてはならない。
しかし広い王都の周りに張り巡らされた全ての魔石の対処となると明らかに人手不足。
このままでは王都が蹂躙される方が先だった。
「・・・それでも我らは我らのやれるべきことをする。どんな方法でも構わん!魔石を無力化するんだ!」
「ハッ‼」
(アルセラ!どうにか持ってくれよ!)
王都の町中にて大量の悪魔が襲撃してきた。
王都に滞在していた冒険者が対応するが数が多すぎてジリ貧だ。
それは近衛騎士団であるアルセラも同じだった。
「くっ!倒しても倒してもキリがない。このままでは体力が尽きるのが先か。」
早朝からずっと戦っており冒険者の何人かが既に限界に近い状態だ。
「発生源である魔石を絶たなければこの状況は変わらない・・・!ロイル隊長、まだですか⁉」
その時だった。
空が突然割れたと思ったら扉のような物が現れたのだ。
「な、何だ⁉」
扉がゆっくりと開くと中から一人の人影が降りてきた。
その姿は白い鎧に身を包み背中には翼、そして頭部に光の輪。
「天使・・・だと⁉」
冒険者たちは伝説上の天使を初めて見て言葉を失っていた。
天使は地面すれすれで止まりゆっくりと顔を上げた。
「・・・。」
(何故天使がここに⁉)
アルセラは状況が飲めず困惑していると複数の悪魔が天使に襲い掛かってきた。
「危ない!」
アルセラが忠告した途端、天使は剣を抜いた。
その瞬間襲い掛かった全ての悪魔は引き裂かれチリとなって消えたのだ。
(な、剣を抜いただけで⁉・・・いや違う、あまりの速さに剣技を目で追えなかったのか!)
「す、すげぇ!これが天使か!」
「天使様が来てくれたなら悪魔なんて怖くないぞ!」
次々と冒険者が歓声を上げていく。
だがただ一人、アルセラだけは違和感を拭えなかった。
(何故天使が?数が多いとはいえ悪魔一体はそれほど脅威ではない。この程度の事態で天使レベルが現れるのはおかしい!)
頭の整理がつかず困惑していると天使の目が殺意で満ちていることに気づいた。
アルセラはその威圧に恐怖を感じたその時だった。
天使が突然こちらに迫ってきたのだ。
「⁉」
すかさず剣を構えたが天使はアルセラを素通りした。
「ぐあぁぁぁ‼」
「ぎゃぁぁ‼」
すると背後から切り裂かれる音と冒険者の悲鳴が聞こえた。
「・・・え?」
振り向くとそこには切り殺された冒険者が散乱し、返り血で壁や地面が真っ赤になっている光景がひろがっていたのだ。
「何を・・・している⁉」
アルセラの質問に答えず天使は手をかざすと光の光線を放ってきた。
「隊長!」
部下の一人がアルセラを突き飛ばし彼女を守った。
が、光線はその部下を飲み込み消し炭と化してしまった。
「あ・・・あぁ!」
目の前で部下が死にアルセラの精神は崩壊寸前となってしまう。
だが天使は容赦なく迫りアルセラに剣を突き付けた。
「・・・何故ですか。」
「!」
「何故天使の貴女が人の命を奪うのか、理解が出来ない・・・。何故。」
「・・・女神様の命令だ。人類は増えすぎた。故に争いが生まれる。酷く醜い人間同士の争いで無関係な動植物まで影響が及ぶ。本来なら人間は要らないとまで話が進むほどだぞ?」
天使は冷酷な眼差しでアルセラを睨みながら言った。
「・・・確かに人間同士の争いは絶えない。でも中にはそんな世の中に抗い変えようとする者もいることも事実だ。だから私は・・・そんな志を持つ人々を守る!」
アルセラは天使の不意を突き剣を弾いた。
「っ!」
すぐに距離をとり剣を構え直す。
「人間が本当に要らない存在かどうか、今この時を持って知るがいい!」
一向に光から途絶えることのなく悪魔が湧き続ける。
ロイル率いる魔法騎士も魔力が尽きかけもう魔法が出せないでいた。
「隊長、すみません・・・。」
次々と魔法騎士が気絶していく。
「彼らを休ませろ。・・・よくやってくれた。」
他の騎士に運ばせロイルは一人残った。
「魔法がダメならこれでどうだ!」
ロイルは剣を取り魔石に切りかかった。
だが剣先が光に触れた瞬間、ジュッと音と共に消滅した。
「ダメか・・・!」
すると目の前に光から下級悪魔が現れた。
「⁉この高さからも悪魔が⁉」
ロイルは剣を構えるが先ほど剣先が消滅してしまい刀身が短くなってしまっている。
「しまった!」
最悪のタイミングだ。
「ギシャシャシャ‼」
悪魔がロイルに襲い掛かる。
「たとえ剣が折れようと俺は二番隊隊長!最後まで戦い続ける!」
ロイルも折れた剣で迎え撃った。
「ハァァァ‼」
「ギャッ⁉」
流石は二番隊隊長を務めるだけある。
折れた剣でも問題なく戦えていた。
しかし湧き出てくる悪魔の数は計り知れず、次々と現れあっという間に囲まれてしまった。
(ここで俺が食い止めなければ下がった部下たちにまで危害が加わる!何としても食い止める!)
同時刻、王宮内にて悪魔襲撃の報告を受けた大臣たちは大慌てだった。
「突然光の柱に囲まれたと思ったら絶滅したはずの悪魔族が何故⁉」
「よりによって勇者が居なくなったタイミングで起きるとは!」
「もうおしまいだ!」
慌てふためく大臣を側に国王は冷静な表情をしていた。
「いずれこの場も危険だ。王よ!すぐに非難を!」
「ならん。」
「え?」
「近衛騎士団や冒険者たちが国を守るため戦っているというのに私だけ逃げるなどできん!私も私が出来る最善を尽くすつもりだ!」
国王の決意は固く席から動こうとはしなかった。
「何を仰せられるのです王よ!貴方に何かあってはアンクセラム王国は無事ではすみません!」
どうにか国王を逃がしたい大臣と抗議になってしまう。
そんな言い争いをしている間にも悪魔の進行は容赦なく進む。
建物が崩れた城下町で激しい戦闘が繰り広げられている。
アルセラと天使の戦闘だ。
「ハァァァ‼」
「・・・っ!」
アルセラも隊長を担う騎士。
かなりの実力を持っている。
しかし、
「弱い。」
天使の一撃で体制を崩してしまい腹のみぞおちに深い斬撃を食らってしまう。
「くふっ⁉」
血反吐を吐きそのまま吹き飛ばされてしまった。
「多少腕に自信があるようだが人間ごときに天使が遅れを取ることは決してない。」
出血多量で力が入らず意識も消えかけていく。
(・・・こんな重傷を負ったのはデス・リザードの時以来か。)
意識が朦朧とするなか、アルセラはタクマと出会った時の事を思い出した。
(・・・走馬灯か。あの時の事を思い出すなんてな。・・・タクマ、最後は友として・・・君に会いたかったな。)
「終わりだ。人間として生を受けたことを後悔しながら死ね。」
振り下ろされる剣がアルセラの首筋を捉えた瞬間、天使はこれまでに感じたことのない凄まじい威圧の視線を感じ取り、ある感情に身を包まれた。
(な、何だこの威圧は⁉この私が・・・恐怖を感じているだと⁉)
その時、背後から猛スピードで迫る影があり天使に切りかかる。
天使は咄嗟にガードするもその一撃はとても重く、後方へ押し飛ばされていった。
「‼」
顔を上げるアルセラの前には風でローブが揺らめく男の後ろ姿があった。
「よっ!アルセラ。」
「・・・っ‼タクマ・・・‼」