『第280章 愛』
『私だ。』
通信の水晶玉に干渉してきたのはあの人物だった。
「大総統・・・!」
「貴様、何故この魔道具に干渉できた?これは儂しか起動できないオリジナルの魔道具じゃぞ?」
『そのことを今話す必要はない。それよりお前たち、ホムンクルスの少女を救おうと躍起になっているようだな。』
「っ⁉」
(何故そのことを・・・⁉)
「ホムンクルスを人間にする、私はその方法を知っている。」
「何?」
大総統の言葉に期待と疑いが抱く。
「貴様、何が目的じゃ。水晶にアクセスしただけでなく、儂らの目的も把握、疑わしい点しかないぞ?」
『確かに我々帝国は大賢者、貴様とは例外を除き不可侵条約を結んでいる。疑わしくなるのも無理はない。だがホムンクルスを救うために貴様らは私の言葉に耳を傾ける選択肢しかない。特にそこの男はな。』
「・・・っ。」
「ゲンタ・・・。」
ゲンタは拳を握り歯を食いしばる。
「・・・教えてくれ。リリアを救うにはどうしたらいい?」
「ゲンタ、こやつは・・・!」
「先生は黙っててください!もう後がないんです、お願いします・・・!」
必死の表情を見せるゲンタにセイグリットは言葉を飲み込んだ。
「それで、その方法は?」
『簡単な答えだ。異邦人、貴様の命を対価にするのだ。』
「「っ⁉」」
大総統の返答に三人は耳を疑う。
「今、何と言った?」
『その男の命を対価にすると言ったのだ。』
「それは聞き捨てなりません!」
立ち上がったキュディが怒号を上げる。
「いくら何でも単直すぎます!誰かを犠牲に、ましてやゲンタを?ふざけるのも大概になさい!」
「キュディ・・・。」
『だが犠牲なくして成功はない。それに時間もないのだろう?であれば選択の余地は残されていない。』
「しかしそれでは・・・!」
「キュディ、もう大丈夫だよ。」
ゲンタがキュディをなだめた。
「大総統、アンタがこちらにばかり有益を与えるだけとは思えない。一体何を条件にこんなことを?」
『察しがいいな、異邦人よ。当然この情報には条件がある。大賢者よ。』
「む?」
『我が帝国から賢者の石の押収行動から手を引け。』
「「っ!」」
『貴様は石の危険性を熟知しておるようだがあれは我らにとって貴重なエネルギー源。これ以上押収されれば都合が悪いのだ。』
「貴様らの都合など知るか。世界が滅ぶことと比べれば正しい行動じゃ。」
『ふむ、では異邦人よ。貴様は賢者の石の価値を知っているか?』
「危険物としか思ってないさ。」
『そうか。賢者の石を使えばホムンクルスを救うことなど容易いというのにな。』
「え?」
「貴様、そのことは・・・!」
一瞬の焦りを見せるセイグリットは思わず立ち上がる。
『この事実を知りどうするかは貴様次第、大賢者よ、貴様はここ数か月、帝国から賢者の石を押収したせいで都内のエネルギー供給が不足している。事実を何も知らない民が貴様が押収していることを知ればどうなるか?』
「脅しとはなんとも幼稚じゃな。」
『事実を言ったまで。さて、こちらが提供する情報と条件は以上だ。聡明な貴様らがどう選択するか、実に楽しみだよ。』
最後に不敵な笑みを残し、通信は切れたのだった。
「・・・・・。」
「先生・・・。」
「チッ!腹立たしいが、確かにギルティマーブルは膨大なリソース、錬金術の対価に使える。命ほどの対価も易々じゃ。じゃが・・・!」
「わかっています。先生は石をそういうふうに使わせたくないのですよね。」
ゲンタの返答にセイグリットは少し気を緩めた。
「すまんな。これだけは絶対ダメなんじゃ。」
「誰よりもギルティマーブルの危険性を知っている貴女です。私たちは石を決して使おうとは思っていません。」
キュディとゲンタは頷く。
「・・・感謝する。」
そんな二人に頭を下げるセイグリットだった。
だが、
「・・・・・。」
リリアを救うにはゲンタの命を対価にする。
残された期限も考えもう他の方法を模索している場合ではない。
「二人とも、大総統の方法でやるよ。」
「ダメです、認めません。貴方の命で生き永らえたとしても、リリアはその事実を受け入れられると思いますか?」
「いや、きっと受け入れられないだろうね。だから真実を言わない。先生、錬金術が成功したらリリアを貴女の所で養ってくれませんか?」
「・・・本気なのか?」
ゲンタは頷く。
「ここに置いてたら僕が居なくなったことを不審に思い、すぐに真実を知ってしまうかもしれない。このことを知るのは、あの子が立派になってからだ。」
「待ってください!何その前提で話を進めてるんですか!私は反対なんですよ!貴方の命をそのようなことに!」
「キュディ。寿命の無い君は理解が難しいかもしれないけど、命はね、未来ある子供を優先にするものなんだ。僕だったら、迷わずそうする。」
幼少期の過酷な自分を思い出し自身の手を見つめる。
「・・・人間の考え方なんてわかりませんよ、わかりたくもない‼」
そう怒鳴ったキュディは一人、部屋から出て行ってしまった。
「キュディ・・・。」
「キュディの協力は得られそうにないな。やれやれ、儂も帝国に手出しができなくなった今少し暇じゃな。」
帝国の民にギルティマーブルの押収が知れ渡れば大きな非難が飛び交うことは明白。
セイグリットにとってこの国に居られなくなるのは都合が悪い。
仕方なくギルティマーブルの押収から手を引くことにした。
「例の装置と術式は儂がこしらえよう。出来ればキュディの力も借りたかったが。」
「すみません、先生。」
「謝るな。むしろ謝らなければいけないのは、儂の方じゃ。」
そしてセイグリットも部屋を後にした。
一人残ったゲンタは深くため息をつく。
「心残りは、駄目だね。」
部屋から飛び出したキュディは月明かりが照らす屋上でうずくまっていた。
側には機械のプテラノドン『フライム』とラプターが付き添っていた。
「・・・何やってるんでしょうね、私。たかが人間相手にこんなにムキになるなんて。・・・昔の私だったらここまで感情的にならなかったのに。」
封印される前のキュディは冷徹沈着で誰かに感情を抱くなんてことはあり得なかった。
ただ自分の欲に忠実に生きてきた。
だが今は違う。
キュディにとってゲンタは初めてできた人間の友であり、パートナー。
いくらリリアのためとはいえ彼を失うことに恐怖していたのだ。
「・・・ゲンタ。」
「なんだい?」
「っ~~!!?」
滅茶苦茶驚いたキュディは屋上から転げ落ちそうになる。
「ゲンタ⁉何故ここに⁉」
「ちょっと二人で話をしたくて。」
護竜の二体を下げさせ二人きりになる。
「君の気持ちは嬉しかったよ。ずっと孤独だった僕にとって君はかけがえのない人だ。それは君も同じ気持ち。だからあんなに怒ってくれたんだろ?」
「・・・どうでしょうね。私はドラゴンですから人間の気持ちはイマイチわかりません。」
そういいツンとそっぽを向く。
するとゲンタはチリドッグを取り出し半分にしてキュディに差し出した。
「最も信頼している君だからこそ、後を託したいんだ。全部僕のわがままだけど、最後まで僕のパートナーとして居てくれるかい?」
しばらくの沈黙の後、差し出された半分のチリドッグを受け取り一口で食べた。
「・・・仕方ありません。それが貴方の覚悟なら私も腹をくくります。ですが一つ訂正、最後までではなく、これからもずっと貴方のパートナーです。それだけは決して忘れないでください。ゲンタ。」
「っ!あぁ。」
月明かりの中、二人はグータッチを交わすのだった。
それから数週間後、読み聞かせを終えたゲンタはリリアをカプセルの中に寝かせた。
「今日はここで寝てね。・・・一人で寝れる?」
「寝れるよ!」
「あははっ!・・・うん、リリアはもう大丈夫だね。」
「?」
「なんでもない。僕は明日の朝早くに出かけちゃうからいい子にしてるんだよ。」
「うん!」
「おやすみ、リリア。」
「おやすみ。」
ハグをした後、リリアは眠りにつきゲンタは部屋を出る。
別室ではリリアのカプセルに繋いだ大きな装置と共にキュディが待っていた。
「リリアは?」
「ぐっすりだよ。カプセルに流した麻酔が効いてる。」
「そうですか。」
ゲンタも着替え、装置に横たわる。
「その手に持ってる花は何ですか?」
「紫陽花って言う花。僕の世界の花で唯一僕が好きな花だ。先生と一緒になんとか種を複製して育てたんだ。これに僕の記憶の全てを宿す。いざとなったらこれをリリアに見せてほしい。」
「一種のメッセージですか。随分凝ったことをしますね。」
「君ほどじゃないよ。」
キュディは装置を操作し準備を進める。
「・・・思えば、貴方と出会って三年くらいですか。あっという間の様で、実に充実した日々でしたね。」
「あぁ。僕も刺激のある日々だったよ。」
「・・・・・。」
「にしても、パートナーの最期だというのにいつもと変わらないね君は。涙くらい流してくれてもいいんだよ?」
「生憎とドラゴンは泣くことはありませんので。」
「冷たいねぇ。」
着実と準備を進める中、ゲンタは走馬灯を思い返していた。
孤独だった幼少期、突然異世界に召喚された時、ベンと出会い苦楽を共にした日々、キュディ達と出会った時。
これまで多くの出会いと別れ、そして愛すべき家族との時間を聡明に思い出し、眼から溢れた雫が頬を伝う。
(これが僕の人生か。悪くなかったな。)
準備が完了し、キュディはレバーに手を添える。
だがいつまでたってもレバーを下ろさなかった。
「・・・キュディ、無理しなくていいんだよ。」
キュディは、泣いていたのだ。
顔をしかめるほど涙を流し手が震えていた。
「いや、いや・・・!これだけは・・・、私がやらなくてはいけません・・・!私は、貴方のパートナーなんですから!」
「ありがとう。僕、この世界に来れて本当に良かった。皆と出会えたから。」
「っ・・・、私も、貴方と出会えて良かったです・・・!さようなら、ゲンタ。」
「あぁ、さようなら。」
震える手でレバーを降ろし装置が起動する。
最期に、リリアの笑顔を思い浮かべて。
「さらばじゃ、我が弟子よ。」
護竜と共に別所のセイグリットも別れを告げる。
装置を起動させたキュディもその場で座り込んで泣き崩れており、ゲンタの握りしめる紫陽花は暖かなオレンジ色に光っていた。
『僕と出会ってくれて、家族になってくれて、ありがとう。リリア、どうか忘れないでほしい。僕はいつまでも、君を愛している。』
真実を知ったリリアはバハムートたちに見守られながらその場に座り込み、泣き崩れていたのだった。




