『第279章 新たな楽園』
集落襲撃から一週間、セイグリットとキュディは茶会を開いていた。
「そうか、ベンが・・・。」
「えぇ、私たちが駆け付けた時には既に致命傷でして・・・。」
「あやつが未練もなく逝けたのがせめてもの救いじゃな。」
「ですがゲンタは・・・。」
「・・・無理もない。親友が先に逝ってしまったんじゃからな。」
新たな集落に建てられた墓所。
一つの墓の前で花束を持ったゲンタは一人立っていた。
「集落の再建築に時間が掛かって埋葬が遅れてすまない。ようやく墓参りができるよ、ベン。」
花を添え酒を墓石にかける。
「僕さ、帝国領から出ることにしたんだ。あの帝国軍がこのまま大人しくしてるとは思えないし、僕がいると集落の皆や先生に迷惑がかかるかもしれないからね。勿論キュディとリリアも連れてく。いつかまた会いに来るよ。今までありがとう、ベン。」
引き上げようとした時、牧場主の獣人がゲンタを呼び止め一度そちらへ赴くとゲンタ宛にある物が用意されていたのだった。
「本当、流石だよ。ありがたくもらっていくよ。」
墓参りを終えたゲンタはキュディとリリアと共に旅立ち、現在は大海原の上空を飛行していた。
「怖くないかい、リリア?」
「大丈夫!すっごい気持ちいよ!」
『なかなか肝が据わってますね。最初のころのゲンタとは大違いです。』
「ほっとけ。」
しばらく空の遊覧を楽しんでいると前方に薄暗い曇天が見えた。
雲の中は酷い暴風雨だ。
「先生に教えてもらった座標はあの中だ。」
『あの辺りだけ気流が非科学的に乱れていますね。』
「差し詰め、バミューダトライアングルのようだ。」
『二人は私の手の上に。結界を張り突入します!』
二人に結界を張り、キュディは速度を上げ暴風雨の中に突入した。
荒れ狂う嵐の中を自慢の外殻で跳ね除ける。
そこに雷が直撃したがキュディは微動だにせず突き進み、曇天の壁を突き抜けたのだった。
『っ!二人とも見てください!』
二人が眼を開けると嵐の中央は晴天と変わらない天気が保たれており、その中心に佇む火山島が眼に見えていた。
「あの島が・・・。」
『なんとも興味深いマナ、早速上陸しましょう!』
キュディ達が島に降り立つとこの島独特の気候を肌で感じ、なんとも言えない心地よさが身を包んだ。
「なんて美しい自然だ・・・。」
「おや?」
人型になったキュディが足元の土を払うとエメラルド色の金属の地表が現れた。
「ここはただの島ではありませんね。ここは太古の文明が残した、名残のようです。そこに海底火山が隆起し今の島が形成されたようです。」
「ロマンだねぇ。」
「えぇ、ここまで興味がそそられる場所はそうそうありません!早速拠点を構えましょう!レッツゴーです!」
いつになくテンションが高いキュディは眼を輝かせながら先に走っていった。
「楽しそうだねキュディ。」
「お父さん!ボクたちも行こう!」
ゲンタもリリアに腕を引かれキュディの後を追っていくのだった。
島に降りてから半年の月日をかけて近未来的な拠点を構えた。
この島の地層には絶滅した魔械竜の化石がたくさん眠っており、それを発掘して復元し、ティラノサウルス達『護竜』を軸にした生態系、魔械竜の楽園を作り上げた。
彼らの動力源はセイグリットが帝国からかき集めたギルティマーブルを利用している。
「ギルティマーブルも駆除できて私の研究も捗り、まさに一石二鳥、ウィンウィンです!」
護竜の種類も増え順調に生活基盤が揃ってきたある日、セイグリットが来訪してきた。
四人はベンが残してくれた作物と家畜で作ったチリドッグを食べながら互いの現状を共有する。
「じゃあ帝国は今のところ大きな動きは無いんだね?」
「うむ、気味が悪いくらいにな。あむ。」
訝しみながらチリドッグを頬張る。
「ごくん、リリアは元気か?」
「はい。たまに外で護竜たちと遊んだりしてます。元気そのものですよ。」
父親の笑顔で答えるゲンタにセイグリットから笑みが消え空気が変わった。
「先生?」
「・・・本当は伝えるべきか迷ったが、仕方ない。」
彼女からただならぬ気配を感じ緊張が走る。
「ゲンタ、リリアは、いやホムンクルスはな、皆例外なく、二年と生きられないのじゃ。」
「え・・・?」
屋上で護竜たちと遊んでいるリリアの下にゲンタが迎えに来る。
「あ、お父さん!」
「たくさん遊んだかい?」
「うん!」
「それじゃ夕ご飯にしよう。ラプター、手伝ってくれ。」
「グァッ!」
他の護竜たちも持ち場に戻り、リリアはラプターに乗って階段を駆け下りる。
その道中、ゲンタは先ほどのセイグリットの話がずっと脳内に残っていた。
「先生!リリアは二年も生きられないってどういうことですか⁉」
「まずは落ち着け。」
ゲンタは落ち着きを取り戻し席に座り直す。
「ホムンクルスは人工細胞で構成されておる。じゃがその細胞は従来の人間とは大きく異なる。簡単に言って細胞の寿命が短いのじゃ。人間のように新しく細胞が構成されるわけではなく腐敗の一途を辿る。命を造っても長く生きられない。それが人体錬成が禁忌と言われる所以の一つでもある。」
「そんな・・・、リリアと出会ってもう一年近く経つ。じゃあリリアはあと、一年しか生きられない?」
「ホムンクルスは本来この世に生きてはならない存在。じゃがお主らを見てるとどうしても真実を伝えることを躊躇ってしまった。すまない・・・。」
絶望にうちしがれるゲンタ。
すると食堂のドアからキュディがやってきた。
「キュディ?」
「すみません。盗み聞きするつもりはなかったのですが。ゲンタ、まだリリアを救う可能性はあります。」
「なんだって⁉」
席から立ちあがりキュディに問い詰める。
「教えてくれ!どうすればいい!どうすればリリアを助けられる⁉」
「錬金術です。」
ゲンタを落ち着かせセイグリットに向く。
「セイグリット殿、錬金術は等価交換で成り立っているのですよね?」
「うむ。錬成したいものと同等の、もしくはそれ以上の対価をくべることで初めて錬金術が成される。」
「つまりです、リリアの細胞を普通の人間と同じものに作り替える。そうすればリリアは助かるかというのが私の推測です。」
「確かに錬金術であれば理論上は可能じゃ。じゃがな、問題は対価じゃ。人間一人の細胞、いわば命と同等の対価をくべないとその方法は不可能じゃ。」
「命と同等・・・。」
そんな都合のいいものがこの世にあるとは思えない。
果てしなく何もない暗闇に手を突っ込むような話に三人は途方にくれるが、
「それでも、あの子を助けられる可能性がゼロではないなら、僕はそれに賭ける!」
ゲンタはベンの事を思い出し拳を握った。
「もう、大切な人を失いたくない!守りたい!」
決意の眼差しを見せるゲンタにキュディはフッと笑みを零す。
「貴方ならそういうと思ってました。微力ながら私も手を尽くします!」
「仕方ない、今日まで黙っていた儂にも責任はある。儂も尽力を尽くそう。」
「ありがとう二人とも。」
三人は団結し互いに頷く。
「必ずリリアを救うんだ!」
それからゲンタたちはリリアの命を救うため、あらゆる方法を模索した。
外国へは護竜たちに赴いてもらい、セイグリットは帝国に流通するギルティマーブルを回収しながらキュディ共に錬金術の術式構成を研究を進めた。
そしてゲンタは、何も知らないリリアと過ごしていた。
自信をホムンクルスと自覚していないリリアには真実は伏せる方針としたのだ。
この子には、普通の女の子として生きてほしいから。
「リリアはさ、大きくなったらどんな大人になりたい?」
二人で寝室に向かう中、ゲンタはリリアにそう問う。
「ボク、お父さんみたいになりたい。」
「それって錬金術師かい?」
「うん!錬金術っていろんな物を作れるでしょ?ボクは錬金術で困ってる人を助けてあげたい。そんな大人になりたい。」
「そうか。じゃあ先生にも錬金術を教わらないとね。先生はお父さんの先生だから。」
「楽しみ!」
娘の夢を知ったゲンタは改めて決意を固める。
(絶対、リリアを助けるんだ!)
すると道中キュディの研究室前を通りかかり、ふとのぞき込む。
そこには忙しそうに機械をいじるキュディがいた。
「そういえば、キュディとは一度も一緒に寝たことなかったね。」
「そういえばそうだね。お父さんでも一緒に寝たことはないかも。」
彼女は神龍、睡眠を必要としないのだ。
食事も本来は必要ないのだが効率よく魔力を摂取することと生活の楽しみとして共に食しているだけだ。
するとゲンタとリリアは互いに顔を見合わせ、ニヤリと口角を上げた。
そろりそろりと背後から近づき、キュディを抱きしめたのだ。
「「捕まえた!」」
「きゃあ⁉何ですか⁉」
驚いたキュディは二人にそのまま押し倒される。
「ねえキュディ、一緒に寝よ!」
「・・・はい?」
眼が点になるキュディ。
「君、ずっと休まず研究を続けてるでしょ?たまには休まなくちゃ。」
「いやいや、理解が出来ません!就寝ならどうぞお二人で。私に睡眠は必要ありませんので。」
「でも最近のキュディ、全然笑ってくれないじゃん。」
「そ、それは・・・。」
彼女が研究しているのは当然リリアに関してのことだ。
しかしそれを教えるわけにはいかない。
「とにかく!私は結構ですのでどうぞお休みなさい。」
頑なに断るキュディだが、
「お父さん・・・。」
「よしきた。」
突然ゲンタがキュディを抱え上げると寝室へ直行。
ベッドに放り投げた。
「ぐえっ⁉」
「可愛い娘の頼みだ。許せ相棒。」
「はぁ・・・、わかりましたよ。一緒に寝ればいいんでしょう?」
「やったぁ!」
諦めたキュディに飛びつくリリア。
彼女の笑顔を間近で見たキュディも思わず笑顔に笑うのだった。
家族団らんの日々が過ぎ、リリアの期限が刻一刻と迫る。
ゲンタたちはリリアを助ける方法をくまなく探したがこれと言った方法が見つからず、途方に暮れ始めていた。
「ダメだ。これじゃリリアを救えない・・・!」
焦るゲンタにセイグリットも限界を感じ始めていた。
「やはり命一つ分となるとそれ相応の対価はそう簡単に揃えられん。・・・ここまでか。」
半場諦めかけていたその時、キュディがやってきた。
「お二人とも、少し来ていただけますか?」
キュディに呼ばれた二人は研究室の一室へ連れられた。
部屋の中央には一つの水晶玉が設置されていた。
「これは先生が持ってきた通信魔石?」
「はい。彼女との連絡手段のために本人が持ってきてくれた物ですが、先ほどから妙な反応を示してるんです。」
セイグリットが水晶を調べると、
(外部からの受信、じゃが何故じゃ?これは儂が自作した唯一の魔道具。これに干渉する術など・・・?)
訝しいが三人は意を決し水晶を起動させた。
すると、
『私だ。』
「「っ⁉」」
その声の主は、大総統であった。




