『第278章 集落襲撃』
リリアが正式にゲンタの娘になって数日、ここの所セイグリットは自室に籠り、帝国から押収した資料と黒いマーブル石を調べていた。
そこへゲンタが尋ねる。
「先生、晩御飯出来ましたよ。」
だが返事がない。
「先生?」
「うひゃぁ⁉耳元で喋るな!」
「だって返事しないんですから。」
「あ~、もうこんな時間か・・・。」
窓の外はすっかり暗くなっていた。
「それ、帝国から持ってきた石ですよね?確か賢者の石と言われる強力なエネルギー源の。」
「・・・賢者の石など、そんな大層な代物ではない。」
石を掴み光に充てる。
「これは、世界を破滅させる異物じゃ。」
「破滅・・・?」
「お主はこの世界の歴史を知っとるか?」
「いえ。」
「なら特別授業じゃ。心して聞け。」
セイグリットは二百年前の大事件『罪の大厄災』についてゲンタに全て話した。
「ではそのギルティマーブルが?」
「うむ、この石じゃ。」
「その石は帝国で賢者の石として出回っています。もしお話の通りそれの使い方を誤れば・・・。」
「再び大厄災の二の舞となるじゃろう。あのような悪夢、二度と繰り返させてはならん・・・!必ず駆逐する。それが儂の悲願じゃ。」
彼女の理想と信念を知ったゲンタは意を決する。
「貴女の悲願、僕にも手伝わせてください。」
「・・・不要じゃ。あれはお主が加わった所でどうこうできる存在ではない。」
「でも賢者の石を帝国から奪い取り回収することも必要です!その件を僕に任せてほしいんです!きっと、キュディも手を貸してくれます!」
「・・・機神龍の力か。」
セイグリットはしばらく考え込み、キュディを連れてくるよう言い彼女にあることを問う。
「ギルティマーブルの無効化?」
「お主の旧文明の知識ならこの石の効力を消すことが出来ないかと思ったんじゃが?どうじゃ?」
「詳しく調べてみないことには断定できませんね。ですがこれほどの魔力・・・、決して良くないモノとはわかるんですがただ消すのは勿体ないと思うのが正直な感想です。」
「勿体ない、か。ではお主ならこの力、どう扱う?」
セイグリットはギルティマーブルの力を何かに利用することをよく思ってはない。
それほど危険だからだ。
それはキュディもわかっているはずだ。
キュディはしばらくギルティマーブルを見て考えていると、
「セイグリット殿、一つ試してもよろしいですか?」
キュディはギルティマーブルを機械のティラノサウルスのコアに埋め込んだ。
するとティラノサウルスは普段よりも生物っぽく自然に動けるようになった。
「なるほど、魔械竜の動力にするのか。」
「今までは私の魔力で動かしてましたが、これなら常に彼らを動かせますしリソースも節約できます。ですが石の魔力は有限、定期的に新しい物と交換する必要があります。」
「これならどうですか?先生。」
「・・・うむ、よかろう。押収したギルティマーブルはお主らに任せる。」
彼女の許可も得て二人は新たなリソースを入手することができた。
「じゃが帝国に出回っていると言っても儂らは容易に都内に入ることは難しい。そこで儂の古い知り合いを帝国に忍ばせる。あやつはかつてギルティマーブルの専門研究家じゃった男だ。ただ種族が人間じゃないから隠蔽魔法が必須じゃな。」
「先生のお知り合い、ですか。それは頼もしそうです。」
「しかしあやつ、今でも連絡手段を持ち得ておるのだろうな?念のため冒険者ギルドに伝通を要請しておくか。」
一人ぶつぶつと呟いていると扉からリリアがこちらに顔を覗かせた。
「あ、リリア。」
「ねぇ皆、ご飯覚めちゃうよ?」
「流石に長話しすぎたな。詳しい話はまた後で、まずは飯じゃ!」
「わーい!研究で大分脳を酷使したので空腹です!」
四人が食事を楽しむ中、はるか遠くに離れた森の奥が赤く煌々と明るくなっていた。
集落は燃え盛る炎に包まれ大勢の亜人たちが避難誘導をしていた。
「くそっ!なんで帝国軍がこの場所を⁉」
集落を見下ろしていたのは帝国軍の空中戦艦だった。
そして銃機を持った大勢の帝国兵が集落を蹂躙していた。
それを束ねる指揮官、ルスターブ中将。
「逃げた亜人共がこんな辺鄙な場所に隠れ住んでいたとは。偶然とはいえ吾輩は幸運の持ち主、ここで帝国に土産の功績を積むであるし。」
遠征の引き上げに偶然この場が見つかってしまい、脱走者である亜人たちをルスターブ中将の独断で集落を襲撃したようだ。
「帝国に仇名す亜人共め、そんなに楽園へ行きたいのならこの吾輩が直々に送ってやろう。」
ルスターブが銃を構え発砲。
亜人を一人、また一人と銃殺していく。
そして銃口は幼い子供に向けられる。
ルスターブが引き金を引く。
だがその発砲をベンが庇い子供を守ったのだ。
「ベンおじちゃん!」
ベンは子供を逃がし帝国軍の前に立ちはだかる。
「獣人風情が帝国に歯向かう気か?」
「当然だ!もう俺たちは奴隷じゃない!完全な自由を目指して生きるただの人だ!」
するとルスターブは笑い出す。
「人?笑わせるであるし!貴様ら亜人は人間と根本的に違う。そもそも貴様らが帝国に与した時点で貴様らに人権など無いであるし!」
ルスターブを初め帝国兵が一斉に銃口を向ける。
「その差別がある限り、俺たちは何度だって反旗を翻してやる!」
ベンは走り出し兵が一斉射撃。
銃弾をその分厚い毛皮で弾きながら一直線に走り懐へ飛び込む。
熊獣人特有の怪力で地面を殴りつけ包囲を崩し、怒涛の勢いで帝国兵をぶっ飛ばしていく。
しかしいくら毛皮が分厚くとも至近距離から被弾すると負傷する。
「奴を仕留めろ!」
四方から発砲されるもベンはがむしゃらに戦い続ける。
すると、
「そいつではなく他の亜人を狙え!」
ルスターブの命令で兵士は住民たちに狙いを定める。
「っ!」
銃や魔弓が放たれたがその全てをベンが身を挺して受け止めたのだ。
しかし流石に致命傷となりその場に倒れてしまった。
「邪魔者め、今度こそ仕留めろであるし!」
再び狙いが住民に定められたその時、上空から飛来する機械の龍、キュディであった。
そしてキュディから飛び降りたゲンタ。
「何をしている?」
二人からは明確な怒りが伺えた。
「皆!大丈、夫・・・。」
ゲンタの眼に映ったのは血まみれで倒れるベン。
その瞬間、彼の瞳孔に光が消えた。
「貴様か。吾輩の留守中に皇都を襲撃し亜人共を逃がしたというのは。これは好機であるし。貴様共々始末すればかの大総統はさぞお喜びになるだろう。構え!」
ルスターブの指示で一斉に狙いが定められる。
だが次の瞬間、地面から錬金術で錬成された土の槍が突起し兵士の武器を全て弾き落したのだ。
「っ⁉」
「キュディぃぃ‼」
ゲンタの叫びに応えキュディが咆哮。
足元に三つの魔法陣が展開されると機械のヴェロキラプトル、プテラノドン、そしてティラノサウルスが召喚された。
『ゆけ、護竜‼』
咆哮と共に護竜たちは帝国兵に襲い掛かり、プテラノドンは上空の飛行戦艦に突撃した。
その間にゲンタはベンの下へ駆けつける。
「ベン!今回復ポーションを!」
しかしポーションを持つ手を掴まれ止められた。
「無駄だ。出血多量に加え心臓も撃ち抜かれちまった。もう間に合わねぇよ・・・。」
「何言ってるんだ!先生のポーションはエリクサー並みだ!どんね重症も直せるって・・・!」
『いえゲンタ、彼はもう助かりません。もう彼からは、命の気配を感じません。』
キュディの眼には生命のオーラが消えたベンの姿が映っていた。
「そういうことだ。俺の事はいい。集落の連中を助けてやってくれ・・・。」
「ベン、ごめん・・・。僕がもっと早く駆け付けていれば・・・!」
悔やむゲンタにベンは笑みを見せた。
「長い奴隷生活の中で俺が一番幸せだったことはな、お前と出会えたことだ・・・。それだけじゃねぇ、俺たちを連れ出し束の間の自由も与えてくれた。もう思い残すことはない・・・。」
仰向けになりゲンタと顔を合わせる。
「いや一つあった。あそこの燃えてない屋倉、お前に頼まれた家畜と麦がある。俺からの置き土産だ。持って行ってくれ。」
「ベン・・・。」
「ゲンタ、お前は生きろ・・・。悔いのないように、な・・・。」
そう笑顔を見せ、ベンは静かに息を引き取った。
「・・・・・。」
そこにティラノサウルスがぐるぐる巻きに捕らえたルスターブを連れてきた。
「ぐえっ!き、貴様!亜人共を逃亡させた異界人か!この吾輩にこのような仕打ち、ただでは済まさんぞ!軍の勢力を用いて必ず貴様らを根絶やしに・・・!」
次の瞬間、錬金術で強化した拳でルスターブを力の限り殴り飛ばした。
「あ、あがが・・・。」
「帝国軍に伝えろ。今度亜人達に手を出した暁には、帝国が滅ぶとな!」
怒りの瞳で見下ろすゲンタにキュディ、そして護竜は帝国に対する宣戦布告を言い渡したのだった。




