『第274章 転移の男』
雨の滴る夜の都内、それでも商店街は賑わっている。
だがその中に騒ぎを起こす者がいた。
「待てこのガキ!」
人混みの中を走るのは先ほど奪い取ったおかずパンを抱える薄汚い少年、それを追うパン屋の店主。
少年は小柄な体躯を生かし人混みの中を駆け裏路地へと逃げ切る。
「ハァ、ハァ、はぁ・・・。」
力なく座り込んでパンを貪り、食べてる途中ふと昔を思い出す。
育児放棄の両親に捨てられ親戚の家に引き取られた少年だが彼らは少年にかかるお金をケチり十分な生活環境を与えなかった。
あまつさえ引き取ったくせに少年を邪魔者扱い。
そんな環境に耐えられなくなった少年は家を飛び出し、盗みを繰り返して生き延びていた。
しかしこの世の中、子供が一人生きることはかなり厳しく正直限界が来ていた。
頼れる大人もいない。
学校にも行っていないため学も友人も持たない。
少年には何もなかったのだ。
いつしか生きる気力を失い、夜の橋で少年はとうとう身投げをしてしまった。
だがその時、突如魔法陣が現れ少年は光に包まれ消える。
そして眼が覚めると軍服を着た大人たちに囲まれていたのだ。
「召喚に成功しました。大総統。」
前に出てきたのは機械仮面を被ったあの大総統だった。
大総統は鑑定スキルを発動させ少年を見るが、
「・・・ハズレだな。」
「ハズレ、ですか?」
「この者は兵に向いていない。全くもって平凡な術式回路しか持ち合わせていない。」
「左様ですか。」
少年は訳が分からず困惑していたが一つはっきりとわかったことがある。
この大人たちも自分の味方ではないと。
少年はそのまま殺風景な部屋へ連れてかれ放り投げられる。
「貴様も亜人共同様労働力として働いてもらう。見捨てないだけありがたく思え。」
そう言われ部屋に閉じ込められた。
「・・・。」
あまりに急すぎる展開に少年はただ立ち尽くすことしかできなかった。
すると後ろから誰かに声を掛けられる。
「君、人間だよね?」
声をかけてきたのはクマの獣人少年だった。
「俺達亜人ならともかく、人間の君まで奴隷に落とすなんて、この国本当に腐ってるね。」
「・・・。」
「あ、急にごめん。俺はベンていうんだ。君の名前は?」
「・・・ゲンタ。」
それからゲンタは帝国での労働生活が始まった。
最初のころは生きるために労働に真面目に取り組んでいたゲンタ。
だが数年経ち成人する頃にはこの生活が異常であると思い始めてきた。
それまでずっと一緒に過ごしてきたクマの獣人ベンにこっそりこの話を持ち掛ける。
「そう思うの大分今更だな。」
「君はずっと前からこの違和感を覚えてたのか?」
「当然さ。元々俺たち亜人はこの国に仕方なく加盟したんだ。急に環境や生態系が一変して育る場を失った獣人がこの国に仕方なくやってきた。最初こそは帝国もいろんな補助をしてくれたさ。でもその数年後に国で一番偉い大総統が代替わりしてから俺達獣人の扱いは一変、まるで奴隷扱いさ。」
その話を聞いたゲンタはしばらく考え込むと、
「・・・逃げよう。」
「・・・まあお前ならそういうと思った。でも逃げるのはお前一人だ。」
「一緒に来ないのか?」
「警備が厳重な帝国だぞ。二人だけでも怪しい行動をしたら気付かれるかもしれない。サポートはしてやるからお前だけでも逃げろ。」
「でも・・・!」
「どのみち俺はここを出てもこの国の領土にいる限り連れ戻されるのは明白だ。」
「・・・わかった。無事抜け出せたら必ず皆を解放する。待っててくれ。」
「あぁ、期待せずに待ってるぜ。」
それから兵士の眼を盗んで下調べを済ませ、いよいよ決行の夜となった。
「準備はいいか?ゲンタ。」
「あぁ。」
事前にくすねたロープや脱出に使えそうな道具を身に着けたゲンタ。
ベンが毎日コツコツが剥がした窓枠を外しゲンタが外に出る。
ベンがグッと親指を立てゲンタは頷く。
(必ず助けに来るからな、ベン!)
物陰に隠れながら兵士や警備ゴーレムに気付かれぬよう移動しコンテナの中に隠れた。
「よし、このコンテナに乗ってれば物資に紛れて軍本部の外に出られる。」
木箱の裏に隠れようとしたその時、暗がりから突然ナイフが突き出され咄嗟に避けた。
距離を取ると攻撃してきたのはフードを深くかぶった褐色肌の女だった。
「待ってくれ!僕は帝国兵じゃない!」
敵意がない事を示すゲンタを女はよく観察する。
「・・・確かに兵士にしては身なりが汚い。それに道具も。」
兵士でないと分かった女は武器を下ろした。
「私と同じ目的の者だったか。」
「あぁ、僕はここから逃げ出したいんだ。君もか?」
「・・・お前の持ってる道具は何かと使えそうだな。お前、私に協力しろ。この腐った国から出るぞ。」
利害が一致した二人は一時手を組みコンテナの中に息を潜める。
翌朝、コンテナが本部の外へ運ばれ空船港地区に運ばれる。
船に乗せられると船は空を飛び発進する。
皇都外の上空へ差し掛かるとコンテナからゲンタと女が出て船から飛び降りる。
「広げろ!」
身を潜めてる間に作った即席のパラシュートを広げ二人は森の中へ落ちたのだった。
「ここまで来ればもう追ってはないだろう。」
女がフードを外すと尖った耳が出てきた。
「君、エルフだったのか?」
「ダークエルフだ。・・・お前に一つ聞きたい。人間のお前が何故私たちのように奴隷のように扱われてたんだ?」
「それは・・・。」
ゲンタはこれまでの経緯を話す。
「帝国め、異界から召喚するだけでなく同族まで下げずむとは・・・、やはりこの世界は腐っているな。」
「君はこれからどうするんだ?」
「人間に教える筋合いはない・・・、が、お前は他と少し違うか。私は別の大陸へ行きこの世界の腐った常識を正す。例え悪魔や神と手を組んででもな。」
「そうか・・・。」
「お前は?」
「わからない。この世界に連れてこられてからは一度も帝国の外に出たことなかったから。」
「・・・なら脱出に協力してくれた礼に一ついいことを教えてやろう。ここから東の山脈に一人の大賢者が隠れ住んでいると噂を聞いた。行く宛てがないなら探してみるのもいいだろう。」
「あぁ、そうしてみるよ。ありがとう。」
「・・・礼はいらない。私はお前たち人間の敵となるんだ。だが、お前を見てると何故かこう思わせられる。生きろ。」
その一瞬だけ笑みを見せたダークエルフの女はその場を去ったのだった。
後に彼女は別の大陸に渡り、『新生創造神の右翼』という教団に入るのだがそれはまた別の話。
それからゲンタは一人噂の大賢者を求めて山脈を歩き回った。
労働生活のおかげか鍛えられた肉体に体力もあったためしばらくは動き続けることができたが、流石に限界が来る。
「食料も無し水も無し。このまま闇雲に探してもだめだ。どこか拠点を作らないと。」
今更ながら岩の隙間に狩り拠点を作り何とか食料も確保しながら数年間、賢者を探す。
だが見つけたのは賢者ではなく、大きな扉だった。
「何だこれ?ダンジョンか?」
扉を何とか開けると肌寒い風が吹く。
「ダンジョンじゃないな。でもただの洞窟でもなさそうだ。そんな気がする。」
吸い込まれるように洞窟を進むと明らかに人の手が加わった造形の部屋に出た。
「遺跡だったのか。それもかなり古、い・・・?」
よく見ると苔むした機械やロボット?のような残骸が転がっている。
「ここはどんな世界なんだ?ベンみたいな獣人もいるし、世界観がわからない・・・。」
明らかに高度な文明の名残がある遺跡内を進むと扉の隙間から光が漏れていることに気付く。
扉を開けると巨大な光る水晶が置かれた部屋にたどり着く。
壁には壁画が描かれている。
「なんだここは?」
近づくと水晶の中に一人の女性が眠っていることに気付いた。
「女性が中に⁉」
助けようと水晶に触れた瞬間、突然光りだし水晶がひび割れていった。
「え⁉」
水晶が砕けると青髪の女性が転がり落ちゲンタは何とか受け止めた。
「あの、大丈夫です、か・・・?」
女性には機械の角が生えており、何より・・・。
「尻尾・・・?」
龍の尻尾に驚きを隠せない。
すると女性が眼を覚ましゲンタと眼があった。
「あ、ごめんなさい!」
裸の彼女から離れ眼を逸らす。
だが彼女はそんなのお構いなしにゲンタに近づき前のめりになり、垂れ下がる胸が強調される。
「あ、あの・・・?」
「これは珍しい。人間が私の封印を解くなんて。」
「君、話せるの⁉」
「当然でしょう?おかしな人間ですね。」
「あの、とりあえず服を・・・。」
「服?あ~、人間が身に着ける衣服ですね。」
彼女は指を鳴らすとサイバーチックなエフェクトが身体を包み一瞬で衣服を身に着けた。
「魔法?」
「科学です!」
凄いどや顔で言う女性だった。
「しかし貴方のような人間が何故このような場所に?」
「それは・・・。」
ゲンタは経緯を説明する。
「大賢者・・・!実に興味深い!現代の生きる知恵!是非ともお会いしたいです!」
眼を輝かせる彼女にゲンタは微笑む。
「じゃあ、一緒に来るかい?」
「行きます‼」
即答だった。
行動を共にすることになった二人は遺跡の廊下を歩く。
「そういえばまだ名前言ってなかったね。僕はゲンタっていうんだ。君は?」
「私は五神龍の一体『機神龍・QED=Δ』と申します。こう見えてれっきとしたドラゴンです!」
「ドラゴン⁉それに神龍って神の龍ってことだよね?そんなすごい人なんだ・・・!」
「人ではなくドラゴンです。そこは間違えぬようお願いします。」
そうして二人はとある大きな部屋へやってきた。
「何か巨大ロボットでも収納してそうな場所だね。」
「間違ってませんよ?封印される前はここに我が肉体を置きっぱなしでしたから。」
つる草のカーテンを剝ぎ取るとそこには苔とつる草に覆われた巨大な龍のロボット、機神龍の機体が立ち尽くしていたのだ。
「やはりありましたね。私の身体!」
「これがキュディのドラゴン姿・・・。」
「ん?『キュディ』とは?」
「あ、ごめん。君、QED=Δって名前なんだろ?ちょっと呼びづらかったから略してキュディって呼んだんだけど、嫌だったらごめん。」
だが彼女の反応は、
「キュディ、いい名前です!今後私の事はキュディと呼んでください!私も貴方の事はゲンタと呼びます!」
「僕は名前のままなんだね・・・。」
だが二人は見つめ合い思わず笑いあった。
それもそのはず、ゲンタにとっても、キュディにとっても、生まれて初めて心から笑い合える仲間に出会えたのだから。




