『第268章 再戦の白』
ルイラス帝国、軍本部の薄暗い円卓の席にて。
「そうか。ようやくたどり着くことができたか。」
髭を生やした中年の男が水晶玉を通じて軍人女性と連絡していた。
『現在付近の魔械竜捕獲を実行しています。ですが目当ての化石は未だ発見しておりません。』
「構わん。だがなるべく早急に入手しろ。その島に長居すると護竜、そして機神龍に気付かれるかもしれない。注意せよ。」
『はっ!』
水晶の光は消え男は一人その場に残る。
「もうすぐ、もうすぐで最恐の兵器が完成する。そうなれば次期大総統は私に・・・、クフフフ!」
不気味に笑う男の背後で柱の裏に隠れるライグル・スチュアードが密かにその様子を伺っていた。
(この期を逃すわけにはいかない。老害共め、思い通りにはさせないぞ。)
ライグルも不敵な笑みを浮かべるのだった。
レーグルを無事討伐したタクマとアルセラは神殿を後にし、夜の荒野を歩いていた。
タクマの背には討伐時に入手した黄金と純白の両手剣を背負っている。
「くそ、せめてセイグリットとの連絡手段を持っとくべきだったぜ。まさか帰りが徒歩になるとは。」
「彼女の転移魔法は便利だったからな。」
道中、夜行性の魔械竜を警戒しつつ荒野を歩く二人はセイグリット本人から聞いた彼女の目的を思い出す。
「まさか彼女の目的はいずれ訪れる世界滅亡に対抗する重要なキーだったとは。」
「あぁ、あんなこと教えられちゃ協力せざるを得ない。バハムートたちと合流出来たらアイツらにも話さなきゃな。」
そういいながら身体を伸ばすタクマ。
「・・・彼女の言ってた存在に、勝てると思うか?」
「どうかな。正直ビジョンは見えねぇが、・・・奴らの思い通りにはさせねぇよ。」
急にどすの聞いた声で言うタクマに一瞬ゾクッとしたアルセラだがすぐに安心感に包まれる。
「もっと私たちを頼れよ?」
「あぁ。」
二人はグータッチを交わすのだった。
しばらく歩いていくと前方から何かがこちらに迫ってくる。
「なんだ?」
迫ってきたのはオルニトミムスの群れだった。
「やばくないか?」
「やばい逃げろ!」
あまりの大群に退く判断をし二人は木の上に登った。
雪崩のように大地を流れるオルニトミムスの群れはようやく収まったのだった。
「・・・・・。」
「何だったんだ?」
その時、群れがやってきた方向から大きな音が響いた。
「今度は何だ?」
「わからねぇが、良くないことが起きてる気がする。行くぞ!」
二人がそこへ向かうと目の前に映ったのは、帝国軍が何匹もの魔械竜を乱獲している光景だったのだ。
「帝国軍?どうやってこの島に来たんだ?」
「何かしらの方法でだろう。出ないと外周を見張っている機械のモササウルスが気付かないはずがない。」
だが目の前に帝国軍がいるのは事実。
いやな予感がするタクマは奴らを止めるべく飛び出した。
「ここで何をしている!」
「っ!」
「この少年、本部に現れた・・・?」
次の瞬間、タクマに発砲された銃弾を剣で弾く。
前に出てきたのはライフル銃を持った女性軍人だった。
「お前たちは捕獲した魔械竜を連れていけ。奴は我々が取り押さえる。」
「ハッ!」
捕獲した魔械竜を連れて退いていく帝国軍。
残った兵士は迷彩服を着た銃撃隊。
それを率いる女性が残ったのだった。
「お前、サンドリアスの会議でライグルとかいう男の護衛をしていた女だな?」
「私の名はミザリー・ナケナ。冥途の土産に覚えておけ。」
ミザリーが合図をすると部隊は一斉に散開し夜闇のサバンナに身を潜める。
「撃て!」
四方から発砲されるがタクマは二刀流で全ての弾幕を弾いた。
しかし人数が多く防ぐので精一杯だ。
すると背後から撃たれた銃弾をアルセラが弾いた。
「仲間がいたか。だが一人増えようとも戦況は変わらない。」
ミザリーも草むらの中に身を潜め消えていく。
タクマとアルセラは互いに背中合わせになる。
「常に移動しながら居場所を特定されないよう動いてる。人数も多いし、何より統率も取れてるから一筋縄じゃいかないぞ。」
「それだけじゃない。俺達はついさっきレーグルと闘ったばかりだ。その戦闘のダメージと疲労がまだ残ってる。その状態で対人戦は正直キツイな。」
「ではどうする?」
発砲される銃弾を弾き、タクマは一つの作戦に出る。
「・・・凍らせられるか?」
「っ!なるほど、任せろ!」
アルセラがシルバーパイソンのアーティファクトを装着しようとした瞬間、ミザリーの発砲に阻まれアーティファクトを落としてしまった。
「何をしようとそうはさせない。」
「くそ!」
下手に動くとその手を悉く阻まれてしまう。
(一人ひとり場所を特定して無力化するしかないか!)
そうこうしている間に疲労で対処しきれなくなり、二人の足に銃弾が被弾してしまい床に臥せてしまった。
「今だ、蜂の巣にしろ!」
潜伏する兵士が一斉に引き金を引こうとしたその時、突如どこからかの砲撃が兵士を数人吹き飛ばしたのだ。
「っ⁉」
「何事だ⁉」
するとキュリキュリとキャタピラを鳴らして現れたのはオーソドックスな戦車だった。
「あれは!」
走行のままその戦車が変形すると機械のトリケラトプス、護竜のトルプスだったのだ。
「護竜⁉もう嗅ぎつけられたか!」
トルプスはタクマたちを護るように立ち塞がる。
「・・・どうやら貴様らは機神龍と手を組んでいるようだな。」
タクマは黒炎、アルセラはフェニックスのアーティファクトの力で傷を回復。
その隙にシルバーパイソンのアーティファクトも回収した。
「回復も済んだ。もう同じ手は食らわないぞ。」
『ミザリーさん、どうします?もうこれ以上は。』
遠隔通信魔石で通告する兵士にミザリーは、
「撤退する。護竜に気付かれた以上、長居は出来ない。魔械竜を数匹捕獲に成功したが何より、例の化石も入手できた。これだけは必ず帝国に持ち帰るんだ。私が合図をしたら身を潜めたまま一斉に退け。」
『ハッ!』
ガサガサと周りが慌ただしくなりタクマたちは警戒を強めた。
「気を付けろ。動きが変わった。」
「あぁ。」
警戒を強めていたその時、アルセラだけが突如全身が圧し潰されそうな重圧に包まれる。
(こ、この強大な気配は・・・⁉)
見上げると遥か岩山の頂上で月を背後に佇む、白銀にして純白の体毛に包まれ、額に鉄兜を付けた巨大な魔狼『フェンリル』であったのだ。
「ウォォォォォ‼」
遠吠えと同時にフェンリルの姿が消えたかと思えば、一瞬にして帝国兵士を一人叩き潰したのだった。
「・・・は?」
「な、なんだこの魔獣は⁉ぐわぁ!」
次々と草むらに隠れている兵士を倒していくフェンリル。
兵士も発砲して抵抗するが白銀の体毛に銃弾は弾かれる。
「き、効かない⁉うわぁ!」
「ミザリーさん!」
「不測の事態だ・・・!全員直ちに撤退せよ!」
ミザリーの指示で帝国軍は撤退していく。
(ドラゴンテイマー、次は必ず仕留める!)
そして残ったタクマたちは突如現れたフェンリルを見る。
「白銀の体毛に額の鉄兜、もしかして前に言っていた?」
「あぁ、最後のアーティファクト、フェンリルだ。しかしどうしてこの島に?」
「神出鬼没と言うくらいだ。どこに現れようと不思議じゃねぇ。」
だがこれはチャンスでもある。
一度敗れたが再度挑み、フェンリルを認めさせれば大きな戦力アップになる。
しかしアルセラの様子がおかしかった。
一度敗北した不安と恐怖で身体が震えていたのだ。
『恐いか?』
「恐くない、と言えば嘘になるな。情けないだろう?一度負けたくらいで恐怖で震えるんだ。」
「それの何がおかしいんだ?」
「え?」
「一度負けた相手が恐い?当たり前だ。力量を把握したうえでまた挑もうってんだ。でもお前の場合は恐怖じゃない。武者震いだ。」
「武者震い?」
「恐怖や不安よりも、また戦える。今度は勝つ。そういう気持ちの方が強いんじゃないのか?」
タクマに言われ自身の気持ちに意識を向けると彼の言う通り、この震えと鼓動は恐怖によるものだけじゃない。
紛れもないワクワク感だった。
それを自覚したアルセラは思わず頬を上げた。
「ようやく理解した。あの時、フェンリルに認められなかった理由を。」
『なんじゃ?言ってみよ。』
「あの時はただ強さを求めていた。力欲しさに周りが見えなくなり、大事なものを守るという心を無意識に見失っていたんだ。だから私は敗北しフェンリルは去った。」
『一人で強くなろうとしておったからな、あの時のお主は。』
「あぁ、それがいけなかったんだ。でも今は違う。」
アルセラはタクマとトルプス、そしてカリドゥーンに向く。
「連戦になるが行けるか?アルセラ?」
「勿論だ!」
彼らは笑っていた。
強大な相手に挑戦するというワクワク感を抱いて。
アルセラはカリドゥーンを構え、タクマは剣を鞘から抜き二刀流とする。
トルプスも前足を掘ってやる気満々だ。
そして三人は飛び出しフェンリルも走り出す。
(そうだ、一人じゃない!私には共に戦ってくれる相棒や、仲間がいるんだ!)
「覚悟しろフェンリル!今度の私は以前とは違う!あの時のリベンジ、果たさせてもらうぞぉ‼」
三人とフェンリル、月下の荒野で強大な存在同士がぶつかり合うのだった。




