『第二十七章 悪魔』
屋敷から離れた深い森の中、メーレンは一人森の中を歩いていた。
「何よアイツ!私の言う事を聞かないなんて!パパだって言う事聞いてくれたのに!」
タクマがお願いを断ったことに文句を言いながら森を進んでいく。
「いいわ、私一人でもっとすごい従魔を見つけてやるわ!」
そう意気込んでいると森の奥から邪気に満ちた嫌な魔力を感じた。
気になり魔力の感じる方へ近づくと少し広けた場所で黒いローブの信教者が数名で魔法陣に沿って並んでおり不気味な呪文を唱えていた。
(な、何あれ⁉)
メーレンは草陰で息を潜め様子を伺う。
信教者の足元に広がる巨大な魔法陣は徐々に不気味な紫色へと変色していき、同時に邪気が強くなっていく。
(く、苦しい・・・!あの人たちこんな重苦しい魔力の渦の中で何してるの⁉)
気分が悪くなりこの場から離れようとした時、信教者の一人が突然叫び出した。
「来るぞ、ついに来るぞ!さぁ、我らの悲願のためその姿を現せ!『悪魔族』‼」
魔法陣が強く光り地震と共に大きな光の柱が立つ。
その地鳴りにはタクマ達も気づいた。
「な、何だ⁉」
「わぁ⁉」
「おっと、気をつけなさい。」
「すみません・・・。」
「さっきから妙な魔力を感じると思ったが、これはかなりまずい状況かもな・・・。」
バハムートが辺りを警戒していると上空からメーレンを探していたウィンロスが光の柱に気づいた。
「何やあれ⁉背筋がぞわっとするがな!」
「何を見つけたんだウィンロス!」
「森から怪しさMAXの光が出とるわ!何や分からんが嫌な予感がするで⁉」
メーレンは一人この森に入ったと聞く。
こんな異常事態に巻き込まれると危ない!
一刻も早く彼女を見つけ出して森から出なくては!
先頭を走っていたワーウルフも事態に気づき猛スピードで森を駆け抜ける。
「どうやら主人を見つけたようだ。我らも行くぞ!」
魔法陣からどす黒い魔力の渦が巻きあがる。
周りにいた信教者たちが次々と渦にさらわれていった。
「うあぁぁぁ!」
「こ、これは⁉何故我々まで、ぐわぁぁぁぁ‼」
信教団は全員渦へと飲み込まれてしまった。
「きゃぁぁぁぁ‼」
魔法陣の近くにいたメーレンは必死に木にしがみつき何とか耐えていた。
そして次第に渦は収まり一瞬静けさが戻る。
「な、何だったの今の⁉」
すると魔法陣から禍々しい影がゆっくりと浮かび上がってくる。
それは羊のような顔に太く巨大な角。
背中にコウモリの羽が生えた人型の魔獣。
いや、魔獣ではなく魔界の住民『悪魔』だ。
「あ、あぁぁ・・・⁉」
メーレンは目の前に現れた見たことない巨大生物に腰を抜かしていた。
「ブモォォォォォォ‼」
羊の顔から牛のようなうなり声を上げ大気を震わせる。
「な、何⁉この重苦しい雄たけび⁉」
「この気配・・・何者かが『悪魔族』を呼び出したのやもしれん!」
バハムートが珍しく焦った表情をしていた。
最強の竜王である彼が恐怖を感じていたのだ。
それでもワーウルフは足を止めず森の中を走り続け、禍々しい魔力の方へと向かっている。
「まさかこの邪気の先にメーレンがいるのか⁉」
周りの木々よりも巨大な悪魔はその場に佇む。
その足元にはメーレンが腰を抜かした状態でもなんとかその場を離れようとしていた。
「は、早く逃げないと・・・!」
しかし恐怖で身体が震え思うように動けない。
すると悪魔がゆっくりと歩き始めた。
ズシン、ズシンと大地を震わせ悪魔は森の中を進んでいく。
そしてその一歩の先にはメーレンがいた。
「やだ、誰か助けてぇぇぇ‼」
すると茂みからワーウルフが飛び出し踏みつぶされる寸前でメーレンを抱えて避けた。
「ワ、ワーウルフ⁉」
「わふっ!」
少し遅れてタクマ達もようやく追いついた。
「おい、無事か⁉」
「あ、貴方たち!・・・まだ出て行ってなかったの?」
「黙りなさい。くだらない意地を張ってる暇があったら大人しくお家に戻りなさい・・・。」
リヴが静かに怒りの籠った声でメーレンに言った。
「な、何よ貴女!私に向かって・・・!」
「ブモォォォォォォ‼」
重苦しい咆哮が再び辺りの空気を振るわす。
「あれが悪魔、デカすぎないか?」
タクマが悪魔を見上げて言った。
「悪魔族。遥か昔に魔界から現れ地上を占領しようと企てた種族だ。だが悪魔族は数千年前に滅ぼされたはずだが・・・!」
先ほどからバハムートが珍しく落ち着きがない。
悪魔についても知っており何かあったのだろうか?
だが今はそんなことを考えている暇はない。
このまま悪魔を野放しにしていたら近くの街にまで被害が及ぶ可能性がある。
「こいつを野放しには出来ねぇ。皆、やるぞ‼」
「「「おう‼」」」
タクマの合図と共にバハムートとウィンロスは上空へ飛んだ。
そしてのしのし歩く悪魔の前まで来ると、
「挨拶代わりだ!」
「くらっとき!」
バハムートがブレスを、ウィンロスは風の刃を放ち悪魔の顔面に命中させた。
「ブォォォォ⁉」
悪魔は一瞬ふらついたが転倒させるまでは至らなかった。
だが注意は完全にこちらに取れた。
「チッ、倒れんか。」
「挨拶がてらの弱い威力だったからな。だが次は全力で奴を叩くぞ!」
「了解旦那!」
バハムート達が悪魔の注意を引いてくれている中、地上でタクマ達はメーレンから何があったのか事情を聞いていた。
「怪しい教団・・・「新生創造神の右翼」か・・・。」
「アンクセラム王国の滅亡を企ててる教団がこの地域にも・・・!タクマさん。」
「あぁ、おそらく作戦がうまくいかなくなって手荒な手段になってきたんだ。」
タクマとリーシャはその教団の事で話し合う。
隣では全く事情を知らないリヴが頭を抱えていた。
「貴方たち、あの怪しい連中をしってますの?」
「警戒している程度だ。いずれ俺たちの障害になる可能性もあるからな。」
すると強い地響きが轟く。
バハムートの攻撃を受けた悪魔が態勢を崩した振動のようだ。
「話はあのデカブツを何とかした後だな。メーレン、お前はこの場からできるだけ離れろ。」
「な、何言ってますの⁉私だってテイマーです!従魔がいる今私の手にかかればあんな奴・・・!」
「いい加減にしなさい‼」
意地を張り続けるメーレンに怒鳴ったのはなんとリーシャだった。
「自分の力量のまともに理解できないのにいらない意地を張り続けていればいずれ自身の身を滅ぼします‼今だって貴女がこうして勝手に行動したことによって今私たちは非常に迷惑しています‼そんな自分勝手な我儘を続けてれば貴女の周りには誰も居なくなる、それでもいいなら貴女の勝手にして自滅しなさい‼」
彼女から出た言葉とは思えないほどの説教。
リーシャもメーレンの我儘な行動に苛立ちを覚えていたようだ。
ここぞとばかりにメーレンに怒鳴り続け、メーレン自身は慣れない説教の嵐で泣きそうになっていた。
「う、うわぁぁぁぁん‼パパにだって怒られたことないのに~‼」
ワーウルフがなだめようとする。
「ふう、言いたいことは言いつくしました。」
「あ、そう・・・。」
リヴもなるべくリーシャを怒らせないよう気を付ける事にした。
「・・・メーレン。リーシャの言う通りだ。自分の力量から目をそらし、自分の従魔を信じようとしていなかった。貴族のプライドだか知らないがそのプライドに執着している間はお前は決して先には進めないぞ?」
「ひっく、でも・・・ワーウルフは弱いし・・・。」
「本当にそう思うか?」
メーレンはワーウルフを見ると身体のところどころに傷があるのに気付いた。
おそらくここまでくる道中、草木で身体が傷ついていることも気づかずに必死で主人であるメーレンを助けに行こうとしたのである。
「ボロボロになるまで走り続けて、お前を探していたんだぞ?」
「ワーウルフ・・・貴方。」
「わふ・・・。」
すると再び強い地響きが轟いた。
どうやら攻撃をし続けたことによって悪魔が本気を出し始めたみたいだ。
「そろそろ向こうに加勢に行った方がよさそうだな。」
「今回は私も戦いますよ!」
と、リーシャは杖を持ってやる気十分だった。
「バハムートさん達に比べたらあれくらいの魔獣一突きですよ!」
「・・・お前本職は魔術師だよな?」
「物理もイケる魔術師です!」
どや顔で胸を張る。
「分かった分かった。リヴ、頼めるか?」
「お任せあれ!」
リヴは華麗に回りだし人から竜の姿へ戻った。
「キシャァァァァァァァ‼」
「きゃぁぁぁぁ⁉」
メーレンは竜の姿になったリヴに驚き少し漏らしてしまった。
「お前・・・戻るたびに咆哮あげるのか?」
タクマとリーシャは耳を塞いでいた。
「ドラゴンとしての威厳よ。」
悪魔の手のひらから高密度な魔力の球が放たれる。
バハムートとウィンロスはその攻撃をかわし、球が森の中で爆発した。
「そろそろこっちも本気出さん?」
「そうだな。ようやく来たようだしな。」
悪魔の後ろからリヴに乗ったタクマとリーシャが猛スピードで向かってきた。
「ウォーターブレス‼」
口部から凄まじい水流を放ち悪魔に直撃する。
「大丈夫か二人とも!」
「うむ、問題ない。」
「あの嬢ちゃんは?」
「リヴにビビって腰抜かしてる。しばらく動けないだろうからワーウルフに任せてきた。」
そういってタクマは悪魔に向き直る。
「これが悪魔か。改めて見るとほとんどバケモンだな。」
「悪魔族は闇魔術に特化した種族だ。先も言った通り奴らは遥か昔に滅んだはずなんだが?」
「あ、そうだ。実は・・・、」
タクマは例の教団がこの悪魔を召喚したことをバハムートに話す。
「なるほど、新生創造神の右翼だかの教団が悪魔を呼び寄せたか。」
「教団の目的はアンクセラム王国の壊滅だ。今まで俺らが妨害してきたことで強行手段に出たんだと思う。」
「あり得るな。」
側で聞いていたリヴは二人の会話の意味が理解できていなかったのでリーシャに説明をしてもらっていた。
「・・・ということなんです。」
「へぇ~、主様がそのようなことを・・・でも何で主様がそんな面倒事をするの?私達にはあまり関係が無いように思うんだけど?」
「・・・アンクセラム王国にはお世話になった方々が大勢います。タクマさんは一度知り合った人を放っておくことはしないんですよ。・・・私の時もそうでした。」
リーシャはタクマに助けられた時の事を思い出す。
「・・・そう、なんだか興味深いわね。寝るときにいろいろ聞いてみようかしら?」
「へ?」
女子二人で会話しているとウィンロスが口を割った。
「なぁ、話もええけどそろそろアイツどうにかせん?」
ウィンロスが指す先にのしのしと歩き続ける悪魔がどんどん遠のいていた。
「と、話し合うのはあとだ。悪魔の進行を止めるぞ!」
「うむ!」
「ほいな!」
「「はい!」」




