『第242章 迫りくる大陸』
霧に包まれた早朝。
和国を囲う外側に反り返った岩山の上に佇む一人の青年。
和国将軍、鬼族のラセンだった。
ラセンは霧が覆う北の荒野を仁王立ちで眺めていると後ろから妻のスイレンが声をかけてきた。
「どう?」
「感じるぜ。肉眼じゃ霧のせいで見えないが、この異様なまでに強大な魔力。ヤバいのが近づいてきてるのが肌でビンビン感じる。」
「やっぱり教皇様の知らせは事実のようね。」
まだ国が寝静まる時間帯に突如教皇ヴィル・ホーエンから緊急の知らせが届いた時はそれは驚いた。
なにせ巨大な大陸が和国に侵攻していると言うのだから。
初めこそ耳を疑ったがあの誠実な教皇の言葉だ。
信じる以外考えはなかった。
そこへ今度は将軍の右腕であり、親友の鬼族ゴグマがやってきた。
「ラセン。今用意できる武器を全て揃えたぞ。」
「悪いなゴグマ。何せ急な知らせだったもんでな。十分な準備が出来なかった中よくこれだけの武器と兵を整えてくれた。」
後ろには複数の投石台と大砲、そして大勢の和国兵が各々準備をしていた。
「相手がどんなモノかわからねぇから不安が残る戦力だが、何もしないよりはマシだろう。」
すると、
「いやはや、この短時間でこれっぽっちの戦力しか用意できぬとは、将軍の名も形無しであるしな。」
突然声をかけてきたのは黒い軍服にコートを羽織り、ツリ目眼鏡をかけた長身中年の男性だった。
「緊急事態の事です。僅か数時間で十分な戦力を揃えるのは不可能ですよ。ルスターブ中将。」
男の名はルスターブ・ロープス。
和国とは大海原を挟んだ隣国、ルイラス帝国の軍人だ。
「それにしても幸運でしたな将軍殿。偶然、たまたま!我々がこの国に来国していて。」
白々しい態度にスイレンがぼそりと呟く。
「何が偶然だ。和国の資源を狙って無理やり押しかけてきたクセに・・・!」
「俺も奴らの欲に眩んだ眼は嫌気がさす。それだけじゃねぇ。将軍が亜人のラセンになったことで常に見下してくる。帝国は亜人差別が強いと聞くが、郷に入っては郷に従えと言う言葉を知らないのか?」
ゴグマもこれまでの帝国の者達の態度に内心腹を立てていた。
しばしルスターブ中将の嫌味混じりの話を聞き流していたその時、強風が吹き辺りの霧を流すと朝日が差し込み視界が開けていった。
「っ!ラセン!」
ゴグマが指を指す遥か彼方には緑結晶の背びれを輝かせる巨大な大陸が霧の奥から現れたのだ。
かなりの距離があるにもかかわらず、その巨大さは常識を逸脱していた。
「なんてデカさだ・・・!本当に大陸のようじゃないか・・・!」
スイレンもあまりの巨大さに言葉を失いかける。
「教皇様の報告通り、巨大な地龍だ・・・!」
姿を現した地神龍ガイアデロスは大地を揺らしながらゆっくりこちらに進行してくる。
「ふむ。あの速度からして本日正午を過ぎたあたりにはこの国に到達しそうであるし。」
「ここからは俺達和国の問題だ。中将はお帰りいただいて結構です。」
「何を言うであるし。ここまで関わっておいてみすみす引き上げるなど我ら軍人にとって言語道断。勿論手をお貸いたしましょう。」
「・・・何を企んでいる?」
ゴグマが話に割って入った。
「アンタからはどす黒い欲を感じる。俺達に何か取り繕うとしていないか?」
疑いの眼差しを向けるゴグマにルスターブ中将はやれやれとため息をついた。
「全く、これだから亜人は無礼で嫌いであるし。おっと、つい口が滑ってしまった。申し訳ない。」
そう言うが彼の表情は何も悪びれた様子もなくニヤついており、ゴグマは眉間に怒りのしわを寄せた。
「吾輩の求める物はただ一つ。この国の資源特許であるし。」
「なんだと?」
「亜人が将軍であると何かと不安が募る。故に吾輩が代わりに管理をしてやろうと言う事であるし。」
「誰が貴様の要求に答えるか!他国の者に和国の資源特許をくれてやるなどそれこそ言語道断だ!貴様らの助力など必要ない。早急に去れ!」
そうゴグマが叫ぶとルスターブ中将の表情が急に鋭くなる。
その時、帝国兵の一人がゴグマに発砲したのだ。
「っ⁉」
「ゴグマ⁉」
撃たれた腕を押さえ膝をつくゴグマにスイレンが駆け寄る。
「口の利き方には気を付けるであるし。吾輩は中将、偉い立場であるし。吾輩に向かってその態度は無礼千万。撃たれても文句は言えないであるし。」
「貴様・・・!客人の立場でこのような事、許されないぞ!」
「亜人に下った人間も同罪であるし。やはり貴方がたには任せられないであるしな。これより指揮の全権は吾輩が受け持つであるし!」
「何を勝手に・・・!」
すると帝国軍が一斉にゴグマとスイレンに銃を向けた。
「黙って吾輩に従うであるし。」
見下し嘲笑うルスターブ中将に二人を人質に捕られたラセンは怒りを見せるも動くことが出来なかった。
「ではこれより、巨大龍討伐作戦を開始するであるし!」
ルスターブ中将の号令と共に霧の奥から複数の大きな飛行軍艦が現れた。
「我らルイラス帝国が誇る軍事力、その眼に焼き付けるであるし!」
飛行軍艦が真っ直ぐガイアデロスに向かっていく。
(上空からであれば地を這いつくばる龍に反撃される心配はないであるし。さっさと討伐し和国の資源を全て我が物とするであるし!)
悪い顔でニヤつくルスターブ中将。
「各軍艦、攻撃圏内に入りました!」
「爆撃開始!であるし!」
軍艦の主砲がガイアデロスに向けられ、一斉に砲撃。
降り注ぐエネルギー弾がガイアデロスを襲う。
だがどんなに砲撃を浴びても怯むこともなく、速度も変わらず突き進む。
「目標、進路速度変わらず!」
「構わぬ。生命である以上攻撃を続ければ必ず綻びが生じる。砲撃を続行するであるし!」
止むことのない砲撃の雨を不動に受け続けるガイアデロス。
その時、背の森から何かがこちらに迫ってきた。
「なんだあれは?」
その黒い影はもの凄い勢いで飛行し、飛行軍艦の一隻を貫いたのだ。
「っ⁉」
軍艦が爆破され驚く帝国軍。
そして目の前に現れたのは黒いドラゴン。
ニーズヘッグだったのである。
「ド、ドラゴン⁉」
「グオォォォッ‼」
ニーズヘッグは咆哮を叫び軍艦の上に降り立ち派手に暴れ破壊。
縦横無尽に飛び回り次々と帝国軍の軍艦を爆破し、トドメに強力なブレスで薙ぎ払い全てを破壊し尽くしたのだった。
その光景を見ていた帝国軍やラセン達、そしてルスターブ中将は空いた口が塞がらなかった。
「わ、我が飛行軍艦隊、全滅、しました・・・!」
「な、何であるしか!あの黒いドラゴンは⁉あんな存在がいたなんて報告は受けてないであるし!」
報告も何もニーズヘッグの存在はこの数百年間神の手によって伏せられており、目撃も一切なかったため当然だ。
「教皇め、我らに全ての情報を伝えていなかったであるし!この責任どう取らせてやろうか!」
「中将!教皇様にそのような事はお止めになった方が・・・。」
「黙れであるし!教皇のせいで我らは大きな戦力を失ったんだぞ!」
部下の言葉にも耳を貸さないルスターブ中将は戦力を失った失態に何やら酷く焦っていた。
(この事があの御方に知られたら吾輩の立場も危うくなるであるし!いや、最悪の場合は・・・!)
「和国の兵を寄こすであるし!こうなった以上こやつらをあの巨大龍に乗り込ませるであるし!」
「はあ⁉何勝手なこと言ってやがる!そんな無謀な作戦、兵を死なすようなものだ!」
「黙れ黙れ!亜人の言葉に人権など無い‼黙って吾輩の言う事に従えぇ‼」
荒れるルスターブ中将の発言にラセン達はもう我慢の限界だった。
「ふざけるのも大概にしろよ・・・!帝国軍・・・!」
その時、和国兵の一人が望遠鏡で何かを発見した。
「あれは、何だ?」
「どうしたの?」
「巨大龍の後ろから、何かが近づいてきます!」
兵の指す先には巨大な入道雲の奥に小さな影が見えたのだ。
そして雲から勢いよく飛び出してきたその影は空飛ぶ帆船だった。
「追いついた!」
「間に合ったか!まだ和国に到達していない!」
「奴の上空まで近づく!竜王殿たちは飛び降りる準備を!」
タクマ達を乗せた魔族の帆船は真っ直ぐガイアデロスとの距離を縮める。
その時、タクマとバハムートの二人は強大な殺気に気が付いた。
「避けろ!」
ヴリトスが舵を切った直後、放たれた熱線に右翼が破壊され爆発を起こした。
「うわぁ⁉」
船体は大きく傾くがなんとか立て直す。
しかし翼と同時にエンジンも破損。
徐々に高度が下がっていく。
「やはりおったか。ニーズヘッグ!」
「ヴリトスさん!エンジンに火が!」
「問題ない!このまま近づく!君達は君達の成すべき事をするんだ!」
「私達なら大丈夫。魔族は人間より頑丈だからね。」
イビルにも背中を押され、タクマ達は船体の縁に立つ。
そしてガイアデロスの背に近づいた瞬間を見計らう。
「行くぞ‼」
タクマ達一行は船から飛び降り、飛べるものは変身し降下していく。
そこへニーズヘッグの放つ無数のホーミングブレスが彼らに襲い来る。
かわし打ち返していくが頻度が多くなかなか降りられない。
「くそ!オレ等を撃ち落とす気かいな!」
その時、もの凄い勢いでバハムートが飛び出し真っ直ぐニーズヘッグへ向かっていく。
「ニーズヘッグーーーー‼」
放たれるブレスを掻い潜りニーズヘッグに激突。
そのままの勢いで二頭はガイアデロスの背に広がる森の中へと消えていった。
「おじ様⁉」
「バハムートなら大丈夫!向こうはアイツに任せるんだ!」
ラルが両腕両肩にキャノン砲を身に着けたガンズ・ド・ラルへ進化しガイアデロスの背に着地。
それに続くようにタクマ達も降り立った。
「不時着する!全員衝撃に備えよ!」
墜落する帆船はヴリトスの操舵技術で衝撃を最小限に抑え、和国の反り立つ岩山の麓ギリギリで踏みとどまった。
突然の展開に帝国具や和国軍は驚いている。
「あれは、風刃竜に海竜リヴァイアサン?厄災級のドラゴンが何故・・・?」
帝国軍のその言葉を聞いたラセン達はハッと顔を見合わせる。
「タクマ・・・!」
タクマ達が降り立ったのは広い遺跡の真ん中だった。
「皆、作戦通りに行くぞ!」
「はい!」
するとアルセラが何かに気付きカリドゥーンを構えた。
「タクマ!何か来るぞ!」
すると辺りの物陰から現れたのは無数の魔獣の大群だった。
様々な種族と数の多さから見て恐らく、
「ジエトの従魔か!」
ガイアデロスの頭部で赤い魔石が光る魔道具の前で佇む従神ジエト。
「さぁ来いタクマ。ここからは、真の調教し合いだ!」




