『第二十二章 海の問題』
国門街を出発しタクマ達はアンクセラムの領土を通り越し南に位置する街、カリブル街に来ていた。
何故南に向かったかというと、
「海を見たい!」
「はぁ・・・。」
タクマの住んでいたフュリア王国は海に面さない内陸に位置しており生まれてこの方海を見たことがなかった。
一同はカリブル街の冒険者ギルドにて休憩をしていた。
「本で読んだ事はあったけどやっぱ実際に見てみたいと思ってたんだよな~。」
「そんな珍しいもんでもないがな?」
と、ウィンロスは樽に出された水を飲んだ。
ギルド内は漁港も兼ねているのでかなり広い。
バハムート達が入っても余裕があるくらいだ。
「む、見てみろ。漁船からロングマグロが大量に下ろされているぞ!」
タクマ達がいる場所からは漁港がよく見え漁師の仕事ぶりが窺える。
「長っ⁉私の知っているマグロの二倍はありますね。流石異世界・・・。」
リーシャも興味深々に眺めている。
そこでタクマはふと気になったことをリーシャに聞いた。
「リーシャ。卵の様子はどうだ?」
彼女の腰には初代竜王の妃、ラシェルが亡くなる際に残した白い卵を鶴下げていた。
あれから約一か月は経っていたので気になってはいた。
「はい、あれからずっとお世話をしていますが特に変わった様子は今のとこありませんね・・・。」
リーシャは卵を優しく撫でた。
どんなに世話をしても変わり映えのない様子なので彼女自身は少し不安になっているようだ。
「ドラゴンの事はバハムートに聞けば安心だろ。ウィンロスは・・・まぁそれなりにアドバイスはくれるだろ。」
「・・・今オレが頭悪いだろうとか思ってへんかった?」
ジト目でタクマを睨んだ。
「なぁ、あれ本物のドラゴンなのか?」
「間違いねぇって。見てみろあの風格。」
「ドラゴンを二頭も従魔にしているなんて、アイツら何者だ?」
周りの冒険者の視線の当たりが少々きつくなってきた。
休憩も潮時か。
「よし!そろそろ依頼を受けに行くぞ!」
「あ、待ってくださーい!」
ギルドの掲示板にて依頼を探すタクマとリーシャ。
せっかく海の街に来ているので海関係の依頼を受けたいところだ。
だがその掲示板を見て少々違和感を感じた。
「海の清掃関連の依頼が多いな・・・。」
掲示板の七割ほどが海清掃の依頼書で埋まっていたのだ。
(そういやギルド内にいた漁師の何人かが最近海に不純物が増えて捕れる魚の量が減ってきているって話を聞いたな。)
「ふざけんな!何で俺たち冒険者がゴミ掃除をしなきゃならねぇんだ!」
掲示板を見ていると受付の方から怒鳴り声が聞こえた。
声のする方を見ると高そうな武器と防具を身にまとうパーティが受付の少女に怒鳴っていた。
「申し訳ありません!海上ではランクの高い魔獣も出現しますのでこのギルドでは高ランクの冒険者方にはそちらの依頼を優先にお願いしています!」
怯えながらも頭を下げパーティを説得しようとしている。
だがパーティは聞く耳を持たない。
「ゴミ掃除なんて低ランクの仕事でしょ?私達には似合わないわ。他を当たって頂戴。」
魔女装備の女が鼻で笑いながら言った。
もう一人フードを被った人物は終始だんまりだった。
「ちっ!行くぞ、こんなギルドに用はない。他のギルドから依頼を探すぞ!」
と、戦士職の男は捨て台詞を吐いてギルドを出て行った。
「はぁ~、怖かった~!」
受付の少女は緊張がほぐれその場に脱力した。
「就職して早々冒険者とトラブルなんて・・・私この仕事やっていけるかなぁ?」
「あのー、疲れているところすみません。」
受付の少女が顔を上げるとリーシャが依頼書を持って待っていた。
「あ、ごめんなさい!依頼の受注ですか⁉」
「はい、これをお願いします。」
リーシャは依頼書を渡すと、
「海上の不純物の回収?こちらAランクの依頼ですが・・・失礼ですがあなた様のランクは?」
「私は冒険者になったばかりなのでまだFです。でも受注するのは私ではなくて・・・。」
「すまん俺だ。」
後ろから幾つか依頼書を持ったタクマが出てきた。
「この依頼なら一度赴くだけで片付く。これもお願いできるか?」
「はい、あ、えーと失礼ですがランクは?」
タクマは自分のギルドカードを渡す。
「Dランクですか・・・。大変申し上げにくいのですがお二人のランクですと少々厳しかと思うのですが?」
そういいながらカードを返した。
「大丈夫だ。俺にはこいつらがいるから。」
タクマに呼ばれバハムートとウィンロスがぬっと受付に顔を出した。
二頭を見た受付の少女は顔面蒼白になって倒れた。
深い深海。
底には数多のゴミが散乱している。
漁のネット、釘が無数撃たれた木箱、ガラス瓶など中には有害な不純物も混ざっており海藻などの海の植物が枯れ始めている個所もあった。
そしてその上を横切る巨大な影。
視線の先には網に絡まり息絶えた魚が何匹もいた。
「こんなところにも・・・、おのれ人間め!どれだけ海を汚せば気が済むのだ‼」
巨大な影は速度を上げ海の果てへと消えていった。
「いやっほ~‼」
いつになくテンションの高いタクマは今、巨大な船の上に乗っていた。
「知ってはいたけど乗るのは初めてだ!船ってこんなに早いんだな!」
身を乗り出し広大な海を眺めるタクマ。
船には同じ依頼を受けた者や護衛依頼を受けた冒険者が数十人同乗している。
「タクマさん落ち着いてくださいよ。」
「おっと、わりぃわりぃ!」
ちなみにドラゴン二頭は船には乗り切れなかったので上空からついてきてもらっている。
「うわぁ、ものっ凄い揺れとるな・・・。乗らんで正解やったかも。」
「どのみち我らは乗れん。船が転覆する可能性があるからな。」
そうこうしていると依頼主の大男が大声を上げた。
「お前ら‼そろそろポイント地点に到着するぞ‼準備にかかれ‼」
この船の船長ガイン。
彼は主に外陸から物資の輸入を生業にしているが空き時間にはボランティア団体のリーダーを担っている立派な人物だ。
船がガインの言っていたポイントに到着すると冒険者が位置につく。
「ゴウ‼」
合図と同時に一斉に海に飛び込む冒険者たち。
突然の光景にタクマとリーシャはたじろいだ。
「えーっ⁉何なんですか⁉」
「何だぁ?お前たちは初めてか?」
ガインがタクマ達に話しかけてきた。
近くで見るとデカい!身長二メートルは裕に超えているだろう。
「あ、あぁ初めてだ。というか海自体が初めてだ。」
「ほうそうか。どうだ坊主、初めての海は!」
「・・・とてつもなく広い。この先にまだ俺の知らない物がたくさんあると思うとワクワクが止まらない。」
タクマは広い海を見てそう言った。
「坊主は旅人か?だったらこの仕事が一段落ついたら俺の船に乗せてやる!」
「え?」
「あぁこの船はボランティア活動専用の借りた船で俺の船じゃねぇからな。坊主はまだ若い。だから世界中を見て回っていろいろ学んで来い!」
ガインは強面の笑顔でタクマの背中を叩き、タクマはむせた。
「あの~、先ほど冒険者の人たちが飛び込んでから大分経ちましたが大丈夫なんですか?」
リーシャが心配そうに聞くと、ガインは大声で笑った。
「ガッハッハ‼心配はいらん。乗船する前にクルーから指輪を貰ったろ?あれには『水中呼吸』のエンチャントが施されているんだ。だから長時間海に潜っていても平気だ。」
水中で呼吸ができるとはなんと活気的な。
正直欲しくなる。
すると飛び込んだ冒険者数人が手に持った網に詰めたゴミを持って上がってきた。
「ご苦労!そこのくぼみに投げ入れてくれ。」
回収されたゴミが次々と船の中心に空いたくぼみに溜まっていく。
「う~む、この海域は特にひどいな。」
ガインが腕を組んで難しい顔をしている。
積まれたゴミを見る限りかなりひどい状況なのは嫌ほど分かった。
「海にこれほどのゴミが・・・、これも人の仕業なんですかね?」
「どれも人工物ばかりだ。ヒデェな・・・。」
二人が積まれたゴミを見て思い悩んでいると船の部屋のドアから一組の冒険者が声を上げて出てきた。
「おい!この船はエルドラ大陸に向かう船じゃなかったのか⁉」
表れたのは先ほどギルドで清掃依頼の文句をつけていたあの冒険者パーティだった。
「何だお前ら?依頼を受けた冒険者じゃなかったのか?」
「誰がこんな汚ねぇ仕事受けるか!俺たちは隣のエルドラ大陸に向かう船に乗ったはずだぞ⁉」
わめく戦士職の男。
一人のクルーがガインに詳しい情報を伝えた。
「ガインさん。確かに我々が停船していた港の向かい側にエルドラ大陸行の船が停泊していたようです。」
「つまりこいつらは乗る船を間違えたクセに俺らに文句を言ってるってことか?」
ガインは怒りの表情を見せ、他の冒険者達が息を飲んだ。
勝手に乗っといて文句を言われ腹立たしくなっているのはもちろんだが、怒る一番の理由は海を綺麗にしたいと思う冒険者たちの行いを汚い仕事と罵倒された事だろう。
このことに当然タクマも怒りを覚えている。
「それで?この船はエルドラ大陸には向かわないの?」
魔女装備の女がデカい態度で言う。
「向かう訳ないだろう。この船は海清掃専用だ。一通り回収し終えたらカリブル街に戻るぞ。」
ガインの強面がさらに強面になっておりパーティを睨みつけていた。
「チッ、もういい!行くぞお前ら!」
その場に居づらくなったパーティは船の後ろ側の甲板へ逃げて行った。
そのまま大人しくしていてくれるとありがたいが・・・。
「クソ!何で俺たちがこんな目に遭うんだ!」
「私たちの方がランクが高いのに、ギルドは冒険者の扱いがなってないわね。」
「・・・・。」
「俺たちは、あんな汚い仕事するために冒険者になったんじゃねぇ!」
イラ立ちが収まらず戦士職の男は置かれていた樽を蹴り飛ばした。
樽からは以前回収された油の塊が飛び散りそのまま樽ごと海に落ちてしまった。
油が海に広がっていくのを感じ取った何かがもの凄い勢いで船に近づいていった。
いくつものゴミが回収されくぼみには大量のゴミの山が出来ていた。
「とんでもねぇ量だな・・・。」
「これほどのゴミが海に沈んでいたんですね・・・。」
予想以上の量にボーゼンとするタクマとリーシャ。
横からガインがこう言った。
「これでもほんの一部だ。この海域にはまだまだ大量のゴミが散らばっていて海の生態系に悪影響が出てるんだ。」
「マジかよ・・・。」
「よし!一旦引き上げるぞ!」
ガインの掛け声にクルーは即座に出発準備を始めた。
何度も海に潜った冒険者たちは流石に疲弊しきっている。
「お疲れ様です。お水は要りますか?」
「あぁ、ありがとう。」
リーシャは疲弊した冒険者に水筒を渡した。
「君たちはこの仕事は初めてかい?」
「はい、驚かされることがたくさんです。皆さんはこのお仕事は長いんですか?」
「そうさ。僕たちはこの街で生まれ育ったからね。故郷が汚れているのなら綺麗にしたいと思うのは自然なことだと、僕はそう思うよ。」
「はい!とても素敵だと思います!」
そして出航の準備が整うとしたその時、上空に待機していたバハムートから突然念話を寄こされた。
「タクマ!何かが船に近づいているぞ‼」
「何っ⁉」
気づくのも束の間、巨大な影が船に衝突し船体が大きく揺れた。
「うわぁぁぁ⁉」
次々と冒険者たちが倒れ何人かが海に落とされてしまった。
タクマはギリギリ船のシュラウドに捕まり船体から放り出されずに済んだ。
「タクマさーーん⁉」
上からリーシャが降ってきて何とかキャッチした。
船体が立てなおり残った冒険者が床に伏せる。
「全員無事か⁉」
ガインが状況確認をとると、
「ガインさん!クルーと冒険者数名が放り出されました!」
「すぐに縄梯子を下ろせ!恐らく魔獣の奇襲だ!全員戻ったらすぐにこの海域から離脱するぞ!」
「イエッサー‼」
素早い状況判断と指示で落ちた冒険者たちを迅速に引き上げ、船を走らせた。
「凄い、あっという間でした・・・。」
「だてに十数年輸入船の船長やってねぇからな‼」
全速力で走る船の後方に突如数メートルの高さの水しぶきが上がった。
「キシャァァァァァァ‼」
水しぶきから現れたのは深海のような青い鱗を身にまとい四枚の翼を持った魔獣。
「なっ⁉あれは『海竜・リヴァイアサン』だ‼海の帝王とも言われる魔獣がなぜこの海域に⁉」
ガインがまさかの相手に驚いているとタクマはリヴァイアサンの口部から強力な魔力反応を感じ取った。
「まずい、ブレスが来るぞ!旋回しろ‼」
ガインが言う通りに舵をきる。
リヴァイアサンからブレスが放たれたがタクマがいち早く気づいたおかげで何とか回避できた。
しぶきが船体に降りかかる。
「しょっぱい!」
「我慢しろ!」
リヴァイアサンは凄まじい威圧でこちらを睨んでいる。
何やらかなり怒っているみたいだ。
「グルルル!」
「海の帝王とも言われているから海を汚されてご立腹ってところか?」
「タクマ!」
上空からバハムートとウィンロスが降りてきた。
「まさか海竜とも遭遇するとはな。」
「ていうかドラゴンて珍しいんだよな?こんなほいほい遭遇するもんか?」
「いや、タクマの運に問題があるんちゃうか?」
そんなことを言い合っていると船の後ろから先ほど文句を言っていたあの冒険者パーティがのこのこ出てきた。
「おいおいお前らそれでも冒険者か?この程度の魔獣にビビりやがって!」
と、ヘラヘラしながら言い寄ってくる。
リヴァイアサンは戦士職の男を見つけるとさらに怒りの表情を見せた。
その様子をタクマの鋭い勘は逃さなかった。




