『第206章 伝説のエルフ』
タクマを貶めた貴族、イグリド家を襲撃したエリック先生やラセン達。
彼の手に落ちたサンドリアス親衛隊も退け一件落着かと思った矢先、当主イグリドが最後の悪あがきとして隠し持っていたギルティマーブルを自身の体内に飲み込んだ。
そして、黒い靄の肉体を持つこの世のものとは思えない異形の怪物へと変貌したのだ。
「ギョオオォォァァァ‼」
「ぬおぉ⁉気持っち悪い叫び声!生き物とは到底思えねぇ!」
ラセン達があまりの悍ましい声に耳を塞いでいると靄の化け物は屋敷から逃げる招いていた貴族に気付く。
そして次の瞬間、胴体から無数の触手が伸び逃げる貴族たちを捕らえた。
「ひぃ⁉」
「イグリド殿!何をする⁉」
「やめ、ぎゃぁぁぁ‼」
そして、次々と貴族たちを貪り食っていったのだった。
その光景を見たラセン達は青ざめ息を飲む。
「人間を、食った・・・?」
「這いずる靄の胴体、体格に合わない手足、そして赤い眼光。間違いない、二百年前の伝承に残されていた怪物、『罪の魔物』だ!」
罪の魔物と化したイグリドは暴れまわり自身の屋敷を破壊する。
「国王様!私の後ろに!」
エリック先生がフュリア国王の前に立つとスイレンが瓦礫の倒壊に巻き込まれたイグリドの娘、ミールと親衛隊隊長を見つける。
そして、ミールが罪の魔物に狙いをつけられ捕まえられてしまった。
「い、いやぁぁ⁉助けて!お父様ぁ!」
「まずい!」
ラセンとスイレンが飛び出すが間に合わない。
ミールが罪の魔物に喰われようとしたその時、一筋の一閃が触手を貫いた。
落ちるミールをスイレンが受け止め、ラセンが隊長を抱えその場から離れる。
「今のは・・・?」
目線を上げると離れた樹の上から弓矢を構えるイフルを見つけた。
イフルは再び矢を構え罪の魔物に放つ。
しかし狙った胴体をすり抜けてしまった。
「やっぱり普通の攻撃は効かない。間違いない。罪の魔物!」
すると今度はフュリア国王が樹木で捕らえた親衛隊士たちが流れるように移動され屋敷から離れた広場に集められた。
「これ以上犠牲は出したくないからね。」
現れたのは魔導書を手に持つランバルだった。
「ランバル殿!イフル嬢!」
「イグリド家を再度調べてちょっと確かめたいことがあったから来てみれば、まさか罪の魔物そのものが出現していたなんて・・・。」
「あの化け物には普通の攻撃が効かないわ。」
エリック先生の横に飛び降りるイフルが言う。
「攻撃が効かない?ではどうすればいいのですか?奴は人を喰らう。放置すれば街の住民たちにまで・・・!」
イフルはギリッと歯を食い縛る。
「アレを倒せるのはレイガと以前の私だけ。でも、私にはもうあの力が・・・!」
そんな彼女を見つめるランバル。
だが罪の魔物はお構いなしにこちらに襲い掛かってきた。
「スイレン!その女と隊長とフュリア国王を連れて離れろ!あの化け物は俺達がなんとかする!」
「分かった。フュリア国王、こちらへ。」
「うむ。皆、後は頼むぞ!」
スイレンは気絶するミールと隊長を抱えフュリア国王と共にその場を離れていった。
「・・・とは言ったものの、どうやって片づけるか。」
罪の魔物からひしひし殺気が伝わってくる。
イフルの話では普通の攻撃が通用しないという。
普通なら。
「なら試すまで!『鬼神闘魂』!」
オーラを纏い神々しい純白の衣に身を包み、髪も長髪となる。
「行くぜぇ!」
素早い動きで罪の魔物に迫り向こうの攻撃を回避。
横から拳を突き出すが当たった手ごたえがなく靄が一瞬晴れる程度だった。
「やはり効かないか⁉」
「まだまだ!」
続けてラッシュを繰り出しその拳圧で靄の再生を阻害し続ける。
「物理は効かなくても風圧は効くみたいだな!このまま再生できないくらい殴ってやるぜ!」
しかしあくまで再生を阻害しているだけ。
倒す決定打には到底届いていなかった。
「危ない!」
罪の魔物から伸びる触手を矢で払いその隙にラセンが下がって距離を取る。
「奴に掴まれたら食われるわ!気を付けて!」
「あいよ!」
その様子を見ていたランバルにエリック先生が声をかける。
「ランバル殿。あの化け物を倒すにはどうしたらいいのですか?」
「二百年前、アレが世界に蔓延っていた時代では罪の魔物を倒せる存在も手段もなかった。アレを完全に倒すことが出来たのは、特別な力を持ったレイガと、イフルちゃんの二人だけでした。」
「イフル嬢が?であれば彼女をサポートすれば・・・!」
「無理です・・・。今の彼女には、罪の魔物を消滅させる力はもうありません。大切なものと引き換えに、その力を失ってしまったんです。」
「では、もう打つ手がないのですか?」
「・・・一つだけあります。」
ランバルはマジックバックからある物を取り出した。
「ギョアァ!」
「あっぶね⁉」
気味の悪い動きの攻撃を紙一重でかわすラセン。
そこに瓦礫の高台からイフルが援護射撃を放ち罪の魔物を怯ませる。
(このままじゃただ体力が減るだけ。どうすればいいの?レイガ・・・!)
「イフルちゃん!」
そこへランバルとエリック先生が走ってきた。
「受け取って!」
ランバルがイフルに投げ渡したのは二本の矢だった。
だがそれに触れた瞬間、懐かしい感じがした。
「それはレイガの罪喰らいの加護を付与した矢だ!念のために作っておいたんだ!使わないに越したことはなかったが、今はそれが必要だ!」
ランバルは万が一を考えてレイガから貰った紫結晶のネックレスを利用して様々な武器を作り置きしておいたのだ。
「それともう一個!」
今度はエリック先生が両手剣をイフルに投げ渡す。
これにも罪喰らいの加護が付与されていた。
「君ならそれの使い方、分かるでしょ?」
二ッと笑うランバルにイフルも笑みを見せる。
「ラセンさん!そいつの動きを止めて!」
状況を察したラセンは距離を取り拳を深く構えた。
「一発どでかいのお見舞いするぜ!」
身体中の妖力が拳に集まっていく。
「『鬼神拳・王魔の撃鉄』‼」
ラセンの放つ拳が空を斬り凄まじい衝撃波となって罪の魔物を押しとどめる。
しかしあまりの威力に辺りが地響き、イフルが乗っていた瓦礫の高台から落ちてしまった。
「イフル嬢!」
だがエリック先生の心配も束の間、イフルは深呼吸をし弓矢を構える。
「ハァァァァ‼」
落下中に放たれた矢は紫の軌道を描き真っ直ぐ罪の魔物の眼球に命中した。
「ギョオオォォァァァ⁉」
悶え苦しむ罪の魔物。
すかさずイフルが弓から両手剣へと武器を持ち替え猛スピードで駆け走る。
(力を失ったことは後悔していない。特別な力があっても無くても、私は私。そう教えてくれたのは貴方だったよね。レイガ。)
イフルの神速の一閃が罪の魔物を一刀両断。
黒い靄の胴体は晴れて消滅し、ボロボロとなったイグリドが倒れ出てきた。
そしてイフルの両手剣は砕け散ったのだった。
「・・・二百年ぶりだね。君のその勇ましい姿を見たのは。」
罪の魔物は完全に消滅し、ランバルが足元に落ちたギルティマーブルを拾う。
そしてエリック先生に拘束されたイグリドの前にしゃがみこんだ。
「貴方に一つ聞きたい。これをどこで手に入れた?」
「誰が、貴様らなぞに言うか・・・。」
抵抗するイグリドの頭すれすれに大剣を突き刺すエリック先生。
「先ほどアサシン殿の連絡で教会司教はタクマ少年たちの尽力で打倒されたと知らされた。貴様を守るものはもういない。」
「チッ、我らもここまでか。・・・どうせ貴様らには我らの目的をどうすることも出来まいな。それはある女から購入した物だ。」
「女?」
「黒い軍服に似た服を着た女だったな。奴らが何を目的としているかは知らんがな。・・・いずれこの世界は大きく変わる。他ならぬ神の手によって。そして神に選ばれた我らは大いなる存在として世界の頂点に君臨する。貴様ら下等など、神に滅ぼされる運命なのだよ。ははは、ふはははは‼」
高らかに笑った次の瞬間、何処からか脳天を狙撃されイグリドは事切れたのだった。
「何だ今の⁉」
「おそらく口封じをされたんだろう。聖天新教会の者か、あるいは・・・。」
暗い森の中、この世界に存在しないはずの武器、ライフル銃を樹の上から構える黒いフードの女性。
「奴を実験に利用したのは間違いだったか。まぁいい。結果的に収穫はあった。完全に無駄ではなかっただけマシだな。この結果をあの方に報告しなければ。」
フードの女は木から降り暗闇の奥へと姿を消したのだった。
一方、その場に残ったランバル達はイグリドの残した言葉を考察していた。
「軍服。となるとルイラス帝国が絡んでるかもしれない。その服を流通しているのはあの国だけのはずだ。」
「おいおい。ルイラス帝国はうちの和国と隣国だぜ?大海原挟んでるけど。」
「あくまで可能性の話だ。コイツは軍服に似た服装と言っていた。確証ではない。何者かが帝国と偽り行動している可能性もある。」
「そこまで考えるのか?」
「俺の上腕二頭筋がそう言っているのだ。」
「・・・・・。」
ピクピクと筋肉を動かすエリック先生にノーコメントのラセンだった。
そんな二人を他所にジッと考え込むランバル。
「ランバル。今回はありがとう。アンタが作ってくれた武器が無かったら危なかったわ。」
「いや、武器を作っておくよう助言をくれたのはレイガだ。九十年前僕に会いに来た時、そう言っていた。」
「そう。レイガが。・・・・・。」
「・・・その、ごめんね。君が二百年かけて彼を探してたのに、教えてあげられなくて。」
「ううん。アンタの引き込もり具合はよく知ってるわ。レイガが生きてたと知れただけで充分よ。」
「・・・今度彼に会ったら必ず君に会わせる。約束するよ。」
「うん。絶対よ。」
そしてランバルは手に持つギルティマーブルを見る。
「イフルちゃん。この事をセイグリットにも伝えてくれるかい?」
「セイグリット?でも今どこにいるか分からないんだけど?」
「あ~そうか。不老不死になって世界のあちこちを転々としてるんだっけ。彼女の行方は僕も探してみるよ。一刻を争うかもしれないからね。」
「了解。じゃあ私はスイレンさん達に無事を伝えて来るね。」
そうしてイフルはその場を離れていった。
(おそらく、僕達の冒険はまだ終わってない。もしかしたら、レイガはそれを見越して動いているのかもしれないな。)
ランバルは夜空に輝く二つの月を見上げるのだった。




