『第204章 厄災の兆し』
すっかり日の暮れた夜。
とある貴族の屋敷に複数の中年男性たちが集まっていた。
「イグリド殿。此度ばかりは感謝いたしますぞ。」
「あの教皇が我らの属する聖天新教会を瓦解させると聞いた時は肝を冷やしましたな。」
高らかに笑う小太りの男性。
イグリドはワイングラスを回し口に流し込む。
「司教が奴の会話に気付かなければ危うかった。彼にも一応感謝せねばな。」
「司教殿も聖天新教会に属する我らの味方。事を進めやすくすべく司教まで上り詰めたとお聞きしましたが。」
「えぇ。そのように聞いています。」
男達がワインを酒手に安堵の晩酌をしているとイグリドの執事が入室してきた。
「旦那様、お客様です。」
「客だと?こんな時間に、しかも私に?相手は誰だ。」
「そ、それが・・・。」
執事は少し躊躇う様子を見せる。
「フュリア王国の国王ご本人です・・・。」
屋敷エントランスの中で佇むフュリア国王と側近のエリック先生。
そしてその後ろに・・・。
「和国の将軍夫妻だと⁉」
「何故そんな新生国王がイグリド殿の屋敷に⁉」
「わ、分かりません。国王二人がイグリド様にお話ししたいとしか・・・。」
「・・・分かった。向かおう。」
イグリドがエントランスに向かうとフュリア国王とラセンが前に出る。
「これはこれは、フュリア国王とラセン将軍。お二人のような御方にお会いできるとは光栄です。して、一介の貴族である私に何か御用で?」
「うむ、イグリド殿。貴方に少々お聞きしたいことがあるのだよ。今国中で話題となっている教皇殺害事件。ご存じですかな?」
「えぇ。存じ上げております。なんでも竜王バハムート殿の主が教皇様を殺害したと。」
するとラセンとスイレンが眉間にしわを寄せる。
「今サンドリアスはその話題で持ちきりです。それが何か?」
「実はその者は我が国出身で私もよく知っている人物なのだよ。その謝罪をと思いまして。」
「そうですか!いやはや寛大なお心をお持ちで。さぞかし貴方様の国民も誇らしいでしょう。ですが貴方様からの謝罪は無用です。そう言う事は事を起こした張本人にしていただかないと。」
「・・・・・。」
するとフュリア国王は急に黙り込む。
そして、
「誰が貴様などに謝罪すると言った?」
「・・・はい?」
「何やら勘違いをしておるようだが、私の言う謝罪はこちらからではない。貴様の方だ!」
その瞬間、エリック先生が背中の大剣を抜きイグリド目掛けて振り下ろした。
腰を抜かすイグリドの股下ギリギリで大剣が床にめり込んでいる。
「外しましたか。やはり不意打ちでは狙いが定まりませんな。」
「おいおっさん!殺すなって言われてだろ!」
「いや脅しのつもりだったのだが?」
状況が分からず混乱するイグリド。
「な、な、何を⁉」
「彼の事を誰よりも知っている我々が何も調べていなかったとでも?偉いからと言ってただ上でふんぞり返っていると思ったら大間違いだ!」
怒りの籠った眼付きでイグリドを睨み下ろすフュリア国王。
実はブルファムが協力を取り付けた者はイフル達だけではなかった。
ラセンとスイレンは勿論、フュリア国王とエリック先生までもがタクマの無実を晴らすべく動いてくれていたのだ。
アサシンやイフル、ランバルの情報収集力のおかげで事の発端にイグリド家が深くかかわっていた事は調べ済みなのだった。
「さぁて、俺達の友達を人殺しに仕立て上げやがった落とし前、キッチリつけさせてもらおうか?」
「この際立場は関係ない。私達が王家だろうと、貴様が貴族だろうと!私達は友のために全てを投げ打つ覚悟だ!」
拳を鳴らすラセンと魔力の刀を構えるスイレン。
「教え子とは言え俺にとってタクマ少年は息子も同然!保護者としての教示を示させてもらおうか!」
エリック先生もやる気十分だ。
「という事だイグリド。貴様が教会の者と暗躍しタクマに濡れ衣を着せた事は全て調べはついている。大人しく拘束されよ。」
フュリア国王たちの圧に押されるイグリドは階段元まで後ずさりする。
「くそ・・・!何故そこまであのような小僧を・・・⁉」
するとイグリドは懐から小さな筒状の魔道具を取り出すと頭上目掛けて放つ。
眩い先行と共に強烈な音が屋敷から辺りに響き渡る。
「うお~目が~⁉」
「今のは何ですか?」
「信号弾だ。」
「という事は・・・。」
スイレンが屋敷の外に眼をやると、辺りから無数のサンドリアス教会の親衛隊が屋敷を囲むように配置する。
そして正門から歩いてくるのは、片目を隠した騎士の青年だった。
「親衛隊?何故奴の信号弾で?」
「ふふ、ふはははは!弱小国家の国王め!」
「あ?(怒)」
「貴様らがいくら真実を調べ上げた所でこの国の、いや、各国の精鋭にはあのガキが犯人だと完全に信じ込んでいる!そして私は教会の親衛隊に情報を提供した絶対の信頼がある!私が救援を要すれば必ず駆けつけてくれるのだ!」
これは正直まずい。
いくら真実を知っているとはいえ(イグリドに攻撃した)このタイミングで親衛隊に真実を告げてもすぐに信じてもらえない。
その間にこちらに襲い掛かれられる。
「一応私は一国の王なのだがね?」
「犯罪者を庇った時点で貴様も同罪!愚かにも弱小国家の王は罪人のカスで地獄に落ちる運命なのだよぉ‼」
その時、エリック先生が大剣の面でイグリドをとんでもない力で叩きつけた。
「タクマ少年と我が国王を愚弄するなあぁぁぁぁ!!!!」
激昂した彼の一撃は頭骨をかち割る寸前の威力でイグリドを叩き潰した。
「ひゅ~!スッキリ~!」
「浮かれてる暇はないぞラセン。」
そうこうしてる内に片目騎士の青年が入口から入ってきた。
「これは一体・・・?」
片目騎士は地面にめり込むイグリドを見て目つきを鋭くし、剣を抜いた。
「どうやらあなた方は我らの敵と見て間違いなさそうだ。」
フュリア国王はため息をついた。
「間違いだらけなのだがね。全く、今どきの若いのは随分短気なのだな。」
「「一緒にしないでください。」」
若い新婚夫婦のツッコみが綺麗に炸裂したのだった。
その頃、大聖堂では地響きと共に大聖堂の壁が倒壊し、タクマと黒い靄の竜が外の噴水広場に飛び出してきた。
広い場に出たためか竜が頭上に複数の魔力球を生み出し、魔弾を乱射してきた。
「っ!」
タクマは雷の竜化となり雷速のスピードで駆け回り魔弾を全てかわす。
そして背後に回り斬撃を飛ばした。
しかし斬撃は竜の胴体をすり抜け再び靄がくっつく。
「っ⁉」
そこに尻尾による薙ぎ払いが直撃し広場の彫刻に激突する。
「くそ!こっちの攻撃は効かないのにあっちは効くのか?不公平だろ!」
瓦礫を押し退け再び雷速で竜に迫る。
「居合・裂破!」
強烈な斬撃を放つがやはりタクマの攻撃はすり抜けてしまう。
「頭部を狙ってもダメか!」
迫りくる靄の竜はその這いずる腕で襲い掛かりかわし続けるタクマ。
だが瓦礫の足元を救われ転倒してしまう。
(しまった⁉)
タクマはそのまま腕に叩きつぶされてしまった。
しかし次の瞬間、紫色の光が溢れ力づくでその踏みつけを受け止めるタクマが現れる。
紫色の光は彼のネックレスから輝いていた。
「うおらぁ‼」
そして雷のかぎ爪で靄の竜を蹴り飛ばしたのだった。
「攻撃が通った?・・・!紫結晶のネックレスが・・・!」
もしやと思いもう一度斬撃を飛ばすと先ほどと打って変わって靄の竜がダメージを受け悶え始めた。
「やっぱり!コイツのおかげで攻撃が効いてる!よくわからねぇけど好機だ!」
タクマは鞘を手に取り二刀流の構えとなる。
「今助けるぜ!エレア!」
一方で大聖堂内ではとんがりマスクのブリーストとヴォルフが戦っていた。
「私は司教という立場ですよ?そのような偉い人物に武器を突き付けるとどうなるかお分かりで?」
「承知の上です。友の、タクマ殿ためとあらばこの身どうなろうと構いません!」
レイピアの鋭い突きが司教の腹部をかする。
その破れたローブの隙間から黒い腕輪が零れ落ちる。
ヴォルフが手に取るとその腕輪には翡翠色に似たガラスが埋め込まれていた。
「なるほど。これをタクマ殿の腕輪と似せたわけですか。これは貰っていきます。親衛隊の誤解を解くのに必要ですので。」
しかし司教は何故か余裕を見せている。
「どうぞご自由に。それを持ち帰っても状況は変わらないと思いますから。」
「・・・どういう意味です?」
とんがりマスクの下で司教はニヤリと笑みを浮かべる。
「彼ほど正義に真っ直ぐな者は見たことが無い。故に一度決めた事実は決して曲げない。真実がどうであろうと彼は己の正義を貫きあのテイマーの仲間を罰する事でしょう。」
「っ!」




