『第201章 狼の騎士』
対戦相手の令嬢テイマー、ミールが投げ込んだ黒い魔石。
それを飲み込んだ従魔のグリフォンは黒い靄を纏う姿に豹変し、なりふり構わず周りの人々に悪影響を与えていた。
そんな重苦しい渦の中、果敢に戦うワーウルフのヴォルフ。
「これ以上、お嬢様や、観客の皆さんを、巻き込むな!お前は、危険!ここで、倒す!」
「ヴォルフ!」
その時、メーレンが身に着けていた首飾りが翡翠色に輝き出したのだ。
その輝きは黒い靄の渦の中を眩く照らす。
「な、何ですの⁉あの光は⁉」
「タクマさん!あれって!」
「あぁ、見込み通りだ・・・!」
昨日の特訓の終わり時。タクマは翡翠の魔石をメーレンに渡していた。
「これって、お二人が持っている物と同じ石・・・?」
「あぁ。従魔結石だ。前に『トコ庭』っていうお店の問題を解決したらその店主にお礼として貰った物なんだが、見ての通り俺達は持て余してる。だがら、これをやるよ。」
「いやいや待ってくださいまし⁉従魔結石って存在自体とてつもなく希少な魔石と聞いてるわ!いきなりそんな物を渡されても困りますわ!」
「大丈夫ですよ。お二人の絆は確かなものですし、きっと結石も応えてくれます。私達の特訓を必死で頑張ったんです。その卒業祝いだと思ってください。」
「でも確かにこのまま渡しても困るわな。ちょっと待ってろ。」
タクマはリーシャの異空庫から材料を揃えるとバハムートのスキル『クリエイト』をコピーし従魔結石を美しい首飾りへと制作した。
「相変わらず何でもありね。そのスキル・・・。」
「ほら、後ろ向け。」
タクマは作った首飾りをメーレンに付ける。
「綺麗・・・。」
「一応貴族らしい装飾にしたんだが、どうだ?」
「うん・・・。ありがとう。とても嬉しいですわ。」
「よく。お似合い、です。お嬢様。」
「ありがとうヴォルフ。・・・タクマ、私、絶対勝ちますわ!鍛えてくれた皆さんのためにも、ヴォルフのためにも!」
「おう!その意気だ!」
そして、メーレンとヴォルフ、二人の想いが今、一つになったのだ。
「ヴォルフの心が、想いが伝わってくる・・・!」
それはヴォルフも同じだった。
「分かりましたわヴォルフ!私達で、皆を救おう!」
「承知しました!お嬢様!」
光りが増し、ヴォルフは球体に包まれる。
そして球体が弾け飛ぶと、シルバーな制服に身を包み、美しい毛並みを揺らすマントに尻尾。
褐色の肌に狼の仮面を被った獣人騎士。
『天王開眼!ヴォルナイト!』
高身長で凛々しい騎士がその場に降り立ったのだ。
「あれって、ラルと同じ⁉」
「はい!進化の力です!」
観客を手当てするリヴとリーシャ、タクマはヴォルフの進化に驚く。
それはミールも同じだった。
「従魔の進化ですって⁉それにあの少女、何故従魔結石を持っているの⁉私でさえまだ手に入れられてないのに!私が、あんな下等貴族に遅れをとるなんて、許しませんわ‼」
妬みで感情が爆発したミールに共鳴するかのようにグリフォンの黒い靄も勢いが増す。
ヴォルフが進化したヴォルナイトは腰のレイピアを抜刀する。
「シュヴァロフ家の名誉のために、お嬢様のために!」
渦をものともせず走り出しその鋭い剣技をグリフォンに命中させる。
グリフォンも襲い掛かってくるが一切無駄のない華麗な動きで攻撃を避けその都度反撃を食らわせていく。
「『ミラージュリオ』!」
するとヴォルナイトが次々と分身していきグリフォンの周りを走り翻弄する。
当のグリフォンはどれが本物か分からず混乱している。
「『スパイラルスピュラーレ』!」
分身が全方向から同時に鋭い突きを繰り出しグリフォンに大ダメージを与えた。
「~~~っ‼」
悶えるグリフォンは上空へ羽ばたき黒い靄を纏った暴風を浴びせてくる。
「無駄だ!」
荒れ狂う風の動きを読み、まるで空を飛ぶように暴風の中を突き進む。
「これでトドメなのだわ!『トラスファング』‼」
狼の牙を模したレイピアの斬撃がグリフォンに炸裂。
攻撃を受けたグリフォンは地上へ落ち、辺りに吹き荒れていた黒い靄も完全に消失した。
靄が消えたことで観客や審判も次々と目を覚ます。
正気に戻った審判は倒れるグリフォンを見てジャッジを下した。
「はっ!グリフォンダウン!よ、よって勝者!シュヴァロフ家‼」
気絶してたため何が起きたのか分からずの観客たちだが進化したヴォルフを見て歓声が沸き上がってくる。
そして、膝を落とすミール。
「え?倒された?グリフォンが?てことは、私、負けたのですの?」
自身の敗北に理解が追い付かず呆然としていた。
そして緊張が解けたのかガクッと座り込むメーレン。
「ハァ~・・・!よくわからなかったけど、勝てた~!」
再び立ち上がるとステージから紳士のお辞儀をするヴォルフ。
それを見たメーレンはうれし涙を流し、その場から飛び降りた。
「お嬢様⁉」
「メーレン⁉」
ブルファムとフロウは勿論、ヴォルフも驚き咄嗟に飛び出してメーレンを受け止めた。
「お嬢様!飛び降りるなんて、なんという無茶を!」
「・・・ヴォルフ、ヴォルフなんだよね?」
「っ!・・・はい。貴女の従魔、ヴォルフでございます。」
進化し姿は変わっても、共に絆を結んだ大切なパートナー。
メーレンはそのままヴォルフの腕の中で彼を抱きしめた。
そして観客席のタクマ達に気付き、とびっきりの笑顔でVサインを見せたのだった。
従魔同士の決着がつき、コロシアムドームの控室で一休みしているタクマ達やシュヴァロフ家の面々。
そしてメーレンとヴォルフ。
そこへ二人の訪問者がやってきた。
「あれ?イフルとランバルじゃない。どうしたの?そんなに息を切らして?」
「ハァ、ハァ、よかった・・・!皆無事だったんだね・・・!」
「よかった~!」
へにゃへにゃに座り込むイフル。
「どうしたんだ突然?」
「・・・さっき、この場所でどす黒い気配を感じたんだ。」
「どす黒いというと、対戦相手の従魔が黒い魔石を飲み込んだ瞬間黒い靄のようなものを纏っていたな。」
ブルファムの言葉に顔を見合わせるエルフの二人。
「やっぱり・・・!」
「やっぱりってどういうことだ?」
「タクマ達には前に話したよね。二百年前に起きた大厄災を。」
「『罪の大厄災』だな。それが?」
「その時に暴れていた異形の怪物、罪の魔物。その気配をさっきこのコロシアムで感じたのよ。」
「「っ‼」」
彼女らの話からしてとんでもない魔物であることは明白。
そして心当たりは一つしかない。
「まさか、さっきのグリフォンは・・・!」
「黒い魔石を飲み込んだと言ってましたね?おそらくその石は『ギルティマーブル』という、この世に在ってはならない物です!」
その夜、タクマ達の泊まる屋敷型の宿にて。
三日間にわたる世界会議が終わり一息つくバハムートとラセン。
「やっと話がまとまったぜ~。お偉いさんはこんなに忙しいのか?」
「これでも早く軽い方だ。教皇殿に感謝するのだな。」
「あの教皇様もスゲェよ。特徴の違う各国の王政を一人でまとめ上げちまうんだもの。世の中とんでもねぇ人もいるんだな。」
そんな事を駄弁ってるとタクマ達の元に訪問者がやってきた。
ランバルである。
「どした?」
「夜分にすまない。昼間の事で少し話しておきたくて。」
同時刻、とある貴族の屋敷ではヒステリックな大声が響いていた。
「認めない!認めませんわ!私があんな下等貴族に負けたなんて!認めませんわ‼」
部屋にあった花瓶を投げ割るほど荒れているミール。
「決闘に勝ってあの男の従魔結石を賞品として奪うはずがこんなことに!それにあの女も何故従魔結石を⁉面白くないですわ!」
そのままミールは父のいる書斎へ足を運んだ。
「お父様!」
彼女の父、イグリド領主ともう一人、とんがりマスクを被ったブリーストの人物がいた。
「なんだミール。今は客人がいるのだぞ。」
「それよりもお父様!私のお願いを聞いてくださいまし!」
イグリドはブリーストの人物を見て本人は縦に首を振った。
ミールはそのお願いを説明した後、話を聞いていたブリーストの人物が口を割る。
「なるほど、それは好都合です。私達もそのテイマーの少年が少し邪魔だったのです。こちらの計画が済んだ後、彼の持つ従魔結石は貴女に差し上げましょう。」
「本当ですの⁉」
「貴様、何を勝手に・・・。」
「よろしいではありませんか。一切無駄のない。何も不都合はありません。それでは私は例の計画を実行いたします。お二人に、神々の恩恵があらんことを。」
そう言い残しブリーストの人物は退室していった。
「まあいい。お前も部屋に戻りなさい。後は私達でやる。」
「分かりましたわお父様。それでは、ごきげんよう。」
ミールもお辞儀をし部屋を出ていった。
(これであの忌々しい女も冒険者の男も、私に恥をかかせたことを後悔させてやりますわ!)
そして一人残ったイグリドは不吉な笑みを浮かべる。
「今宵が貴様の命日となるのだ。ヴィル・ホーエン。」
夜にタクマ達の泊まる屋敷宿に訪問してきたランバル。
「じゃぁ君達も詳しくは知らないんだね。」
「当たり前だ。ギルティマーブルなんて初めて聞いたわ。」
「罪の大厄災は二百年前に完全に消失したはず。その残り香が何故現代に現れたのか。奇妙で不吉な予感がするんだ。」
「問題はそんな危険な代物をイグリド家が何故持っていたかだ。」
「あぁ。これはよく調べる必要がありそうだ。僕はイフルちゃんと協力してその貴族を調べてみる。君達は普段通りに過ごしてくれ。でももし何か分かれば僕かイフルちゃんに連絡してくれ。」
「分かった。ランバルも気を付けろよ?」
「勿論だ。では僕はこれで。夜分遅くに申し訳なかったね。」
「気にすんな。」
そうしてランバルは屋敷を後にした。
するとバハムートも急に立ち上がる。
「タクマ。我はちと使用で出る。明日の夜までは帰らぬからそのつもりでおれ。」
「どこ行くんだ?」
「旧友としばし遠出だ。なに。有事の際には召喚で呼び戻しても構わん。ウィンロス、リヴ。こやつらの事は頼むぞ。」
「あいよ。」
「気を付けてねおじ様。」
そしてバハムートも出かけていった。
「さて、ラセン達も帰ったし、世界会議も終わったし。明日から少しこの国をぶらついてみるか。」
「あ、私はダンジョンでもう少し旅費稼ぎをしてきます。」
「なら私も同行させてくれ。サンドリアスの迷宮に少し興味がある。」
「あ、じゃぁ私も行く!」
「オレはここで休ませてもらうわ。会議中の護衛で心身共にクタクタやからな。」
「メルティナはどうする?」
「私もウィンロスお兄さんとお昼寝する。」
「・・・じゃぁ俺一人か。まぁいいけど。」
そうしてその日の夜は皆眠りについた。
その間、大聖堂ではとんでもない事件が起きていることも知らずに。
翌日。他のメンバーは各々の用事で別行動なため、タクマは一人サンドリアスの街中を観光していた。
「たまには一人で過ごすのも悪くないな。」
そう言いながら屋台で買ったイカの串焼きを食べ歩くタクマ。
その時、街道の奥から大勢の騎士がやってきてタクマの前に立ち並んだ。
「ん?」
「お前が竜王の主、タクマだな?」
リーダーであろう片目を隠した騎士の青年が前に出る。
「そうだが、何用か?」
「我らはサンドリアス大聖堂に所属する教皇親衛隊。竜王の主タクマ。お前を教皇殺害の容疑で連行する!」
「・・・はぁ⁇」




