『第二章 分岐点』
あの卒業試験から数日後、タクマ達生徒は残り少ない学園生活を過ごしていた。
講義中の教室を見渡すと卒業試験で召喚した従魔を連れながら講義を受けている生徒もいる。
サイズの小さい従魔なら隣においても問題はないようだ。
それ以外は以前と変わらない平凡な学園生活である。
「おい、タクマよ。そのコウギとやらはまだ終わらんのか?」
彼を除いて。
タクマが召喚した最強の竜王バハムートである。
巨体である故学園には入りきらず庭でタクマを待っていた。
「バハムート、あまり窓の前に立たないでくれないか?日陰になって文字が見えづらい。」
「む、失敬。」
バハムートが窓から離れる。
今は何事もなくバハムートも過ごせているが召喚直後は大変な騒ぎがあった。
従魔登録の申請をしたらギルド中は大騒ぎ。
そこからバハムートのことはどんどん国中に広がり国王の耳にまで届いてしまった。
タクマとバハムートは城へ赴き、国王と会見をすることになった。
(バハムートが来ただけでここまでの騒ぎになるなんて・・・まぁ予想はしてたけど。)
移動中タクマはずっと胃をきりきりさせていた。
国王の間に連れられたタクマとバハムート、側近でエリック先生も同行してくれた。
「お招きいただき感謝いたします。国王様。」
地に足をつけ経緯を示すエリック先生。
流石現役の軍隊長だ。
「表をあげよ。」
玉座に座っていたのはこのフュリア王国の国王フュリア十三世である。
「お前がこの国の王か?」
「おい⁉」
タクマは肝が冷えた。
いくら最強の竜王だからって常識くらいは知っておいてほしいと思った。
「申し訳ありません国王様‼」
すかさずタクマは謝罪する。
「良い。してタクマよ、其方が竜王の主か?」
国王が質問をしてきた。
タクマは緊張を押し殺し質問に答える。
「はい、私が彼・・・超天竜バハムートの主で間違いありません。」
タクマは心臓が破裂しそうだった。
「ははは、そうか。いやぁすまない私も竜を見るのは初めてだったので少し気を張ってしまったよ。」
と、国王が気さくに笑い出した。
突然の変わりようにタクマもバハムートも呆然。
「あぁタクマ少年、国王は普段はあのように気楽な方だよ。」
エリック先生がフォローする。
(いや、それでもこの国で一番偉い人だから緊張はするよ‼)
そう思ったがニコニコと笑う国王を見てタクマは胸を撫で下ろした。
「で?我らを呼びつけた理由はなんだ?」
バハムートは恐れ知らずのようだ。
国王は、
「うむ、実は言うとな。バハムート殿を囲おうする者がおるようなのだ。」
バハムートの顔を見ると明らかに嫌そうな顔をしていた。
だが確かに最強の竜王であるバハムートを引き込みたい勢力はいてもおかしくはない。
「しかもその勢力が私の軍の者なのだ。私は別にバハムート殿のお力を欲っしてはおらんのだがどうやら私に秘密裏にバハムート殿の捕獲を企てているようなんだ。」
さらにバハムートの顔が引きつる。
「ん?秘密裏に?国王はどうやってそのことを知ったんですか?」
タクマには疑問が出る。
「実は俺がこっそり城内で情報を収集していたんだ。」
エリック先生がしばらく学園を留守にしていた理由はこのことだった。
「やはり人間は愚かな生き物だ。我を手中に収めようなど。」
気持ちはわからなくもない。
人間の自分勝手さはタクマも嫌というほど味わってきた。
「警戒は必要だな・・・。」
タクマがつぶやくとバハムートが
「なに、我はタクマに付いてゆくと決めたのだ。主に心配はかけんよ。」
その言葉を聞いてタクマは少し安心した。
「こちらもできる限り説得をして見せよう。迷惑をかけてすまない。」
国王は頭を下げて謝った。タクマは、
「いえ、お気遣いありがとうございます。俺たちも気を付けますので。あ、あとバハムート!」
「なんだ?」
「お前のとこに怪しい人間が来ても殺すなよ?できるだけ追い返すんだ。」
「ギクッ、わ、わかった。」
殺す気満々だったらしい。
釘を刺しといてよかった。
そして現在、講義を終えたタクマが裏庭にやっきた。
「バハムート!おまたせ・・・。」
目を見張るとそこにはバハムートの周りにたくさんの生徒が群がっていた。
「おいタクマ!この者たちをどうにかしてくれ!」
バハムートが助けを求めてきた。
(無理もねぇ、ドラゴンなんてこの国じゃとんでもなく珍しいからなぁ。)
すると突然隣から、
「やっほータクマ!」
とルナが声をかけてきた。
「うおっ!急に話しかけるなよ!」
「えへへ、ごめん。ねぇこれから家に来ない?ガルちゃんが来てから仕事がすごく効率がよくなって今新作の商品を作ってるんだ。」
ガルちゃんとはルナが召喚したガルーダのことだ。
鳥人型のモンスターで頭がよく、今はルナの牧場でお手伝いをしている。
「新作?どんな物だ?」
タクマも少しは興味があった。
「ふっふっふ、それはね・・・チーズなの!」
「チーズ?前からあったじゃないか?」
タクマが首をかしげる。
「元からあるチーズを改良したのよ。」
ルナの牧場のチーズはフュリア王国でそこそこ評判のチーズだ。
それがさらに美味しくなったとなるとタクマも興味が湧いた。
「んじゃ、ちょっと寄って行こうかな。」
「やった!」
ルナは軽く飛び跳ねた。
「おーい!バハムート!いくぞー!」
「その前にこの生徒どもを何とかしてくれ・・・。」
まだ生徒が群がっていた。
放課後、二人と一頭は牧場にやってきた。
「お父さーん!」
「おう、お帰りルナ。」
牛舎の前で干し草をまとめながら返事をしたのはこの牧場主でありルナの父親だ。
隣でたくさんの荷物を抱えているルナの従魔ガルーダもいた。
「ご無沙汰してます。ルナのお父さん。」
タクマも挨拶する。
「元気そうだなタクマ君。しかしこれがタクマ君の従魔か、しかもドラゴン。」
ルナのお父さんはバハムートを見上げる。
「超天竜バハムートだ。ここに美味いものがあると聞いてきたのだが?」
「ああ、ルナが作ってた新作のチーズか。丁度よかった。まだ商品化してはいないが試食がてら食べていかないか?」
「無論そのつもりだ。」
バハムートは舌なめずりをする。
案外彼も楽しみにしていたようだ。
そこへいつの間にかいなくなっていたルナが戻ってきた。
「タクマ!バハムート!準備できたよ!こっちこっち!。」
いつになくテンションが高いルナに呼ばれ、タクマとバハムートはシートの敷かれた小さな丘に連れられた。
そこは牧場を見渡せそよ風がとても気持ちいい場所だった。
タクマはシートの上に腰を下ろし、
「いいところだなぁ・・・。」
「うむ、悪くない・・・。」
二人して和む。
するとどこからか芳醇なチーズの香りが漂ってくる。
ルナが新作のチーズを持ってきたのだ。
「おまたせ~。」
「おおぉ‼」
キレイなミルク色でツヤやはりも強い。
見ただけでこれは美味いと思えた。
「こうやって少し火で炙って・・・はい、バハムートの分。」
バハムートは炙ってとろみがついたチーズを口にする。
「むっ⁉これは・・・⁉濃厚な香りが口の中に広がり、火をとおしたことで舌触りも滑らかに!うまい‼これはうまいぞ‼」
初めて食べたチーズに大はしゃぎだ。
タクマは冷静に感想を述べた。
「前のチーズより味が深く濃厚になってる。すごくうまいよルナ!」
「えへへ、頑張った解があったよ♪」
と照れ臭く笑った。
バハムートはもうチーズに夢中のようだ。
タクマ達はつかの間のひと時を過ごした。
翌日、バハムートを庭に置きタクマは教室へ向かう。
その途中タクマを馬鹿にしていた貴族オルトとすれ違った。
だがオルトはタクマに見向きもせず素通りしていった。
いつもなら会うたびに絡んでくるのだがどこか様子が変だ。
去り際に小さな声で、
「・・・クソッ、何であいつなんかがドラゴンを・・・。」
そうオルトがつぶやいているのを聞き、タクマは少し嫌な予感がした。
「えー、本日の講義は進路希望についてのお話です!」
と言いながら担任のマリア先生が魔法で進路書を飛ばし、生徒の手元に置かれていく。
(進路か、要はこれから自分がなりたい、やりたいことを決めなきゃならないのか・・・)
他は決まっているのか用紙に書き込む生徒が数人いるようだ。
マリア先生が、
「提出期限は一か月後としますのでまだ進路に迷っている方はゆっくり考えてくださいね。では、しばらく自由時間です!」
生徒たちは各々集まり話し合っている。
タクマも考えたが進路はまだはっきりとしておらず時間だけが過ぎた。
だがタクマはこの時知らなかった。
背後から憎悪に満ちた視線がタクマを刺していたことを。
昼休み、タクマはバハムートのいる庭に来ていた。
小さな丘の木陰で共に日向ぼっこをしている。
「・・・なかなかに心地の良い場所だ。」
「だろ?俺のお気に入りの場所なんだ。」
タクマとバハムートは午後の日差しを浴びていると、
「ところでタクマよ、少し聞きたいことがあるのだが?」
突然バハムートが訪ねてきた。
「ん?なんだ、バハムート。」
「お主はなぜ魔術使いになりたいのだ?」
「この国じゃ生活はすべて魔術がなきゃ成り立たないんだ。家事に農業にあと川で魚を捕るとき、とにかく最低限は魔術を覚えないと生きていくのは難しいんだ。」
と、タクマが説明するとバハムートはしばらく黙りこみ、
「この国の伝統なのか知らんが、不便だな。」
「え?」
「魔術が使えなきゃ生きていけぬだと?そのために魔術を学ぶと?我から言わすと非効率的だ。」
バハムートは魔術の教育方針を否定した。
タクマも今まで生活するために魔術を覚えるものだと思っていた。
「えっ、ということは生活に魔術はいらないってことか⁉」
タクマは疑問を抱きながらも、バハムートに質問する。
「いらない以前に必要ない。火を起こすなら摩擦でつけられるし農業も肥料を使えば何も問題ない。だが魔術が全く必要ないということはない。自身の身を守るため攻撃魔法や防御魔法なども存在する。」
タクマは衝撃を受けた。
今まで生活に必要とだけで魔術を学ぼうとはしていたが攻撃と防御に使うという考え方がなかったのだ。
「もしかして、国の外では魔術に頼らない生活や俺の知らない魔術もたくさんあるのか⁉」
「我の経験上この国よりはあると思うぞ?」
その言葉を聞いてタクマは胸の奥のわくわくが止まらなかった。
(国の外には俺の知らないことがたくさんあるのか‼知りたい、もっとたくさん知りたい‼)
「なぁ!バハムート!俺はっ・・・‼」
言いかけたその時、突然足元が爆発しタクマとバハムートは土煙にのまれた。
「げほっげほっ!」
「無事か?タクマ。」
バハムートが翼で覆って爆発から守ってくれた。
「あぁ何とか・・・それより今の爆発は?」
「む?あれは・・・?」
煙が晴れ、バハムートの視線の先に目を向けると見覚えのあるモンスターが立っていた。
「あれは・・・ケルベロス!」
三つの首を持つ地獄の番犬ケルベロス。
貴族オルトの従魔だ。
ケルベロスの足元には主人のオルトもいた。
「オルト・・・。」
「なんで・・・!なんで貴様のような出来損ないごときが最上位種であるドラゴンを従えられるんだ‼ありえない‼タクマが僕より上などど‼どんなトリックを使った、どんな不正を使った‼答えろタクマ‼」
ものすごい形相で睨みながら怒鳴ってきたオルト。
被害妄想も甚だしい。
どうやら彼は今まで見下してきたタクマが自分よりランクの高い、ましてやドラゴンを従えていることが我慢ならないらしい。
タクマは服の土埃を掃いながら冷静に答える。
「俺の従魔との出会いを不正だのトリックだのでけなすな。従魔召喚は己の運命によって出会う従魔が現れる。俺はその相手がバハムートだっただけだ!」
タクマはバハムートとの出会いが偽りと言われたのが相当頭にきたのか、目つきが鋭くなっていた。
「オルト。大体お前は何だ?召喚に答えてくれたケルベロスをまるで自分を上げるためだけの道具にしていないか?だったら言っておくぞ!従魔は道具じゃねぇ‼これから一緒に歩んでいくパートナーだ‼従魔を道具としか見ていないのならお前に従魔を持つ資格はねぇんだよ‼」
オルトに向かって指をさし、強く言い返す。
オルトはしばらく震え、
「だまれ・・・。黙れ黙れ黙れ‼貧乏の平民風情が貴族である僕に口答えするなぁぁぁぁ‼」
オルトは叫びながら腰から剣を取りタクマに切りかかる。
流石に剣を持っていたことは予想していなかったタクマは少し焦る。
(ちっ、正気か⁉こいつ⁉)
タクマは剣術を全く知らない。
どう立ち回ればいいのかさえわからない。
考えている間にも剣はタクマめがけて振り下ろされる。
その瞬間タクマは剣をすれすれでかわして腰を低くし低い位置から拳を振り上げた。
拳はオルトの腹を捉え、思いっきりめり込んだ。
「ぐぼぉ⁉」
鈍い声をあげオルトは後方へ飛んで行った。
「なんか・・・とっさに反応しちゃったけど、俺今何やった?」
タクマは自分のした動きが理解できなかった。
(やはり、我の目に狂いはなかったな。)
一部始終を見ていたバハムートがタクマの動きを見て何かを確信していた。
「くそぅ・・・!平民風情が・・・!」
オルトが腹を押さえながら重々しく立ち上がろうとしていた。
タクマはうんざりしながら、
「正統防衛だ。生身の人間に剣を向けるからだろ!つかなんで剣を持っている⁉」
ツッコみながらも警戒態勢に入る。
と、その時、
「とう‼」
と掛け声と共に空からエリック先生が二人の間に現れた。
「これは何の騒ぎだ‼」
ボディビルのポージングをしながら話しかけてくる。
(・・あえてツッコみませんからね?先生。)