『第百七十九章 新将軍』
神龍の眠る地下空間で戦うドラゴン三頭と巨大なスライム。
「おら食らえやぁ!」
自慢の脚力で加速しようとするとツルッと足を滑らせた。
「へぶしっ⁉」
「えぇ⁉カッコわるっ!」
リヴのツッコみも束の間スライムの鋭い触手がウィンロス目掛けて放たれる。
「アカーン⁉」
その時、触手はウィンロスの手前で止まる。
「え?」
するとスライムの身体が蒸気を拭きながら徐々に解け始め形を失っていった。
「何なに⁉何が起きてるの⁉」
「・・・・・。」
(・・・ジャバルの奴、負けたのか。まさかアイツが人間にやられるなんてな。こんなことなら契約の主導権は俺が握ればよかったな。・・・だが、不思議と悔いはない。何故だ?)
意識が消えかける中、ふとバハムート達を見る。
(あぁ、そうか。最弱のスライムでありながら最強種族のドラゴンを一度に三体も相手に出来た事実か。ふっ。見たかよ世界。こんな俺でも、ドラゴンと戦えたんだぜ。)
そうしてスライムは光の塵となって消滅したのだった。
「・・・おっしゃぁ!なんか勝ったで!」
「釈然としない勝ち方だわ・・・。」
「まぁ良いではないか。タクマ達がやってのけたのだろう。」
バハムートは上の方を向き静かに微笑む。
(流石我らの主だな。あやつは。)
日が昇り切る前の蓮魔の都ではジャバルの装置により魂を抜かれた人々で溢れかえっていた。
生き残ってる人数の方が遥かに少ない。
民が絶望にうちしがれていると上空に半透明の魔法壁の床が現れその上にスイレンが立つ。
突然の将軍の登場に民たちはざわつく。
「・・・大丈夫かタクマ?」
タクマは戦闘の限界で仰向けに倒れたままバハムートの魔法壁をコピーして展開させていた。
「コヨウに貰ったクッソ苦い丸薬のおかげである程度魔法を使えるまで回復した・・・。オエ。」
「良薬口に苦しや。」
スイレンは拡音の魔法陣を口元に添える。
「都の民よ!聞いて欲しい!今起こった騒動は全て宰相であるジャバルの仕業だ!」
スイレンは今回の騒動、そして鬼族との対立の真実を国中へ促す。
「そんな、数年前に王家の子供を殺害したのは鬼族ではなくてジャバル様だったなんて・・・!」
「ずっと近くにいた将軍様が言うんだ。間違いないんだろう。」
将軍のスイレンの信頼度は民に絶大。
すぐ信じてもらえた。
しかしまだ懸念がある。
「誤解だったとはいえ、これから鬼族達とどう接すればいいんだ?」
都の民の多くは鬼族に対し非人道的行為を働いていた。
民の心境は穏やかではないだろう。
その感情はスイレンたちにも伝わってくる。
「・・・あれ?ラセンは?」
さっきまでゴグマの隣にいたラセンがいつの間にかいなくなっている。
「おいおい、なに辛気臭くなってやがる!」
スイレンから拡音の魔法陣を取り上げ大声で叫ぶラセンが現れ、民は動揺する。
「おま⁉何故ここに⁉」
「こういうのは鬼族からハッキリ言った方がいいんだよ。」
気を取り直しラセンは再び大声で叫ぶ。
「おい聞こえるか都の人間!確かに俺達鬼族は長い事お前等に虐げられてきた!多くの命が奪われ嘆く者も多い!けどな、その影響で俺達鬼族からも人間に対し取り返しのつかないこともしてしまった!」
そう言いラセンはスイレンを見た。
「だからこれはお互い様だ!どっちも悪い!だからやり直そうぜ!お互い過ちを犯し間違えた身なんだからよ!・・・勿論お互い懸念はあるだろう。今まで憎しみ合ってきたんだ。一度開いた溝はそう簡単には埋まらねぇ。だから少しずつだ!再びお互いを理解し合い、また昔のように手を組み生き抜いていこうぜ!皆で!」
鬼族であるラセン本人からの演説に戸惑う声が響いていた。
すると、
「・・・俺、対立する前のこの国を知ってる。」
「っ!」
「あたしも!昔は鬼族の人と友達だったわ!」
「今まで世間に飲まれて黙っちまっていたけど、やり直せるなら俺はそうしたい!」
「また昔みたいに彼等と酒を飲み交わしたい!」
「俺達に出来る事なら何でも言ってくれ!鬼族の兄ちゃん!」
「僕も!」
「私も!」
ほとんどが中年くらいの年代の人達だが生き残った民のほとんどがラセンに同意を求める声が上がってきた。
「・・・人間の中にも、まだこれ程鬼族との復縁を望む者がいたんだな。」
「ジャバルは鬼族に対して邪な心を持つ人間を贄にすると言っていた。今生き残ってる人たちはその心を持ち合わせていない奴等だけ。つまり奴のおかげでこの国に蔓延っていた邪は一掃された。皮肉なもんだな。」
「どういう事や?」
「簡単に言えばいい人だけが生き残ったって意味じゃ。それくらい分かれ獣娘。」
「ねぇタクマ!なんかこの紫のクソガキムカつくんやけど!」
「誰がクソガキじゃこりゃぁ⁉」
「うっさいうっさい・・・。」
賑やかな彼らの側でゴグマは都の人達を眺め、兄ルガンの言葉を思い出す。
『全ての人間が悪って訳じゃない。それはお前も分かってるだろ?』
(分かっていた。でも、俺はそのことからずっと眼をそむけていたんだ。認めようとしなかった。でも・・・、アンタの言う通りだったぜ。兄貴。)
民の意思を見たスイレンはふと涙を流している事に気付く。
「私も、変われるだろうか?」
これまで何人もの鬼族を自らの手で葬ってきた事実があるスイレン。
だがそんな彼女にラセンは笑顔で答える。
「変われるさ。人間つうのは、そう言う生き物だろ?」
「なんだそれは。」
そう笑うスイレンだった。
「・・・伝えるなら今しかないか。」
「?」
スイレンは再び拡音の魔法陣を口元に添える。
「皆聞いて欲しい!此度の一件、もっとも近くにいた宰相ジャバルの企みに気づけなかった私に非がある!そして鬼族への罪滅ぼしも兼ねて、私は将軍の座から降りることを決意する!」
「「「っ⁉」」」
タクマ達含め民たちも驚く。
「お前・・・。」
「私はただ奴に勧誘されこの地位に就かされただけだ。当時は君達への憎しみで頭がいっぱいで他の事を考えることが出来なかった。そんな私にこの国を導く資格はない。だからラセン、君には和国の新たな将軍になってもらいたい!」
元々ラセンは鬼族と人族の和平のために将軍を目指していた。
それがこのような形で叶う事になるとは。
「今の演説で君は民の心を一つにした。君こそが将軍になるに相応しいと思った。勝手な事だが、どうかこの国をより良き国にしてくれないか?」
これはラセンも喜ぶかもしれない。
しかし、当の本人はずっと真剣な表情で黙っていた。
「ラセン?」
「スイレン。お前は自分に将軍の資格はない。そう言ったな。けど、アレを見てまだそんなことが言えるのか?」
「え?」
都の方を見ると、
「やだやだ!スイレン様辞めないで!」
「もっといっぱい遊んだりお話ししたいよ!」
「私、スイレン様のおかげで自分の夢を持てたの!お願いいなくならないで!」
大勢の子供たちの声が飛び交っていた。
「あの子達・・・!」
「ナナシから聞いたけどな。お前、その身分でありながら学び舎や孤児院に相当寄付してるだろ?そんで時々ガキどもと触れ合ったりも。そんな優しい奴が資格がない?自己評価低すぎだろ。・・・辞める理由なんかどこにも無えじゃねぇか。」
「しかし、私は君達の同族を・・・。」
「だ~!じれってぇなコイツ!よし分かった!」
ラセンは再び拡音の魔法陣を奪い取った。
「おいガキども!ついでに都の民!コイツは将軍の座を俺に渡すことを諦めてないようだぜ!だからこうしよう!将軍の座は俺が確かに受け取る!」
するとラセンはスイレンの肩を掴み引き寄せた。
「だが同時に、コイツを俺の嫁に貰うぞ!」
「・・・っ⁉」
ボンッと顔を赤くし焦り始めるスイレン。
「将軍の側室なら身分は大して変わらねぇ!これならコイツも気が済むしお前等も安心できるだろ?」
「待て待て待て!アイツ急に何言ってんだ⁉」
「このタイミングで、しかもスイレンを娶るとか。随分思い切ったな・・・。」
「アイツ、もしかして馬鹿なん?」
「ラセンは昔から馬鹿だ。だが、ただの馬鹿じゃねぇのは確かだ。」
言いたい放題のタクマ達。
そして当のスイレンは顔を真っ赤にしてラセンに言い寄っていた。
「おま、お前!急に何言ってるんだ⁉私を嫁にするだと⁉」
「何も問題ねぇだろ?そもそも俺は初めてお前に会った時から惚れてんだ。凛とした佇まいに信念を抱いた心。そして子供に好かれる程優しい!惚れない要素がどこにある?」
堂々と恥ずかしい事を平気な顔で言うラセンにスイレンは恥ずかしさのあまり顔を覆ってしゃがみこんでしまった。
「だからってお前、こんな民衆の前で・・・!大体そんな事民たちが納得するはずも・・・。」
だが民たちの反応は、
「う、うおぉぉぉぉ‼あの冬のように冷徹だった将軍様に春が来たぁ‼」
「ずっと心配だったんだ!あの時の様子じゃいい出会いもなさそうだと!」
「将軍様は俺達や子供たちのために尽くしてくれてたんだ!俺達は十分恩を頂いた!だから今度は将軍様が幸せになってくれぇ‼」
意外な祝福の声にスイレンは固まっていた。
城の方ではタクマ達が笑いをこらえきれておらず、あのゴグマまでもが笑っていた。
「鬼族の兄ちゃん!いや新将軍!スイレン様を頼むぜぇ!」
「おう!任せろ!」
「あ、あはは・・・。なにこれ?」
スイレンは完全に思考を停止していたのだった。
しばらくして、復興作業を始めてる蓮魔の都の大通りを一人の少女が走っていた。
「ハァ、ハァ、タクマさん・・・!」
ジャバルとスライムが消滅した同時刻、妖狐族の縄張りを襲撃していた百鬼夜行が突如止まり、魔獣たちが一斉に消えたのだ。
事態を察したリーシャはラルに連れてもらい都へやってきたのだ。
「すみません!通ります!通してください!」
人混みをかき分け城前の広場までやってくると、アルセラに背負わされこちらに歩いてくるタクマ達を見つけた。
「っ!」
タクマ達も駆け寄るリーシャに気付き歩みを止める。
彼らの表情にリーシャは全てを察し涙を流しながらも笑顔で迎える。
「お帰り、なさい・・・!」
「あぁ、ただいま。」