『第百七十七章 霧晴れ』
幾つもの階層が吹き抜けとなった穴に双頭竜と共に落ちたラセンとスイレン。
薄暗い空間の中激しい戦闘が繰り広げられていた。
「「グオオォォォ‼」」
「おらぁ!」
片方の頭を叩きつけるが尻尾によるカウンターでラセンは城の柱に叩きつけられてしまう。
一方でスイレンがもう片方の首に切り掛かってるが未だに双頭竜に対する恐怖心が剣技を鈍らせ、反撃で鋭い一撃を受けてしまった。
「スイレン!」
吹っ飛ばされる彼女を庇い諸共木柱にぶつかる。
「さっきから動きがおかしいぞ!シャキッとしろ!」
「す、すまない・・・!」
すぐ前戦に戻ろうとするもスイレンが少しこけてしまう。
「お前、やっぱり少し休んでろ。怖いんだろ?双頭竜が。」
「何を言う。私はこの国を背負う将軍だぞ?怖いものなんてない。」
「下らねぇ意地を張るな。恐怖で手が硬直してるし震えて足に力が入りづらいだろ?」
ラセンに図星を指摘され俯いてしまうスイレン。
「別に恐怖は悪いことじゃない。恐怖心があるからこそ慎重になり長生きできる。でもそういう時大抵の奴はあまり動けない。だから・・・。」
ラセンはスイレンの頭をポンと撫でる。
それに彼の言葉は、前にも聞き覚えがあった。
「双頭竜は俺に任せろ。」
「っ!ラセン・・・!」
有無を言わせる間もなくラセンは双頭竜へ向かっていった。
「おらこいやトカゲ!サンドバックにしてやるぜ!」
「「グルル・・・!」」
『鬼気闘魂』で身体を強化しラセンと双頭竜が激しく殴り合う。
そして残されたスイレンは力が抜けたように腰を落とす。
「・・・ハハ、何をやってるんだろうな。私は・・・。」
憎んでいた種族に励まされ、スイレンは心情が分からなくなってた。
(ジャバルに騙され、形見を奪われ利用されて、将軍になっても、私自身何も変わってない。何も強くなっていなかった。私は、今まで何のために・・・!)
双頭竜の咆哮に我に返ると奴の背びれが帯電し始めていた。
「っ!コイツまた・・・⁉」
ラセンは跳躍して空中におり避けられない。
スイレンはその光景がかつての仲間たちの光景と重なる。
「っ!」
気がついたら走っていた。
恐怖で動かないはずの身体が無意識に動いていた。
双頭竜から四方八方に放たれる電圧が辺りを包み込みガラガラと瓦礫が崩される。
一瞬静けさに包まれる空間から瓦礫を押し退ける音がする。
「ぐっ・・・、っ⁉スイレン⁉」
瓦礫を退かすと重傷で虫の息状態のスイレンが足元で横たわっていた。
「お前、まさか俺を庇ったのか⁉何で!」
「私でも、分からない・・・。憎い鬼族を庇うなんて・・・どうかしてる。でも、身体が勝手に動いたんだ。お前を、死なせたくなかった、のかもな・・・。」
自分でも理解が出来ない行動をとったスイレン。
ただ、これは自分は正しい行動をした結果。
そう思ったのだ。
「結局私は、最後まで自分を見失ったまま、だったな・・・。」
後悔を胸に、スイレンの意識は消えていくのだった。
「・・・馬鹿野郎。」
迫りくる双頭竜の攻撃をラセンは力任せに殴り飛ばす。
「お前は、ここで死んでいい女じゃねぇだろ!俺達鬼族を憎んでたやつが鬼族を庇って死ぬ?ふざけんじゃねぇ!今までお前に切り殺された同胞達は何のために死んだ⁉俺は認めない!お前の死を!死んだ奴らのためにも、例え無様でも生き延びろ!お前も、俺も!」
息の付かない程の連撃で双頭竜を殴り続けるラセン。
次第に妖力が増していき鬼気闘魂が変化し始める。
「種族とか関係ねぇ!鬼族も妖狐族も、人族も!誰もが笑い合える国を作ってやる!それが俺の、将軍になる目的であり願いだ!」
するとラセンの妖力が臨界に達する。
赤みがかった髪が伸び真っ白な長髪へと変化。
服も神々しい純白の衣に変わり眼の色も赤くなる。
「『鬼神闘魂』‼」
まるで神を彷彿とさせる姿へとラセンは変身したのだ。
「もう、誰も死なせねぇ‼」
気が付くと、スイレンは美しい草原の上に立っていた。
「ここは・・・?」
地平線の彼方まで広がる草原を見渡していると覚えのある三人に気付いた。
「っ!ラーフ、アッテ!・・・レンゲ!」
死別してしまったかつての仲間がスイレンの前に立っていた。
彼女は三人の下へ駆け寄ろうとすると、
「来るな。」
レンゲに呼び止められる。
「どうして、どうしてあの時私を助けた?どうして私を生かしたんだ!私なんかよりも、皆の方がずっとすごいのに!」
だんだんと感情が高まり涙を流すスイレン。
「私は、将軍になる資格なんてなかった。ねぇ皆、私は生きててよかったの?」
するとレンゲはゆっくりと口を開く。
「スイレン。私はお前に、謝らなくてはならない。」
「え?」
「あの時、私はお前に冒険者になる資格はない。迷惑をかければ容赦なくお前を切り捨てる。そう言った。でもあれは、お前を危険な目に遭わせたくなくて、お前を遠ざけるための口実だったんだ。守るためとはいえお前を傷つけた事は事実だ。本当にすまなかった。」
そう言いレンゲは頭を下げる。
「や、やめて!謝らなきゃいけないのは私なんだ!私が足を引っ張らなければ皆は死ぬことなんてなかったんだ!だから・・・!」
「それは違うにゃスイレン。」
「アッテ・・・?」
「あれは私達が選択した結果にゃ。貴女は何も悪くない。苦しむ必要なんかないにゃ。」
「そうよ。私達は私達のやりたいようにしただけだから。それで死んだならそれでいい。それに・・・。」
ラーフとアッテは互いに顔を見合わせる。
「後輩を守るのは当然よ。」
「にゃぁ!」
二人は満面の笑みで答えた。
「私も、大切な妹を守りたいと想うのは当然だ。・・・スイレン。今お前がやりたいこと。成し遂げたいことは、何だ?」
「私の、やりたいこと・・・?」
レンゲの問いにスイレンはしばらく沈黙する。
すると後ろの方で門のような光の先で双頭竜と死闘するラセンの姿が見えた。
彼の勇ましい姿を見たスイレンの答えは自然と口から零れる。
「・・・彼を、助けたい。彼と一緒に、この国を、誰もが幸せに笑い合える国を作りたい・・・!」
涙を拭き真っ直ぐ見るスイレンの瞳には決意の灯が灯っていた。
「答えは得たな。それでこそ、私の妹だ。」
レンゲはフッと笑みを零し狐の面を外した。
「行ってこい。スイレン。」
『・・・行ってきます。そして、ありがとう。皆に貰ったこの命で、私は生き続けるよ。』
「『絶刀修羅』ーーー‼」
死の間際から蘇ったスイレンから凄まじい妖気が放たれる。
「―ったく、遅ぇんだよ・・・!」
スイレンの溢れ出る妖力が天を貫き光の柱が目の前に降り注ぐ。
光の柱に手を入れると鳶色をした異色の剣を取り出し装備した。
(ありがとう、ラセン。お前のおかげだ。私はもう自分の過去に億したりしない。彼女たちが、お前が、私を支えてくれてるから!)
刀身に妖力が集中し足元の瓦礫が吹き飛んでいく。
そして力強く飛び出し流れるように双頭竜の間合いを詰める。
突如強化されたスイレンを警戒したのか双頭竜は再び背びれを帯電し始め、背びれに噛みつき電圧波を放つ。
「させるかぁ‼」
なんと『鬼神闘魂』で変身したラセンが強引に電圧波を受け止める。
「うおぉぉぉぉ‼」
そして力任せに電圧波を粉砕してしまった。
「脳筋な奴め!」
「怪力は鬼のアイデンティティだぜ!」
しかし二人は笑っていた。
互いに信頼を寄せ己が出来る最大限の動きで双頭竜を追い詰める。
「合わせろスイレン!」
「お前こそ!」
二人は同時に双頭竜の懐に入りその巨体を宙高く突き上げた。
崩壊した壁を飛び移り双頭竜の上を取る。
しかし双頭竜もただやられるつもりはない。
宙に飛ばされながらも背びれを帯電させたのだ。
「コイツ、まだ抗う余力があるのか⁉」
「構わない!この期は絶対に逃さない!」
双頭竜の反撃に強引に突っ込もうとする二人。
その時、どこからか太い石柱が投擲され双頭竜の背びれに直撃した。
目線を上げると吹き抜けとなった上の階層にゴグマが立っていた。
「いけぇ‼」
ゴグマのおかげで隙ができ二人は互いの武器に妖力を込める。
「『鬼神拳・王魔の撃鉄』‼」
「『天叢雲剣』‼」
ラセンの拳、スイレンの太刀が双頭竜の首を同時に破壊。
核とされたスイレンの四属性のエレメントが砕け散り、諸共地に激突した。
「ラセン!」
ゴグマが上から呼び掛けると瓦礫を押し退けラセンが立ち上がる。
と同時にスイレンも立ち上がるが力を使い果たしたのか倒れ込んでしまいラセンが受け止めた。
「やったな・・・。」
「あぁ・・・。」
ラセンも『鬼神闘魂』が解け元の姿に戻ると急に身体の力が抜け二人とも倒れてしまった。
「結局倒れるのか。」
「ハハハッ。」
それでも、二人は笑っていた。
お互いにいろんな物が吹っ切れたかのように、二人はグータッチをしたのだった。