『第百七十五章 百鬼夜行』
神龍の眠る地下空洞。
そこで激しくぶつかり合う巨大なスライムと三頭のドラゴン。
「フリージング・ゲイザー!」
リヴが吹雪のブレスを放ちスライムを凍らせ、すかさずウィンロスが氷ごと蹴り砕く。
しかし断面から液体が抜け出し再び一つとなって蘇る。
「この作戦でもダメなの⁉スライムのくせにしぶとすぎ!」
無数の触手を生やし三頭に襲い掛かるスライム。するとふと攻撃の頻度が弱まる。
『・・・そろそろかね?』
「何がだ?」
『いや何、ジャバルとはもう一つ別の策略を立てていてね。そっちもそろそろ動かそうっていうのさ。』
「別の作戦?一体何を企んでるのよ?」
『・・・妖狐族の全滅。』
「「「っ⁉」」」
『元々長のタマモをとっ捕まえる前提で計画を立ててたがジャバルの奴、先走って長を捕まえてきちまってよ。戦力を持て余してんだ。んで、それの消費ついでに狐共もぶっ潰しちまおうってな。』
すると鋭い熱戦がスライムのすぐ横を貫通する。
「ふざけているのか?そのような下らん理由で多くの命を奪うと?」
バハムートが口部から煙を出しながら威圧の眼を向ける。
『別に何がおかしい?人間共は普通に暮らしてる魔獣を狩りまくってるだろ?それを魔獣側から仕掛けて何が悪い?』
「・・・確かに人間共は罪のない魔獣も狩り殺す。だが、それは妖狐族を滅する理由には決してならん!」
「せや!何が余ってるからついでに潰すや!んな筋通ると思ったら大間違いやで!」
「そもそも妖狐族は人間じゃないし!」
三頭が口を揃えて叫ぶ。
『・・・綺麗ごとは何とでも言える。だがな、それを実現出来なきゃ意味がない。口だけ達者な奴等も、人間も、全員消えろ‼』
スライムから凄まじい魔力が放たれる。
それと同時に遠いどこか暗闇の中、スライムの分体が張り付いた夥しい数の魔獣が一斉に目覚めたのだった。
曇り空の夜。
今も尚復興作業で賑やかな妖狐族の里。
すると復興作業を手伝っていたシュウとリーシャが異様な気を感じ取った。
「っ⁉」
「これは⁉」
その時、見張り塔から鐘の音が鳴り響く。
「魔獣だ‼魔獣の大軍が押し寄せてきた‼」
シュウは足の身原始化させ高い建物の屋根に飛び移り眼を凝らす。
「おいおい・・・、周期にはまだ早いだろ・・・!」
遥か彼方の森から地響きと共に恐ろしい数の魔獣が津波のように押し寄せてきていたのだ。
「皆‼作業は一時中止だ‼『百鬼夜行』が来るぞ‼」街の住民たちは一部避難を始め、戦闘員は武装準備に取り掛かる。見張り塔から飛び降りるシュウにリーシャが駆け寄る。
「シュウさん!『百鬼夜行』って?」
「五年に一度、国中の魔獣が一斉に渡りを行うんです。その渡りを我らは百鬼夜行と呼んでいます。外国風で言うとスタンピードです!」
魔獣のスタンピードの恐ろしさはリーシャでも知っていた。
タマモの結界がない今、縄張りは裸も同然。
瞬く間に魔獣に蹂躙されてしまう。
「でもおかしい。前回の百鬼夜行は三年前、周期的に今回は明らかに異常なんです!」
「でも現実に起こってます!急いで対処しないと!」
そうは言っても今この場にタクマ達やラルもいない。
妖狐族の精鋭とリーシャのみで大群を相手にしなくてはならない。
リーシャは不安で杖を握りしめる。
(でも、誰かがやらなきゃ!)
なんとか迎え撃つ準備を済ませた直後、百鬼夜行の先頭がやってきてしまった。
狼腫やゴブリンといった脅威の低い魔獣だ。
「第一陣!迎え撃て!」
シュウの指示で戦闘を開始する精鋭部隊。
何度も百鬼夜行を相手にしていたおかげか危なげなく魔獣を帰り討っていった。
そこへ今度は少々高い脅威の魔獣の大軍が押し寄せてくる。
「第二陣!突撃!」
次々と押し寄せる魔獣の大群。
リーシャも参戦するが異様に数が多い。
(やはりおかしい!これ程の種類の魔獣、それもかなりの数、これも和国軍の差し金なのか?)
シュウが訝しんでるとこれまでの百鬼夜行に居なかった未知の相手、ゴーレムも出現し始めた。
「岩人形だと⁉奴等がどうして百鬼夜行に⁉」
魔獣が渡りを行うのは食料が少なくなった時、だがゴーレムは食事を必要とせず大地のマナによって活動する。
そんなゴーレムが百鬼夜行に参戦しているのは本来ありえないのだ。
シュウが動揺している内に精鋭部隊も戦闘経験のないゴーレム相手に次々となぎ倒されてしまう。
「シュウさん!岩人形相手では我々の武器はあまり聞きません!」
「くっ!」
撤退を指示するか、しかしここで引いてしまったら結界の無い縄張りは終わりだ。
シュウが途方に暮れているとゴーレムに襲われそうな兵士をリーシャが助ける。
振り下ろさせる拳を強烈な突きで粉砕。
畳みかけるように頭部に杖を突きさしゴーレムを倒した。
「リーシャ嬢!」
「っ‼シュウさん!上‼」
シュウが上を向くと鳥型の魔獣がすぐ目の前まで迫っていた。
咄嗟に迎撃するも不意に近い奇襲だったため痛み分けとなってしまい、シュウは重傷を負ってしまった。
「シュウさん!」
リーシャが一瞬気を逸らしてしまった瞬間、魔獣の攻撃に気付くのが遅れまともに食らってしまう。
「がはっ⁉」
大きくバウンドし床に伏せるリーシャ。
それでも大群は容赦なく迫ってくる。
(やっぱり、私達だけじゃ・・・、タクマさん・・・!)
「リーシャぁぁぁ‼」
その時、氷の雨が降り注ぎ多くの魔獣を一掃した。その後上空から美しい半透明の翼膜を羽ばたかせた翼竜が降りてきた。
「ラル!」
「遅くなってごめん!ネクトたちも連れてきたよ!」
大群の後方から薙ぎ払うように一頭の黒竜が猛進してくる。
「クロスさん!」
リーシャの前まで来ると背からネクトとメルティナを抱えたリルアナとアヤメも降りてきた。
着地と同時にネクトは指輪を頬りなげもう一頭のドラゴン、魔械竜ロキも解放しクロスと並び立つ。
「どういう状況だ?リーシャ。」
リーシャが経緯を説明するとネクトは長刀を振り回し、緑の槍へと変化させる。
「了解。お前は援護に徹しろ。しんがりは、俺達が請け負う!クロス!ロキ!」
二頭が咆哮を上げるとネクトの槍の先端が割れ、翡翠色の魔石が光輝く!
ロキの身体が幾つものパーツに分解されクロスの各部位に装着されていく。
右腕にロキの頭部が装備され口からガトリング砲が突き出す。
鉄仮面を被り折れたクリスタルの角が再生。
轟音共にアーマー体のドラゴンがその地に降り立ったのだ。
『武装竜ネガクロス‼』
「グオオォォォ‼」
ネガクロスの咆哮に魔獣達が押し返される。
「んなーー⁉竜が合体したぁ⁉」
初見のアヤメは目が飛び出して驚いていた。
「いつ見てもカッコいいよね。クロス兄は。」
いつの間にかラルの呼び方がクロス兄になっている事は一旦置いとき、ネガクロスはロキの翼で上空へ飛ぶ。
そして一回転し急降下してきた。
「デスフォールグレイド‼」
ジェットの翼からエネルギーが溢れネガクロスを包み込む。
そして身体から小彗星が現れ流星群のように魔獣の大群に降り注ぐ。
螺旋状に回転しながら地面を殴りつけると凄まじい地割れと衝撃波が発生し大爆発を起こした。
爆風に煽れらながらも必死に耐えるリーシャ達。
眼を開けると大きくえぐれた地形と大量の魔獣の残骸が散らばる光景が広がっていた。
妖狐族の精鋭たちは驚きのあまり開いた口が塞がらないでいる。
それでも百鬼夜行に寄る魔獣の大行進は留まることを知らない。
「まだまだ来るぞ!気合入れろ!」
『・・・ん?』
城の地下で戦っていたスライムは違和感を感じた。
『百鬼夜行の魔獣共に付けた分体がすげぇ勢いで消えていく?どうなってんだ?』
「当然であろう。向こうには我らに匹敵する者が多くいるのだからな。」
バハムートはネクトたちによって妖狐族の縄張りが無事である事に確信を持っていた。
『ちっ!向こうもマークしとくんだったぜ。だが百鬼夜行の脅威はその数だ。いかにお前等に匹敵する奴らがいても数の暴力には敵わねぇ。生きとし生ける者長くは続かない。必ず限界が訪れる。その時がそいつらの最後さ。』
しかしバハムートは静かに笑いを零した。
「旦那?」
「おじ様が笑ってる・・・。」
二頭は若干引き気味だった。
『何がおかしい?』
「いやなに。我がその程度の脅威に何も手を打っていなかったと思ったか?」
『っ⁉何⁉』
リーシャやネクトたちが百鬼夜行を食い止めてるとどこからか地鳴りのような音が聞こえてきた。
「っ⁉」
「何だ?」
地鳴りは次第に大きくなり地面も揺れる。
その時、妖狐族の広い縄張りを囲うように地面から木のツタが現れる。
ツタはドーム状に縄張りを囲い魔獣の侵入を不可能な形にしたのだ。
「何だこれ⁉」
「木のツタ⁉」
「ツタが、縄張りを囲うように?まるでタマモ様の結界のようだ・・・。」
一同は何が起きたのか困惑していると再び地鳴りがし始め、地面から何かが勢いよく飛び出してきた。
「わぁ⁉」
地面から現れたのは蛇のように長く樹木のような身体を持ったドラゴンだった。
「ド、ドラゴン⁉」
リーシャとアヤメが腰を抜かしてると、
「ワレ、神樹竜目ホウライ。竜王バハムート様ニ命ジラレ、コノ里、守ル。」
樹木の竜が喋ったことにも驚いたがどうやらこのドラゴンはバハムートと面識があるらしい。
「あの竜王、こんな奴まで手懐けてたのか?」
「私全然知りませんでした!」
ホウライは樹木のツタを操り魔獣の大群を薙ぎ払う。
「ワレ、手ヲ貸ス。コノ地、守ル。」
「よくわからねぇがとんだ助っ人が来たもんだぜ。足手纏いになるなよ?」
「・・・旦那が遅れてきた理由ってそういうことか!」
どうやらバハムートはタクマ達と別れた後、遠くの洞窟の中で不気味なくらい大人しく佇んでいた魔獣の大群を発見していた。
それらも含めて調査を進め、和国の地に住むドラゴン、神樹竜目ホウライと知り合い有力な情報を得た。
そこへ嫌な予感が働いたバハムートはタクマと念話の後、妖狐族の縄張りを守るよう念のため命じていたのだ。
「なかなか骨のある竜であった。あやつなら魔獣の大行進など造作もないだろう。」
「よくわからないけど、これでアンタ達の計画は失敗に終わったってことね。ご愁傷様。」
軽い煽り口調でリヴが言うと鋭い攻撃がバハムート達に向けられた。
『ホント嫌になるぜ。この世界がな!どいつもこいつも俺達の邪魔をしやがって!ドラゴンもトカゲも全員くたばりやがれ‼』
怒りの身を任せ触手を伸ばすがバハムートの炎の爪に切り裂かれる。
「攻撃が単調になってるな。もう奴らに決定打となる作戦はないという事。このまま畳みかけるぞ!」
「よっしゃぁ!散々調子に乗ってた分ボコしたるわ!」
「ドラゴンに喧嘩売ったこと後悔させてあげるわ‼」
三頭のドラゴンも本気モードとなりスライムに挑んでいったのだった。