『第百七十章 堕ちた神』
「タマモさん‼」
城の地下へ直進しドーム状の巨大な空間に降り立ったアルセラとリヴ。
幾つもの光のラインの中心に建てられた十字架に縛り付けられたタマモをついに発見した。
「こんな所に連れ込まれてたのか・・・。」
アルセラが急いでタマモの下へ向かおうとすると、
「アルセラ、アレ見て・・・。」
リヴが半透明に光るラインの上から下を覗き込んでいた。
アルセラも足元を見ると、更に下に空間があり、その中央に不気味な紫色の光を放つ巨大な結晶があったのだ。
「何だあれ?大きすぎる・・・!」
「あの結晶の真上、丁度タマモさんが捕まってる位置だわ。」
しかもよく見てみると結晶の中に何かの影がある事に気付く。
それは、漆黒の鱗に身を包み三つの首と四本の腕、そして体積よりも巨大な翼で自身を包み込んだ龍が結晶の中にいたのだ。
「ドラゴン⁉」
「しかも凄くでかい・・・!それにこの魔力の気配は・・・!」
「察しがいいようですね。海竜の少女。」
「「っ⁉」」
気が付くと十字架の前に和国の宰相ジャバルが立っていた。
(いつの間に⁉)
「・・・ねぇアンタ、アレが何なのか分かってるの?」
ゆっくり立ち上がるリヴから悪寒を感じるアルセラ。
「勿論ですとも。一度実物と対峙した貴女ならアレの正体も分かりましたか。」
アルセラは話が理解できなかった。
「リヴ、どういう意味だ?」
「あの結晶の中にいるのは、神龍よ。」
「神龍って、前にタクマやネクトが言っていたドラゴンか?」
「神龍は神に等しい存在。ドラゴンなどと、そのようなちんけな言葉でくくらないで頂きたいですね。」
「黙りなさい!アンタ、神龍の復活が何を意味するのかわかってるの⁉」
「えぇ、勿論でございます。」
笑みを浮かべるジャバルに対しリヴは怒りの表情となる。
「復活の意味?どういう事なんだリヴ?」
「神龍の復活には、大量の魔力。つまり、多くの人の命が贄に必要なのよ。」
「っ!まさかこれまで多くの人間が行方をくらましたのは・・・!」
「アンタの仕業って訳ね・・・!」
リヴはジャバルを睨みつける。
「そこまで見抜いているとはやりますね。海竜のお嬢さん。」
リヴの正体にも気付いている様子。
掴み所がなく不気味なジャバル。
「・・・タマモさんを攫った理由は分かった。そこをどいてもらうぞ。宰相ジャバル!」
地面を蹴りアルセラは飛び出す。
しかしジャバルは動じず仁王立ちのまま。
そのまま剣筋がジャバルに直撃した。
かに思えたが、
「っ⁉」
アルセラの目の前には黒い錫杖がカリドゥーンを止めていたのだ。
アルセラは黒い錫杖に弾き飛ばされ石柱にぶつけられる。
(アルセラがいとも簡単に弾かれるなんて・・・!)
「改めて自己紹介を。私は和国軍宰相、ジャバルと申します。以後お見知りおきを。」
紳士のようにお辞儀をするジャバル。
しかしその顔は人ならざるおぞましい笑顔であった。
「っ‼」
暗い森の中を一頭の黒竜が走る。
「メルティナ!気が付いた?」
「リルアナ、ここは?」
「クロスの背の上だ。今俺達は妖狐族の縄張りって場所に向かってる。そこでリーシャと合流予定だ。」
ネクトとアヤメもいる。
膝元ではラルが気を失っている状態だった。
何も覚えていないメルティナにリルアナが説明する。
「私、また黒くなってたの?」
「またって事はあれが最初じゃないのか。」
「うん・・・。嫌な感情が高まると意識が遠退いて、気がつけば周りが壊れてて、タクマ達もボロボロになってたりするの。」
「あの黒いメルティナ、お前自身じゃないよな?性格も全くの別人に思えたが?」
「うん。多分私じゃない。」
ヘルズ・ラルマの状態の事は微かに覚えているが鮮明には思い出せないメルティナ。
「ともかく黒いメルティナについては後でタクマに問い質すとして、少し急ぐぞ。」
「どうして?」
「空模様も怪しい。それに嫌な予感がするんだ。」
「ネクトの直感は結構当たるのよ。」
「ほえ~、それは頼りになるの。」
呑気に言うアヤメだが彼らからの緊張感はビシビシ伝わってくる。
「クロス、急げ!」
クロスは更に加速し暗い森の中を突き抜けていくのだった。
「・・・おやおや、もう終わりですか?」
ジャバルの前にはダメージを負ったアルセラとリヴが床に伏せていた。
「威勢の割には少々力不足でしたね。まぁ当然でしょう。生きている時間が桁違いですからね。」
静かに笑うジャバル。
「なんて強さだ・・・。宰相でありながらこれ程とは・・・。」
カリドゥーンに掴まり立ち上がるアルセラだがまともに立てないほどの傷を負ってしまっている。
「ほう。立ち上がりますか。人間の割には中々骨がありそうですね。ですが・・・。」
ジャバルが指を鳴らすとアルセラの直前で魔力による爆発が起こり、アルセラは吹き飛ばされてしまう。
「アルセラ!」
すると下の階の機械が音を発する。
「さて、邪魔者は片付き時も満ちた事ですし、儀式を始めましょう。」
ジャバルが手をかざすと十字架の周りに幾つもの魔法陣が展開される。
「何をする気だ⁉」
「この女狐は人並みならぬ膨大な魔力を有しています。彼女の魔力を全て神龍へ注ぎ入れれば、ついに神龍の復活です!」
魔法陣を起動させようとすると床に伏せていたリヴから魔力が放出し始めた。
「させない‼」
飛び出すと同時に海竜の姿となりジャバルに襲い掛かる。
だが、
「『グラビティ』。」
突如身体が重くなり地面に叩き伏せられてしまった。
「かはっ⁉」
「重力魔法⁉」
「貴女方には是非伝説再誕の瞬間に立ち会っていただきたいので大人しくしててください。」
「ぐぅ・・・!」
押さえつけられた身体を無理やり動かそうと抗うリヴ。
「さぁ目覚めの時です!蘇れ!神龍よ!」
ジャバルが魔法陣を起動させると十字架が光出す。
「ああぁぁぁぁあぁぁっ⁉」
魔力を吸われ苦しみだすタマモ。
アルセラ達は軋む身体を動かそうと足掻くがジャバルの重力魔法によりビクともしない。
このままでは神龍復活以前にタマモの命も危ない。
そんな中ジャバルはこれまで以上に嬉々とした表情をしていた。
「あぁ・・・!ついに、ついに私の復讐が始まる!さぁ神龍よ。今こそ目覚め私を追放した愚かな神々へ報復するのです‼」
するとそこへ一人の男の声がする。
「あれ?何ですかこれ?」
突如現れたのは城に潜入した際、最初にはちあった糸目の侍の男だった。
(あの男、縄張りに進軍してきた侍?)
「おや、貴方ですか。上の階で分断した侵入者と対峙していたと思うのですが?」
(分断した侵入者?まさか主様たち?)
「侵入者ならもう片付きましたよ。これでも和国軍に雇われてる身なのでね。」
「「っ⁉」」
アルセラとリヴは驚く。タクマ達があの侍に負けるはずがないと確信していたからだ。
(主様負けたの⁉)
(いやありえない!ウィンロス達も一緒にいたんだぞ⁉)
「そうですか。出来れば彼等にも伝説再誕の瞬間を見てもらいたかったですが、贅沢は言えませんね。」
侍の男は下の階の神龍の結晶を見下ろす。
「あれが貴方の言っていた伝説の神龍ですか?」
「えぇ。これまで連れてきた魔力を持つ者たち。そしてあの女狐から魔力を全て注ぎ入れた瞬間、あの神龍は復活するのです。」
「・・・一つ聞きたいのですが、今まで貴方が連れてきた人たちはどうしたんですか?」
「はて?おかしなことを聞きますね。貴方がそれを知ってどうするのです?」
「ただの興味本位ですよ。」
「・・・まぁ良いでしょう。君も知っての通り魔力は生命力。それが尽きるという事は死を意味します。神龍の復活には膨大な魔力が必要なのです。」
すると侍の男の気配が揺らいだ。
「じゃぁ、地下のゴミ捨て場に捨てられた腐敗ゴミ、あれは全部攫ってきた人たちってことですね?」
「「っ⁉」」
神龍が復活目前であるのという事は当然だった。
もう既に犠牲者が出てしまっていたのだ。
(そんな・・・!また、助けられなかったの・・・?)
以前の神龍騒動で生贄とされたエルフ族を思い出し絶望するリヴ。
次第にジャバルの表情も歪んでいく。
「あそこへは入らないよう忠告していたのですがね?」
「いや~、近道のついでで見てしまっただけなんですけどね。」
ヘラヘラと笑う侍の男。
「では僕もその伝説の再誕を拝ませてもらいましょうか。」
おもむろに十字架に近寄ろうとした瞬間・・・、ジャバルに錫杖の先端を首元に突き付けられた。
「私の前で企み事とはいい度胸ですね。」
「はて?何のことでしょうか?」
手をあげる侍の男だがその表情からは微塵も恐怖していなかった。
「単純な事です。貴方は人を欺く時、耳飾りに触れる癖がありますよね?」
これまでの会話中侍の男はずっと自身の耳飾りに触れていた。
つまり、
「・・・なぁ~んだ。バレちゃってたか。」
糸眼を見開き悪人顔で笑いだした。
すると次の瞬間、十字架の魔力吸収がピタリと止まった。
「これは?」
「いやはや。やはり貴方に隠し事は出来ませんな。ジャバル殿。」
持ち前の転移の魔石でいつの間にかリヴの前に立つ侍の男。
「何をしたのです?」
ジャバルからは明らかに怒りの念が伝わってくる。
「何をしたも何も、ただ彼等と協力して装置を止めただけですよ。」
「彼等って、まさか!」
「そのまさかや‼」
突如として頭上からスモールサイズのウィンロスが飛び出してきた。
ウィンロスはそのまま十字架にツッコみ破壊。
タマモを救出した。
「ウィンロス!」
「アカン!このサイズやと人一人担ぐだけで精一杯や!リヴ!パス!」
「え!ちょっと⁉」
有無を言わせる間もなくこちらにタマモを投げ飛ばされ、なんとか受け止める事が出来た。
「ちょっとウィンロス!私これでも結構重傷なんだけど⁉」
「んなら回復魔法かけたるわ。ほれ。」
リヴの頭に乗っかり回復を施した。
「いやかけ方よ・・・。」
ついでにアルセラも回復させる。
「・・・これはどういうことですか?」
「どうもこうも、見ての通りですよ。僕は和国軍を裏切りました。こっちに就いた方が生き残れるかもしれませんしね。」
ヘラヘラと笑う侍の男にアルセラ達は困惑している。
「あ~、実を言うとな・・・。」
「そこからは僕が説明するよウィンロス。」
いつの間にか側にナナシも現れた。
数時間前、タクマが将軍の開けた穴に落とされた直後。
「「何しとんねんナナシ⁉」」
関西弁同士のウィンロスとコヨウが叫ぶが無視し、ナナシは侍の男に向く。
「な、何がどうなってるんだい?」
「簡単に説明すると、君、このままじゃ破滅の道へ真っ逆さまだよ。」
「えっと、どういう事?」
「君の事はある程度調べさせてもらってね。」
ナナシが言うには侍の男は別に和国軍に忠誠を誓っている訳ではなかった。
理由は彼は少しでも生き残れる確率を選んで今の立場にいるという。
「今の和国の王政だと何かと生きづらいのが現実だからね。そこで君は少しでも楽に生きられるよう和国軍に、正確にはあの宰相の下に就いた。そうでしょ?」
「腹黒いな・・・。」
「・・・ハハハッ。そこまで見通されてるなんて・・・。でも、半分正解かな。確かに僕は給金も待遇もいい今の立場に入ったけど、彼、ジャバル殿はただの宰相じゃないんだ。」
「・・・どういうことだ?」
ゴグマがどすの効いた声で質問する。
「・・・前に偶然見てしまったんだけど、宰相殿は、人間じゃなかったんだ。背中に真っ黒な翼が生えてたんだ。」
(翼?)
「そこでこれも偶然聞いてしまったことなんだけど、彼の恐ろしい計画を聞いてしまって、それで取り乱した僕は宰相殿に見つかってしまい、『私に協力してくれたら命までは採りません。今だけね。』と恐ろしい力を見せられ、脅されてしまってね。」
何ともテンプレなセリフだが何やら重みが違った。
ジャバルは本気で良からぬことを企んでいる。
そう確信する一同。
「なるほど。それが君が和国軍に着いている理由ね。じゃぁさ、その宰相を倒せると言ったら君はどうする?」
「えっ⁉」
「さっき僕が落とした男の人。タクマなら十分に勝てる可能性がある。僕は彼に賭けてるんだ。この国をどう救うのかをね。」
(タクマが国を救う?成り行きやろ。)
首を傾げるウィンロス。
そして侍の男はしばらく考え込み、出した答えとは・・・。
「彼の可能性に賭けることにした。それが僕の答えさ。」
ナナシの方を見て目くばせをし、ナナシはグッと親指を立てた。
「他の彼等と協力してあの妙な装置を一部壊させてもらいました。何をしたいのかは未だ分かりませんが貴方の事です。どうせ下らない事をお考えだと思いますがね。」
そういいため息をついて笑う侍の男。
するとしばらくだんまりだったジャバルは壊された十字架、そして供給の絶たれた神龍の結晶を見て突如狂ったように笑い出した。
「フフフ、アハハハハ‼下等な人間ごときが、私の偉大な計画を妨害した⁉笑止千万‼その程度で私の計画を崩させるなど思わない事です‼」
ジャバルから強烈な魔力破が放たれ一同は後ずさる。
そして目線を上げると驚きの光景が広がっていた。
どす黒くも神秘的なオーラを放ち眼球は黒く変色。
そして背中には自身の身体と同じくらい大きな黒い翼を有していたのだ。
「アンタ、神だったのね⁉」
「ふぅ・・・。私としたことが感情的になり本性を晒してしまうとは。まぁ良いでしょう。如何にも私は神々の住まう天界の住民。いえ、今は元神と言った方がしっくりきましょう。」
翼を翻し紳士的にお辞儀をする。
「私は堕天神ジャバル。貴方達の言ういわゆる、神です。」