『第百六十七章 水声の少女』
三年前、ある一人の少女の下に悲劇が降りた。
中央に高くそびえ立つ将軍の城がある蓮魔の都。
その都にあるたった一つの冒険者ギルドにて小さな祝杯が行われていた。
「かんぱ~い‼」
シーフの女性が盃を上げ一気に飲み干す。
「ぷは~っ!一仕事終えた後のお酒はやっぱりいいね!」
「いつも毎日飲んでるくせににゃ・・・。」
向かいの席に座る猫獣人の少女が呆れた様子でため息をついた。
「今日は特別よ!なんたって私達の新しい仲間、『スイセイ』の試練合格記念なんだから!」
祝い席に座り反応に困ってる黒髪の侍少女。
後に和国の将軍となる少女だった。
そして右隣に盃を持って騒ぐ外国人の女性冒険者『ラーフ』。
左隣には猫の獣人の少女『アッテ』。
そして正面向かいの席に座る狐の仮面をつけた侍の少女『レンゲ』。
彼女たちは新人冒険者スイセイのデビューを祝し盛り上がっていた。
「ほらほら!スイセイももっと食べなさい!」
「あ、ありがとうございます・・・。」
新人故かラーフのノリについていけずタジタジのスイセイだ。
「その辺にしとけラーフ。あまり新人に圧をかけるのは良くないぞ。」
「黙ってるだけで圧漏らしてるレンゲに言われたくないわよ。・・・てか貴女何で狐の面なんか付け始めたの?イメチェン?」
「別にいいだろ・・・。」
「ニャハハ!」
何とも賑やかで華々しいパーティだった。
「ところで今更にゃんだけど、スイセイってまだ成人してないよね?どうして冒険者に?」
「・・・探している人がいるんだ。」
「探してる人?」
「・・・私の姉だ。」
スイセイは幼い頃生き別れた姉を探すため冒険者として旅に出たという。
「基本和国の人達って国から出ないで暮らすのよね?となると貴女のお姉さんは国内にいるかもしれないってことか。」
エールを飲みながらつぶやくラーフ。
「でも生き別れって、お姉さんの顔とか覚えてるのかにゃ?」
「大丈夫だ。確認する手段はちゃんとある。」
そう言いベルトに付けてる布巻の棒に触れる。
「まぁ何はともあれ試験クリアおめでとうにゃ!これで晴れてスイセイは私達の仲間にゃ!まぁ出会ったとき、レンゲは頑なに認めようとしなかったけど・・・。」
レンゲはぷいっとそっぽを向いた。
「まぁ、君の剣術を見た後じゃ認めざるを得ない。だがあくまで自分の身は自分で守れ。それが仲間に加える最低限の条件だ。」
「あ、はい・・・。」
「相変わらずスイセイにだけは何故かきびしいにゃぁ。」
するとドンと盃をテーブルに叩きつけ俯くラーフが。
「ラーフさん?」
「あ、コイツいつの間にか滅茶苦茶酒飲んでるにゃ・・・。まずい。」
「う、うぅ・・・、わぁ~ん!なんて尊いの?生き別れのお姉ちゃんを探すために危険を顧みず冒険者になるなんて、なんて姉妹愛なの~?」
突然ラーフが泣き出しながらスイセイに抱き着き頭を撫でまわす。
スイセイは完全に反応に困っていた。
「コイツ泣き上戸にゃんよ・・・。」
呆れた様子でため息をつくアッテにしらを切るレンゲだった。
翌日。
四人はギルドの依頼で害獣の猪の駆除のため森にやってきていた。
草陰から覗き見る先には十数頭の猪がいた。
「数はそこまで多くない。一人四匹程度なら問題ないにゃ。」
「よし。行くぞ!」
ほぼ同時に草陰から飛び出し猪を狩っていく。
ラーフの短刀。
アッテの拳。
そしてスイセイの剣技。
「やるねスイセイ!猪程度なら大丈夫そうね!」
「ラーフ!後ろにゃ!」
アッテの呼びかけにより背後から迫る猪を帰り討つ。
「サンキューアッテ!」
と、その時、汚い雄たけびと共に森の奥から馬車くらいの大きな猪が現れた。
「ここ一帯のボスかにゃ?」
「あ、あれは倒せるんですか?」
「新人の君には難しいだろうね。かくいう私達もちょっと厳しいんだけど。でも・・・。」
巨大猪の前に立つ狐の仮面剣士。
レンゲは刀に手を触れ深く息をする。
「ふぅーっ。」
猪がレンゲ目掛けて突進してきた。
「危ない!」
しかしスイセイの心配も束の間、気がつけばレンゲの刀は既に抜刀されていた。
「『居合抜刀・迅』‼」
技名を発した瞬間、猪は縦真っ二つに割れたのだった。
ありえない光景にスイセイは開いた口が塞がらないでいた。
「相変わらず化け物じみた剣技だわ・・・。」
「我がリーダーながら恐ろしいにゃぁ・・・。」
「ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと解体して持ち帰るぞ。」
都に戻り、狩った猪を査定に出し、全てが終わった頃にはすっかり日が暮れていた。
「にゅふふ~!素材売って懐はホクホクだし、いいお肉も手に入ったにゃ!」
「という訳でスイセイ。これが冒険者としての通常の一日だ。まぁ今回は少し量や金額が多い方だけど・・・。」
「いや、生活の基礎を学べて良かった。今日の教えは大事にする。」
「あら~♡なんて素直でいい子!私もこんな娘が欲しいわ~!」
「もう結婚は無理じゃないかにゃ?賞味期限切れでしょ。」
「何を~⁉これ程美しい私が賞味期限切れですって⁉私はまだ二十九よ!」
「三十路一歩手前にゃ⁉」
思わず笑いが零れるスイセイ。
そんな彼女を後ろからみるレンゲは少し表情が曇っていた。
翌朝、四人は冒険者ギルドに足を運ぶ途中、スイセイはレンゲに呼び止められる。
「・・・スイセイ。」
「はい?」
「少し話がある。」
ラーフとアッテを先に行かせ、二人は路地裏にやってくる。
「レンゲさん。話とは?」
「・・・・・。」
レンゲはしばらく言葉を詰まらせていたが・・・。
「スイセイ。君には、冒険者になる資格はない。」
「っ⁉」
突然の言葉に驚きを隠せないスイセイ。
「な、何故だ⁉一昨日はパーティの仲間としても認めてくれたじゃないか⁉」
「確かに一度はそう言った。だが、昨日の猪駆除の件、君は大型の猪を見て戦意が消えただろ?」
「っ!」
そう、あの時スイセイはラーフたちに気付かれないようにしていたが実際は恐怖で足が全く動かなくなってしまったのだ。
「私には気付かれたようだがな。」
「・・・・・・。」
「別に恐怖することは悪いことじゃない。だがそれで身体が動かなくなってしまっては周りに迷惑をかけることになる。あの時は猪程度だったから良かったものの、アレが格上の魔獣だったら最悪の場合大怪我を負うだろう。冒険者は仲間を守りながら戦えるほど器用じゃない。」
彼女の言っていることは最もだ。
たかが猪に恐怖して足がすくみ動けなくなっては仲間の足枷になってしまう。
「ごめんなさい・・・。今までああいった経験はなかったもので・・・。」
「余程ぬるい環境で育ったんだな。言い訳にしか聞こえんがまあいい。自分で言うが私達は高位の実力者だ。故に私達は更に上を目指している。お前がその短所を克服しない限り、私たち含め、お前も上へ行けない。もしそれが出来ないであれば私は容赦なくお前を切り捨て先へ進む。分かったか?」
「は、はい・・・。」
キツイ言葉をかけられスイセイは服を握りしめる。
「・・・お前には姉を見つけることも、会えることもできないだろう。」
去り際にそんな事を言った気がするが良く聞こえなかった。
一人残されたスイセイは腰に付けていた布巻の棒を取り出す。
「私には、姉さんを見つける事は出来ないのか・・・?」
その様子を物陰からフードの人物が見ていたことには誰も気付いていなかった。
あれから数か月が経ち、スイセイも冒険者としての活動になれ始めてきていた。
「ソロの依頼も大分こなせるようになってきたね。」
「ラーフさん達の教えのおかげだ。」
「うんうん!先輩想いのよく出来た後輩だわ!私も鼻が高い!」
「あんまり調子に乗ると後で痛い目見るにゃぁ。」
二人が盛り上がってる中、スイセイは以前レンゲに言われた事が頭を離れないでいた。
(冒険者になる資格はない・・・か。)
育った環境の影響か、スイセイは猪でさえビビってしまい脚が動かなくなってしまう。
その短所を何とかしない限り、レンゲはスイセイを切り捨てると発言した。
(姉を見つけるためにも、ここで立ち止まってはいられない!)
彼女の決意の眼差しを見た後方のレンゲは小さな舌打ちをしたのだった。




