『第百六十二章 不死鳥の騎士』
かつて妖狐族の縄張りを襲撃し、甚大な被害をもたらした魔獣土蜘蛛。
その封印が解け再び妖狐族に牙を向く土蜘蛛をアルセラとゴグマの二人が迎え撃っていた。
「破極牙線!」
アルセラの繰り出す一閃が土蜘蛛に直撃するがあっさり弾かれてしまう。
「非力の人間は下がってろ!」
土蜘蛛の攻撃を掻い潜りゴグマは懐へ潜り込む。
「『破拳』!」
下顎に強烈なアッパーを繰り出し土蜘蛛はひっくり返る。
しかし土蜘蛛はすぐに起き上がり強力な酸の液を吐き出す。
「危ない!」
アルセラは咄嗟に飛び出しゴグマを助けた。
「余計な事をするな人間!貴様の助けなど不要だ!」
「今は意地を張ってる場合じゃないだろ!妖狐族達が危険なんだ!ここは力を合わせないと・・・!」
しかしゴグマはアルセラを振りほどき前に出る。
「今まではラセンの命令で同行していたが俺は貴様らを信用したわけではない。あの妖は俺一人で倒す!貴様らは手を出すな!」
そう言いゴグマは走り出す。
「ああもう!頑固にも程があるだろホント!ウィンロスだったら即キレてるぞ!」
頭をかくアルセラもゴグマに続いた。
「ウオォォォォォ‼」
土蜘蛛の吐き出す酸をかわしながら距離を詰め、瓦礫を掴み投げる。
土蜘蛛に直撃した直後にアルセラが背に飛び乗り剣を突き刺した。
悶え暴れる土蜘蛛にしがみ付きながらどんどん巨木へと近づく。
(巨木の麓には住民たちが!)
「これ以上は行かせない!」
アルセラはシルバーパイソンのアーティファクトをカリドゥーンに装着し手足に氷の手甲を纏う。
そして冷気で土蜘蛛を凍らせていった。
「アアァァァァ‼」
次第に動きが鈍くなる土蜘蛛。
最終的に霜に包まれながら沈黙したのだった。
「ハァ、ハァ・・・。」
転がり落ちるアルセラ。そこへゴグマも合流した。
「君が瓦礫を投げて注意を引いてくれたおかげで奴に飛び乗ることが出来た。ありがとう。」
「貴様が勝手に乗ったんだろうが。手を出すなと言ったはずだ。」
「まだ言うかデカブツ。いい加減儂等だけでも認めたらどうじゃ!でないと戻ってきたラセンにくどくど何かと言われるぞ?」
人型になったカリドゥーンが言うとゴグマはグッと口をつぐんだ。
「何はともあれ、土蜘蛛はなんとか出来・・・。」
しかし次の瞬間、凍結させたはずの土蜘蛛が動き出したのだ。
「え、何故だ⁉冷却させれば虫は冬眠するはずだろ⁉」
「正確には蜘蛛は虫ではない。」
「んな事言っとる場合か!来るぞ!」
動き出す土蜘蛛の脚を避け屋根の上に飛び乗る三人。
「何故動き出したんだ?完全に沈黙するところをこの目で見たというのに・・・。」
「やはり人間は頼りにならん。頼れるのは己の力か。」
「ホントにまだいうかデカブツ!・・・ん?」
「どうした?カリドゥーン?」
「今、土蜘蛛の背から妙な気配を感じた。」
カリドゥーンが目を凝らすと土蜘蛛の背に液状の何かがへばりついていたのだ。
「何じゃアレは?」
「ゼリー?みたいな何かが・・・?」
すると液状の何かがモゾッと動くと土蜘蛛が咆哮を上げ辺りを震わせた。
「もしかして、アレが土蜘蛛を動かしているのか?」
「とにかくアレを引き剥がそう!そうすればきっと何かが起こる!」
カリドゥーンは剣に戻りアルセラとゴグマの二人は飛び出す。
「フンッ‼」
ゴグマの拳が土蜘蛛の顔面に炸裂。
体勢を崩した隙にアルセラが背に飛び移る。
「どこだ?あの液状の物体!」
暴れる土蜘蛛に必死にしがみ付くアルセラ。
「あった!」
そして先ほど見たへばりつく液状の物体を見つけた。
「これを剥がせば・・・!」
だがその瞬間、液状の物体が突如として巨大化しアルセラに掴みかかってきたのだ。
「っ⁉」
突然の出来事に対処しきれず液状の物体に捕まってしまい地面へと叩き落されてしまった。
『小娘!』
その束の間、液状の物体は触手のように伸び土蜘蛛の体内に突き刺す。
すると眼が赤く発光しだした。
「うおっ⁉」
足元で戦っていたゴグマを蹴散らし土蜘蛛は真っ直ぐ巨木へ進行していった。
『まずい!このままでは・・・!おい小娘!起きるんじゃ!』
宙に浮くカリドゥーンが叫ぶがアルセラは瓦礫に挟まり身動きが取れない状態だ。
それはゴグマも同じだった。
『くっ!儂一人ではあの魔獣を止められん!小娘!起きてくれ!頼む!』
「だ、ダメだ・・・。足が、動かない・・・!」
アルセラは先程のダメージで足の骨を折ってしまっていた。
瓦礫から抜け出そうにも下半身に力が入らなかったのだ。
「カリドゥーン・・・。せめて君だけでも先に飛んで行ってタマモさん達を街から逃がしてくれ。」
『アホ抜かせ!今の儂じゃ使い手から離れて飛ぶことは出来んのじゃ!小娘が起きんと儂とて動けんわ!』
「マジか・・・。」
なんとかもがくがやはり足が折れていては瓦礫から抜け出すのは不可能だ。
しかしこのままでは土蜘蛛が巨木の麓に到達してしまい大勢の人たちが命を落とす。
そんな事は絶対にさせてはならない。
「ぐうぅっ!」
『・・・のう小娘。少し儂の独り言に耳を貸せ。』
「何だこんな時に・・・?」
『・・・儂はかつて世界を救った勇者の聖剣じゃ。悪魔族との戦争の末勝利した。までは良かったが儂自身はその戦いで闇の魔力を吸収してしまい、光と闇の混在となる魔聖剣と変わり果てた。その後の人間共の反応はどうだ?魔性が入っただけで儂を魔剣扱い。処分せよ破壊せよなど罵倒も浴びせられ続けた。儂は疑問に思ったわ。こんな奴らのために儂らは戦っていたのかと。人類に醜さに呆れかえっておった。歴史では儂を罵ることは書かれていなかったが、裏では酷いものじゃったわ。』
「カリドゥーン・・・。」
『じゃが、勇者やお主は違った。勇者は最期まで儂の味方でいてくれて、お主は儂の声を聴き手に取ってくれた。更に言えばヒルデという婆さんは儂を一人の女の子として接してくれた。あんだけ歴史を読み漁っておれば儂の真実を知っていただろうに。それでもあやつは儂に笑顔をくれて、命を賭してまで守ってくれた。』
すると剣状態のカリドゥーンから笑顔を感じ取った。
少女の姿で笑いかける彼女の幻覚を見たのだ。
『お主等のおかげで、儂はもう一度人間を信じてみようと思えたのじゃ。あのままであったら儂は正真正銘の魔剣となっていたじゃろう。儂が魔聖剣としていられるのは他でもない。お主等じゃ。だから、ありがとう。』
始めて聞く彼女の感謝の言葉に一瞬驚くがアルセラはフッと笑いを零す。
「そう言うのは、タクマ達がいる時に聞かせてくれ。・・・私も、君と出会えて大きく変われた。私がここまで来られたのもカリドゥーンのおかげだ。私達は、互いに助けられてたな。」
『考えてみればそうじゃな。まさにウィンウィンの関係じゃ。』
「カリドゥーン、今も、そしてこれからも、私と共に歩んでくれるか?」
『当然じゃ。儂らはタクマやバハムートのように、相棒同士なのじゃからな!』
そう言いカリドゥーンはアルセラの手に収まった。
「前にも聞いた気がするが、やはりいい響きだな。相棒と言う言葉。なら互いに名の恥じないよう、決して諦めず足掻いてやろう!土蜘蛛が何だ!国が何だ!私達は決して諦めない!どんな窮地だろうと必ず妖狐族を、人々を守って見せる!」
「「ウオォォォォォ‼」」
骨折した身体で強引に瓦礫を押し上げる。
その時、アルセラの頭に付けていた翼のような形の髪飾りが突如輝き出したのだ。
「な、何だ⁉」
すると髪飾りがひとりでに動き出し、アルセラにのしかかる瓦礫を粉砕した。
「亡くなった母様の髪飾りが・・・。」
『この反応、まさか・・・⁉』
髪飾りから炎が現れると縦半分に割れ、炎の翼を持った鳥のように変形した。
『間違いない!コイツは儂らが捜していたフェニックスのアーティファクトじゃ!』
「えぇ~っ⁉」
まさか探していたアーティファクトが自分の頭についていたとは誰が予想できたか。
だがそれは現実に起こってる。
どうやらアルセラとカリドゥーン、二人の決意がアーティファクトを目覚めさせたようだ。
『小娘!考えるのは後じゃ!今は土蜘蛛を何とかするぞ!アーティファクトを儂にハメ込め!』
「あぁ!」
アルセラはフェニックスのアーティファクトに手を差し出す。
「私と、いや、私達を一緒に戦ってくれ!」
するとアーティファクトは小さく頷き、元の翼の髪飾りへと変形しアルセラの手中に収まる。
「行くぞ相棒!」
『おうさ!』
アーティファクトをカリドゥーンにハメ込み、赤い宝玉のボタンを押すと翼が開き炎が噴き出した。
すると炎から赤い鎧が現れ、アルセラは全身黒タイツに身を包まれる。
その上に現れた鎧が装着されていき、髪型も右サイドに結まれる。
そして不死鳥の尾がマントのようになびき、鮮やかに赤く輝く鎧の騎士が降臨した。
カリドゥーンも刀身が変化し黒の刀身に燃えるような赤い模様が浮かび上がった。
「鎧⁉シルバーパイソンの時は手足の手甲だけだったのに⁉」
『なるほど、そう言う事か。じゃが説明は後じゃ!今は土蜘蛛を討つぞ!』
「分かった!」
強く踏み込むと背中から炎の翼が現れアルセラは飛翔する。
(タクマと同じように、炎の翼で飛べた!)
そのままアルセラは猛スピードで飛行し土蜘蛛に追いつく。
「お前の相手は私達だ!」
腹の下へ潜り込み力強く剣を振り上げ土蜘蛛を上空へ弾き飛ばした。
「ギィィィィィ‼」
だが相手も負けじと酸の雨を吐き出すが飛行能力を得て機動力が上がったアルセラは難なくかわし更に土蜘蛛を蹴り飛ばした。
「まだだ!」
身動きの取れない上空で炎の紅蓮斬撃が炸裂。
足を切り胴体を切り裂くを何度も何度も繰り返す。
まるで歯が立たなかった土蜘蛛相手にアルセラは圧倒していたのだ。
『トドメじゃ小娘!』
カリドゥーンの合図と同時に天高く昇り太陽を背に急降下する。
そして再びアーティファクトの宝玉のボタンを押し華麗に回転。
アルセラの脚の手甲が不死鳥のかぎづめの形に変形し炎を纏う。
「ハアァァァァァァ‼」
上空で土蜘蛛に蹴りを入れ諸共炎を纏い落下してくる。
そして隕石のような爆発を起こし、爆風で瓦礫が吹き飛ばされていった。
そのおかげでゴグマは瓦礫の下敷きから抜け出すことが出来た。
ゴグマは急いでアルセラ達の落下地点へ向かうと、土煙が晴れると完全に打倒されひっくり返る土蜘蛛と身体から炎が漏れ出てるアルセラが立っていた。
「土蜘蛛を、倒しやがった・・・。」
「ハァ、ハァ・・・。」
『生きとるか?小娘?』
「あぁ、なんとか・・・。これが、フェニックスの力・・・。力を開放したアーティファクトの力か。」
『うむ。しかもフェニックスは再生の力も持ち合わせておる。実際お主の骨折も治っておるじゃろ?』
「本当だ・・・!しかし、上半身は鎧でいいとはいえ下半身が黒タイツでピチピチなのはちょっと恥ずかしいな・・・。(照)」
『二十歳の若い娘が何言っとる。』
そんな事を駄弁っているとアルセラの身体から何やら焦げ臭い匂いがしてきた。
「何だ?」
『っ⁉いかん!小娘!早くアーティファクトを儂から外せ!』
アルセラは言われるがまま慌ててアーティファクトを取り外すと鎧が消え元の服装に戻った。
そして焦げ臭い匂いも消えた。
『危なかった・・・!』
「な、何がだ?」
『小娘。お主はシルバーパイソンの力を完全に引き出せておらんじゃろ?アーティファクトの力にお主の身体がついていけておらんから。』
「そう言えばフェニックスは完全に力を引き出せていたな。しかし何故?」
『さぁの。おそらく長い事お主の頭にくっついて今までの小娘を見てきたからじゃろ。憶測だが。じゃが先も言った通りお主はアーティファクトの力を纏うに身体が馴染んでおらん。その上にいきなり強大な力がのしかかれば地盤の緩い今の小娘ではすぐ押しつぶされる。さっきのはフェニックスの炎に身体が耐えきれず、逆に炎に焼かれる寸前であったわ。』
「えっ⁉」
アルセラはギョッと驚く。
『ぶっつけ本番じゃったから無理もないとして、力が身体に馴染むまで今後フェニックスを使う時は注意せよ。でないと不死の炎に逆に焼かれて死んでしまうからの。』
「わ、分かった。気を付ける・・・。」
アルセラはフェニックスのアーティファクトを見つめ肝に銘じた。
そこへゴグマが合流してきた。
「おい、土蜘蛛は?」
「見ての通りじゃ。」
人型になったカリドゥーンが後ろの土蜘蛛を指さした。
「どうじゃ?人間もやる時はやるじゃろ?」
煽るようにしたから覗き込むカリドゥーンだがゴグマは完全無視。
「っ!そう言えば背にくっついていた妙な液体の物体は・・・?」
アルセラが駆け寄ろうとすると土蜘蛛の亡骸の陰から何かがウニョウニョと出てきた。
「フンッ!」
すかさずゴグマがとっ捕まえる。
よく見るとゼリー状の液体が生き物のように動いていたのだ。
「これは、スライム?」
「の身体の一部じゃな。おそらくこやつが土蜘蛛に引っ付き操っておったのじゃろう。」
「それであの強さだったのか・・・。」
三人が納得するとスライムは急に暴れ出しゴグマから逃れ瓦礫の隙間へと逃げていった。
「封印が解けたのはもしかして・・・?」
「ありえるの。」
するとそこへシュウが慌てた様子で走ってきた。
「皆無事ですか⁉」
「おうシュウよ!この通り土蜘蛛は儂等で討伐して・・・!」
「も、申し訳ないがすぐに来てくれ!」
「な、何だ?」
「タマモ様が、タマモ様が人間に連れ去られたんだ!」
「っ⁉」




