『第百五十七章 暗躍の宰相』
「よくぞ和国軍を退けてくれた。して、シュウよ。彼らの力量はどうじゃった?」
広場の玉座に腰掛けるタマモはシュウに問う。
「はい。是非とも我が妖狐族と協力関係を築きたいと思います。」
タマモは二ッと笑い、
「聞いたか皆の衆!自衛隊隊長のシュウが客人との協力関係を申し出た!これよりタクマ等と鬼族との同盟を築こうぞ!」
タマモの演説に里の者たちは歓声を上げた。
「国内に味方が出来た事は嬉しい誤算だな。」
「鬼族とも友好を築けそうだし親父たちの事も一安心だ。」
鬼の里へは食料や情報を交換して和国に潜む謎を共に解決へ導く方針へとなったのだ。
妖狐族の協力も得られてラセン達も満足そうだ。
「そんでもって、しばらくアンタらについていくことになったやさかい。よろしゅうなタクマ!」
「え、コヨウお前ついてくんの?」
「あぁ⁉文句あるんか⁉原子化を使えるのは母様とシュウとウチだけや!貴重な戦力なんやぞ!」
「冗談だって。よろしくなコヨウ。」
「おうさ!」
いつの間にかすっかり打ち解けたコヨウ。
二人はグータッチをしたのだった。
その後、タマモは約束通りにタクマ達を鳳凰の祠の場所まで案内してくれた。
一同は縄張りから少し離れた岩山までやってきた。
「ここじゃ。」
タクマ達は岩肌に亀裂の入った洞窟の入口に案内される。
「ここをくぐった先に鳳凰の祠がある。」
「狭くね?ゴグマがギリギリ通れるかくらいの狭さだぞこの洞窟。」
「どういう訳かこの洞窟からしか祠の場所にたどり着けぬゆえな。なに。詰まったとしたら蹴飛ばしてでも押し通れ。」
「・・・・・。」
案の定ゴグマのムキムキの肉体が詰まり、短い洞窟の抜けるのに結構時間が掛かった。
なんとか洞窟を抜けると、天然の岩壁に囲まれた美しい池に出た。
その囲われた池の中央にポツンと小さな島があり、そこには大きな桜の巨木が花びらを散らしていたのだった。
「わぁ~!」
リーシャはあまりの美しい景色に眼を輝かせていた。
「祠はあの巨木の麓にある。コヨウ。原子化し皆を連れてってくれ。」
「はい!」
コヨウは原子化で狐の魔獣となりタクマ達を乗せて水面を走る。
中央の島に着くと巨木の大きさがより身に染みる。
「樹齢何百年だこれ?」
「母様が言うには樹齢千年は越えてる言うとったで?」
原子化から戻るコヨウが答える。
「この場所から感じる魔力・・・、何だか凄く清らかで落ち着くような感じがするわ。」
「オレもやで。」
ドラゴンの二人は辺りから溢れる魔力に心が和らいでいた。
「聖域か・・・。」
巨木の麓を見るとポツンと佇む小さな祠を見つけた。
「これが鳳凰の祠か。」
ただの石造りの祠だがそこから漂う雰囲気はまさに神の玉座のような感じだった。
「ちゃんとお祈りしてや?ウチらにとってもここは神聖な場所やさかい。しっかりご挨拶して・・・。」
「失礼しまーす。」
有無を言わせる間もなくタクマが祠の扉を開けてしまった。
「「「うおいっ⁉」」」
狐と鬼二人が顔を青くしてタクマにツッコんだ。
しかしよく見ると、祠の中は何もない。
空っぽだったのだ。
「何も入ってないな。てっきりこの中にアーティファクトがあると思ってたんだが・・・?」
すると背後から怒りに満ちた気配を感じた。
「何しとんねんタクマ‼いくら外から来た客人と言っても礼儀っちゅうもんは持っとらんのけ⁉」
うが~っと掴みかかるコヨウ。
「生憎、神に対して礼儀を持ち合わせてないんでね。あんな奴らを拝むとか死んでも御免だ。」
「な、なんちゅう罰当たりな男なんや・・・!」
あまりの言動に驚愕する彼女だがタクマは実際に神と敵対しているため間違ったことは言ってなかった。
「でもタクマさん、郷の礼儀は流石に持っておきましょう?」
リーシャに窘められすぶしぶ承諾するのだった。
しかし祠を見つけたはいいが肝心のアーティファクトについては何も掴めずじまいだ。
「祠の中には祭壇のようなものもあるし、何かが祀られてたのは確かだな。」
「でももぬけの殻でしたね。コヨウさんは知ってたんですか?」
「流石に中は知らんかったわ。というか罰当たりすぎて開ける気などあるわけないやろ。」
それはそうだ。
「しっかしこれで振り出しかぁ!結局どこにあんねん。フェニックスのアーティファクト。」
ぐだるウィンロスをリヴが抱きかかえる。
「どうするの?主様。」
ナチュラルにウィンロスをもふるリヴにタクマはずっと考え込んでいた。
(祭壇のような作りになっているなら必ずここに祀られてたはずだ。それを誰かが持ち出したのか?だとしたら一体誰が?)
謎は深まるばかりだった。
結局アーティファクトは手に入らず振り出しに戻ってしまったタクマ達。
一先ず入口で待つタマモの下へ戻る。
「そうか・・・。祠には何もなかったか。」
「知ってたのか?」
「何かが祀られてることだけは知っておったが、まさか何も入ってなかったとはな。すまなかったな。力になれず。」
「アンタが謝る必要はない。それでもアンタ等妖狐族の協力を得られた方が得だったさ。」
取り合えず里に戻ることにした一同。
すると去り際にタマモはアルセラの髪飾りに違和感を覚えた。
(ん?今あの娘から妙な気が?・・・気のせいか。)
同時刻、蓮磨の都の王宮で何やら不穏な動きがあった。
王の間に佇む宰相のジャバル。
そこへ先ほどタクマ達と相まみえた糸目の侍の男がやってきた。
「すみませ~ん。任務を果たせませんでした~。」
ゆる~っとした感じで報告する侍の男。
「それでのこのこ戻ってきたのですか?」
ジャバルからは少々苛立ちが感じられた。
「いやですね、狐たちの下へ向かう途中もの凄く強い外国人に会いまして。俺の奥の手もあっさり見破られてもうお手上げ。まさに逃げるが勝ちの状況だったんですよ。」
「まぁいい。君は引き続き魔力の高い者の情報を集めなさい。」
「・・・前々から気になってたんですが、何故魔力の高い人間や亜人を連れてくるんですか?理由も理解せず強力してますが。」
ジャバルはしばらく黙ると、
「なに、ちょっとしたサプライズを計画してるだけです。ですがそれには多くの魔力を持った人手を集めなくてはいけません。見つけたら必ず一度、私に報告してくださいね。」
「へぇ~、サプライズか。何だか楽しみですね。では引き続き人員確保のため行ってきまーす。」
軽い感じで糸目の侍は部屋を後にした。
「・・・全く、下等な人間ほど扱いやすい物はない。しかし私が仕込んだ兵士が全滅ですか・・・。」
ジャバルはしばらく考え込むと床を軽く蹴った。
すると床板の隙間から液体状の物体が現れる。
「妖狐族は魔力が高い者が多い。目的のため必ず必要です。あれを使っても構いません。妖狐族を、可能であれば長を捕えてきてください。」
そう命令すると液体は消えていった。
「私の復讐は誰にも邪魔させません。」
薄暗い部屋の中、ジャバルはニヤリと笑みを浮かべるのだった。
その日の夜。
妖狐族と同盟を結べたタクマ達は彼女らの街で一泊していた。
「こっちやこっち!」
タクマとリーシャはコヨウに連れられ、街を一望できる小さな丘の上までやってきた。
そこには街明かりが美しい夜景が広がっており、中央にそびえ立つ紅葉の巨木がより一層存在感を放っていた。
「陥没した地形にこんな場所があるのか。」
「凄く綺麗です!」
「せやろ?ウチのお気に入りの場所やねん。」
三人で夜景を眺めているとふとタクマが話し出した。
「こんだけ大きな街を結界一つで囲えちまうなんて、お前の母さんはスゲェな。」
「母様はウチの自慢やで!・・・けど、母様は今、凄く弱っとる。」
「そういやお前が縄張りの外に出たのはタマモさんの事でだったよな?」
「せや。前回の人間らの襲撃でな。街の子供をかばって背中に大きな傷を負ってしもうたんや。その影響で結界が弱ってんねん。その情報がどこから漏れたのか人間に知られて結構な頻度で攻めて来るねん。ここには人間の欲しがりそうなものは何もないんやけどな。」
昼間の軍隊もその一つだろう。
しかし結界を放置していてはこの土地を離れた際に襲撃されるかもしれない。
同盟を結んだ以上何とかしたい。
(バハムートの魔法壁をコピーして?いや、あくまで発動者は俺。身が持たん。だとしたら他の手は・・・。)
タクマの頭にある案が浮かび上がる。
「コヨウ。この後タマモさんと合わせてくれるか?試したいことがあるんだ。」
街の住民が寝静まった深夜。
縮んだウィンロスを抱きかかえてウトウトするリヴを側にタクマ達はタマモの前に立っていた。
「して?妾に試したいこととは?」
「あぁ、タマモさんの傷の事を聞いた。傷の具合によっちゃ治せるかもしれないと思ってな。」
それを聞いたコヨウとシュウは驚く。
「母様の怪我が治せるんか⁉」
「本当なのか⁉」
「そのためにまずは傷を見せてもらわなくちゃいけない。どの程度なのか把握しときたい。」
「つまりそれって・・・?」
タマモは顔を赤くして口元を袖で隠した。
「タクマさんセクハラです‼」
「え?何で?」
「いや、ナチュラルすぎて一瞬気づかなかったけど診断とは言え人妻の裸体を男が見るのは流石にな・・・?」
ラセンでさえ空気を読んだ。
「まぁ、タクマは私達と風呂に入ってても平然としていたからな・・・。」
アルセラが遠い眼で言ったのだった。
「なんか周りの連中が言ってるがやましい考えは一切ない。街のためでも、アンタのためでもあるんだ。」
タクマの純真で真っ直ぐな目を見たタマモは傷を見せることを承諾した。
振り返り服を脱ぐと、
「これは・・・。」
タクマ達はあまりの酷さに驚愕した。
塞がってはいるが肉がえぐり取られたように痛々しく大きな傷だった。
「美人が受けていいレベルの傷じゃねぇぞ・・・!」
「っ!」
「じっとしてろよ。」
タクマはタマモの背中に手をかざし、ウィンロスの回復魔法をコピーした。
(ウィンロスは回復魔法全般を覚えている。ならこの損傷もきっと・・・!)
タクマの読み通り、ウィンロスの持つ最大級の回復魔法をかけたタマモの深い傷はみるみる癒えていき、一切跡の残らない綺麗な背中となった。
「か、母様・・・!」
コヨウとシュウ、そしてタマモまでもが驚きを隠せないでいた。
「傷が・・・!」
「傷が深くて魔力回路が切断されてたから結界の質も落ちてたみたいだが、これならだ丈夫そうだな。・・・あら?」
「タクマさん⁉」
突如タクマがばたりと倒れてしまい大慌てのリーシャ達。
使い慣れない回復魔法を最大威力で扱ったためか負担がデカかったようだ。
しばらくして落ち着いたタクマにタマモが抱きついていた。
「恩に着るぞタクマ!これで結界も元通りになり民を守れるぞ!」
傷が治って絶好調のタマモの勢いに振り回されるタクマ。
「タマモさん!ちょっとくっつきずぎです!」
「なんじゃリーシャ?妾にタクマが取られそうでヤキモチを焼いておるんか?」
「ふぇっ⁉」
「母様!冗談が過ぎるで!」
深夜にも関わらず賑やかになった玉座。
シュウなんかは主君の完治に涙を流してるほどだ。
タマモの胸に揉まれるタクマだがなんとか話を切り出す。
「俺がタマモさんに取られるって・・・、アンタは人妻。旦那さんがいるだろ?」
するとタマモは急に大人しくなり表情を曇らせた。
「タマモさん?」
「タクマ。タマモ様の番は・・・。」
「よいシュウ。妾から話す。」
タマモの話では旦那さん、コヨウの父は縄張りの長であった。
民からも慕われておりとても領民思いの男だったという。
そんな彼はタマモに一目惚れし、求婚。
そしてコヨウを授かったという。
しかしある時、突如として巨大な魔獣が縄張りを襲撃してきた。
民を守るため大勢の妖狐族が戦い散っていった。
「決して倒せない相手ではなかったためこちらが優勢であったが、逃げ遅れた子供を庇い、夫は致命傷を受けてしまった。」
「長は最後の力を振り絞り、妖術で魔獣を辺境の地へ封印したのです。しかしその術は身体への負担がデカく、ましてや致命傷を負っていた長はその後・・・。」
シュウは歯を食い縛り拳を強く握った。
「・・・すまない。辛い事思い出せちまったな。」
「気にするな。もう数十年前の事。妾達も立ち直っておる。」
当時まだ幼かったコヨウは父の事を覚えておらず、タマモが女手一人で育て上げてきたとの事だった。
ちなみにシュウとは幼少期の頃からの幼馴染らしい。
「つまり妾はフリーという訳じゃ。なに、夫なら妾の幸せを第一に考えてくれとる。どうじゃ?妾を娶る気はないか?」
「ねぇよ。」
即答で答えるタクマだった。
片や女性陣、特にリーシャとリヴからの眼差しが尋常じゃなかったのは言うまでもない。
その頃、和国内のとある街が半壊する事件が起きていた。
建物の残骸が散乱する中、ネクトが気絶したメルティナとラルを抱えていた。
側にいるリルアナとアヤメは恐ろしいものを見たような表情になっている。
「・・・メルティナ、お前は、何なんだ?」




