『第十六章 動き出す竜の手』
寝静まる国門街の夜。
月明かりに照らされる街の中を複数の影が蔓延る。
影はギルドの裏手に周り窓から侵入する。
そのまま地下室へ入っていくと突然部屋に明かりがついた。
「ようこそおいでくださいました。」
部屋の中心に座っていたのはこのギルド『黒狼の牙』のギルドマスター、ドモスだった。
「・・・まるで我々が来ることを知っていたかのような出迎えだな。」
一人が黒いフードを取ると色黒の肌に後ろに銀髪を束ねるダークエルフの女性だった。
ドモスは落ち着いた表情で話し始めた。
「えぇ知っていましたとも。近衛騎士団四番隊隊長、アルセラ・シフェリーヌス。彼女の始末に失敗したのですから。」
「自分が殺されるとわかっていながら我らを出迎えたのか。肝の座った男だ。」
ダークエルフの女が鼻で笑った。
「貴女方が役立たずの私を暗殺しに来ることも分かっていましたから。それに暗殺される前に私から有益な情報をお伝えしようと思いましたので。」
ドモスは並べられた席に彼女たちを勧誘しながら言った。
「いいだろう。話くらいは聞いてやる。」
一同は席に座りドモスの言葉に耳を傾ける。
「ドラゴンを従魔にした旅人?」
「えぇ、ここ最近ギルドに冒険者登録をしてきた新人が居まして。偶然彼がアルセラ・シフェリーヌスの命を救ったんですよ。」
集団はざわついた。
ドラゴンを従魔にした人間は過去数人しかいないほど前例が少ないからだ。
「ドラゴンを従魔にするほどの実力者がいるのか。」
「それだけではありません。今彼らはアルセラに続き二番隊隊長のロイル・デガントもこの街に滞在しているのです。」
「近衛騎士団が二隊ともこの街にいるのか。まとめて始末するには絶好の機会だがそのドラゴンを連れた旅人が気にかかるな。」
ダークエルフの女は腕を組み考えた。
現在、王都はなぜか戦意喪失中の勇者による脅威が無くなり王都を壊滅させるには今が好機だがまだ初期段階の近衛騎士団の始末が完了していない。
計画を途中変更するにはこちらもリスクが高くなる。
「だがこの街の冒険者は減らせたのだろう?」
「その点は抜かりなく。いざという時の戦力のそぎ落としには成功しています。これまでいくつも冒険者パーティに嘘の依頼を受けさせ、全て事故死で片づけましたので。」
ドモスは不吉な笑みを浮かべていた。
「フッ、その点の仕事はしっかり果たしていたか。その件の報酬はきっちり払おう。」
懐から金貨数十枚の入った布袋をテーブルの上にドンと置いた。
「ありがたく受け取ります。」
「その点の仕事を考慮し、貴様の暗殺は見逃してやる。これからも我ら『新生創造神の右翼』に力を尽くすのだな。」
ダークエルフの女は席を立ちあがると集団を引き連れ部屋を出て行った。
「新生創造神の名のもとに。」
とドモスはお辞儀をした。
「・・・もういったな。」
ドモスは集団の気配が去るのを確認すると頭上に魔法陣が表れドモスの姿が変わった。
そこに現れたのはなんとタクマだった。
「先に侵入しといてよかったぜ。」
事は数時間前にさかのぼる。
皆が寝静まる中、タクマは屋根を飛び移りこっそりギルドまでやってきていた。
二階の一室の窓から明かりが漏れている。
「やっぱりまだいたな、ギルドマスター。」
タクマが窓から中の様子を伺うと、ギルドマスターのドモスは何やら慌てた様子で資料をかき集めてた。
タクマは『空振動』のスキルを使うと中の声が聞こえた。
「まさかこんなことになるとは!アルセラ・シフェリーヌスの始末失敗どころか二番隊のロイル・デガントまでこの街に来るなんて!やはり私があの女をハメたことに気づいたのか⁉」
いや、そのことを知っているのはアルセラ本人と四番隊の兵士たち、そしてタクマとバハムートだ。
この情報は伏せていたので外部に漏れることはないはずだ。
ロイルがこの街に来たのは別件だろう。
「この計画があの方たちに知られれば私も無事では済まない。何か弁明の余地がないだろうか!」
(あの方たち?やっぱり裏で何かと繋がっていたか。)
するとタクマは数十キロ離れた場所から複数の殺気に満ちた気配を感じ取った。
(恐らく奴の言っていたあの方たちだろうな。なんつータイミング!・・・というか俺よくあの距離から気配感じ取れたな。)
自身の以外に鋭い感覚に感心した。
(まてよ?これは使えるかもしれない!)
そう思いタクマは『空間転移』で部屋に侵入した。
ドモスは突然現れたタクマに驚く。
「うわっ‼誰だお前は⁉」
「大人しくしていろ!」
すかさず腹パンをお見舞いしドモスは泡を吹いて気を失った。
「よし!今のうちに記憶を覗いてっと。」
タクマは『記憶閲覧』のスキルを使いドモスの記憶を見た。
見えるのはとても人とは思えないほども悪逆非道っぷりで気分が悪くなった。
「うえっ!わざと嘘の依頼を渡して事故死にさせているのか。それに例の教団から賄賂もらってるし。こんな奴の下で俺達は働いていたのか・・・。」
嫌な事実も知ったところで気絶しているドモスを拘束し『認識疎外』のスキルをかけた。
これで変に気づかれることはないだろう。
「さて、こいつからある程度は情報を得たしあとはこれから来るお客さんに聞くか。」
そして現在、タクマはドモスに変装しダークエルフの女からうまいこと情報を得たのだ。
「新生創造神の右翼、それが奴ら教団の名前か。しかし新生創造神、新しい創造神?一体どういうことだ?」
腕を組み頭を傾げるが全くわからない。
とりあえず後でバハムートに相談するとして今はダークエルフの女が率いる集団を尾行しているウィンロスに任せることにした。
「夜だけどアイツ鳥目大丈夫か?」
するとウィンロスから突然念話が届いた。
「タクマすまん‼あいつら転移でどっか行ってもうて見失った‼」
「なぬっ⁉」
やられた!
いや向こうは気づいてないが用心で転移魔術を使っていたようだ。
これでは奴らのアジトが分からずじまいだ。
「やっぱそううまくはいかないか・・・。」
タクマは頭を抱えた。
「マジですまんかった~。」
「いいっていいて。よくやってくれたよ。」
涙声で謝るウィンロスをなだめタクマは二階に戻り、今も気絶しているドモスの処遇を考える。
「こんな奴にアルセラさんは・・・!」
そこでふと周りに散らばる書類に目を止めた。
「これは・・・不正受給の書類!それにこっちはあの教団への報告書?冒険者の事故死に関する内容だ。・・・いい事思いついたぜ。」
タクマはニヤリと悪い顔をした。
翌日、ギルド『黒狼の牙』で大変な騒動が起こっていた。
朝方職員がギルドに着くと部屋の真ん中でグルグルに縛られたギルドマスターとテーブルの上に不正受給の書類と冒険者の事故死に関する書類などなど、ギルドマスターの罪の証拠をこれでもかと置いてあったのだから。
その書類を見た職員と冒険者達が口をそろえてギルドマスターを罵倒した。
タクマ達もギルドに着くと入口付近に人混みがあり冒険者たちがクレームをぶつけていた。
「ふざけんな!こっちは命がけで仕事してんのに給料少ないと思ったらケチってやがったのか!」
「ギルドの誤情報のせいで親友を無くしたんだぞ!親友を返せ‼」
もはや収集の付かないくらいヒートアップしていた。
「ものすごい騒ぎですね。」
リーシャも少し怖がっている。
「これじゃ中の様子が見れないな。バハムート、ちょっと乗るぞ?」
「うむ。」
バハムートの背中に飛び乗り二階の窓から中の様子を伺うとギルド内は冒険者で詰まっていた。
受付に抗議している者もおり職員は対応に追われているようだ。
「どんだけ恨まれとんのや。あのギルドマスター。」
ため息をつくウィンロス。
リーシャは何のことかわからず首をかしげていると後ろからアルセラに声をかけられた。
「すまない皆。ちょっといいか?」
「ん?」
アルセラに連れてこられたのは一軒の喫茶店だった。
外のテラスにはロイルが既に着席している。
「来たか。」
「ロイルさん?それにアルセラさんも。俺に何か?」
「君に話しておきたいことがあるんだ。」
テラスで一同はお茶をしながら話し合いを始めた。
「まずこの騒動の原因は君で間違いないかね?」
「あ、やっぱり気づいちゃいます?」
ロイルの鋭い視線に少したじろぐ。
「気づかない訳ないだろう。つい昨日話し合ったばかりではないか。ギルドマスターの悪事を暴いてくれたのはありがたいが、我々にも一言声をかけてほしかったぞ。」
「まったくだ!一人で片づけてしまうなんて水臭いではないか!」
頬をプクゥと膨らませて起こるアルセラ。
二人の言い分ももっともだ。
一人で先走ってしまった事は反省点だが二人がここまで心配をしてくれたことには純粋に嬉しかった。
だからこそ反省しなければならない。
「・・・すいません。ご心配おかけしてしまって。」
「分かってくれれば良い。いつでも我らを頼ってくれ!」
心強い言葉も貰ったのも束の間、ロイルは話を変えた。
「して話は変わるがタクマ殿は王都の勇者について存じているか?」
王都の勇者。
その言葉を聞いたタクマとバハムート、それにリーシャも険しい表情になった。
「ん?どうした?」
「いや、何でもない。続けてくれ。」
いつもより重めのある声で言った。
「そうか?では話を戻して、俺がこの街に来た目的は勇者の現状が気になったからだ。」
ロイルは一から説明した。
召喚した当時から見てきた勇者の性格上、ありえない状態に落ちている事に疑問を抱きこの街に来たことを。
「周りの連中は戦ったドラゴンの脅威差に当てられて気持ちが沈んでいると思い込んでいるんだが、俺はどうしてもそうは思えなかったんだ。」
勇者が戦意喪失している理由は十中八九タクマが原因だろう。
それもそうだ。
二度と同じ悪事をさせないよう徹底的に切り刻んでやったのだから。
だが奴がリーシャにした仕打ちを思い出すとどうしても勇者を許せなかった。
その感情が顔に出たのかアルセラが少し怖がりながら声をかけた。
「た、タクマ殿?どうしたのだ?」
「ん?あぁすみません。ちょっと考え事をしてて・・・。」
「・・・タクマ殿。実は先日部下から聞いたんだが、この間の勇者の功績を称える宴の時タクマ殿の様子が少しおかしかったと部下が気にしていたが?」
そうか。
アルセラは完全に酔っててほとんど覚えていなかったようだ。
宴を楽しみながらも騎士団の兵士たちは周りの人間を見ていてくれていたみたいだ。
「リーシャ殿もそうだ。二人は私が引き留めなかったら早々に帰っていたかもしれない。もしかして二人は勇者が嫌いなのか?」
案外感が鋭い。
タクマはリーシャの顔を伺うとリーシャはコクンと頷いた。
話しても良いとのことだ。
「・・・お二人には、話しても良いでしょう。」
タクマは事の真相を話した。
ラシェルが初代竜王の妃であることは伏せて。
「・・・何とも信じがたいが、あの勇者ならあり得るな。」
ロイルは重いため息をついた。
「子供を・・・それも幼い少女をいたぶるなんて、許せん!」
アルセラもリーシャに対しての暴行に怒りテーブルを強く叩いた。
(少女と言っても中身は二十代の大人なんですがね。)
リーシャはそう思った。
「そないな事があったんかいな。」
「うむ。お主もあの場に居合わせていたら我らと同じ気持ちになっていたかもな。」
「それでリーシャの嬢ちゃんの魔力が減ってたんやな。」
ウィンロスも根本的な理由に納得していた。
「だがこれであの勇者が聖剣を持ち帰らなかった理由が分かった。リーシャ嬢、我々の監督不行きで君の命を危険に晒してしまい申し訳なかった!」
ロイルとアルセラは席を立ちリーシャに深く頭を下げた。
「頭を上げてください。私はこうして生きているんですから。」
「いや、このままでは我らアンクセラム近衛騎士団の示しがつかない。勇者が民の命を奪おうとしたのなら尚更だ!」
なんと見事な騎士道精神。
これほどの大人が側にいながら何故勇者はあんな奴なのだろう?
ロイルは話を続けた。
「この事実があれば勇者の任を破棄させることもできるだろう。」
「任を破棄?そうすればこの国に勇者の存在は無くなってしまいますが?」
「構わん。どのみちあの勇者はそれほど実績を積んでない。任務に赴かず遊んでばかりで魔獣による脅威は減らなかった。だが勇者としての存在を保つために上の連中は偽りの功績を上げ真実をひた隠していたんだ。」
「確かにギルドで聞いた話には聖剣を失うもドラゴンを討伐したなんてありもしない報道が流れてたな。本当はリーシャにぶっ指して逃げて行ったくせに!」
タクマはギリッと歯を食いしばった。
するとアルセラがとんでもない提案をしてきた。
「ロイル隊長。勇者の解任に証人として彼らを王宮に招くことはできませんか?」
「はぁ⁉」
タクマとリーシャは目が点になった。




