『第百五十一章 矛盾』
フェニックスのアーティファクトを探すため再び和国にやってきたタクマ達。
だが中央都市である蓮磨の都へはなるべく近づかないようにしていた。
ラセン達を助けるため騒ぎを起こしてしまったからである。
そして現在タクマ達は、広い畑を耕していた。
「なんでやねん‼」
足で掴んでいた鍬を投げ捨てるウィンロス。
「なしてオレ等畑耕しとるん⁉アーティファクトの情報収集は⁉」
「ちゃんとしてるよ。絶賛な。」
「土ひっくり返してるどこがやねん?」
すると畑の隅に建つ小屋からお婆さんが呼び掛けてきた。
「おーい!ちょっくら休憩なさいな!」
「はい!今行きます!」
「や、やっと休憩か・・・。」
「その図体でなにへばってんだよ。」
既に息が上がってるゴグマにラセンがバシバシ背中を叩く。
二人はバハムートのスキル『認識疎外』をかけてもらってるため周りからは普通の人間に見えている。
なので人種差別の強い和国にも入れているのだ。
男性陣が小屋に集まるとリーシャ達女性陣がお茶菓子を出してきた。
「厨房を借りて作ってみました♪」
「うひょー!美味そうだな!」
お茶菓子にラセンが食らいつく。
「おまっ!全部食う気か⁉オレ等にも残せや!」
「大丈夫よ。ほら。ウィンロスとおじ様の分。」
リヴが異空庫から巨大な皿に盛られたお茶菓子を出した。
「賑やかだねぇ。」
お婆さんがニッコリと微笑む。
「すみません。騒がしくしてしまって。」
「いいのよ。若い子らはこのくらい元気がなくちゃ。」
タクマ達はこのお婆さんの依頼を受けている最中なのだ。
何故依頼を受けているのかというと。
「本当にこの老婆がアーティファクトについて知っておるのか?」
もきゅもきゅと茶菓子をほうばるカリドゥーンが問う。
「厳密には鳳凰についてだな。モデルとなった聖獣について何かわかればアーティファクトに繋がるんじゃないかと思ってな。」
「あーてぃふぁくと?なる物は分らないけど、鳳凰伝説については知っているよ。あたしも若い頃よく耳にしたもんさ。」
大まかな部分は鬼族の長に聞いた内容通りだがお婆さんが言うにはその鳳凰を祀った祠が国のどこかに眠っていると言うのだ。
「随分大昔の祠だからもう場所も忘れ去られてると思うけど、もし見つけられたらアンタ等の探している物について何か分かるかもしれないね。」
「祠か。なんからしくなってきたな。わくわくするぜ!」
「ラセンさんて結構冒険好きなんですね。」
「探求こそ男のロマン!」
「それはテメェだけだ。」
ゴグマに突っ込まれるラセンだった。
「にしても、この畑は相当広いな。」
「はい。お婆さんはこの規模の畑仕事をお一人で行っていたんですか?」
リーシャがそう聞くとお婆さんは急にしんみりした表情になってしまった。
「今はほんの一部しか面倒を見切れてないよ。昔は夫、息子夫婦や孫たちときりもみしてたさ。でも、あの日以来ずっとあたし一人だ。」
「・・・どういうことですか?」
「・・・鬼族に殺されたんだ。」
全員が一瞬硬直した。
目線でラセン達を確認したがラセンは首を高速で横に振り、ゴグマも表情で何も知らないと訴えていた。
「鬼族に?でもどうして・・・?」
「夫と息子夫婦が買い出しに出かけた矢先に森の中で惨殺された遺体を見つけたって報告があってね。その後、あとを追うように孫たちもいつも間にか消え、夫と息子夫婦と同じ森の中で遺体で見つかった。」
あまりにも強烈な内容に全員が言葉を詰まらせていた。
しかし、
「でもね。あたしは殺したのは鬼族じゃないって確信してるんだよ。」
意外な言葉に全員が目を丸くした。
「え?どういうこと?」
「実はあたしね。昔鬼族の女の子と冒険者をやってたんよ。」
「意外な経歴出てきたで⁉」
「お主ちょっと黙ってろ。」
バハムートにくちばしを掴まれるウィンロス。
「あたしとその子は幼馴染でね。昔はこの国の連中と鬼族は共存していたって話しは知ってるかい?」
「あぁ、一応な。」
「あたしらの時代はまだ対立してなかったからね。よく遊んでよく喧嘩して。鬼族がどんな人たちか骨の髄まで理解してるんだよ。あんなに優しい人達が人殺しなんて考えられないからね。」
嘘偽りを言ってるわけではなさそうだ。
お婆さんからは純粋な気配が伝わってくる。
しかしそうなるとこれまで聞いた話に矛盾が生まれる。
和国が鬼族と対立した原因は鬼族が人を殺め始めたからだ。
だが鬼族には人殺しをするメリットが全くと言っていい程ない。
しかもこれまでうまく共存出来ていたのに何故そんな事をするのか理解が出来ない。
(この騒動は鬼族から始まった訳じゃないのか?そういやゴグマも処刑されそうだった時、人間が鬼族を殺し始めたとか言ってたな?・・・この騒動、何かあるな。)
そう訝しむタクマだった。
午後、再び畑仕事に戻った男性陣。
するとラセンがタクマの元にやってきた。
「なぁタクマ。さっきの婆さんの話で思い出したんだけどよ。婆さんの言ってた幼馴染って、もしかするとゴグマの婆ちゃんかもしれねぇ。」
「何⁉」
「俺もガキの頃よくゴグマの家に遊びに行っててよ。そんでよくゴグマの婆ちゃんから若い頃の武勇伝とか飽きるほど聞かされたからさ。んで、そこに幼馴染との話もあったからもしかしてって思って。」
「マジかよ。世の中狭いな。」
そんな話をしてる中、小屋の方で畑を見渡してお茶を飲むお婆さんの横にアルセラが腰を降ろした。
「お隣、いいですか?」
「構わんよ。」
しばらく沈黙が続くとお婆さんから口を割った。
「何か思い詰めてるね?」
「っ!・・・はい。私は先月、祖母を亡くしました。とても強く勇敢で、とても優しい祖母でした。」
「そうか・・・。辛かったね。」
「・・・祖母は最期に、私達に未来を託しました。でも、私自身、祖母の期待に応えられるか不安でしょうがない。暫く祖母を亡くしたショックで彼らに迷惑をかけてしまった。」
「それは仕方ないことだよ。あたしも家族を亡くした直後はショックで自分も死にたいと思ってしまったくらいさ。でも、あたしまで死んだら夫や息子、孫たちを思い出せなくなってしまう。その思いがあったから、あたしは最後まで生きる道を選んだ。貴女もお婆さんを忘れたくないんだろ?」
「勿論です。とても大好きなお婆様ですから。」
「期待うんぬんの前に、お婆さんとも思い出を忘れないようまずは前を向いて生きることをなさい。貴女はまだ若い。時間はたっぷりあるんだ。今すぐに期待に応えようとしなくても罰は当たらんよ。」
お婆さんは優しく微笑みアルセラの頭を撫でた。
「辛かったね。でも貴女はよく頑張ってるよ。」
たった数日しか会っていないがお婆さんの優しさがアルセラの傷ついた心を優しく包んでくれた。
次第にアルセラは涙目になり静かに泣いたのだった。
それを畑の方からタクマも優しく見ていた。
数日後、畑は豊作となり一気に収穫を済ませる。
そしてお婆さんの依頼も無事に完了したのだった。
「エグイ量採れたで・・・。」
「やっぱ男手があると収穫量も段違いだね。」
お婆さんは採れた収穫物を幾つか袋に入れタクマ達に渡した。
「差し入れだよ。持っておいき。」
「あ、ありがとうございます・・・。」
それでも山積みになるほど量が余っている。
「婆さん、この収穫物どうするんだ?」
ラセンが聞くと昔から契約している商人がこちらに来て買い取ってくれると言う。
「これだけあればしばらくあたしが畑仕事しても十分賄える。本当にありがとうね。」
「いえ、こちらも有力な情報感謝します。」
帰り支度をしているとお婆さんはアルセラに寄った。
「あたしは貴女を応援してるよ。頑張りなさい。」
「っ!はい。ありがとうございます!」
そしてタクマ達はお婆さんに教えてもらった鳳凰を祀る祠を探しに出発していった。
彼らを見送るお婆さんはぼそりとつぶやく。
「人間と鬼族が一緒にいるなんて、まるで昔に戻ったみたいだ。・・・親友のアンタと冒険した時を思い出すよ。」
風で木々が揺れる大地を眺めながらタクマ達の旅路を眺めるお婆さんだった。
「あの婆さん、鬼族に対して嫌悪してなかったな。」
貰ったトマトをかじりながら言うラセン。
「元々鬼族と友好関係だったのもあるんだろうけど、和国にはそんな人もいるって事だ。」
「全ての人が鬼族を恐れていないんですね。ちょっと安心しました。」
するとずっと黙って歩くゴグマにラセンが突っ掛かる。
「これでも人間が憎いか?」
「・・・憎いのは変わらない。少なくとも蓮磨の都の連中はな。」
確かに蓮磨の都の人間たちはゴグマが処刑されそうになった時も酒を飲んで余興として楽しんでいた。
同じ人間のタクマ達から見ても不快極まりない行いだ。
「・・・鬼族を嫌悪してるのは蓮磨の都の連中だけなのか?」
「タクマさん?」
「あ、いや。なんでもない。」
さて、今後の目的は大昔に鳳凰が祀られた祠探し。
近くの和風街にて情報収集を始める。
しかし流石に昔過ぎる歴史なのかあまり情報は得られなかった。
「どうだ?」
ラセンとリーシャ、アルセラ達も首を横に振る。
「伝説自体は聞くんだが肝心の祠の場所は分らずじまいだ。」
「俺の方も似たような感じだ。」
「思うように事が進みませんね・・・。」
ガクッと肩がうなだれるリーシャ。
「そういやバハムート達ドラゴン組が戻らないな?どこまで行ったんだ?」
すると遠くの方で突然爆発が起こった。
「何だ⁉」
急いで向かうといろんな出店が並ぶ大広場で大きな狐型の魔獣が姿勢を低くし唸っていた。
その前にはバハムートとウィンロスが立ちはだかっている。
「リヴ!」
「主様!」
リヴは崩れた店の下敷きになってる男性を助けようとしていた。
「ゴグマ!そっち持て!」
ラセンとゴグマが瓦礫を押し上げ男性を引きずり出す。
「今回復します!」
リーシャが回復魔法で応急処置を済ませる。
「リヴ。何が起こったんだ?」
「おじ様たちと買い物しながら情報収集してたら建物の上から突然あの狐が出てきて・・・。」
狐の魔獣は未だにバハムート達に襲い掛かっている。
バハムートとウィンロスも周りの被害を最小限に抑えながら狐の魔獣を押さえようとしていた。
しかしどちらも巨体。
少し動くだけで周りが徐々に崩れていく。
「あの狐、ドラゴンのアイツ等に全然臆さず襲い掛かってる・・・。普通の魔獣なら気配で恐れをなすはずなのに・・・。」
狐の魔獣をよく観察すると首元に光る何かを見つけた。
「っ⁉バハムート!ウィンロス!その狐を上空で拘束してくれ!」
「上空で⁉何でや⁉」
「黙って言う事を聞け!タクマの考えだ!何か分かったのだろう!」
よくわからずだがタクマの言う通りにウィンロスは狐の魔獣の懐に潜り上空へ蹴り上げた。
そのままバハムートが飛翔し狐の魔獣を空中で取り押さえる。
すると魔獣の首元に赤く光る魔石が埋め込まれたチョーカーのようなものが見えた。
「あれだ!」
タクマは建物を駆けあがって飛び上がり居合の構えを取る。
「居合・鬼炎‼」
炎の鋭い一閃がチョーカーのみを切り裂いた。
チョーカーを切り取った狐の魔獣はガクッと力尽きた。
そのまま落下するタクマは広場に張り巡らされた提灯の紐を掴み、バハムートも狐を抱えゆっくりと降りてきた。
「タクマさん!」
「主様!」
飛び降りるタクマに駆け寄るリーシャ達。
「大丈夫でしたか?」
「全然。神の連中に比べたら余裕過ぎるぜ。」
そう言いガッツポーズした。
「と、それよりも・・・。」
沈黙した狐の魔獣。
バハムートが見張っているが未だに眼を覚ましていない。
「タクマ、こやつは・・・。」
「あぁ、気付いてる。」
タクマは先程狐から切り取った赤い魔石のチョーカーを取り出した。
内側には血がついた棘が幾つもついている。
「身体にぶっ指して取り付けるタイプのようだ。こんな物、自然にくっつく物じゃない。」
「・・・明らかに人為的なものだな。」
「あぁ。」
すると突然狐の魔獣が光に包まれた。
「わっ!」
「何や⁉」
光が治まるとそこには三本の尻尾が生えたケモミミ少女が倒れていた。
「えぇ⁉女の子になっちゃったわよ⁉」
「お前が言うか。」
眼が飛び出して驚くリヴにツッコみを入れたタクマだった。




