『第百四十八章 鬼族ラセン』
夜闇の蓮磨の都。
その中央にそびえ建つ大きな城。
その地下の牢屋にて一人の青年が筋トレをしていた。
「ふぅ、今日のノルマは達成。・・・さてと、何だか風向きが変わった気がしたな?これは何かが変わる予感がするぜ。」
蓮磨の都の食堂で夕食を食べながら情報整理を始めるタクマ、リーシャ、アルセラ、ネクトの四人。
「俺達の方はてんでダメだ。やっぱ種族を隠して探し出すのは厳しい。」
「うまく変装しているのでしょうか?捕まったという話も聞きませんし・・・。」
食卓に並ぶ和国ならではの郷土料理をある程度平らげたネクトが割って入った。
「ゲフッ。それなら掴んだぞ?俺。」
「「はい⁉」」
思わず立ち上がるタクマとリーシャ。
「掴んだって、何をだ?」
「鬼族の事だ。どうやら俺達の探してる二人は既に捕らえられているらしい。」
ネクトは席を立ち、夜景に包まれる窓の外を指さした。
「丘の中央に建つ大きな城。あれが和国で一番偉い将軍様の住む場所だ。あの城の地下に牢屋があるらしく二人はそこに幽閉されている。」
「将軍・・・。」
タクマも窓の外を見てつぶやく。
「なら今後やるべきことが変わって来るな。」
「あぁ。この国に入った鬼族は問答無用で処刑される。得た情報じゃ明日の正午、鬼族の一人があそこの広間で公開処刑される手筈となっているらしい。」
「明日⁉もう時間が無いじゃないですか!」
「なるべく急いだ方がいいぞ?タクマ。」
「あぁ。そうだな。」
夜空に光り輝く月を見て明日の作戦を練る四人だった。
「にしてもお前よくその情報掴めたな。」
「裏の連中を締め上げたら裏の情報屋を教えてもらってな。そいつから情報を得た。」
「裏ばっかり・・・。」
「危ないことはしないでくださいね?」
「うい。」
んべっと舌を出す。
あまり聞いていないようだった。
翌日、タクマ達は処刑が行われる中央広場に向かっていた。
城に潜入して直接助け出すことも考えたが居場所は一番偉い人のいる城。
警備が厳重であることは百も承知だった。
「覚悟しとけよ?いくら人助けと言ったってこの国の政府に反乱するんだからな。」
「承知の上です!」
「まぁ助け出せればこの都に用事は無くなるし問題ないだろう。」
そうしてタクマ達は処刑が行われる大広間へとやってきた。
処刑台の周りには既に野次馬が大勢集まっていた。
そして、何やら活気にあふれていた。
「何だ?あの騒ぎは?」
屋根の上から様子を伺う四人。
よく見ると野次馬の中で酒をかわしたり賭博をしていたりと、とてもこれから人が処刑されるような雰囲気ではなかった。
「まさか、公開処刑を酒手にしているのか?」
「薄々感付いていたが、狂ってやがるな。この街の連中は・・・。」
そして時刻は正午となり、城の方角から檻を引いた馬車がやってきた。
周りにはたくさんの警備兵が陳列している。
(兵士の数が多い?)
処刑にしてはいささか大人数。
そのことを訝しんでいると宰相のような男性が台の上に上がった。
「皆様、お待たせいたしました。これより我が国へ不法入国した者への公開処刑と参りましょう!」
紫色の髪に眼もとには刺青があり、肌色は薄青色の三十前半くらいの男性だ。
「顔色悪そうな奴だな。」
しかしネクトだけはその男から他とは違う異質な気配を感じ取っていた。
(何だあの気配・・・?奴から感じるこの魔力。気に掛かるな。)
「それでは、死刑囚を前へ。」
野次馬が盛り上がる中、不気味な宰相の男はパチンと指を鳴らすと檻の中から手枷をつけられた大柄の大男が出てきた。
赤黒い肌に頭には二本の角が。
「特徴一致!彼が探してた鬼族の一人です!」
「ネクトの情報ビンゴか!」
すぐに飛び出そうとするとネクトに止められる。
「待て。今はまだ出る時じゃない。狙うのは刃が降ろされる瞬間。そこを狙う。」
突然予想外の事が起きれば兵士も混乱しすぐには動けないからだ。
タクマ達は堪えジッと期を待つ。
そうしている間に大柄の鬼は処刑台に固定される。
「では将軍様。貴女も前へ。」
「将軍?」
別の馬車から降りてきたのは長い髪を後ろに束ねた十代後半くらいの若い少女。
しかし、水色で毛先が白みがかった髪に隠れた片目の瞳には悪寒を感じるほどの深い何かを感じた。
「あの少女が将軍?随分若いんだな。」
アルセラが言うがタクマは微かだが彼女から負の感情が漂っていることに気付いた。
(?)
将軍と呼ばれた少女は固定された鬼族の前に立つ。
「・・・貴方は掟を破りこの国に入った。何故掟を守らなかったのです?何故この国の者に危害を加えようとしたのです?」
すると鬼族の大男はどすの効いた声で話し出す。
「・・・俺がいつお前等に危害を加えた?俺はただ真実を知りたかっただけだ。何故鬼族がこれほどまでに屈辱的な扱いを受けなけれがいけないのか理解でいなかった。鬼族はただ平和に暮らしていだけだった。だがある日、お前等人間は突如里に現れ、鬼族を嬲り殺し始めた!そのせいでアイツまで・・・!俺は人間が憎い!何が鬼族は人類の脅威だ!本当の害悪は人間そのものだ‼」
大男の言葉に野次馬からブーイングや罵倒が飛び交う中、屋根の上で聞いていたタクマ達の頭には疑問が飛び交っていた。
(和国の住人は人を殺され、鬼族を憎んでいる。でも鬼族側からしたら突然人間が里に足を踏み入れ訳も分からず突然里の住人を嬲り殺し始めた。・・・何だこの違和感?矛盾は?)
「・・・やはりお前も私達を悪と決めつけるのか。」
「っ?」
将軍がそう呟いた言葉をタクマは聞き逃さなかった。
「将軍、罪人の戯言に耳を貸す必要はありません。ではそろそろご準備を。」
「・・・はい。」
すると何もない手元から魔力で作られた剣が現れ構えた。
「何だあれ?魔法か?」
『ほう。珍しいの。自身の魔力を具現化させるとは。あの小娘、なかなか面白い芸当をする。』
そんな事を言っている場合ではなかった。
将軍の少女が魔力体の剣を振り上げ構えた。
「悠長な事を言ってる場合じゃない!行くぞ!」
その時だった。
後ろに控えていた別の檻から突然大きな音がした。
「何事です?」
宰相の男が兵士に伺う。
「し、死刑囚が!もう一人の鬼の死刑囚が暴れ始め・・・!」
次の瞬間、檻が粉々に粉砕され煙りの中から飛び出した人影が処刑台の上に降り立つ。
野次馬は突然の出来事に驚き逃げかえっている。
「何だ?」
タクマ達も何が起こったのか分からないでいた。
「・・・随分派手にやってくれましたね。」
「そっちの方こそ、俺達を酒手に盛り上がりやがって。親父に聞いた通り、この国の連中はイカれてんのな。」
煙が晴れると大柄の男の前に立ちはだかるように人波サイズの鬼の青年が立っていた。
細身でありながらがっしりとした筋肉質な身体に毛先が赤みがかった白髪。
探していたもう一人の鬼族の青年だった。
「ラセン・・・!」
「ようゴグマ。助けに来てやったぜ?」
ラセンと呼ばれた青年は処刑具を蹴りで粉砕し大男を開放した。
「・・・その者を助けるためにわざと捕まったのか?」
「そう言う事だ将軍様。これでも俺の大事な手下だもんでな。」
「お前を主君と認めた覚えはない。」
「でも関係上はそうだろ?」
「・・・チッ!」
「何をしている!直ちに捕らえろ!」
宰相の命令で大勢の兵士が二人を取り囲む。
「さっさとここからずらかるぞ。ゴグマ!」
「俺に命令するな!」
「掛かれー‼」
合図と同時に兵士が一斉に二人に襲い掛かる。
だが人間の何倍もの筋力を誇る鬼族の二人は自慢の力で難なく兵士をなぎ倒していく。
豪快に暴れるゴグマに対し、ラセンは身軽に跳ねまわり殴る蹴るの繰り返し。
だが彼の放つ拳はゴグマの比ではなかった。
「捕まって腕が鈍ってるんじゃないかと心配したが大丈夫そうだな!」
「誰にものを言っている!俺の二つ名は剛力だぞ!」
次々と兵士がなぎ倒される中、一際大きな存在感がラセンに襲い掛かってきた。
「っ⁉」
寸前でかわすと将軍の少女が切りかかっていたのだ。
「いきなりトップが来るんかよ!」
有無を言わず少女は剣を振り回す。
ラセンもギリギリかわしていくが余裕がない表情だ。
後ずさりし背後から接近してくる兵士を蹴り飛ばす。
だがその隙をつかれ剣筋が完全にラセンを捉えてしまった。
「やべっ!」
その時だった。
将軍の剣を弾く別の男が現れる。
「っ⁉」
少女は咄嗟に距離を取った。
「貴方は、何者?」
「名乗るほどの者じゃねぇよ。」
ラセンの前に立ったのはタクマだった。
「誰だお前⁉」
「話は後だ。今はこの場から逃げるぞ。」
ゴグマの周りにもリーシャ達が現れ残りの兵士を一掃した。
「人間⁉」
「私達から離れないでください!」
全員が集まるとタクマは背の後ろに居合を構えた。
「居合・大壊殴巖‼」
剣を地面に叩きつけ台座を破壊する。
「くっ!」
土煙がまみれ視界が閉ざされる。
そして煙が晴れるとタクマ達の姿はどこにもなかった。
将軍の少女は手元の剣を消滅させる。
「逃げられましたか。」
宰相の男が辺りを見回す。
「どうやら鬼族に手を貸す勢力が現れたようですね。これは由々しき事態。直ちに奴らを探し出せ!」
「ハッ!」
兵士が慌ただしく動く中、宰相は立ち尽くす将軍の少女に歩み寄る。
「将軍様、一度城へ戻り方針を練りましょう。こちらへ。」
「・・・ジャバル。あの男、私の剣を弾いた男を探し出して。」
「はい?何故です?」
「あの男は私達の剣技を見抜いていた。このままでは我らの恥じ。必ず見つけ出して。」
そう言い将軍は馬車へ戻って行った。
残されたジャバルはボソッと言葉を漏らす。
「・・・人間風情が私に命令をするとは、おこがましい。」
無事鬼族の二人を救出したタクマ達。
蓮磨の都を離れ森の中を歩いていた。
「とりあえずこのまま国境を抜けて鬼の里に戻ろう。バハムート達も待たせてるし。」
「それにしても、しばらくあの街にはいけませんね。お店とかいろいろ見て見たかったですけど。」
「贅沢を言うなリーシャ。」
するとラセンがタクマの肩を組んできた。
「いや~助かったぜ!流石の俺でも将軍相手じゃ危なかったからな!おっと自己紹介が遅れた。俺は鬼族のラセンだ。お前らが会った里長は俺の親父な。」
「お、おう?」
初対面で気さくに話しかけてくる彼に少したじたじのタクマ。
「で、後ろのゴツイ奴がゴグマ。一応俺の手下?まぁ部下だと思っててくれ。」
しかし、当のゴグマはずっと黙りこくっていた。
「おいゴグマ?こいつらは恩人だぞ?礼くらいしたらどうだ?」
「・・・黙れ。人間に助けられるなど、屈辱の極みだ。」
どすの効いた声色でつぶやく。
「お前なぁ・・・。」
「ラセン。今まで人間が俺達鬼族にどんな仕打ちをしてきたか忘れたのか?」
「忘れたわけじゃねぇけど・・・。」
「だったら人間となどつるむな!」
ヅカヅカと前の方へと歩いていくゴグマに女子二人は完全に引き気味だった。
「・・・相当人間に恨みがあるんだな。」
「まぁ、アイツの場合は仕方がないと言うか・・・。」
「?」
「いや、なんでもねぇ。さてと、早いとこ戻って里の奴等を安心させてやらねぇとな!」
勢いが強く掴みどころが難しいラセンだがとても他人思いの良い奴であることは気配からでもよく分かったタクマだった。




