『第百四十七章 和国入国』
外向きに反り返るような山々に囲まれた美しい和風の国、『和国』。
かなり広い国土を有しており、世界最大の国家とも言われている。
「その国に鬼族が一歩でも入国すれば即処刑。イカれてるにも程がある。」
先に乗り込んだ鬼族の救出の依頼を受けたタクマ達とネクト一同。
木漏れ日の森の中を歩み進んでいた。
「それだけの人種差別がありながら昔は鬼族と共存してたって言う話が未だに信じられねぇ。まぁアヤメや長の言ってることは間違いないんだろうがな。」
ネクトもポリポリと頭をかいた。
「そんな中に乗り込んだアホ鬼二人を連れ戻す。なるべく急いだほうがいいんじゃない?」
「あぁ、いつ首を斬られてもおかしくはない。捕まってればの話だけど。」
そんな会話の中、アルセラだけは道中ずっとだんまりだった。
『まだ気にしておるのか?あのネクトとか言う小僧に言われた事を。』
「・・・彼の言っていたことは正しい。今の私は、お婆様の死と言う重りが原因でカリドゥーン、君を扱う事が出来なくなってしまっている。タクマ達はもう立ち直ったというのに・・・私だけ、まだ谷底を這い上がれないでいる・・・。私は未熟だな。いくら力を持っていても、心が弱いままでは、何も変われない。変わっていなかったんだ・・・、私は・・・!」
感情がぶり返し涙目になってしまう。
すると突如目の前にリルアナが顔を出してきた。
「うわっ⁉」
「アルセラさん、泣いてるの?」
無表情でアルセラに顔を近づける。
「い、いや!泣いてなんか・・・!」
「誤魔化しても無理。実際に涙出てるし。・・・私は感情に敏感だからすぐに分かるわ。」
感情を失った彼女は感情に異様に敏感になっていた。
「思い悩んでるのなら全部吐き出した方が楽よ?全部聞いてあげるから。」
彼女の聖女気質がアルセラの心を少し和らげた。
「・・・じゃぁ、一方的になってしまうが私の話、聞いてくれるか?」
道中各々過ごしながら進んでいると和国の国門が見えてきた。
かなり巨大で瓦屋根が目立つ和風の国の門だ。
前には槍を構えたちょんまげの男性二人が立っている。
「あそこが門か。場所は分かったし、お前等は里に戻って待機しててくれ。」
「なんでや?」
「万が一騒ぎになられても困るから念のためだ。メルティナも預けたいからリヴも残ってくれ。」
「えぇー⁉私も⁉」
「出来るだけ少人数で行きたいんだよ。」
「じゃぁ私も待ってるわ。メルティナちゃんの事は任せて。」
リルアナの挙手にメルティナが目を輝かせた。
という事で和国に潜入するのはタクマとリーシャ、アルセラ、ネクトの四人で行くこととなった。
ネクトの従魔は指輪となってついていくようだ。
「指輪に化けるの地味に便利やな・・・。」
「我は物などに化けたくはないな。」
そして門を通り抜け、いよいよ和国へと入国した。
和国に入ると大気中の空気が一変した。
明らかに外とは違う独特かつ繊細な空気だ。
「空気が凄い清んでるな。つかなんかこの感じデジャヴのような?」
タクマが首を傾げていると、
「故郷を思い出しますね。」
ほんわか笑顔で言うリーシャ。
「あぁ!お前の故郷の街か!めっちゃ懐かし!」
あの時はまだリーシャは仲間になってはおらず、タクマとバハムートの二人だけの旅の時だ。
「思い返せばメンバー増えたよな。」
「思い出に浸ってるとこ悪いが行くぞ。」
ネクトに言われ四人は和国の中心都市『蓮磨の都』へと向かった。
道中、和風独特の風景が続いた。
紅葉の美しい山道を通り抜けると大きな街が見えてきた。
「あれが蓮磨の都か。」
「凄く大きな街ですね。今までの国の王都に引けを取らない大きさです。」
遠めでもその広大さが分かる。
街につくと賑わいも凄まじかった。
見たことない物資や食材で正直見て回りたいところだが、今は鬼族の二人を探し出さなくては。
「ネクトは・・・。」
「前のように一人で動く。日が暮れる時にこの街の広場に集まるぞ。」
それだけ言い残しネクトは一人人混みの中へ消えていった。
「おいネクト!ーったく、相変わらずだな。」
「私達も行きましょ。タクマさん。」
「おう。」
タクマ、リーシャ、アルセラの三人は街で聞き込みをして回る。
そして、
「案の定ほしい情報が得られないな。」
夕方、休憩がてらベンチに腰を降ろすタクマとリーシャ。
「鬼族であることを隠しながらは流石に難しいですね。足がパンパンです。」
そこへアルセラも合流してきた。
「そっちはどうだ?アルセラ。」
アルセラは首を横に振った。
情報収集が思うように進まない中、タクマはアルセラの様子を気に掛ける。
「・・・まだ引きずってるのか?」
「っ!」
ビクッと反応するアルセラ。
「いい加減ヒルデさんの死を乗り越えろ。」
「分かってる・・・。」
アルセラは拳をぎゅっと握る。
「いや分かっていない。いつまでもあの人の事を思ってちゃ先に進めないぞ。周りの奴等にも迷惑が掛かるんだ。だから・・・。」
「分かっているんだ!君達に迷惑をかけていることくらい!あのネクトっていう子にも言われて心底理解している!でも、どうしても割り切れないんだ!君達の言いたいことは痛いほどわかる!私自身が一番理解している!」
自暴自棄になってしまったアルセラはタクマに当たるように叫ぶ。
「はぁ、はぁ・・・。」
「アルセラさん・・・。」
「・・・すまない。暫く一人にしてくれ。」
涙を流しその場から走り去ってしまった。
彼女の突然の変わりように二人が呆然としているとリーシャが我に返る。
「はっ!タクマさん!アルセラさんに謝ってください!」
「え⁉」
「え⁉じゃありません!タクマさんのさっきの発言はアルセラさんの心の傷に塩を塗る言動です!アレは全面的にタクマさんが悪いです!」
「そこまで言う?」
「・・・アルセラさんは大好きなヒルデさんが目の前で殺されてしまい、かなりのショックをうけてしまいました。今のあの人の心は簡単に治せないほどの大きな穴が空いています。その穴を埋めることが出来るのは、仲間である私達だけです。でも最初はタクマさん。貴方でなければいけません。どうかお願いします!」
「・・・・・。」
「はぁ、はぁ・・・。」
タクマ達の元から走り去ったアルセラは路地裏の暗がりにやってきていた。
(無我夢中で走ってこんな所まで来てしまった・・・。)
アルセラはタクマの事を思い出し胸が苦しくなる。
「八つ当たりとは、なんとも情けない。はは、私は最低な女だな・・・。騎士失格だ・・・。」
力なくその場に座り込むと背中のカリドゥーンが話しかけてくる。
『・・・黙って見ておったが、やはり貴様は童だな。感情的になり仲間に八つ当たりするとは何とも情けない。』
「・・・失望したか?」
『逆じゃ。叩き直しがいがあるというものじゃ。』
「性格の悪い剣だ・・・。」
薄暗い路地裏の中、密かにうずくまっていると、
「お嬢ちゃん一人かい?」
「っ!」
いつの間にかガラの悪い男三人衆に囲まれていた。
「こんな時間にこんな所に隠れてちゃ誘ってるようなもんだぜ?」
アルセラは背中のカリドゥーン手をかける。
「おいおい。武器を持ってる奴が一般人に危害を加えるつもりか?」
「くっ!」
剣は向けられないが、持ち前の身体能力で逃げることは出来る。
隙をついてその場から逃げ出そうとしたその時、足元がぐらつき態勢を崩してしまった。
「っ⁉」
「なんだ?疲れてんのか?こりゃ好都合だ。」
男はアルセラの髪を掴み上げ、胸に触れる。
「うぐっ!」
「へへへ。ちったぁ楽しませてもらうぜ。」
「させると思うか?」
その時、いつの間にか男たちの頭上に一人の影が現れる。
「は?」
空中で男を蹴り飛ばしもう一人の男ごとぶっ飛ばした。
ローブを翻しアルセラの前に降り立ったのは、
「タクマ!」
「テメェ、やりやがったな⁉」
最後の一人の男が殴り掛かるが所詮素人。
背負い投げを決め難なく押さえつけることが出来た。
「俺の仲間に手を出したんだ。覚悟は出来てるんだろうな?」
「ぐぐぐっ!」
するとそこへ和国の自警団がやってきた。
何かと疑われたタクマだが被害に遭ったアルセラが念入りに事情を説明し、正当防衛として認められた。その後、自警団は男三人衆を連行しその場を後にしたのだった。
「・・・その、タクマ。」
「ん?」
「すまなかった・・・。君の言ってることは正しかったのに、八つ当たりしてしまって・・・。」
「・・・いや、謝るのは俺の方だ。お前は俺達よりも深い傷を負ってたのに、心の無い事を言ってしまった。本当にごめん。」
タクマは深く頭を下げた。
「そんな!私の方こそごめん!」
慌ててアルセラも頭を下げ返した。
しばらく顔を見合わせていると不意に笑みがこぼれてしまう二人。
「詫びと言ってはなんだが、今日の夕飯は俺に奢らせてくれ。」
「そ、それは構わないが・・・、いいのか?この国の店舗は外の国より多少料金が高いが?」
「資金が底をつかないよう定期的に依頼を受けておいたからな。大丈夫だ。」
すると壁の陰からネクトとリーシャがにゅっと顔を出してきた。
「じゃぁお言葉に甘えて今夜はたらふく食わせてもらおうかね?」
「おわっ⁉いたのかお前等⁉」
「えへへ♪ごめんなさい。」
その晩、四人は和国の郷土料理をタクマの奢りでたらふく堪能したという。




