『第百四十四章 残された者たち』
お待たせしました。
投稿を再開します。
少し後の話。
剣星ヒルデの訃報は全世界に衝撃を与えた。
大半の人々は神が現れヒルデを葬ったという報道を信じなかったが、それでも信じた人々もいた。
少なくとも、彼女の親族や弟子たちは。
ヒイラギ率いる勇者パーティの一人、かつてヒルデの弟子だったミレーユはギルドでその報道を知った時、その場に泣き崩れたという。
そしてアルセラの兄であるウィークスにもその知らせが届き、教会で一人静かに祈りを捧げた。
そして、街から遠く離れた森林にて爆発音と土煙が上がっていた。
「うおりゃぁぁぁぁ!」
ウィンロスの蹴りがバハムートに向けられるが前足で強引に受け止められる。
「ふんっ!」
そのまま地面に叩きつけようとした直前、雷刃竜へ覚醒する衝撃を利用してバハムートから逃れた。
「腕を上げたな。」
「オレの場合翼やけどな。」
二頭の手合わせの様子を見ていたタクマとリーシャは倒木に座って見守っていた。
「皆さんいつになく気迫が凄いですね。」
「あぁ。」
「・・・やっぱり、皆さんも悔しかったんですね。」
「あぁ・・・。」
街を出発してから数日、ヒルデに頼まれた最後のお使いとして一同はステイン領土へ向かっていた。
「・・・アルセラの様子はどうだ?」
「アルセラさんは・・・。」
あの日から、アルセラはテントに籠るようになっていた。
食事もあまり採っておらず、そろそろ体調が心配になってきている頃。
「カリドゥーンさん。これ、アルセラさんに渡してきてくれますか?」
異空庫から作り置きのスープを取り出しカリドゥーンに渡した。
「うむ・・・。」
受け取るカリドゥーンだが彼女も少し元気がない。
「カリドゥーンさんも、まだ完全に立ち直れてないみたいですね。」
「今はそっとしといてやるんだ。こういうのは時間が解決してくれるのを待つしかない。」
そう言いながらコーヒーをすするタクマだった。
「小娘、入るぞ?」
テントを開けると奥の方で寝間着姿でうずくまってるアルセラがいた。
水浴びもあまりしていないためか髪もボサボサだ。
「・・・ここ数日間、この森林に留まってる。皆貴様を待っておるのだぞ?」
「・・・分かってる。」
頭では分かってても、心にはまだ深い傷があった。
「そろそろ何か口にせんと身が持たぬぞ。ここに置いとくから後で食え。」
「・・・・・。」
しばらく立ち尽くした後、カリドゥーンは隣に腰を降ろした。
「・・・これは独り言じゃが、儂に本来の力があれば、あやつを助けられたかもしれん。じゃが、もう過ぎた事は変えられん。それは分かっておる。分かっておるんじゃが、どうしても悔やんでしまう。自分に力があればと・・・!」
ギュッと拳を握って歯を食いしばるカリドゥーン。
「二度とこんな思いをしないよう、必ずアーティファクトを見つける。もう何も失わないために。」
そう言い残しカリドゥーンはテントを後にした。
「・・・何も失わないために、か。」
一方で、少し離れた場所では周りの木々が切り倒された光景になっていた。
「ハァ、ハァ・・・、っ!」
リヴが両手をかざすと水の玉が現れ、それを握り潰す。
そして華麗に回転すると遠心力で掴んだ水がまるで刃のようになり、広いリーチで周りの木々を切り倒した。
リヴは気に寄り掛かり息を整える。
「やっと、新しい技を覚えられた・・・。もっと強くならなきゃ。皆のためにも・・・!」
それから二日後、ようやく動けるまで立ち直ったアルセラはタクマ達に一言謝った後、ステイン領土の中央街に到着した。
「ここがお婆様の生まれ故郷・・・。」
街は領主邸を中心に広がっており、活気も溢れ自然も美しかった。
「ヒルデさんの残した手紙の宛先はここの領主だ。一度宿に行くぞ。」
一同は宿にて荷物を落ち着かせ、領主邸にはタクマとリーシャ、アルセラの三人で行くことに決めた。
領主の館についた三人は門兵に事情を説明し、アポを取ってくれた。
「お婆様の話では実家から追放されたと言われてたが、すんなり話を通してくれたな。」
「面倒なしがらみがなくて助かる。」
許可が下りた一同は館の敷地内に入った。
「凄い庭園・・・。ヒルデさんの実家って凄い大きいんですね。」
屋敷に向かって歩いていると一人のご老人男性が前に現れた。
「何者だ?」
強面で睨む男性。
酷く警戒されてる様子だ。
「貴方が領主様ですか?ヒルデさんから手紙を預かっています。どうか受け取ってください。」
リーシャは異空庫から手紙を差し出すが、
「必要ない。とっとと出ていけ。」
予想外の言葉をかけられ困惑する三人。
「で、でも!とても大切な手紙なんです!受け取っていただけるだけでも・・・!」
「必要ないと言っている‼」
怒鳴る男性にリーシャはビクッと怯む。
だが、
「必要ないものなんて、ありません。少なくともこの手紙は、ヒルデさんの全てが詰まっているんです!私はヒルデさんの残してくれた思いを無駄になんてしたくない!」
男性はヒルデの名に反応した。
「っ!・・・アイツの名を言うんじゃない‼」
相当キレたのかリーシャに手を挙げてしまう。
殴り倒されるリーシャを見たタクマは額に血管が浮き出る。
気が付くと男性に掴みかかっていた。
しかし男性は表情一つ変えずタクマをいなし地面に叩きつけた。
「タクマ⁉」
アルセラは状況についていけず動けなかった。
「いいか。二度とアイツの名を出すな。手紙も受け取らん。さっさとここから出ていけ!」
だが次の瞬間、床に押し付けられていたタクマが強引に起き上がってきた。
(っ⁉何だこの馬力は⁉)
有り得ない馬力に驚き男性に押さえつける力が一瞬弱まり押し返す。
そして瞬時に身体を捻りタクマの拳が男性の顔に当てられ殴り飛ばした。
「ぐはっ⁉」
回転しながら飛んでいった男性はそのまま気を失った。
「アンタは偉いのか知らねぇが、リーシャに手をあげた事は許さねぇ!」
静かな怒りを露わにするタクマ。
相当激怒していた。
「タクマ・・・。」
倒れるリーシャを起こすアルセラ。
そこへ、
「お待ちください‼」
屋敷から若い赤毛の青年が現れた。
「客人方!どうか矛を収めてはくれませんか!どうか、この通り!」
青年はすぐに頭を下げる。
領主の身内であろう人がすぐに頭を下げたためか、次第にタクマも矛を鎮めていった。
赤毛の青年に案内されタクマ達は客間でもてなされていた。
「大丈夫か?リーシャ?」
アルセラの隣でリーシャは殴られた頬をメイドさんに手当てしてもらっていた。
「はい。もう大丈夫です。」
手当を終えたメイドさんと入れ替わるように先ほどの赤毛の青年が入室してきた。
「お待たせして申し訳ありません。私、この地を治めている領主の子息『ルーグ・ステイン』と申します。現領主である父は現在領土改編で遠方へお出かけになっております故、代理で私が対応します。」
丁寧に自己紹介する青年ルーグ。
「初めまして。リーシャと申します。」
「タクマだ。」
「アルセラ・シフェリーヌス。ステイン家は私の祖母の実家と聞いて来たんだが?」
「ヒルデ大叔母様のお孫さんでしたか。となるとアルセラ嬢は私の親戚でしたか。」
ルーグは頬に湿布を付けてるリーシャに再び頭を下げた。
「祖父が大変失礼しました。客人に、ましてや幼い少女に暴行を、本当に申し訳ない。」
「頭を上げてください。私はもう大丈夫ですから。」
「人が良すぎるぞリーシャ。お前は子供である以前に女なんだ。顔を殴られるなんて到底許される行為じゃない。」
タクマはまだ怒りが完全に静まっていなかった。
「お爺様には私から強く言っときます。それで本題ですが、皆様はどのようなご用件でこちらに?」
タクマ達は一通り説明した後、リーシャがヒルデから預かった手紙を差し出した。
「そうですか。ヒルデ大叔母様が・・・。報道で耳に入れた時は私も胸が締め付けられる思いでした。幼かった時のみではありますが、大叔母様には大変よくしていただきました。この手紙は私が責任をもって預かります。」
「よろしくお願いします。」
要件を済ませ、一同は一旦一息ついた。
「お婆様からは、実家から追放されたとお伺いしたのだが、それは本当なのですか?」
「私も詳しくは存じていませんが、お爺様がそうおっしゃっていました。お爺様とヒルデ大叔母様はご兄妹なのですが、お爺様は何故か大叔母様の話をしたがりません。」
「ヒルデさんは追放されたんだ。実家を恨んでいてもなんら不思議じゃない。」
「タクマさん・・・!」
「お婆様からは、微塵も恨みなど感じなかった。誰かを恨むような御人じゃない。」
「だがあの爺さんはリーシャに手をあげるような奴だぞ?悪いが俺はアンタの爺さんを許すことは当分出来ない。」
「その件は本当に弁解の余地がありません。本当に申し訳なかった・・・。」
思い詰めた表情でまた頭を下げるルーグにリーシャがタクマに怒った。
「タクマさん!あまり貴族の方に頭を下げさせるような事はしないでください!私はもう大丈夫ですから。宿に戻った後ウィンロスさんに直してもらいますから!」
リーシャに強く言われタクマもようやく黙った。
しばらく世間話をしているとあっという間に夕暮れだった。
「では私達はこれで。」
「はい。機会があればまたお会いしましょう。アルセラ嬢。」
「嬢はやめてくれ。私と貴方は親戚なんだ。それに今の私は一介の冒険者。今度会う時はもう少し砕けた感じで話し合おう。」
「えぇ。」
タクマは最後までツンツンしていたがリーシャが何度もなだめ落ち着かせた。
一同は屋敷を後に宿に戻って行った。
その後ルーグは目を覚まし仕事に戻った祖父の下へ赴いた。
「失礼します。」
祖父は黙々とデスクに敷き詰められた書類を書いていた。
「客人の皆さまはお帰りになられました。」
「ようやく帰ったか。」
祖父からは未だにオーラが漂っており少し怖い雰囲気を出していた。
「お爺様、これを。」
ルーグは受け取った手紙をデスクの上に置いた。
「時間が空いた時で構いません。どうかこの手紙にお目通りを。」
そう言い残し、ルーグは一礼して退室していった。
「・・・・・。」
祖父は記入の手を止め置かれた手紙に眼を移す。
手紙には『レイヴァス・ステイン』と宛先が書かれていた。
夕暮れのバルコニーにてレイヴァスは手紙を開いていた。
『兄さんへ。この手紙を読んでいるという事は、あたしはもうこの世にはいないだろうね。だから最後に、兄さんに言いたいことがあるんだ。当時、あたしを家から追放したのって、あたしに剣星の才があったからでしょ?』
「っ!」
レイヴァスは一瞬動揺する。
『実はパパの剣と一緒に執事のお爺ちゃんが手紙を入れてたんだ。あたしが兄さんの事を憎まないようにって思ってたのかな。おかげで兄さんの本当の気持ちが分かった。』
「爺やめ、余計な事を・・・。」
『兄さん、あたしの才能を無駄にさせないようあたしを追い出したんでしょ?わざわざ演技までしてさ。バレバレだったよ。でも・・・あたしのために悪を演じてあたしの評判を上げてくれたみたいだね。自分の評判を犠牲にしてまで。あたしはとんだ幸せ者だ。だから、ジジババになっちゃって今更かもしれないけど、これからは自分のために生きてほしい。あたしからの最後のお願いだ。あたしはあたしで最高の家庭を築けた。これも全部兄さんのおかげだよ。本当にありがとう。あたしの、大好きな兄さんへ。』
読み終えると同時に当時のヒルデの笑顔が鮮明に浮かび上がる。
そして手紙に一粒、また一粒と涙が零れ落ちた。
「・・・っ!ヒルデ・・・!」
レイヴァスは膝を落とし、夕焼けに包まれ静かに泣き崩れたのだった。




