『第百二十六章 氷聖剣』
手足に氷の手甲を纏い、カリドゥーンの刀身も黒から美しい水色へと変色。
アーティファクトの力を得たアルセラの新たな力だ。
「行くぞ!カリドゥーン!」
『おうさ!』
足元に氷が凍るほどの冷気を出しながら跳躍しシーサーペントへ切り掛かった。
「私の前で氷属性を使うか!」
シーサーペントも氷の牙で反撃する。
ウィンロスも加わり息もつかせぬ攻防が繰り広げられ、ウィンロスの蹴りを尻尾で受け止める。
「タクマも助けなアカンが、リヴもそうや。なしてアイツは連れてかれたんや?何か理由があるんとちゃうか?」
「海竜様のご子息と関わりがあるのか。だが貴様らに教える理由などない!」
ウィンロスを弾き飛ばした瞬間、アルセラが切りかかる。
「さっきアイツ、海竜様のご子息とか言ったか?前のリヴの様子がおかしかったんはもしや・・・?」
「うわっ⁉」
ウィンロスが考え事をしている間にアルセラが浮遊岩に叩きつけられる。
アーティファクトで強化されたと言ってもまだ力に慣れておらず苦戦しているようだ。
「属性が追加された程度で私に敗北はありえん!」
「くっ・・・!」
未だに立ち塞がるシーサーペントにアルセラは重々しく起き上がる。
ーーーーーーーーーー
私は、今まで民を守るために生きてきた・・・。
鍛錬も欠かさず日々強くなるために。
でも・・・、あの時、我が国の勇者が大暴動を起こし王国壊滅まで追い込んだ。
その時の私は恐怖で動けずただ立ち尽くすことしか出来なかった。
国を守る近衛騎士団であるにも関わらず。
その勇者を相手に一歩も退かず立ち向かったタクマはそんな私達を守ってくれた。
ただ、その嬉しさと同時に、悔しさもあった。
本来だったら私達が客人であった彼を守らなければいけないと言うのに。
相手に恐怖し何も出来なかった自分が許せなかったんだ。
だから私は強くなることを願い、彼らの旅についていく決意をした。
その決意のおかげでカリドゥーンにも出会えた。
アーティファクトも力を貸してくれている今、負けるわけにはいかない。
私はもう、あの時の私ではない!
ーーーーーーーーーーー
アルセラは立ち上がり気合の咆哮を上げる。
「負け犬の遠吠えか。愚かな人間に相応しいな。」
「その減らず口、今に閉じることになるで?」
遠くでウィンロスがそう言うとアルセラは剣を構え凄まじい冷気を放つ。
(・・・ん?何だ?私が、寒気を感じている?)
冷たい吐息を吐き深呼吸するアルセラ。
「・・・『我が騎士道に賭けて、仲間を助ける』‼」
目を開くと瞳が金色に変色していた。
そして一瞬の速度でシーサーペントの目の前に跳躍しカリドゥーンを振るう。
「っ⁉早い!」
寸前で避けるもアルセラは大きな氷の結晶を生み出し、それを足場にして宙を駆け回る。
「背後は取らせん!」
シーサーペントも応戦するもアルセラの駆けるスピードが速く、翻弄され始める。
「くっ!捉えられない!」
『奴はもう、小娘を捉えることは出来ん!』
足場の氷の結晶が繋がっていき一つの道となる。
そしてスケートのように滑り先ほどよりも速い速度でシーサーペントの周りを駆け回る。
あまりの速度にシーサーペントは完全にアルセラを見失っていた。
「な、何なんだこの人間は・・・⁉」
シーサーペントに隙が生まれアルセラはその隙を逃さない。
「ハァァァァ‼」
シーサーペントの首元を捉え浮遊岩へと叩き落す。
その時、足場の氷が突然砕けアルセラも落下してしまった。
「ハァ、ハァ・・・。」
『息が上がっておる。まだアーティファクトの魔力に身体が馴染んでおらぬか。』
苦しそうに膝をつくアルセラ。
しかし相手はそんなことはお構いなしだ。
「おのれ、人間が竜王の臣下に歯向かったこと、後悔させてやる!」
シーサーペントは上空へ飛び、とぐろを巻く。
すると喉を鳴らし口元から紫色の霧が漏れ出る。
「毒か⁉」
「ただの毒ではない。触れただけでも即死させる致死の劇毒。この毒で貴様ら全員あの世へと送ってやる!」
喉が紫色に光出した。
ウィンロスが阻止しようと身構えると、
「大丈夫だウィンロス・・・。君が動くまでもない・・・。」
アルセラがゆっくりと立ち上がった。
「嬢ちゃん大丈夫なんか?魔力が身体に馴染んでなくてめっちゃ苦しそうやけど?」
「問題ない・・・、この一撃で終わらせる・・・!」
剣を構え魔力を集中させる。
「どんな手を使おうと無駄だ!我が劇毒の前では無力!食らうがいい!『絶死の蟲毒』‼」
毒々しいブレスを吐き出し一気にアルセラに降りかかる。
「嬢ちゃん!」
だが次の瞬間、猛毒の霧はたった一太刀で全てかき消されたのだった。
「何⁉私の劇毒が効いていないだと⁉」
『無駄じゃ。今の小娘は氷を模した魔力の鎧を纏っている状態。このくらいの毒霧程度では儂らに致命傷は与えられん。』
低い姿勢から大きく跳躍し鋭い一閃を繰り出す。
シーサーペントも氷の牙で受け止めるもアルセラの一撃は先程よりも威力が増しており、牙の一本をへし折った。
「ぐあぁぁぁ⁉」
激痛のあまり尻尾でアルセラを弾き飛ばすが剣を浮遊岩に突き刺して堪える。
「タクマもリヴも、私にとってかけがえのない仲間であり、友だ!お前たちがリヴを使って何を企んでいるのか知らないが、二人を返してもらう‼ハアァァァァァ‼」
カリドゥーンの刀身に無数のつららが連なり巨大な大剣へと変化。
同時に彼女の身体から冷気も漏れ出る。
「人間風情が、図に乗るなぁぁぁ‼」
シーサーペントも口を大きく開けアルセラに迫りくる。
「『氷絶・フロスブリンガー』‼」
強力な斬撃がシーサーペントに炸裂。
「ぐあぁぁぁぁぁ‼」
斬られた傷から凍り着き、胃液まみれのタクマを吐き出したシーサーペントはそのまま奈落の暗闇へと落下していったのだった。
そして吐き出されたタクマの落下地点に急ぐウィンロス。
「タクマ!・・・うわ汚ね!」
「ぐべっ⁉」
「えぇぇぇぇぇぇ⁉」
胃液まみれのタクマを受け止めず避けてしまい地面に叩きつけられるタクマにアルセラは叫ばずにいられなかった・・・。
見事シーサーペントを打倒したアルセラ達。
ようやくタクマと合流できた彼女等だが・・・。
「・・・傷は治せたはええけど、かなり体力が消耗しとるな。」
タクマはもう戦える状態ではなかったのだ。
「でも、まだリヴが・・・!」
「起きるなタクマ。今は安静にしていろ。」
後はリヴを連れ戻すだけだがタクマの今の状態では難しい。
アルセラも先の戦いで魔力をほとんど使ってしまい戦闘は不可能だ。
となると残るは・・・。
「オレが行くで!」
「ウィンロス?」
「ここにいるメンツの中でオレしかまともに動けへんやん。リヴはオレが絶対連れ戻したるからお前等は旦那のとこ戻って休め。」
「でもウィンロス、相手はリヴの親族なんだ・・・。」
「知るかんなもん。つかタクマが言うにはリヴの奴、親族のとこに戻りたくないようなこと言うとったんやろ?なら問題あらへん。」
「そう言うものか・・・?」
アルセラが首を傾げる。
「とにかく!お前等は早よ戻って休め!ええな?」
そう言い残しウィンロスは塔の上へと飛翔していったのだった。
「アイツ、勝手に行きやがって・・・。」
「・・・の割には嬉しそうだな。タクマ?」
「あれ?顔に出てた?・・・まぁな、従魔が従魔を大事に思ってくれてると思うと考え深くてさ。」
「・・・そうだな。」
アルセラは鞄から通信魔道具を取り出し、リーシャ達に連絡を入れたのだった。
牢屋から連れ出されたリヴは弟のカイレンと共に洞窟の中を進んでいた。
そして酷く懐かしく感じる部屋へとやってきた。
翡翠色の空洞の中心に光り輝く魔石があり、その側に一人の男性が立っている。
「連れてきたよ。父さん。」
「ご苦労。下がれ。」
カイレンは後ろに下がり、男性は睨むリヴの前に立つ。
「・・・しばらく見ぬ間に母親に似てきたな。娘よ。」
「ふん!」
そっぽを向くリヴ。
「何で私を連れ戻したの?まぁ、理由は大体検討が付いてるけど。」
「察しの通りだ。儂の計画がついに最終段階まで進んだのでな。後は、お前の中にある魔石の力を吸収させるだけだ。」
端で話を聞いていたカイレンはぎゅっと瞼を閉じる。
「生贄ね。実の娘を生贄にするとか親の考えることじゃないけど。」
そうため息をつくリヴ。
「名残惜しいが身内との対談もここまでだ。」
男性がリヴの腕を掴み魔石の側へと連れていく。
「痛!離して!」
「考えればお前のせいで計画に大きな遅れが生じた。だがもう過ぎた事。光栄に思え我が娘よ。お前のちっぽけな命でも偉大なる竜王の糧となれるのだからな。」
「・・・何が竜王よ。本当の竜王様は、バハムートのおじ様よ‼」
リヴの心からの叫びに辺りが一瞬静けさに包まれる。
「・・・どこまでも忌々しい。聞けば貴様、下等な人間に仕えたと噂を耳にしたが、誠か?」
嫌悪の籠る目でリヴを見下す男性。
「あの人は下等なんかじゃない・・・。タクマは、私の主は、アンタなんかよりもずっと素敵な人よ!」
男性は見下している人間より下だと言われた事に激怒し、リヴの衣服を破り捨ててしまう。
「我ら誇り高き竜が下等種族の物など身に着けるな‼」
うずくまるリヴの髪を掴み上げ魔石に近づける男性。
「さぁ今こそ竜王誕生の時だ‼」
「・・・・・っ!」
(・・・ごめん皆、私はもう無理みたい。でも、皆と出会えて良かったかも。あんなに楽しい旅は生まれて初めてだった。せめて最後に、お別れを言えれば良かったな・・・。)
リヴはもう全てを諦め目を閉じた。
がその時、
「勝手にさよならとかさせんがなーーー‼」
壁を突き破り、緑のドラゴンが颯爽と現れる。
そして強力な蹴りを繰り出し土煙に塗れた。
「くっ!何だ?」
突き煙からウィンロスが飛び出しリヴを咥え救出する。
「ウィンロス・・・、あいた⁉」
すぐさまリヴをペッと吐き出した。
「何するのよ!」
「うるせぇ!何諦めた顔しとんのや!まだタクマ達はあんさんを助け出すことを諦めてへんのや!勝手に一人バイバイはオレが許さへんで!」
彼の説教じみた言葉にしばらく黙り込むもつい笑いを零してしまった。
「・・・ふふ、あははは!なんかアンタに言われると死ぬのも馬鹿らしくなるわね。」
「どういう意味やねん?」
そんな二人の再会を崩すかのようにあの男が現れる。
「侵入者、シーサーペントめ、しくじりおったか。」
煙が晴れると竜の姿となったリヴの父が佇んでいたのだ。
「あれがリヴの親父さんか。娘を生贄とか正気とは思えへんがな。」
「アイツは・・・、ママをあの魔石に取り込んで殺した。それを私にも同じことをさせようとしたのよ。」
「前にあんさんが難しい表情をしていたのはこれが原因か。他人の家庭事情は分からへんけど、アイツがクズだってことは直感からビシビシ伝わってくるで・・・!」
ウィンロスも表情が鋭くなる。
リヴを岩陰に隠し海竜の前に立つ。
「あんさんがリヴの弟を使って誘拐した黒幕か?」
「誘拐とは聞き捨てならんな。ただ娘を連れ戻しただけだ。だが言葉には気を付けろ若造?儂は次代の竜王であるぞ。」
「何が竜王や。軽く話を聞いただけでもあんさんに竜王の資格なんて微塵も感じひんがな。真の竜王と言うのはな、バハムートの旦那の事を言うんやで?」
呆れ顔でため息をつくウィンロスに海竜は怒りを見せる。
「貴様も今代の竜王に肩入れするか?」
「たり前やろ。つーか、あんさんバハムートの旦那に恨みでもあるんか?」
「・・・ない、と言えば嘘になるな。」
海竜は数百年前、海竜は竜王となるのが悲願であった。
苦労の末、最終的に選ばれたのは後に現れたバハムートであったのだ。
海竜はその事実を受け入れられず、異様な程に竜王の座に執着するようになった。
それからの海竜は世界中から従魔結石を集め、魔石に力を溜め続けていった。
そして魔石の魔力を取り込み、バハムートよりも強く強大な力を得て竜王へと成り上がるために。
「下らねぇ、とことん下らねぇ!そんな事のために自分の奥さんや実の娘を触媒にしようとしたんか?ふざけるのも大概にしろや!」
そう叫ぶと同時に海竜に蹴りかかるウィンロス。
海竜は魔法壁で彼の蹴りを受け止める。
「リヴは連れ帰らせてもらうで‼」
「必要な生贄だ!貴様らには渡さん‼」
二頭の竜の火花を散らす戦いが始まったのだった。




