『第百二章 古の勇者』
「カリドゥーン?」
「その黒剣の名前だ。」
武器屋のお爺さんに剣の事を教えてもらっているアルセラ。
しかし魔聖剣だのカリドゥーンなど聞いたことがない。
「知らんのも無理はない。なんせ数千年も前の代物で今ではその伝説も忘れられ薄れてきている。今どきの若いのが知らんのも仕方ない。」
すると魔聖剣が騒ぎ始める。
『儂らの偉大な功績を忘れるなどなんと愚かな人類じゃ!あの日儂らが命を賭けて悪魔族を葬ったというのに!恩知らずな種族じゃ!』
割と大声で愚痴る魔聖剣。
「どうした?」
「いえ、この剣自分たちの偉業を忘れられてご立腹のようでして・・・。」
『ご立腹も超超ご立腹じゃ!』
「少し黙っててくれ。耳がガンガンする。」
「・・・やはり意思疎通が出来ておる。」
お爺さんは席を立ち、一冊の書物を持ってきた。
「これは魔聖剣カリドゥーンの伝説を書き記した書だ。今の時代恐らくこの世でこれ一冊下残っておらんだろう。」
本を開き読んでみる。
魔聖剣カリドゥーン。
この世界の創造神に作られた聖剣で世界の均衡を保つために神が与えた神器。
かつて悪魔族が蔓延る世界では人類は存亡の危機に瀕していた。
そこで神は異界から少年を召喚し、聖剣を貸し与え悪魔族との戦争に繰り出した。
長きにわたる古の聖戦はその少年と彼を導いたカリドゥーンが集結させ、少年は勇者、カリドゥーンは魔聖剣として歴史に名を遺した。
その後、平和となった世界で勇者は天地を全うし、カリドゥーンは伝説の魔聖剣としてその生涯に幕を閉じた。
「勇者の子孫である儂らが代々魔聖剣を保管してきたが、声を聴いたというのはお前さんが初めてだ。」
「そんな凄い剣だったのか・・・。」
『当然じゃ!』
ドヤるカリドゥーン。
『貴様、剣が欲しくてやってきたそうじゃな?』
「そうだが?」
『ならば儂を持ってけ!儂の声を聴けるのは貴様で二人目、ずぅっと額物の中で退屈じゃったのだ。儂を連れてけ小娘!』
やけに上から目線だ。
だが彼女を持っていると不思議と手に馴染む。
アルセラは意を決してお爺さんに話を持ち込もうとすると、
「持ってけ。」
「⁉」
お爺さんから出た言葉にアルセラは驚く。
「し、しかしこの剣はあなた方の家宝では!」
「構わん。儂らが持つよりお前さんにやった方が剣も喜ぶ。剣はあるべき所にあるべきだ。それがお前さんだったという事さ。」
笑顔で笑うお爺さん。
アルセラは黒剣に語り掛ける。
「何故、私を選んだのだ?」
『さっきも言ったであろう?儂の声を聴けたのは貴様が二人目じゃと。本来儂の声を聴くことが出来るのは儂の魔力に適性のある者のみ。貴様は儂の魔力に適性がある。それだけのことじゃ。』
まだ自分が選ばれることに意義があるがこれ程彼女に認められているのなら騎士として腹を決めなくては。
「・・・分かりました。この剣に恥じぬよう心がけます!」
「うむ!」
家宝を譲ってくれると言っても流石に無償は良くないと思い持てる代金の全てを差し出そうとしたが三人に「要らないから剣を大事にしてくれ」と言われお金を受け取らなかった。
アルセラは改めて深くお礼を言い店を出た。
『かぁ~!久々の外じゃ!日差しが気持ちい!』
背中に背負われたカリドゥーンが歓喜の声を上げる。
「さて、帰って荷物をまとめなくては!」
『なんじゃ?どこか出かける予定でもあるのか?』
「あ、いや。実は追いかけたい人がいてな。一日でも早く彼に追いつきたいんだ。」
少し照れ臭そうに頬をかくアルセラ。
『ほう・・・。そのものはどこにおるんじゃ?』
「彼の幼馴染の話によるとここから東方面に向かったと言っていたな。」
『東か・・・。のう小娘、貴様はその者に早く会いたいか?』
「会いたいには会いたいが、彼はもう遠くの地にいる。だから早いとこ旅立って追いつきたいんだ。」
アルセラの言葉を聞きカリドゥーンはしばらく黙り込んだ。
『・・・なるほどのう。』
数日後。
有給期間を終えてかつての部下やロイルたち近衛騎士団の仲間が正門から見送ってくれた。
「隊長~!隊長を辞めても貴女は我らの隊長ですから~!」
「泣くな泣くな・・・。」
涙を流す部下とこれまでお世話になったロイルに肩を置かれる。
「お前の人生だ。悔いのないようにな!」
「はい!」
こうしてアルセラはアンクセラム王国を旅立った。
『おい、この荷物はどうにかならんのか?』
大量の荷物が入ったリュックに挟まれるカリドゥーンが言う。
「これでも厳選したのだ。我慢してくれ。」
『出来るわけなかろう!息苦しいわ!ハァ・・・、荷物は儂が預かる故今後儂を荷物と挟むでないぞ?』
「え?」
そう言いカリドゥーンはアルセラのリュックを異空庫に収納した。
「これは、異空庫のスキル⁉」
『なんじゃ?知っとるのか?』
「知り合いが同じスキルを持っていたからな。」
『ほう・・・。』
(異空庫はこの時代でも稀なスキルの類。その者が儂と同じスキルを持っておるとは。なかなか興味深いのう。)
暫く歩み見晴らしのいい草原に着く。
『小娘、貴様は早く想い人に追いつきたいと言っておったな?』
「想い人⁉ま、まぁあながち間違いではない気もするが・・・どうしてそんな事を聞く?」
『いやなに。儂の力であっという間に追いついて見せようと思っての。』
「追いつく⁉はるか遠くにいるタクマ達に⁉一体どうやって・・・?」
するとカリドゥーンは魔力を集中させる。
『久々に魔法を使うがまぁ大丈夫じゃろ。』
何やら不安な一言が聞こえた気がするが。
『浮遊!』
するとアルセラの身体がふわりと浮かんだ。
「うわっ!何を⁉」
『東に向けて貴様を飛ばす。何。着地の心配はいらん。儂の力で何とかしてやるからの。』
アルセラはサーッと青ざめる。
『では行くぞ!』
「待て待て!そんなの聞いてなーっ!」
『とりゃぁぁぁぁ‼』
有無を言わせる間の無く、アルセラは広大な空をもの凄いスピードで飛んで行った。
数分のフライトの後、ルオン街近くの森に墜落し目を回している所を付近の冒険者に保護されたという。
それからしばらくその街を拠点に冒険者活動をし、タクマ達が遅れてやってきたのだった。
「それは・・・難儀だったな。」
タクマも引き気味の顔をしていた。
「人間の身で高速のフライトか。それはなかなか堪えるな。」
ともあれアルセラがこの街にいた理由は分かった。
「にしてもやっぱカリドゥーンなんて聞かん名前やし、ホンマに伝説勇者の剣なんか?」
『まだ抜かすかこの鳥は!』
「鳥ちゃうドラゴンや!」
確かにタクマも長命のバハムートもカリドゥーンの事は知らなかった。
『まぁ貴様らの生まれる何千年も前じゃからの。もうこれ以上言わんわ。』
説明を諦めたカリドゥーンはふわりと浮き始めた。
「浮くんかいな!」
『ただの剣じゃないからの。んんっ!改めてこの小娘、アルセラの剣となった魔聖剣カリドゥーンじゃ。よろしく頼むぞ若いの。』
その後は焚火を囲みながらアルセラとのこれまでの冒険の話で夜明け近くまで楽しく過ごしたのだった。