『第九十八章 揺れる天界』
タクマ達が再び旅に出発してから数日。
天界では何やら不穏な動きが見られていた。
「聞いたか?ジエト様があられもない失態を犯してしまった話を。」
「聞いた。それで神龍が手に入らず、創造神様は大変お怒りだ。」
兵士が雑談をしていると七天神の一人、セレスが通りかかった。
「あ、セレス様!」
「ん?どうしたんですか?」
「その、ジエト様の容態は大丈夫なんですか?普段のジエト様からはありえない程の損傷だったと聞きますが・・・。」
「心配いらない。僕の治癒装置ならどんな致命傷も完治できます。君達は自分の業務に専念してください。」
「ハッ!」
兵士は敬礼し、持ち場に戻った。
(・・・治せるには治せますが、あのジエトもアムルやガミウと同様のダメージだった。本人からの報告ではレーネを葬ったドラゴンを連れた人間にやられたみたいですが、創造神様が警戒する理由が分かった気がします。)
考え事をしながら歩いていると玉座の部屋から何やら声が聞こえてきた。
「やれやれ、まさかジエトまで退けるとは・・・。」
「計画は途中までは順調そのものでしたが、レスト様の配下が無断で余計な手出しをしたことと、ジエト様が神龍相手に自身の力を過信してしまったことが原因かと。」
秘書のような天使が新生創造神ラウエルに報告する。
「過信か。これは再教育する必要がありそうだね。」
そういい彼の手には何やらクリスタルの付いた指輪を持っていた。
「ラウエル様、それは?」
「我々天界の住民を強化させる『心理の指輪』さ。天使に渡せば即座に神に成り上がれる禁断の道具。」
「禁呪具⁉天界での使用は禁忌とされているはずですが⁉」
青ざめる秘書にラウエルは応える。
「ミルル。今の私は何だい?」
「・・・ハッ!」
ミルルは気が付いた。
「そう、私は創造神だ。禁忌のルールなどいくらでも覆せる。どんな決まりも私の意のままだ。」
自慢げに言うラウエル。
「ですが、心理の指輪をジエト様に使うのはやはり危険では?」
「今すぐに使おうって訳じゃないさ。この指輪の力に耐えられるぐらい強くなってもらってからと決めてるさ。」
「そうですか。それなら安心ですね。」
「しかし、神龍を入手できなかったのは痛手だな。」
「はい、ジエト様が呼び覚ました神龍は打倒後、しばらくして目覚めどこかへ消えていったとの報告を受けてます。再びあの神龍を手中に収めるのは難しいかと。」
「では他の神龍に目を付けるとしよう。幸い五十年前私が試しで行った環境変化の影響で眠っていた他の神龍も目覚めかけてる。彼らをマークし頃合いを見て接触を図るよう七天神に伝えてくれ。」
「かしこまりました。」
その会話を扉越しで聞いていたセレスは頭を悩ませる。
(『心理の指輪』を使うだと?いくら創造神様と言えど禁忌にまで手を染めるはいくら何でもおかしい。)
セレスはラウエルの判断に意を唱えようと思ったがグッと抑えた。
(駄目だ。僕が言った所で何も変わらない。創造神様の事だ。必ず考えがあっての判断だと、僕は信じたい。)
そう自分に呟きながら自室へと戻って行った。
王宮の訓練場では一人の少女が大剣を振り回していた。
「フッ!」
重々しい大剣をその小さい身体で軽々振り回し空気が揺れる。
「ふぅ・・・。」
ドスンと大剣を降ろすと後ろの天使に声を掛けられた。
「何時間も飽きずによくやるよね、ジームルエ。」
「ミレオン・・・。」
ジームルエは親友のミレオンから水を貰う。
「監視の仕事はもういいの?」
「うん。エルエナが戻ってきたからまた彼女にお願いした。」
「あぁ、エルエナ様か~。あの人急に帰ってきたと思ったら水浴び場に直行するわ負傷したジエト様に文句を言うわで秘書のミルル様にお叱りを受けてたね・・・。」
呆れた顔でため息をつくミレオン。
「罰としてしばらく監視業務を課せられたけどサボってたから自業自得。」
ジームルエも呆れながら水を飲んだ。
「でも・・・、レーネと双子神、それにジエトにまで致命傷を与えたそのドラゴンを連れた人間、相当強いね。」
「そりゃぁね。なんたって天界最高の七天神まで退けてるんだもん。人間にしちゃ異様な強さよ。」
ミレオンがそう言うとジームルエはしばらく黙り込んだ。
「ジームルエ?」
「私、創造神様に直接仕事貰ってくる。」
立ち上がると駆け足でその場を離れる。
「え、ジームルエ⁉」
ミレオンは何が何だか分からずただ彼女の背中を眺めるだけだった。
「創造神様!」
玉座にやってきたジームルエは駆け足でラウエルの前に跪く。
「何ですかジームルエ?ラウエル様は忙しいのですよ?」
秘書のミルルが若干不機嫌に彼女を見下ろす。
「構わないさ。それでジームルエ、私に何の用だい?」
「はい、現在監視しているドラゴンを連れた人間、その人間との接触及び戦闘を許可していただきたく参りました。」
その提案を聞いたミルルは凄い剣幕でジームルエを怒鳴りつけた。
「自分の欲のために創造神様にお願いをするとはなんと浅はかな!創造神様に課せられた任務を放棄するだけでなくお願い?いくら七天神と言えど身の程をわきまえろ!」
「黙れミルル。」
ラウエルが指を鳴らすとミルルの回りに光の輪が三つ現れ彼女を電撃で拘束した。
「ガッ⁉」
「いつから君は七天神にそんな口が利けるような立場になった?秘書と言えど君は七天神より格下の天使、言葉には気を付けたまえ。」
ドスと聞いた言葉でミルルを苦しめる。
「も、申し訳、ございま、せん・・・!」
ラウエルは輪を解除しミルルを解放した。
「さてジームルエ。君の要望は分かった。戦いの神である君があの人間に興味を持つのは必然だ。勿論許可しよう。」
「ありがとうございます。」
「でもすぐに手を出してはいけない。まずはよく観察する事。頃合いを見て接触してみなさい。戦いはその後、いいね?」
「承知しました。創造神様の寛大なお心遣いに感謝します。」
そしてジームルエは退室していった。
「ゴホッ、何故彼女のお願いを聞いたのですか?」
首を抑えながら言うミルルにラウエルは、
「丁度いい機会だと思ってね。」
そう言い手に出したのは『心理の指輪』だった。
「まさか・・・!」
「あぁ、彼女にはいい実験台になってもらうさ。」
不吉な笑顔で笑うラウエルだった。
すると玉座の窓際から一羽の鳥が羽ばたいていった。
白い鳥はそのまま遠くまで飛んでいき、天界に広がる深い森の中、ある遺跡の中へと入ってった。
そして鳥は一人の男の腕に降り立つ。
「ご苦労さん。フェニス。」
白い鳥は薄緑色の髪をした少年へと姿を変えた。
少年はぐ~ッと背伸びをする。
「レイガ、いつまで俺に情報収集をさせる気だ?」
レイガと呼ばれた白髪の青年は少年に答える。
「お前が有益な情報を持ってこれるまで。」
「・・・ふ~ん?」
フェニスはニヤリと笑みを浮かべる。
「じゃぁさっき知った情報、ラウエルが『心理の指輪』を持ち出した事とかどうだ?」
レイガは驚いた表情をした。
「ニシシ!これで俺の仕事は終わったな。ようやくだらけられるぜ!」
「いいからその情報を教えろ!」
フェニスはレイガに得た情報を全て話した。
「野郎・・・、ついに禁忌にまで手を出しやがったか。しかも、ジームルエを実験台にだと?自分を慕ってくれてる部下になんてことさせるんだ!」
怒りで強く地面を蹴り込む。
「落ち着け、下の連中に不安を煽るだけだ。だが確かに放ってはおけないな。ジームルエは『新生創造神派』にしちゃ比較的まともだ。だが真っ直ぐすぎてラウエルの言葉を真に受けちまった。だから向こうにいるんだよな。」
「あぁ、願わくばうまく説得してこっちに引き入れようと考えていたが、事を急いだほうが良さそうだな。」
二人はどうするべきか考え込んでいると後ろから高貴な女性が入ってきた。
「話は聞かせてもらったぞ?二人とも。」
「うぉっ⁉ルシファード⁉いつからそこに⁉」
「フェニスが戻ってきた辺りからだ。」
「ほぼ最初じゃん・・・。」
ルシファードと呼ばれた大人の女性はレイガに歩み寄る。
「レイガ。ジームルエの事は私に任せてもらえるか?」
「え、どうしてだ?」
「私の準備が終わってな。丁度暇を持て余していた所だ。」
「準備が終わったならグリードもだろ?」
「アイツに隠密行動が出来ると思うか?」
「「無理だわ。」」
口を揃えて言う。
「分かった。ルシファード、くれぐれも『新生創造神派』の連中に感づかれるなよ?」
「無論だ。」
そう言い残し、ルシファードは霊体化してその姿を消したのだった。
「さて、他の奴らの様子も見て来るか。フェニス、後でレヴィアスを呼んできてくれ。暫く休んだらまた偵察頼むぜ。」
「結局また行かされるのかよ・・・。」
不機嫌な目線をレイガに浴びせるフェニスだった。