『第十章 勇者 』
タクマとバハムートは暗い森の中を全速力で疾走していた。
「で?お主が聞いたよくないこととは勇者のことか?」
勇者とは天性の力を持った人間。
その力は圧倒的でどんな厄災も一人で対処できるほど。
希望の象徴として国に仕える戦士である。
「あぁ、しかもその勇者は現在この街に滞在してるんだとよ。」
「さして変わりのない風習のようだが?」
「いや、それだけじゃないんだ。ここ最近王都付近の森で魔獣が枯渇し生態系が崩れる事件があったみたいだ。」
一度生態系が崩れてしまうと魔獣の種が偏ったり植物などの循環がままならず過剰成長して自然の輪廻が完全に崩壊しいずれ砂漠化してしまう問題が起きてしまうのだ。
「すでにいくつもの地域が砂漠化してしまっているらしい。」
「マナがあれば魔獣は消えることはないはずだが?」
「マナで補う速度よりも魔獣が減る速度の方が速いんだよ。」
「それができるほどの力を持った者が・・・。」
「勇者しかいないってことだ。」
王都付近での出来事となればこの国に所属している勇者しかありえない。
「人類の希望が世界を破壊するとは・・・、そ奴を選んだ人間はよほど見る目が無いのだな。」
バハムートは密かに勇者を選んだ人物をディスる。
「とにかく『探知』スキルでこの森から高い魔力濃度を感じた。何があるかわからねぇが・・・本当に嫌な予感がするんだよ!」
同時刻、リーシャとドラゴンのラシェルの前には見知らぬ男が姿を現していた。
「誰ですか貴方⁉」
警戒しながらラシェルの前に立つリーシャ。
「おいおい、そう邪見にしないでくれよ。魔獣がいるって噂を聞いたからわざわざこんな辺境まで討伐しに来てやったってのに。」
男はヘラヘラ笑いながら近づいてくる。
「こないで‼」
リーシャは空中に空いた穴から鉄製の杖を取り出して構えた。
「へぇ、異空庫か。珍しいスキルを持ってるじゃん!じゃ、こっちもいい物見せてやるよ。」
そういうと男は腰に付けた剣を抜いた。
その剣を見たリーシャは青ざめた。
「そ、その剣は⁉」
「そう、聖剣だ。」
聖剣。
それは選ばれし者にしか扱うことが出来ぬ魔を阻む剣。
その力を引き出せる者こそが勇者である。
「聖剣・・・ということは、貴方が王都の勇者⁉」
「ご明察♪」
その瞬間勇者はものすごい勢いで剣を突き立て迫ってきた。リーシャも咄嗟に反応し魔法防壁で間一髪防いだ。
「エア・ショット‼」
防ぐと同時に風魔法で勇者を後方まで押し飛ばす。
「へぇ、ガキのくせにやるじゃん。」
「貴方の事、いろいろ聞いています。王都に所属していながら任務には赴かず遊び周り、罪のない魔獣を嬲り殺し生態系を破壊、そのせいで国民は森からの恵みを授かれず苦しい思いをしていると。」
話している内にリーシャは怒りが込み上げてきた。
「何故必要以上に魔獣を殺すんですか?中には無害な者も存在するというのに‼」
「フフフ、アハハハハ‼」
「⁉」
勇者は突然高らかに笑い出した。
「無害な魔獣?そんなことどうでもいい!これは俺にとってはゲームなんだよ‼」
(ゲーム⁉)
その単語を聞いたリーシャは一瞬耳を疑った。
すると勇者は気が高まったのか次々と語り始める。
「ゲームの主人公がまずすることは何だと思う?レベリングだよ!レベルを上げるために経験値を稼ぐんだ!そのために魔獣を倒しまくった。・・・これの何がおかしい?」
と、勇者は不吉な笑みを浮かべて笑う。
気味が悪いほどに。
間違いない。
この勇者はリーシャと同じ異世界人。
しかし髪は金に染まっているが見た目は日本人と大して変わらない。
おそらくリーシャの転生とは違い、勇者としてあの世界から召喚された。
いわゆる転移者だ。
(まさか同郷の人間だったなんて。)
まさかの事実に困惑したが気を立て直し杖を構え直す。
「つまり、目的は経験値を得るためラシェルを倒したいと?」
「ドラゴンは経験値がたっぷりだからな。どれだけレベルが上がるか楽しみだ。」
リーシャは杖を地面に刺し赤い魔法陣を展開する。
「・・・させるわけないでしょ‼」
経験値を稼ぐため。
そんなくだらないことで大切な家族を殺させるわけにはいかない。
リーシャの魔法には怒りが込まれていた。
「フレイム・ピラー‼」
勇者の足元に魔法陣が表れ、炎の柱に包まれた。
しかし勇者の剣でいとも簡単に炎の柱が切られていまった。
「おいおいどうした?その程度か⁉」
勇者は煽るような口調で突っ込んできた。
「舐めないで‼」
リーシャも負けじと向かいうち杖で剣を受け止めた。
そこから激しい乱戦が繰り広げられる。
勇者の斬撃を寸前でいなし杖を槍のように使い戦う。
「お前ただの魔術師じゃないな⁉」
「これでも前世では槍を習っていましたから、ね‼」
鋭い一撃が勇者を捉え、二人の間に間が空く。
「前世?もしかしてお前も異世界人なのか?」
「貴方みたいなのと同郷なんて反吐が出ますがね!」
しかしリーシャの本職は魔術師。
勇者に比べ体力の消耗が早くすでに息が上がっている。
その様子を見た勇者はニヤリと笑う。
「さぁて、いつまで耐えられるかな?」
一方、タクマ達は森の中を進んでいるとどこからか戦闘の気配を感じた。
「この気配、もしや勇者か⁉」
「魔獣と戦ってる?いやこの感じ・・・相手は人間⁉」
気配からして人間二人と魔獣が一匹。
ここまで気配が感じ取れると距離はかなり近いはず。
「む?タクマ!従魔結石の反応も感じるぞ!」
「っ‼じゃあ勇者と戦ってるのはリーシャ⁉」
タクマは突然気配のする方向へ駆け出した。
バハムートも急いで跡を追う。
(勇者にとっていい話は聞かない。)
その時タクマの脳内に焼け落ちる建物のビジョンが浮かんだ。
「あんな思い、二度とごめんだ‼」
「うあっ!?」
凄まじい衝撃がリーシャを吹き飛ばす。
幾ら槍術を扱えるとはいえ相手は腐っても力を与えられた勇者。
ましてやか弱い少女の身体では力量にも限界がある。
ダメージで床に伏せる彼女を勇者は踏みつけて動きを封じる。
「―ったく、手こずらせやがって。平民魔術師ごときがこの勇者に勝てるわけねぇだろ!」
それでもリーシャはあきらめず杖に手を伸ばすが勇者がそれを見逃すはずがない。
「おらよ‼」
「カハッ‼」
リーシャを蹴り飛ばす勇者。
当たり所が悪く彼女の骨が何本か折れてしまい身動きが取れなくなってしまった。
「さて、邪魔者も片づけたしさっそくドラゴン狩りといきますか♪」
途端に上機嫌になる勇者。
このままではラシェルが殺されてしまう。
「ラ・・シェル・・。お願い、逃げて!」
痛みで声がか細くなるも必死にラシェルに呼び掛けるリーシャ。
だがラシェル一向に動こうとしない、いやできないのだ。
魔力の枯渇でもうすでに身動きが取れる身体ではなくなっていた。
リーシャは己の未熟さに涙が溢れ密かに願った。
(誰か、ラシェルを・・・!)
「経験値いただきーーー‼」
勇者は聖剣をラシェルの首めがけて振り下ろした。
「誰かラシェルを助けてーーーー‼」
「任せろ‼」
リーシャの心からの願いに答えるかのように茂みから人影が勇者目掛けて飛び出した。
振り下ろされる聖剣をはじき返し、勇者の腹部に強烈な蹴りを食らわせた。
「ぐぼぁ‼」
勇者はそのまま後方へ飛んでいき木に激突した。
「っ‼あの人は・・・‼」
目を見開く彼女の視線にはドワーフの里で出会った男。タクマだった!
「嫌な予感的中か。よかったんだかよくないのか。」
一人で呆れるタクマ。
とほぼ同時にバハムートがリーシャの背後に現れ、彼女をくわえるとタクマの下へ向かう。
「わわっ!」
「じっとしていろ!傷に響く。」
リーシャをラシェルの側で下ろすとバハムートはラシェルを見てボソッとつぶやいた。
「まさか貴女様だったとは・・・。」
その時蹴り飛ばした勇者が奇声を上げながら起き上がった。
「クソが‼いったい誰だ‼この俺を、勇者である俺を蹴りやがった奴はぁ⁉」
なんかどこぞの貴族に似たような人種だな。
そう思っていると勇者とバッチリ目があった。
「お前かぁ‼俺の経験値狩りの邪魔をした奴はぁ‼」
「ケイケンチ?一体何の話だ?」
タクマが首をかしげていると折れたあばらを押さえながらリーシャが話し始めた。
「おそらく彼は、魔獣を倒すとその分の力が得られると思い込んでいるんです・・・。」
(なるほど、その思い込みが原因で各地の魔獣を討伐しまくっていたということか。)
そして噂を頼りにこの白いドラゴンにも手を出したと。
愚か。
あまりにも愚かすぎる。
ありもしない物に執着し己の欲のために生態系を壊すなど。
身勝手極まりなかった。
タクマはそんな勇者の在り方に心底怒りを煮えたぎらせた。
「何が勇者だ、お前なんか世界を蝕む害悪そのものだ‼」
剣を向け勇者の在り方を否定するタクマ。
その言葉を聞いた勇者は怒り狂う寸前の様子で言葉を返した。
「ハンッ!何を言われたって状況は変わらねぇ‼俺は勇者だ!選ばれた人間だ!この力をどう使うと俺の勝手だ!平民は大人しく国に税金払って勇者を養わせていればいいんだよ‼」
もはや救いようのないクズだ。
身の丈に合わぬ強さを得て完全に力に溺れた哀れな人間だ。
タクマはハァッと呆れたため息をつきボソッと本音が漏れる。
「借り物の力のくせに・・・。」
その言葉で押さえていた怒りが爆発し、勇者はタクマに切りかかった。
「死ねぇぇぇぇぇぇ‼」
隙の無い斬撃が降りかかるがタクマは難なくかわし、勇者の足を蹴ってバランスを崩し腹部に思いっきり殴りつけた。
「ぐぼぁ‼」
後方へ飛んでいき、デジャヴの光景になるかと思いきやなんと足を踏ん張って耐えた。
「舐めやがって!ならこれでどうだ‼」
勇者は聖剣を掲げると勢い良く地面に突き付けた。
すると魔法陣が表れ空間がぐにゃりと曲がり始めた。
「何だ⁉」
「これは⁉」
驚くタクマとリーシャ。
歪んだ空間の隙間がどんどん広がり周りには白い景色と黒ずんだ地面が広がっていた。
空中にはキューブ状の物体が浮かんでいる。
「これは、『フィールド』か!」
「フィールド?」
「うむ、自身に有利な効果をもたらす魔法で作られた空間のことだ。数少ない希少魔法の一つで使用できる者も皆無に等しい。」
こんな高等魔法を使えるあたり、腐っても勇者ということか。
だがおそらく聖剣の力であることはとうに気づいていた。
「ヒャハハハ‼この空間の中じゃ俺は無敵だ‼どんなに攻撃されても死ぬことが無いからな‼」
つまり勇者はこの空間の中では不死身のようだ。
リーシャとラシェルも『フィールド』に巻き込まれてしまいリーシャに至っては絶望の表情をしていた。
「死ぬことがない・・・か。」
ボソッと独り言を漏らすタクマは震えるリーシャの下へ向かった。
「おいおい!戦闘中で背中を向ける奴があるか⁉」
そう言いながら迫ってくる勇者。
「バハムート!」
タクマが名を呼ぶとバハムートは翼で勇者の攻撃を受け止める。
「あぁ⁉」
「しばし相手をしてもらうぞ!」
勇者とバハムートが交戦する中、タクマはリーシャの前でしゃがむと、
「・・・タクマさん。」
「名前、憶えててくれたんだな。」
「竜王様を従えた方を忘れるはずがありません。」
「・・・気づいてたんだな。あいつが伝説の竜王だって。」
「あの時、竜王様が認識阻害を調整した時に気づきました。・・・あのすみませんでした・・・。」
申し訳なさそうにうつむくリーシャ。
竜王すら従えた人物から従魔結石を盗んでしまったからだろう。
「この子、ラシェルを助けるためとはいえ貴方から従魔結石を盗んでしまったこと、心から謝罪します!」
骨を折るほどの重症なのに律義に頭を下げる。
「謝罪は後でいいから今は安静にしてろ。」
彼女をなだめ、本題を話す。
「リーシャ。あのクズ勇者を倒すには従魔結石が必要なんだ。だから、返してくれるとありがたい。」
しばらく沈黙が続く。
するとリーシャは異空庫から従魔結石を取り出しタクマに差し出す。
タクマが受け取ろうとすると
「こんなことしておいて、虫のいい話ですが・・・、」
「・・・?。」
「ラシェルを、私の家族を救ってください‼」
ポロポロと大粒の涙を流すリーシャ。
その表情は年相応の少女の泣き姿だった。
その涙を見たタクマはとある少女の泣いた姿が脳内をよぎった。
「・・・そんな涙を見せられたら、尚更ほっとけないじゃないか・・・。」
タクマは結石を受け取り左腕にガシャンとはめ、ローブを翻す。
「お前もそのドラゴンも救ってやる!だがその前に、あのクズ野郎に力ってものを思い知らせる‼」
今ここに、タクマの力が示される‼