竹馬の友
前話より、またもかなり時間が経ちましたが……。
今回は、「運命の女神は勇者に味方する」のブックマーク登録450件&評価者50人突破記念SSです。
本編を知らない方にも伝わるように書いているつもりですが、本編を知っている方が勿論、分かりやすいです。
またも、異世界要素皆無!!
それでは、お楽しみください。
―――― 九十九
初めて、そう呼んだのはいつだっただろうか?
もう覚えていない。
嘘だ。
何年も経った今も、しっかり覚えている。
あれは、入学式の時だった。
同じクラスの男の子の名前が妙に気になったのだ。
―――― ささがだに つくも
珍しい苗字に珍しい名前。
いや、それらが珍しいと知ったのは随分、後だったけれど、先生に名前を呼ばれて「はい!」と力強く返事をした男子児童は印象強かった。
あの頃からわたし、高田栞は、目立つ人間ではなかった。
顔も普通だし、ああ、背は普通よりも低かったけど、小学校低学年の早生まれなんて皆そんな感じだ。
小学校の入学式なんて、保育園、幼稚園、御近所さんなどの知り合いがいれば、子供たちはどうしても、集まってしまう。
先生が保護者へ説明するという名目で、子供たちだけでクラス内で拘留させようとするから。
勿論、その間、別の先生たちが廊下の外から見守っていたらしいけど。
わたしは小学校入学前に、保育園や幼稚園に通っていなかった。
その力強く返事した男子児童も同じなのだろう。
同じように教室の隅にいたから。
そして、幼い年代は集団の輪から外れている子のことなんてすぐに気に掛けない。
自分の周囲には人がいるから。
わたしは、積極的に自分から集団の中に躊躇なく飛び込むような度胸も図太い神経も持っていなかった。
同じ年代で話したことがあるのは自分よりも年下の従兄妹だけ。
こんなにいろいろな子供たちなんて、デパートの子供たち向けの遊び場や公園でしか見たことがなかったのだ。
だから、誰に、どう話しかければ良いのかも分からず、オロオロしているだけだった。
そんな時、同じように輪の中に入っていなかった少年から声を掛けられたのだ。
「たかだしおりさん、だったよね?」
「え?」
「おなまえ。でも、まちがっていたら、ごめんね?」
あの時、わたしは本当に驚いたのだ。
自分の名前を聞いている人なんているとも思っていなかったから。
しかも、それを覚えていてくれたのが、さっきの入学式で元気よく返事をするような男子児童。
それはびっくりするだろう。
でも、後になって思う。
その男子児童は、周囲を気に掛けるほどの視野の広さを持っていて、その上、わたしを気に掛けてくれていたのだと。
「だ、だいじょうぶ。まちがってない!!」
思わず、その声は上ずってしまった。
だけど、それを気にしている余裕なんて、全くなくて。
もし、あの時、わたしが緊張していなかったらどうなっていただろうか?
あの後、何度も頭を抱えながら考えたのも、今だから笑える話。
「あなたは、ささがだに、ちゅくもくんだよね?」
「……ちがうけど」
思いっきり噛んだ。
緊張していたから。
そして、わたしの言葉に悲しそうな顔をしたのも分かった。
「ちがう! えっと、さしゃがだにぃ、ちゅくもくん」
「またちがうね。さっきよりもちがう」
「ちがっ! しゃしゃがだに、つ、くも、くん!!」
この時点で半泣きになりそうだった。
何度も呼び間違う名前。
違うって分かっているのに、上手く言えなかったのだ。
悔しくて、悔しくて、上手く話せないこの口を取りたくなって、自分の唇を掴んだことを覚えている。
「ゆっくりでいいよ」
わたしが本当に言い間違っているだけだって分かったのか、彼は表情を緩める。
「さ、さ、が、だ、に、つ、く、も!」
ゆっくりでいいと言われたので、当時のわたしは一文字ずつ丁寧に口にしたらしい。
「うん、そうだよ。たかだしおりさん」
その少年は更に嬉しそうに笑った。
その顔を見た時、わたしもなんだかとっても嬉しくなったことを覚えている。
無事に名前を言えたことだけじゃなく、わたしが名前を呼んだことで彼が笑ってくれたことが凄く嬉しかったのだ。
「もういちど、よんでくれる?」
更にそう言ってくれたから。
「うん! しゃしゃがだに、ちゅくもくん!!」
再び、力強く……、堂々と、見事なまでに、噛んだ。
「もどった」
男子児童はそう言った。
だけど、今度はもう悲しそうな顔をしていない。
「もどっちゃった」
当時、わたしは身内としか話すことはなかった。
つまり、いきなりの社交だったわけで。
そして、話し慣れていなかったわけで。
「さ、さ、が、だ、に、つ……、くも」
一文字ずつなら言えるのに。
「さしゃがだに、にゅるもくん」
何故か纏めようとすると噛んでしまう。
まるで、その名を口にすることを、何かが拒否しているかのように。
そして、彼にとって、その言い間違いは楽しかったらしい。
暫く笑いながら、「にゅるも」を繰り返していたから。
一頻り笑った後。
「ささがだにを、たんたいならいえる?」
「たんたいって、なあに?」
「えっと、あ~、ささがだに、だけならいえる?」
そう提案されたので……。
「さしゃがだに」
「だめか~」
駄目らしい。
あの時のわたしは脳と口が別の生き物だったのだと今でも思っている。
だけど、緊張はほぐれていた。
単に活舌の問題だったのだろう。
「つくも、の方は?」
「つくも」
言えた。
それも自然に。
「いえた」
「いえた」
だけど、呼び捨てだった。
そのことに気付いて……。
「ちがった。ちゅくもくん!!」
慌てて言い直そうとして、また、戻ってしまったようだ。
「『くん』ってけいしょうをつけるとだめなのか」
「けいしょう?」
「このばあい、なまえのあとにつける『くん』のことだね」
よく考えれば、「単体」とか「敬称」とか、そんな言葉を知っている小学一年生ってかなり、おかしくないかな?
今なら、それが分かるし、その理由も理解しているけど。
そして、その当時のわたしはそれすらも気にする余裕なんてなかったけど!!
「さっきみたいに、『つくも』、だけならいえそう?」
その時、その少年の黒い瞳が光ったのは気のせいではないだろう。
だけど、わたしにとっては彼の要望に応える方が大事で、いろいろ、些細なことだとふっ飛ばしていた気がする。
「つくも」
「うん、だいじょうぶそうだね」
ちゃんと言えたわたしはそれが嬉しくて……。
「これからはそうよんでくれる? たかだしおりさん」
「でも『くん』なしって、だめだよね? さっき、せんせいがそういっていたよ?」
先ほど、先生もそう言っていた。
必ずお名前には「くん」か「さん」を付けて呼びましょうって。
「ボクがいいっていったからだいじょうぶだよ」
「でも……」
大人の言うことは、守らないといけないものだ。
「おなまえをまちがえるほうが、だめじゃないかな?」
「それもそうだね」
素直な自分は、納得してしまった。
その日から、わたしは彼、「笹ヶ谷九十九」くんのことを「つくも」と呼ぶようになったのだ。
余談だけど、彼の「笹ヶ谷」という呼び名は一年生にはやはり難しかったらしい。
気付けば、その少年は「笹さん」と呼ばれるようになっていた。
でも、わたしが皆と同じように「笹さん」と呼ぶのは駄目だったらしい。
凄く、嫌な顔をされたのだ。
そして、会話に慣れて、ちゃんと「九十九くん」と、呼べるようになっても、それは許されなかった。
睨むようにわたしを見て、返事もしてくれなかったのだ。
結構、酷い対応の小学生である。
いや、小学生だからかな?
だけど、自分だけが特別扱いされていた気がして、ちょっとだけ嬉しかったのだ。
****
「そう言えば、わたし、小学校に入学した時、九十九の名前を上手く呼べなかったよね?」
「なかなか懐かしい話だな」
気付けば、少年だった彼は青年に替わっている。
口調も変わっているし、身体も大きくなっているし、何より声がかなり低くなっていた。
もうあの頃の声なんて、朧気にしか覚えていなかったけれど、あの頃の夢を見たのだ。
だから、なんとなく、話題にしてみただけである。
「あれって、なんでだったんだろう? あなたの名前って、呼びにくいってほど呼びにくくはないのに」
「幼児なら、サ行とツは言いにくいらしいんだけどな。一応、就学して……、いや、お前は3月生まれだったな。それなら幼児とそこまで大差はねえのか」
さらりと酷いことを言われた。
真面目なこの青年は、悪気なくぞんざいな扱いをする時がある。
「それだけじゃなくて、なんで、わたしだけ、『九十九くん』や『笹ヶ谷くん』は、許されなかったの?」
そんな彼に対して、割と今更な質問をしてみた。
「お前が最初に言えなかったから」
「でも、後にちゃんと言えるようになったよ?」
「その頃には、オレがそれ以外では反応できそうにないほど『九十九』と呼ばれることに耳が慣れていたから」
わたしの問いかけに対して、青年は用意していたかのように次々と返答していく。
「本当にそれだけ?」
だけど、更に突っ込んで尋ねると……。
「……お前から『くん』付けされるのはなんとなく、嫌だったから」
根が素直で真面目な青年は、それ以上誤魔化すこともせずにそう答えた。
「そうなのか」
「なんだよ? それまでずっと『ツクモ』呼びされていたのに、いきなり『九十九くん』とか、調子狂うだろう?」
彼が慌てたようにそう付け加える。
彼が言うように、わたしは事情があって、5歳以前の記憶がない。
だから、その頃知り合って交流があったという幼馴染のことも忘れていた。
その幼馴染の一人が、彼……らしい。
そして、今は常に一緒に行動するようになっている。
本当に、縁ってどう繋がっているか分からないよね?
だけど、はっきりと分かったことがある。
「九十九」
「なんだよ?」
「昔の話を思い出したって言ったでしょう? だから、なんとなく呼びたくなっただけ」
彼の耳がそれ以外では反応できないほど、わたしは「九十九」という言葉を口にしているということだ。
だけど……、そんなわたしを見て、何を思ったのか。
「栞」
彼も名前を呼んだ。
「何?」
「オレも呼びたくなっただけだよ」
彼と再会して丁度、三年経った日から、わたしが望んで、彼もわたしを名前で呼ぶようになっている。
小学校卒業から会わなかった期間は約三年。
そして、中学校卒業前に再会してから、もう三年は過ぎた。
小学校の同級生だった彼は、気付けば、すっかり、生活の一部である。
「九十九」
だから、改めて………。
「これからも、よろしくね?」
わたしはそう口にするのだった。
前書きにもあります通り、当作品は、「運命の女神は勇者に味方する」の番外編です。
本編がブックマーク登録450件&評価者50人突破記念SSとして、書かせていただきました。
今回、珍しく投稿日は狙いました。
意味が分かる方だけ、ニヤリとしていただければ、幸いに存じます。
その上で、本編では書けない言葉をここで書かせてください。
「こいつら、これで付き合ってないんだぜ?」
この二人は長い付き合いではありますが、恋愛的な意味では付き合っておりません。
そんな二人の事情は是非! 滅茶苦茶長い本編で!!
こちらにも書く予定ではありますが、まだ先の話っぽくて申し訳ないです。
さて、当作品は、本編をお読みくださっている方々のおかげで生まれたものです。
本当にありがとうございます!!
これからも頑張らせていただきますので、お力添えのほどをよろしくお願いいたします。




