会うは別れの始め
前話より、またもかなり時間が経ちましたが……。
今回は、「運命の女神は勇者に味方する」のブックマーク登録350件突破記念SSです。
本編を知らない方にも伝わるように書いているつもりですが、本編を知っている方が勿論、分かりやすいです。
そして、今話は少しだけ異世界に届いていますが、異世界っぽさはないです。
それでは、お楽しみください。
「笹さん、『高田栞』ってどう思う?」
あれは、小学五年生ぐらいのことだったか?
オレ、笹ヶ谷九十九は、同級生からそんなことを尋ねられたことがある。
小学二年生の時に、ちょっとやり合って以来、同じクラスになってもほとんど話しかけてくることもなかった相手だから、珍しいと思ったのだ。
「高田……? 小さい女」
話題の女のことを思い出せば、最初に出てくるのはそんな言葉だろう。
男よりも背の高い女が増える年代で、彼女はあまり背が高くないオレから見ても、背が低かった。
小学五年生なのに、低学年に混ざっても違和感がないのだ。
背負っている赤いランドセルもまだ背中より大きい……は流石に言い過ぎか?
「い、いや、そういう意味じゃなくて……」
どこか言いにくそうにしているので、オレは別方向の話題だろうと当たりを付ける。
「恋愛的な意味では面倒そうな女」
「れっ!? い、いや、確かにそういった話なんだけど、なんか違くて……」
違うのか?
この年代の男なら、近くの異性に興味を持つのが自然だといろいろな本に書いてあった気がするのだが……。
「笹さんが高田さんのことを、す、好きか、嫌いかで言えば?」
よりによって、そんな話か。
だが、他の女ならともかく、オレは「高田栞」に関してだけは、明言を避けたかった。
簡単な言葉で表せるようなものではないのだ。
「嫌いじゃない」
「そ、それって、好きってことか!?」
さらに突っ込んできやがった。
その言葉には、どこか必死さがある。
この男は、その女に惚れているってことか。
阿呆らしい。
「高田のことが好きなら、本人に直接、言えよ。オレの気持ちを聞いてどうするんだ?」
「だ、だって、笹さん。高田さんと仲が良いし……」
「あ? 高田と仲が良い男なんて他にもいるだろ?」
「いないよ!」
食い気味に返答された。
高田栞という女は、人当たりは悪くないと思う。
自分から積極的に話しかけている様子はないが、クラスの男から声をかけられれば、普通に返答をしている。
それは5年間、連続で同じクラスだったオレは胸を張って言える。
まあ、オレとやり合ったように、この男がその高田栞とも過去に何かトラブルがあったなら、話しにくくはあるだろうけどな。
「若宮さんのガードが固くて、ボクは近づけないんだ!!」
「若宮? それこそオレに言うなよ」
この男が言う「若宮」とは、その高田の友人である「若宮恵奈」のことだろう。
確かにその若宮は従姉妹である「高瀬恵乃」と一緒に、よく高田の傍にいるのは見かける。
性格は全く違うのに何故か、あの三人はつるんでいる。
でも、いやいやな付き合いには見えないのが不思議だ。
若宮と高瀬は親戚だから分かるけど、そこに高田が混ざると、なんか不思議な感じがするんだよな。
「じゃ、じゃあ、笹さんは、高田さんのことを何とも思っていない?」
オレは嫌いじゃないとは言ったはずだが?
本当になんとも思っていない相手にそんなことは言わねえよな。
だけど、そんなことをわざわざ口にしたところで、また面倒なことになるとしか思えん。
「クラスの友人で、それ以上ではないな」
オレはそれだけを言った。
自分の手がほんのりと光る。
目を凝らさなければ分からない程度の仄かな光。
だが、相手はそれを気にした様子もなく、嬉しそうな顔をして去っていった。
まあ、この光が見えないのだから、当然だろう。
オレは溜息を吐いて、光っている腕を見る。
仄かな光は暫く消える様子がなかった。
オレは、生来、嘘を見抜く眼を持っているらしい。
正しくは、嘘を口にした人間の身体が光って見えるのだ。
その判定基準は自分でも曖昧なものだし、はっきりと光って見える人間はそう多くもないのだが、自分は偽れないのか、割としっかり見えてしまう。
まあ、つまり、オレの感情としては、「高田 栞」という人間をただの友人だと思っていないということだろう。
彼女に対する気持ちとして、先ほどの男が気にしていた「恋愛的な好意」は本当に皆無だが、「友人以上の感情」は確かにあることは認める。
だが、そんなこと、事情を全く知らない第三者に教えてやるつもりなどないのだが。
****
それは、清掃時間のことだった。
教室の拭き掃除をしている時、目の前にいる女子からこんな風に切り出された。
「とある男子から聞いたのだけど……」
それは、全くの不意打ちで……。
「九十九って、わたしのことを『ブスだ』って陰で言ってるんだって?」
「なんだそりゃ?」
思わず、手を止めて、その相手である「高田栞」を見た。
オレは目の前にいる女に関係なく、生まれてこの方、他人の見た目についてそんなことを口にした覚えはない。
何より、この女は「ブス」に該当する顔でもない。
確かに、美人とは言わないけど、可愛い顔だとは思っている。
「やっぱり、九十九がそんなことを言うわけないよね」
答えが分かっていたかのように、高田は大きく溜息を吐きながら、雑巾を絞る。
「それじゃあ、『チビ』は?」
その言葉に対して少し考えて……。
「『チビ』も記憶にないが、お前のことについて、『背が低い』なら、言った覚えがあるかもしれない」
少し違う気もしたが、似たようなニュアンスの言葉なら言った気がする。
それも、最近。
「なるほど」
「悪いな。陰口っぽく聞こえてたか?」
そんなつもりもなかったが、気にしている人間からすれば、自分の知らないところでそんなことを言われるのは嬉しくないだろう。
「背が低い……は、本当のことだから仕方ないよ」
困ったように笑っているが、本当にその点は気にしていないらしい。
「話はそれだけ。ごめんね。清掃中に」
そう言って、彼女は別の場所へと移動する。
思わず、呼び止めたかったが、今は掃除の時間だ。
これ以上、お喋りをするわけにはいかない。
それに、周囲に人がいないわけでもなかった。
聞き耳を立てているやつがいないとも限らないからな。
そして、なんで、あんな風に話しかけられたのか、オレ自身に心当たりはあった。
数日前にあの女を気にした同級生との会話だ。
確かにあの時、彼女の身長について、話した覚えがあった。
分かりやすく、彼女の近くにいる異性を排除しようとしたか。
阿呆らしい。
そんなことより、手を動かせ。
オレと彼女が何を話したか、ちらちらと気にしているから、他の女子に「真面目に掃除やれ」なんてお約束なことを言われるんだよ。
本当に分っかんねえな。
好きなら、とっとと本人に言えよ。
近付く男の排除なんかしたって、鈍いあの女に伝わるわけねえだろ?
****
あれから、数年経った。
いろいろあって、「人間界」と呼ばれるあの世界から離れ、オレが護衛として彼女の傍にいるのが自然になった頃。
「高田」
ふと、思い出したことがあって、彼女に声をかけた。
「お前さ、小学校の時に『溝口』って男、覚えているか?」
「溝口くん? 確か、六年生になる時に転校した子だよね? 覚えてるよ」
どこか懐かしそうに笑った。
そのことに少しだけ、複雑な心境になったが、すぐにそんな気持ちはどこかにすっ飛んでいくこととなる。
「わたし、あの人のこと、小学二年の時にデッキブラシを持って追いかけたことがあるから」
そんな思わぬ発言が飛び出したからだ。
「知ってる。アレって、何が原因だったんだ?」
普段、大人しいとは言わないまでも、そんな武器を振り回すような狂暴な女でもなかったから、教室が騒然として、オレの耳にも入ったのだ。
「ん~? 天誅?」
悪びれることもなく、けろりと彼女は口にした。
「あの人、女の敵だったからね」
「そういや、アイツ、苛めの常習犯だったな」
小学二年生と言えば、まだやんちゃ坊主が多い年代だ。
学級崩壊まではいかなくても、授業の合間の休み時間に好き勝手するガキは多い。
件の同級生は低学年の頃、弱い女を苛めるような男だった。
尤も、それは、スカート捲りとかちょっとした悪戯の延長みたいなものではあったが、やられた方は嫌だったことだろう。
しかも、自分より明らかに弱く、反撃しそうにない女ばかりを狙っている辺り、タチが悪かったと思う。
だが、ある日、状況が変わることになる。
その標的に小柄なこの女を選んだのだ。
さらにあることないこと拭きこんで、このオレを巻き込もうとした。
だが、嘘を見抜く眼などなくても、この女は基本的に善良だ。
そんな男の言うとおりだとは思えず、ヤツからの要請をオレは断った。
当時、小柄だったオレに、体格で勝っていたその男は、まさか断られるとは思っていなかったのだろう。
いつものようにちょっと凄んで脅かせば、あっさりと言いなりになると思われていたようだ。
いきなりキレて、暴力で脅そうとして……、オレから反撃にあったのだ。
一方的にオレがボコったともいう。
「魔法」というモノが使えるオレにとって、普通の人間相手に負けるはずもない。
勿論、それは承知なので、その時は、身体強化など含めて、魔法など一切、使わなかったが。
ただ当時はガキだったので、相手に対して、力加減ができず、こっそりと「治癒魔法」を使うことになってしまった。
どんなに腹が立っても、兄貴と同じ感覚で魔法を使えない人間相手に、殴る蹴るの喧嘩をしてはいけないと、その時、学習した。
さらに、それがきっかけで、兄貴から魔法が使えない人間相手にやり過ぎないように、精神鍛錬として、空手道場に放り込まれたのは良い思い出である。
「アイツ……、お前のこと好きだったって知ってたか?」
それは、本当に今更の話。
だけど、あの頃を思い出してしまったら、なんとなく、本当に余計な世話だが、伝えたくなったのだ。
「ワカや高瀬もそんなことを言ってたけどね~。わたし、彼から酷いことしか言われてないから信じられなかったんだよね」
ほら、見ろ。
やっぱり、この女には直接、本音を言わないと通じない。
回りくどいことを言っても、絶対に伝わらないんだ。
「転校する直前まで変わらなかったよ。あの人から、散々、『ブス』、『チビ』、『幼児体型』、『発育不良』は言われたかな?」
「あの野郎、そんなことまで言ってやがったのか」
しかも「散々」だと?
一回、二回の話じゃねえのかよ?
「あそこまで露骨に言う人って珍しいよね~。ただ、そのたびに、先にワカや高瀬が怒るんだよ。だから、怒るタイミングがなくって……」
オレがその場にいても、怒っていただろうな。
「たださ。言った後で、後悔してるっぽい顔を一瞬だけするんだよ。だから、わたしとしては、本気で怒りはなかったかな。ワカや高瀬は甘いって言ってたけどね」
どこか懐かしむような顔をする。
「そうだね。今、会えたら、本当のことを言ってくれるかな?」
「本当のこと?」
「本気でわたしのこと、『ブス』だって思ってた? って。ワカたちや九十九が言っていることが本当なら、今なら、ちゃんと答えが聞けるはずでしょう? もう過去のことなんだからさ」
「それは……」
思わず、言葉を呑んだ。
彼女はそれを聞いてどうするのだろう?
確かに、もう過去の話だ。
それでも、別の言葉が返ってきたら、どう思う?
そう、例えば……。
―――― 『高田栞』ってどう思う?
それに対するあの男自身の答えとか。
「尤も、二度と会うことはないんだろうけどね」
彼女はそう言って、困ったように眉を下げた。
あれから、数年が経ち、オレと彼女を取り巻く環境は激変した。
ごく普通の人間として生きてきた彼女は、その世界を離れ、「魔法」が日常の世界で生きることとなった。
だから、人間であるあの男と会うことはない。
「淋しいか?」
「人間界に戻れないのは淋しいけど、もう大丈夫だよ」
そう言って彼女は笑ったのだった。
****
それ以来、オレはあの男の話をしていない。
不器用で、嘘吐きな男。
だけど、転校する日ですら、笑いながら彼女に向かって別れの言葉を言えた強い男でもあった。
オレは言えるのだろうか?
いつか、必ず訪れる別れの日に。
目の前にいる「高田栞」に対して、ちゃんと笑って「さようなら」の言葉を。
前書きにもあります通り、当作品は、「運命の女神は勇者に味方する」の番外編です。
本編がブックマーク登録350件突破記念として、書かせていただきました。
本編77話「省みたくない過去」にさらっと書かれているデッキブラシネタの詳細というか、一部抜粋編となります。
実は、これを投稿する前にブックマーク登録が400件突破してしまったので、近々、もう一話投稿する予定です。
お読みくださっている方々のおかげで生まれた作品です。
本当にありがとうございます!!
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
これからも頑張らせていただきますので、お力添えのほどをよろしくお願いいたします。