縁の下の舞
前話よりかなり時間が経ちましたが……。
今回は、「運命の女神は勇者に味方する」ブックマーク登録250件&本編1500話突破記念SSです。
時系列的には序章と第一章の間なので、本編を知らなくても大丈夫ですが、前話の別視点です。
前話と異なり、今話は、ちゃんと異世界……? いや、まだ異世界に届いていません。
いつもより長いですが、お楽しみください。
ずっと大事にしたかった。
ずっと傍にいられると思っていた。
幼いながらも、本気で、命を懸けて護りたいと思っていた。
だけど……、そこまでオレが思っていた幼馴染は、オレたちの目の前から消えてすぐ、オレたちのことを忘れてしまったのだけど。
****
オレは、「笹ヶ谷 九十九」。
年齢は11歳だが、もうすぐ12歳になる。
つまりは小学六年生。
全力で修行、やってます!!
「……なんて、どこの少年漫画だ~~~~~~っ!!」
オレはそう叫んだ。
「嫌なら、止めればいい。俺は止めん」
目の前にいる黒髪の男は冷たくそう言い放つ。
嘘を吐けとそう言いたくて、男をじっと見たが、その言葉に嘘がないことが分かる。
マジか?
「やる気のない男に課しても無意味だからな。後は俺一人でなんとかする」
さらに続く言葉にも、嘘も容赦もなかった。
「『治癒魔法』も使えない兄貴が一人でなんとかなるかよ」
そう減らず口を叩きながら、オレは自分の凍り付いた腕を見た。
もう何度目か分からないぐらい同じ状態になっているため、慣れたモノだと自分でも思う。
因みに「凍り付いた腕」というのは例えではない。
キラキラした氷の結晶が自分の腕に張り付く様は、このまま飾りたくなるほど綺麗ではある。
……飾るわけにはいかない。
まだまだこの先もこの腕には頑張ってもらわないといけないのだ。
オレは、自分の腕を、湯でゆっくり温めて凍結状態を解除させた後、「治癒魔法」を施した。
「ならば、続けるぞ」
兄貴はそう言いながら手を翳すと、自分とその周囲が白くなる。
まるで、湯気のようだ。
さらに……、ここから変化する。
周囲にあった白い空気が目で分かるほどに凍り付き、氷の粒が一斉に結晶化する。
そして……、そこから眩しい光が放たれた。
「ぐっ!?」
目を庇った直後、突き刺さるような痛みを全身に感じる。
先ほどよりも、もっと広範囲に魔法を食らったようだ。
「何度も言っているが……、凍結魔法を腕で庇おうとするな。別の魔法で相殺しろ」
そうは言われても、兄貴が使う「凍結魔法」と同時に発生する光の眩しさに目が眩んでしまうのだから仕方ない。
見た目の派手さに反して、威力はないが、それでも皮膚が凍り付く痛みに慣れるわけではなかった。
今はまだ兄貴からの攻撃で、分かりやすく手加減されているが、実際の相手はもっと容赦ないだろう。
「まだまだぁっ!!」
「気負うよりも先に治療しろ。その手のまま『風魔法』を放てば、いくら頑強なお前でも一部が砕け散るぞ」
情けを掛けられた上に、自分が次に使う魔法まで読まれている。
兄貴と魔法の訓練をしだして既に数年経つというのに、一度もその顔色を変えられない。
いや、一度だけあるか。
オレがまだまともに使えない魔法に挑戦して……、暴発した時だ。
あの時のように慌てた兄貴は珍しい。
そして……、血みどろの右腕に向かって「治癒魔法」を珍しく兄貴自身が使おうとして……、オレのアバラが数本、折れるという大惨事を引き起こした。
兄貴はそれだけ「治癒魔法」が苦手なのだ。
「温水魔法」を頭からかける。
少し麻痺しかかっていた感覚に痛みが走った。
それから、「治癒魔法」を使う。
ここまでくれば、もはや、ただの流れ作業でしかない。
「ところで、『例の彼女』はどうしている?」
オレが「治癒魔法」を使い終わったことを確認した後、兄貴の方からそんな問いかけがあった。
「至って、平穏だよ。最近では悪さをしようとする人間もいない。強い友人に囲まれているからな」
兄貴の言葉で誰を指しているのかをすぐに理解する。
基本的に兄貴は他人に対して必要以上に関心を持たない。
尤も、当人が感じる「必要」部分が人より大きいためにそうは見えないのだが。
「まさか違う中学に進むことになるとはな」
「それは兄貴のせいじゃねえか。もっと近い距離の家だったら、問題なかったはずだ」
「当時、7歳の俺に無茶言うな。程よく近い場所で生活基盤を整えられただけでも奇跡なんだからな」
確かにその時、何もしなかったオレには何も言う権利はないのだが……、それでも、少しぐらい文句を言いたくはなる。
「その事実に気付いたところで、ここから安易に引っ越すこともできん」
兄貴も溜息を吐いた。
オレたちはこの世界の住人ではない。
正しくは、この惑星で生まれた人間ではない。
それが何故、ここにいるかと言えば……、人を探しに来たのだ。
尤も、その相手は、オレのことも、兄貴のことも綺麗さっぱり忘れているようだが。
そして、この家には、オレたちが生まれた世界と空間を繋げる「転移門」と呼ばれるものが存在していた。
それを解除して、新たな住居を用意した上で再構築……。
どれだけ金と手間がかかることか。
さらに、ここでの生活に必要な事務手続き……と考えるだけで……、いろいろ頭がくらくらする。
いくら魔法が使える魔界人と呼ばれる存在であっても、全てが何でも魔法で解決できるわけではないのだ。
尤も、ここに来てから金銭的な意味での苦労をした覚えは全くない。
そして、この兄貴のことだから、きっと、万が一に備えて貯め込んではいるだろう。
オレとしては、その「万が一」が心構えもなく、いきなり来ないことを祈りたい。
どうせ、いつかその日が来ることは、避けられないのだから。
****
様々な思いが交錯する卒業式の日。
小学校生活六年間に一区切りを付ける、本来なら晴れの日と呼ばれているらしいが、オレ自身の気分は晴れなかった。
特に何事も起こることなく、淡々と儀式は進み、教室で担任から卒業証書と色紙を手渡される。
色紙に書かれた言葉は「初志貫徹」。
この国の人間は、四字熟語が好きだよな。
だが、オレも嫌いじゃないから問題はない。
たった四つの文字に、最初に抱いた志を最後まで貫き通すこと……と、意味が込められているのだ。
しかし、オレの事情を何も知らないはずなのに、それを餞として贈ってくれたことに感謝したい。
まるで、後押しをされているような気がするから。
オレは、誰もいなくなった教室に一人残っていた。
先ほどまで騒がしかったことが嘘のようだ。
級友たちに、このまま遊びに行こうと誘われたが、オレは兄貴が迎えに来るからとなんとか断ってこの場所にいる。
兄貴に「教室で暫く過ごせ」と言われていたこともあるが、一人になって、これまでの自分が思ったよりも気が張っていたことに気付いて、力を抜いて、机に顔を伏せた。
外にはまだ喧騒があるようだが、そこから少し離れたこの場所は、周囲に誰もいないため、とても静かだ。
騒がしいことが苦手でというわけではないのだが、なんとなく、この空間が落ち着いて居心地が良い。
明日から、生活が変わる。
これまで当然だったことが、当たり前ではなくなるのだ。
そして――――。
「あれ?」
聞き覚えのある声が聞こえた気がした。
オレがこの声や気配を間違えるはずがないのだけど。
「高田? どうした? 忘れ物か?」
オレが伏せていた顔を上げると、そこには予想通りの人間が立っていた。
少し癖のある肩までの黒い髪に、垂れた黒い眉と同じように垂れている黒い瞳が人の良さを強調している気がする。
肌の色は、この国の人間としては白い方だろう。
鼻は高くない。
その下にある桜色の唇はやや突き出ている。
だが、彼女……、「高田栞」という名の女子児童を表す一番の特徴と言えば、やはり、その身長だろう。
小柄な人種が集まると言われるこの国でも一際、背が低い。
小学校6年生の女子と言えば、同じ年齢の男子よりも大きいヤツだっているのに、この女は……、まだ140ないんじゃないか?
だが、身長の話はある種の地雷だ。
オレも背が高くはないので、踏み抜かぬように回避することにしている。
「いや、一人?」
「おお。親代わりに、兄貴が来ていてな。ちょっと今、外に出にくいんだよ」
「そうなのか」
実際、ここで暫くの間、待ってろと言われたから待っていたのだが。
でも、その理由は今、分かった。
兄貴は……、ここに彼女が現れることを知っていたのだ。
「珍しい服だな」
何故、彼女……、高田がここに来たことを気にするよりも先に、そんな言葉が出た。
灰色の長袖カーディガン、白いシャツはともかく、紺色の膝丈プリーツスカートというのは彼女には珍しい。
あまりスカート姿に覚えがないのだ。
そして、赤いリボンのネクタイを付けているのは、一応、儀式だからだろう。
オレのネクタイみたいなもんだ。
「そちらこそ」
そう言って、高田は笑った。
まあ、オレもネクタイこそしているものの、白いシャツ、紺色の長袖ニットに紺のズボン姿だ。
こんな服は着慣れていない。
しかも、二年前に卒業した兄貴からのお下がりである。
そして、あの時の兄貴ほど似合っていない。
服に着られていることは自覚している。
「スーツよりこっちの方が、今後の着回しが効くからな」
実際、お下がりとして使えているのがその証拠だ。
本来なら、卒業式と言うのは儀式の一つであるために相応の準備をするべきなのだろうが、兄貴曰く「形骸化した儀式だ」と言ったためにこうなった。
買うのが面倒とか、勿体ないとかそう言う理由でないことを祈りたい。
オレたちはこの世界の人間ではないため、形だけの儀式なんか無意味だと言いたいことは分かる。
「ああ、分かる」
高田はオレの言葉に同意してくれている。
彼女も着まわすために選んだ服装らしい。
だが……、あまりスカートを穿かない女なのだから、パンツルックでも良かったんじゃないかと余計なことを言いたくなったが、流石に黙っておこう。
オレは高田から見れば、友人の一人であって世話役でも守役でもないのだ。
どれだけ昔、身近にいたとしても、それを相手が忘れているのだから。
「お前こそ、一人か?」
「へ?」
「さっきまで若宮と高瀬といる所は見たけど、別行動か?」
卒業式直後に見かけた高田は、女友達と一緒にいたはずだ。
同じ中学に入学する予定の若宮はともかく、高瀬は近くの私立中学に入学するために進路が分かれることになる。
そのため、いろいろな話もあったことだろう。
「まあ、いいか。せっかくだ。暇つぶしに付き合ってくれ」
「は?」
オレも、学校区の関係で、高田とは中学が分かれることとなっている。
だから、少し話したくなった。
思い出作りというやつだな。
ついでに、いろいろ刻み込んでおきたかった。
明日から三年近く……、会えなくなるのだ。
少し前に、オレは兄貴からそう約束させられている。
丁度良い機会だから、会わない間に、己を磨いておけと。
別れ間際ということもあって、どんな話をしようか迷うこともなく、話題は尽きなかった。
高田は例の色紙で「意気軒昂」という言葉を頂いたとか。
卒業式の来賓の話が長かったとか。
校歌を歌う頃には周囲の女子がほとんど泣いていたとか。
これまでの担任の先生の話とか。
六年間の思い出はこんな短い時間では語り尽くせないことを知る。
言ってしまおうか?
そんなことも頭をよぎったけれど……、高田があまりにも普通だったから、オレは余計なことを言えなくなってしまう。
自分の記憶がない時のことを、いきなりただの友人から話されても、彼女が困るだけだ。
しかも、それを上手く伝える自信は今のオレにはないし、兄貴もまだ許さない気がした。
オレができることは、あの世界のことを全て忘れてしまっている彼女を、今はそっとしておくだけ。
いつか、思い出すその時まで。
「そろそろ時間だな。お前は? オレなんかと話してないで、母親とか友人といなくて良かったのか?」
あまり長く拘束しているのもよくないだろう。
彼女はまだ、この世界にオレよりももっと大事な人間たちがいるのだから。
「母さんは、とっとと仕事に戻ったはず。若宮さんたちは今から探すよ」
周囲の同級生の女子たちよりも子供な容姿をしているのに、時々、落ち着いたことを言うオレのことを覚えてもいない幼馴染は……。
「それに……、九十九だって友人だよ?」
そう言って、笑ってくれた。
覚えていなくても良いんだ。
寧ろ、彼女に優しくないあんな世界のことなんか忘れたままで良い。
だが、少しぐらいはオレのことだけでも、思い出して欲しいと言う我儘な気持ちもオレにはあって……。
「そうだな」
そう答えたオレは、ちゃんと自然に笑えていただろうか?
「オレは時間だから行くけど、どうする? 若宮たちのところまでなら送るぞ?」
もう少し、話したい気がしたからそう声をかけるが……。
「いや、良い。下手に動くと、入れ違いになりそうだから、もう少し、教室にいるよ」
高田はオレに断りを入れた。
まあ、仕方ない。
彼女が望まないことを無理強いする気もなかった。
「ああ、高田」
「ん?」
だけど、教室から出ようとした時、大事なことを言っていなかったことを思い出す。
「またな」
「へ?」
オレの言葉に一瞬、不思議そうな顔を見せるが……。
「う、うん!! またね!」
これまでにない笑顔を向け、高田はオレにそう言ってくれた。
それを確認して、オレは手を振って、教室から出ていく。
自分が選んだ別れの挨拶は、「さようなら」ではなく、「また」だった。
そして、それに高田も応えてくれた。
彼女が選んだ言葉も同じように、決別の言葉ではなく、再会を約束する言葉だった。
恐らく、高田は思ってもいないだろう。
本気でオレが再会を願っていることを。
そこに深い意味はなく、オレと同じ言葉を返しただけだ。
だが、今はそれで良い。
先ほどの「またね」という声と、最後に見た顔が笑っていたから、それだけでオレはここから先も頑張れる気がした。
****
「彼女には会えたか?」
黒い学ラン姿のオレと似たような顔をした身内は、涼し気な顔をしながらそう言った。
「おお」
やっぱり、兄貴はそのつもりでオレを教室に残していたらしい。
「会話したいなら、まだ教室にいるはずだぞ」
「いや、俺は会う必要はない」
オレと同じように幼少期に数年、共に過ごした幼馴染から忘れられている兄貴。
だが、同じ学校に通って再び、会話を試みたオレと違って、兄貴は徹底して会わないことにしている。
同じこの学校に通っていた間も、恐らく、接触してはいないだろう。
オレにはそれができなかったのだ。
ずっと大事にしたかった。
ずっと傍にいられると思っていた。
幼いながらも、本気で、命を懸けて護りたいと思っていた。
だけど……、そこまでオレが思っていた幼馴染は、オレたちの目の前から消えてすぐ、オレたちのことを忘れてしまった。
そこにどんな理由や事情があったのかは知らない。
分かるのは、ただ、彼女があの世界のことを「忘れている」ということだけだ。
あの世界が、彼女にとって全てを「忘れたい」のなら、オレはそれでも良かった。
だけど……、あの世界はそれを許さない。
いつか、きっと……、あの世界は再び、彼女を捉えに来る。
その身体に流れる血を巡って……。
だから、その日のために。
オレは今よりもっと強くなろう。
彼女がすぐにオレと分からないぐらい成長しておこう。
もう、失いたくないから。
****
そんな決意をしてから、三年弱経った後。
やはり、オレは彼女と再会することになった。
久しぶりに会った彼女は……、すぐ、オレも分からなかった。
身長が予想以上に伸びていなかったこともあるが、いろいろ変わっていたのだ。
だが、それ以上に、話しかけてもオレとすぐに分かってもらえなかったのはある意味、予想外過ぎた。
名前を言うまで思い出せないとか、あの女の中で、どれだけオレの印象が薄かったんだよ!?
オレはそう叫びたかったが……、全てを忘れられたと知った時の絶望感に比べれば、絶対、マシだ。
そう無理矢理、思い込むことにした。
それに、これまで以上に傍にいることを許されている。
三年ほどいろいろ我慢した甲斐はあった。
まあ、傍にいることによって、それ以上に我慢の日々が始まるとは、全く、思ってもいなかったが。
―――― 全ては夢から醒めたかのように。
彼女との再会によって、オレたちの「運命」は再び、大きく変わっていくのだった。
前書きにもあります通り、当作品は、「運命の女神は勇者に味方する」の番外編です。
本編がブックマーク登録250件を突破した記念(ついでに本編1500話到達記念)として、書かせていただきました。
登録してくださった方々のおかげで生まれた作品です。
本当にありがとうございます!!
SSの割に本編の二話分の文字数ですが、一話でなんとか完結させました。
主人公の次は、やっぱり彼だよね!?
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
これからも頑張らせていただきますので、お力添えのほどをよろしくお願いいたします。