アラン家の人達
GWは今日含めてあと二日ありましたね。昨日と一昨日は仕事だったのでもう終わった気分でいました。
次の日の昼過ぎ、俺はアラン家に向かって歩いていた。昨日、農場からの帰り道でアリスにニワトリを触らせる約束をしたので、とりあえず家を訪ねようと思った。
アラン家は父さんの農場程離れてはいないので、何とか歩いて辿り着ける距離だ。父さんに行き先は告げてあるので、一人で行っても問題も無い。
「こんにちは、ノエルです」
アラン家の扉をノックし、中に呼びかける。すると間もなくして扉が開き、アランさんとアリスが出迎えてくれた。
「やあ、いらっしゃい。ノエルくん」
「ノエル!来てくれたんだ!」
「約束だからね。はい、これ」
早速アリスにニワトリを渡した。
「ありがとう!えへへ、やっぱりふわふわだぁ」
「ノエルくん、アリスと仲良くしてくれてありがとうね。歓迎するよ、家に入りなさい」
「はい、お邪魔します」
アラン家は、玄関から入るとすぐに居間になっていた。居間にはうちと同じようなテーブルがあり、クロエがペンを持ってノートに書き物をしていた。テーブルの上にはもう二組のペンとノートと、教科書らしき何らかの本が置かれている。
「さっきまで勉強してたんだよ」
「そうなんだ、偉いなぁ…」
「今は街にいる妻の意向でね、早い内から勉強させたいみたいだ。いずれ街に出ても困らないようにって」
確かにこの村だけの暮らしなら、文字が読めなくてもあまり問題ない。
年に1、2回くらい街から商人が来て、村の農作物と色々な物品を交換してくれる。街で発行している新聞らしき物も貰えるのだが、文字を読む機会なんてその時くらいだろう。
因みに新聞は結構高価なので、商人が来る度に村で一つだけ交換して、村の皆で回し読みをしている。
そして最終的に村長の家に預けるらしい。
「また街に出るんですか?」
「すぐじゃないよ。少なくともあと5年はこの村にいるさ」
「長いような短いような…」
「はは、ノエルくんたちにとってはあっという間だろうね」
5年なんてすぐだと思う。俺もこの世界に生まれてもう5年だし、月日が経つのは早い。まあ、三歳以前のことはもうほぼ忘れてしまったので、2年分の記憶しか無いが…
「5年でどこまで勉強出来るかな…」
「アランさんが教えるのならご家族も期待されるでしょうね」
「まさか。僕も勉強し直しだよ…街での生活は妻のご両親のお世話になってたんだけどね、旦那が文字を読めないのは情けないぞって責められた程なんだ」
「父さんやローレンスおじさんよりも知的そうなのに、意外ですね」
「はは、ノエルくんはお世辞が上手いね。僕も村生まれだってことだよ。むしろブレット達の方が読み書き出来るんじゃないかな」
そう言うとアランさんは微笑んで、俺の頭を撫でた。
「むー…ノエルとお父さん、なかよしだね」
アランさんと話しこんでアリスを放ったらかしにしてしまっていた。頬を膨らませてちょっとむくれている。
「アリス!あんたも勉強しなさいよ!」
「えぇ!せっかくノエルが来てくれたのに…」
「だったらノエルにも勉強させなさい!なにあんただけサボろうとしてるのよ!」
「や、約束してたんだもん!」
「まあまあ、二人とも…勉強は一旦休憩にしようか。お菓子でも食べてリフレッシュだ。ね、クロエ」
喧嘩を始めそうな二人をアランさんが宥めている。来るタイミング間違えたな。本当にお邪魔だったかもしれない。
「パパがそう言うなら…いいけど」
「やった!お父さん、ありがとう!」
「うん。三人ともここで待っていなさい、お菓子と飲み物を持ってくるからね」
アランさんは、玄関とは反対側にある扉を開けて居間を出ていった。残された俺達三人は大人しく椅子に座り、テーブルを囲んだ。うちの椅子と違って足元に段差があり、子供でも座りやすかった。
「ノエル、あんたなにしにきたのよ」
「うーん、遊びに?ぬいぐるみを貸すついでに遊ぶって約束したんだ」
「遊ぶったってうちにはなんにも無いわよ。引っ越してきたばかりだもの」
「わたしのぬいぐるみがあるもん!」
アリスはニワトリと何処かから持ってきた犬っぽいぬいぐるみをテーブルに乗せ、向かい合わせた。
「アリスはおままごとが好きね…はぁ。ノエル、がんばりなさいよ」
「うん…え?頑張るって…」
クロエは持っていたペンを置くとテーブルに肘をつき手に顔を乗せると、アリスにじゃれ合わされているニワトリと犬に目を移した。
アリスは人形遊びが好きなんだろうな、年相応で可愛らしい。
しかし、クロエの発言が少し不穏だ。お飯事で頑張れと言うのは初めて聞いた。
「はい、ノエル。ぬいぐるみさん返すね」
アリスがニワトリを返してくれた。もう触らなくて良いのかな。
ニワトリを受け取り、ニワトリの顔をアリスの方へと向ける。
「ノエルのこはお父さん役ね!わたしのこはお母さん役!クロエは…はい!あかちゃん役!」
そう言うとアリスはまた何処からか猫のようなぬいぐるみを取り出し、クロエに手渡した。そして犬の腕を指で持ち、そのまま腕を広げるような動作をさせる。
「あらあなた、おかえりなさい!おしごとおつかれさま、ごはんはもうできてるわ!」
「…ばぶー」
もう始まってるのか。アリスはニコニコしながら犬を操作している。クロエも猫の胴体を片手で持ち、渋々といった風に赤ん坊の演技をした。
「…ノエル?」
「あ、うん……ごほん。やあ母さん、ただいま。いやぁ今日も大変だったよ。一日畑仕事で身体中が痛いよ。もうクタクタだ」
まあ付き合うしか無いか。
俺はアリスに合わせて、ニワトリの羽を持ち農場帰りの父っぽく話した。
しかしその瞬間、アリスが動かしていた犬の動きがピタリと止まった。
「え?」
「………あ〜あ」
居間を包む雰囲気が変わった。
クロエは何故か気の毒そうな顔をして俺の顔を見ている。
俺、何かしただろうか。無言のアリスが怖い。
「…アリス?」
「………………………………ちがう」
子供とは思えないような低い声で、何か小さく喋ったのが聞こえた。先程まで笑顔だったアリスは無表情になり、じっとニワトリを見ている。落差が不気味に感じる。
と、アリスが急にガタッと椅子を立ち上がった。
「あ、アリス?どうし────」
「ちがうっ!!ノエル、ぜんぜんちがうよっ!!」
「!?」
バンッ、と机を叩きつけ、アリスがすごい剣幕で怒り始めた。なんだ、どうしたんだ!?
「何が違うって────」
「お父さん役はそんなこと言わないもんっ!!ちゃんとやってよっ!!」
「え、いや、ちゃんとやって───」
「やってなかったよっ!!ノエルってばおままごとがへたなんだね!!」
どうやら俺の演技に不満があったみたいだ。クロエも大分アレだったんだが…
抗議しようとするも途中から被せられてしまって何も言えない。何かがアリスの逆鱗に触れてしまったようで、顔を真っ赤にして怒鳴っている。
あの優しくてニワトリをもふもふしていた穏やかな女の子は何処へ行ったんだ。
「アリスはおままごとをするといつもこうなのよ。いちど始まったらしばらくはとめられないから、がんばってちょうだい。あたしはやっぱり勉強するわ」
クロエはそう言うと、猫を置いてペンを持った。そういう事は早く言って欲しかったな、どうするんだこれ。
とりあえず何とかしてアリスを宥めないと…
「ごめん、俺は普通にやったつもりだったんだよ。本当に下手なのかも」
「…そうなの?」
素直に謝ると、アリスは少し落ち着いた。不機嫌そうな顔がクロエに似ている。やっぱり姉妹なんだな。
「うん。お飯事なんて今までやった事が無かったんだ」
「そうなんだ、じゃあ、しょうがないね…」
アリスは大分落ち着いてくれたようだ。持っていた犬のぬいぐるみは握り締められたのか、指の跡が残っている。こわ…
でも怒りが収まってよかった、まさかアリスにこんな一面があるとは。
「分かってくれて良かったよ。はぁ…アリスも怒るんだね、いやあビックリし───」
と、話しかけた所でアリスの目が俺の顔を見た。アリスの口は笑っているが、目が笑っていなかった。気の所為か、ハイライトが無い。
「しょうがないから、わたしが全部、教えてあげる」
この後、アリスの熱すぎる演技指導が始まった。めちゃくちゃ細かい設定まで叩き込まれ、少しでも間違えるとすぐに怒鳴られる。
「そうじゃない!!さっきもいったでしょ!!お父さん役は優しく!!そしてつよいのっ!!」
加減が分からないんだって。アリスの中でのお父さん像はどうなっているんだ。アランさんのように演じてみたら更に激怒してしまった。
アリスに怒鳴られながらふと横を見ると、アランさんが扉から顔を出してこちらの様子を覗いていた。俺の視線に気付くとアランさんは手を前に出し、申し訳ない、とジェスチャーをして扉の奥に引っ込んだ。
あのお父さんはダメだ。助けてくれよ。
もしかしなくても、いつもはアランさんがこの理不尽を受けているんだな。
くそ、身代わりにされた。
「ノエル!!きいてるのっ!!」
俺の意識が自分から離れていることに気が付いたアリスはテーブルに乗り出すと、俺の頬を掴んで両側に引っ張った。そして俺の顔を覗き込む。今度は笑顔すら無くなり無表情で目を合わせてくる。顔が近い。
「…こんなに教えてあげてるのに、どうして聞いてくれないの?まじめにやるきないの?ねえ?」
「…ひゃ、ひゃい。ありまふ。ひゃんと、やりまふ」
「…うん。ちゃんとやってね」
この五歳、怖い。
結局、アリスの演技指導は三時間程続いた。アランさんが来なかったら何時まで続いたか分からない勢いだった。アリスが一瞬落ち着いたタイミングでアランさんが止めてくれた。
「…止めるのが遅いですよ、アランさん…」
「ごめんね、ノエルくん。ああなるとアリスは僕よりも強いんだ。機を狙って止めないといけなかった」
「…」
五歳に負けないで欲しい。
もう何度抓られたのか分からない俺の頬は、若干赤くなり腫れている。
隣の椅子にはクロエが座り、水で濡れた布を頬に当ててくれていた。
「大丈夫?あたしもわるかったわ、とめなくて。でもとめようとしても無理なのよ」
「確かに、あれを当事者が止めるのは無謀だろうね…」
はあ、今後はアリスとの人形遊びには注意しないとな。あの状態のアリスはもしかしたら喧嘩中のクロエよりも危険かもしれない。
「ノエル、今度はちゃんとやってね」
「はは、うん…頑張るよ…」
アリスは手でニワトリを揉みながら、こちらをジトッとした目で見てくる。出来れば今度なんて来ないで欲しい。
「アリス、クロエ。そろそろ勉強の時間だよ」
「うん、お父さん」
「…あたしはさっきからやってたけどね」
俺がアリスに怒鳴られている間、クロエは教科書を見ながらずっとノートに何かを書いていた。意外にもクロエは真面目に勉強していた。
「ノエルくんはどうする?もし良かったら一緒に勉強しないかい?」
「えっ、いいんですか?」
「勿論いいよ。時間は大丈夫かい?」
窓の外を見ると日は大分傾いていたが、まだ夕方という時間では無さそうだった。
「大丈夫だと思います。父さんには日が沈むまでには帰るって伝えたので」
「そうか。じゃあ、ちょっと待っててね」
アランさんは居間にある机からペンとノートを取り出すと俺の前に置いてくれた。
「教科書は一つしか無いから回し読みになっちゃうけど、このノートはノエルくんが使っていいからね」
「分かりました。ありがとうございます」
「もっとかんしゃしなさいよね。教科書ってたかいんだから」
少し得意気な顔をして言うが、クロエが買ったわけでは無いだろう。でも教科書ってやっぱり高いんだな。とするとうちにある図鑑もそこそこの値段がしそうだ。
「はは、まあこの本は文字の種類とか書き方についての内容が大半だし、数学や魔法の教科書に比べたら安い方だよ。だからノエルくん、気にしなくていいからね」
「そうだよ。クロエがたまにマクラにするから、ヨダレだってついちゃってるもん」
「アリス!そんなことノエルに言わないでよ!」
クロエが顔を赤くして抗議する。
「はいはい。お喋りしても良いけど、勉強も進めようね」
アランさんがそう言うと、アリスとクロエはペンを持つ。
こうして俺達四人は勉強を始めた。
先程までの演技指導に比べたらこっちの方が全然楽だ、精神的に。
流石にタイトルとあらすじ詐欺だったので、差し替えを行いました。二万字書いてあらすじの二行文ってどういう事なんだ…という事情です。